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盾と癇癪玉   作者: 甲斐 雫


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1/3

1 長閑な日々?

『盾と癇癪玉』シリーズ3作目。

1作目『盾の乙女の本分は』2作目『盾と癇癪玉 私は何もしません』の続きになります。

どこかちぐはぐな、身分差婚で非公式な夫婦のセシルとジャスティンは、それでも少しずつ心を寄り添わせてゆきます。

・・・・多分

(うん、今日はなかなか良い天気だ。セシルを誘って、海の方へ散歩にでも行こうか・・・)

 朝の仕事を終えて、書斎でお茶を飲みながら、ジャスティンはそんな事を考えていた。

 そこに、慌ただしくドアが開き、侍女が声を掛ける。

「ジャスティン様っ!セシル様が、庭でお怪我をなさいました!」

「何だとっ!」

 ジャスティンは、ティーカップを放り投げて部屋を飛び出した。


 この時間ならば、彼女は庭で鍛錬を行っていた筈だ。ジャスティンが連れてきた、武術の師であるファスト・フォースと一緒に。


「大丈夫かっ!」

 ジャスティンが庭に飛び出ると、先の方に跪いていたフォースが、敏捷に立ち上がって頭を下げる。

「申し訳ありません!」

 そして地面に横たわったセシルの傍で、その頭に布を当てながら応急処置をしている男が顔を上げた。

 けれどジャスティンは、そんな彼らに目もくれず、彼女に手を伸ばす。

「セシル!しっかりしろ!」


 けれど手当てをしていた男は、そんな彼の手をきっぱりと退けた。

「頭を強く打っていますので、動かさないで下さい」


 男の名は、クリス・ヌーヴォ。

 かつてジャスティンが皇太子であった頃の、侍医の息子である。

 ジャスティンが皇太子の座を譲り、リヴェール公としてこの地に来るにあたって、彼の父親であるヌーヴォ医師は言った。

「私はもう高齢でもありますので、ご一緒するのは難しいと思います。つきましては、私の息子を領地へお連れいただけませんか。医療技術は充分なのですが、宮仕えが難しい性格で、開業させるのも・・・」

 内気で人づきあいが下手で、おまけに足が不自由であるという。

「この先どうしようかと頭を痛めておりました。静かなご領地で、周囲にいるのが少ない人数という環境なら、侍医の務めも果たせると思います。ジャスティン様が王都に来られる時は、私が侍医を務めますので」


 ジャスティンはその申し出を快く受け、クリスを館に受け入れたと言うわけだ。

 父親の言う通り、クリスは口数が酷く少なく、自室か書庫に籠っていることが多かったが、使用人たちとの関係は悪くないようだった。地味で気弱そうな見かけに、ジャスティンは、弟が出来たような気分で、彼を受け入れている。


 そしてクリスは、医師としての仕事に関しては、相当に優秀らしい。

 今も、真っ先に怪我人の元へ駆けつけ、手際よく処置をしている。

 ジャスティンは彼の能力を認め、大人しくその様子を見守った。



 自室に運び込まれたセシルは、クリス侍医の丁寧な処置を受けた。怪我は頭だけではなく、右足首も酷く挫いていたが、ジャスティンはそこで、彼女の出で立ちに疑問を抱いた。

(ハイヒールに、ドレス?・・・王宮へ行く時のような格好で、鍛錬?)


 セシルはいつの間にか気が付いていたようで、クリスが離れるとお礼を言った。けれど彼は、自分の仕事が終わると、いつもの内気で口数の少ない若者に戻っている。

「ああ・・・いえ・・・その・・・今日は安静にしていてください。気分が悪くなったり、少しでもおかしいと思うことがあったら、直ぐに呼んでください。・・・では・・・あの・・・ええと、失礼します」


 びっこを引きながらクリスが場を外すと、ジャスティンがベッドに近づいた。

「セシル、侍女に手伝って貰って着替えなさい。何がどうしてこうなったのかは、後でゆっくり聞くから」

「・・・はい」

 申し訳なさそうに身を縮める彼女に背を向け、ジャスティンが廊下に出ると、そこにはフォースが待っていた。


「ジャスティン様、本当に申し訳ありませんでした。女性であることを、つい忘れてしまって、少しばかり本気でやりあってしまいました。女の武術など、と侮っておりました。セシル様の技能は、相当のものです。何よりその速さは、感嘆するレベルでした」

 つまりは、セシルの盾術が見事過ぎて、手加減が出来なかったという事らしい。


 ファスト・フォースは、騎士身分の男爵で領地は持たない。長年王国の騎士として勤め、ジャスティンが少年時代には彼の剣術の師でもあった。そんな彼が、退役して今後どうしようかと考えている時に、たまたまジャスティンに会ったのだ。

 髪も半白になってはいるが、まだ体力の衰えも左程ではない。彼ならば、館の警備や自分とセシルの具術の相手に相応しいと考えて、ジャスティンは彼をスカウトしたのだ。


「いや・・・気にしないでくれ。多分セシルも、そうして欲しいと思っていた筈だから」

 ジャスティンは、そう答えて彼を下がらせると、再び室内に戻った。


 寝間着に着替えたセシルは、頭に分厚く巻かれた包帯が痛々しいが、その表情は叱られるのを待っている子供のようだった。

「ごめんなさい・・・迷惑をお掛けして」

「迷惑じゃなくて、心配だな」

 ジャスティンは、ベッドの傍の椅子に腰を下ろすと、溜息をつきながら言う。

「鍛錬は良いが、何故あんな格好でやったんだ?どう考えても、動きづらいだろう」


「・・・ドレスとハイヒールでの、立ち回りを訓練したくて。そう言うシチュエーションも、この先あるかと思ったの」

 王宮や貴族の屋敷などに同伴する機会は、この先あるかもしれない。そんな時、不測の出来事が起きた場合、彼を守ることが難しくなる。

「この前、作ってもらった携帯用の盾。ドレスの下に隠して置けるようにしてあるけど、それを素早く出して対応できるようにしておきたかったし、ハイヒールでも動けるようにしておきたかった。それが出来ないと、私は私の身体で貴方を守ることになる。そうなると、場合によっては・・・」


 セシルは、自分の価値、誇れる部分は『古の盾の乙女』として培った技能だと思っている。

 ジャスティンとしては、彼女が傍にいてくれるだけで充分だと思っているのだが、それはなかなか伝わらないようだ。


 暗殺の機会はかなり減ったとは言え、確かに不測の事態が起きる可能性はある。

 その時に、彼女があの時のように身を挺して自分を守ろうとしたら、最悪の事態再び、になってしまうだろう。

 そう思うと、セシルの言動には一理あると思ってしまうジャスティンだ。

 そんな彼を見て取って、彼女は更に言い募った。


「で、でも・・・次からは、充分気を付けます。さっきは、ハイヒールがネックでした。足を取られて躓き、体制を立て直そうとしたら捻ってしまって、咄嗟に身体を投げ出して受け身を取ろうとしたら、ドレスの裾が上手く捌けなくて・・・」

 結局足首は捻挫して、頭から転倒した場所に土に埋もれた岩があった。

 幸い頭は切れただけで、骨まで損傷したわけでは無かったが、衝撃で昏倒してしまったのが情けないとセシルは言う。

「先に、ハイヒールを脱ぎ飛ばして、もっと上手に裾を捌きます」


(・・・つまり、やめる気は無いんだな)

 向上心は凄いと思うが、あまり心配させないで欲しい。

 けれど彼女を、止めることは出来ないだろうと思う。


「・・・解った。だが、怪我にだけは気を付けてくれ。でないと、俺の寿命が縮む」

 ジャスティンとしては、そう言う以外にはない。

 けれど、少しばかりお灸を据えておいても良いだろう。


「今日は、海の方まで出かけようと思っていたんだが、お預けだな。包帯が取れて、侍医の許可が下りるまでは、大人しくしていなさい」


 セシルは、小さくハイと呟いて、がっくりと肩を落とす。

 落胆した彼女の様子も可愛いと、ジャスティンはその頬に優しくキスを落とした。




 そして漸く包帯も取れ、クリス侍医の許可も取りつけて、セシルが待ちに待った日がやって来た。

 館から海までは、そこそこの距離がある。最初は屋根無しでエレガントな2人乗りの馬車、バルーシュを使おうかと思ったが、田舎道ではいささか使い勝手が悪い。けれどセシルが、馬に乗れると言ったので、2人での遠乗りと言う事になる。


 出発前に、セシルはウキウキと尋ねてきた。

「服装は、動きやすいもので良いですか?楽な恰好で、馬に乗りたいです」

「ああ、構わない」

 まさか、男装では来ないだろうと思うが、念のため付け加えておく。

「領民に見られても、大丈夫そうにしておいてくれれば良いんだ」

 そして着替えてきたセシルは、飾り気が無く、前を合わせてウエストをサッシュで締めたドレスだった。


 全体的にゆとりのあるデザインで、前の合わせが深く、上品な感じだ。

 けれど普段は、襟が詰まったドレスが多い彼女にすれば、胸元がかなり大胆かもしれない。

(陽の光の下で、胸の谷間を見るというのも、良いものだ)

 ジャスティンは、大いに満足していた。


「乗馬は自己流ですが、養成所にいた時、厩番の方に頼んでこっそり練習してたんです」

 最初にそう言ったセシルなので、ジャスティンは不安でもあったが、いざ走り出してみると、彼女の乗馬姿は見事だった。

 無理のない自然体で、手綱さばきも全く問題ない。

(体幹が良いんだな。馬との相性も良いんだろう)

 安心して後を追うジャスティンだが、直ぐに大声を上げることとなった。

「オーーイ、セシル! 早すぎだっ!」


 必死に新妻の後を追う彼は、楽しい遠乗りとは何ぞや、と自問自答した。



 澄み渡った空と、青い海。

 白い波が彩りを添え、海鳥の鳴き声が響く。


「ああ・・・凄い・・・とっても美しいわ」

「海は、初めて?」

「はい、都から出たことも無いので。本の挿絵で知ってはいましたが、こんなに綺麗だとは思っても居ませんでした。連れて来てくれて、ありがとうございます」


 漸く、夫婦らしい、或いは恋人のような会話ができたと嬉しくなるジャスティンだ。


(どこかで馬を降りて、彼女の肩を抱いて・・・キスして・・・)

 などと楽しいことを考えていた彼だが、そう上手くいかないのは世の常かも知れない。



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