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てな訳でエピローグはやっぱし上海亭ですっ

 という事です(笑)


 かくてよろずアサシン組織SCSこと「スパルタ・クリーニング・サービス」は壊滅し、主犯格武田口將暢(むたぐちまさのぶ)他十三人全員が殺人・暴行・誘拐等余罪多数で逮捕された。

 これが平時なら大ニュースになるんだけど、今のメディア及び世間の関心事は徳川政府から薩長同盟への平和的な政権交代劇に絞られており、SCS事件についての報道はほとんど無く、あってもいわゆるベタ記事扱い、ネットでもぜんっぜん話題に()ぼんなくて、忙しいのはもっぱら警察とウチら関係者だけだった。それでとっても助かったんだけど、正直ちょっと複雑な気分。

 で、今は一段落ついたとこで、ウチら三人娘と姐御・先生・おじさん・おっちゃんの七人は、上海亭奥のテーブルを囲んでいるのでありました。その名目と言うか何と言うか、まあ順々に説明していきます。

 テレビでは駿府城に駕籠で入城する最後の将軍・徳川家舜(いえとし)公の姿が生中継されていた。由美めっちが涙ぐんでいる。敬愛していたのだ。

 「家舜公の尽力で、内戦は回避されたし、政権移行もスムーズに済んで、何よりだったわね」

 と、姐御が言った。

 「でも公方様、これからどうなるの」

 と、由美が尋ねる。

 「ちと早過ぎる隠居だな。まあ新政権としても、腫れ物に触るみたいな扱い方で、大事にはするだろう。心配いらんよ」

 太田のおっちゃんが励ますようにそう言うと、由美はいくらか安心して頷いた。

 「薩長同盟政権としては、将軍の代わりに京都の(みかど)を国の象徴に祭り上げようとしているようだが」

 と、西村のおじさんが言うと、瑞谷先生がかぶりを振る。 

 「それ、多分駄目。京都の人が揃って、絶対反対だって」

 先生の首の包帯はもう取れてはいるけど、白い首にはまだうっすらアザが残っているし、声もちょっとハスキーっぽい。あの糞親父め。姐御の股裂き止めるんじゃなかった。

 「京都の人はねー。表向きは『そっとしといてくんなはれ』なんて言ってんだけどねー」

 美貴かっちんがそう言うと、私びーびーが続けた。

 「本音はこう。『江戸になんざ下らせてたまるかいなボケが』」

 みんな笑った。

 「何か大統領制を採用するって話もあるけど」

 と、由美が言う。この子もSCSから足を洗って以来、口数が増えて来た。もちろん、三人共もうメイド服は着ていない。

 「あーそれか。吉田松陰の血縁者で、どっかの大学教授の爺さんを担ぎ出そうとしてるらしいな」

 と、おっちゃんが言う。

 「んじゃ、象徴が長州で、実権は薩摩なの?」

 私が尋ねると、みんなうーんと首をかしげる。

 「さてどうなります事やら」美貴がテレビを見ながら言う。「おっ。新首相の国会演説だ」

 カメラは駿府城から国会へと移り、薩長同盟新政府初代首相・西郷敦盛が登壇し、御先祖様そっくりの(整形説すらある)ぶっとい眉毛の下のぎょろ目で議席を睥睨(へいげい)し、図体通りのこれまたぶっとい声で第一声を発した。

 「新しい日本の夜明けでごわすっ」

 「ほんとにそうならいいね」

 あちらの席での後片付けに忙しいナァちゃんに代わり、陳さんがビールやチューハイやジュースを運んで来てくれた。

 「ま、お手並み拝見といきましょう」

 姐御が言った。陳さんがカウンターに戻ると、姐御は一同を見回した。

 「さて。今回の集まりではまず最初に我らの最強の敵であったアルゴス──山田太郎元巡査長を偲びたい」

 姐御がビールのコップを捧げ、私達はそれにならう。

 「献杯」

 彼は遺書を残していた。もちろん、私達に勝ちを譲るつもりは無く、あくまで万が一に備えてのものだったようだが、そこにはお母さん──今崎未亡人に対する真摯な謝罪の言葉が綴られていた。

 お母さんは「やはりここが落ち着く」と元の病室に戻っていた(当然監視カメラも盗聴器も外されていたが)。そこで瑞谷先生とこの遺書を読み、「あの人も辛かったんだねえ」とひとこと言い、先生と共に涙に暮れたという。長く苦しんで来た二人にとっては、心の刺が一本抜けたような気持ちだったのだろう。

 で、私。あののこぎり刀と化した村正と、先の割れたライラプス、それにブローニングは虎徹共々、大切に保管するつもりだ。成仏してね、おじさん達。

 「あいつ、仕事の事はとにかくとして、ケルベロスの連中の中では、結構話せる奴だったからなあ」西村のおじさんが遠い目をして言った。「もう少し、話をしておくべきだったかも」

 「俺、昔、何度かあいつと呑んだ事あるよ」太田のおっちゃんが言う。「浴びるように呑んでも呑んでも酔わないのには、呆れた覚えがある。それが瑞谷先生の診察を受けるようになってから、ぴたっとやめちまったんだからなァ」

 「彼、その点、真面目だったわ」

 先生が嘆息する(いわゆる「粟田口情報」は情緒不安定だった先生を気づかった姐御の判断で、彼女には伝えられず、山田元巡査長が自ら告白するまで、先生は彼の本名などは知らなかった。後で姐御は先生に謝罪したが、先生は「何謝ってんの」と笑っただけだった)。

 「事の起こりの飲酒運転だって、呑んですぐハンドル握ったんじゃなかったのね。家で休んで、抜いたつもりが、抜けてなかった、それで取り返しのつかない事になっちゃって。ほんと、運の悪い人だった」

 「だけど強かったですよー、山田のおじさん」私が言う。「死ぬかと思ったもん。戦い方も正々堂々、全然卑怯な事はしなかったし、立派でした」

 一同はしんみりと故人を偲んだ。

 そこにナァちゃんが料理を運んで来てくれた。料理をテーブルに並べ終え、ナァちゃんは姐御と西村のおじさんに後ろから抱き着き、こう言った。

 「明日、友達といっしょに、成田に見送り、行きますから」

 「ウチらも行くよー」

 私達はナァちゃんに言った。

 二人は明日、タイへ旅立ち、ミャンマーに密入国して、同志と合流し、「糞馬鹿ビルマ軍閥政権」(姐御の表現)との戦いを再開するのだ。西村のおじさんは姐御と共に身を投じる決心を固め、そしてまた共に自衛軍に対して辞表を提出した。

 テセウス──SCS海外傭兵班(アレス)支局長こと、古賀正文自衛軍少佐も、辞表を本国に郵送した。彼らは今後、一個人の身分で、ミャンマーでの過酷な戦いに参戦する事となる。

 SCSのアレスは名目上消滅したが、人間が消えた訳ではない。古賀元少佐の部下達は、個々の自由意志で戦いを続けるか、あるいはリタイアするかを決定する。だがほぼ全員が「古賀隊長」下で戦う決意を示したという。さすがは姐御が信頼する人物。私達は直接会った事無いけど、きっと素晴らしい人なのだろう。西村のおじさんも言ってる。「大尉に少佐と共に戦えるとは光栄の至りだ」と。

 そしてアサシン組織SCSの解体に伴い、大量の武器弾薬が不要品となり、これをまとめてミャンマーに持って行く。糞馬鹿社長が溜め込んでいた「軍資金」もたっぷりだ。もちろん、いろいろと問題はある。内政干渉、外交問題に、一歩間違えたらなりかねない。だけどほとんど「政権交代」のドタバタで外務省を含めた政府機関は右往左往、それどころではなく、それは「無能軍閥政権」の相手も同じ事、そこに乗じて、準備は整えられたのだ。もう二人が行くだけなのだ。商売抜きの、ミャンマー解放義勇軍の一員として加わる為に。

 ただ、姐御とおじさんの立場はいろいろと複雑で、自衛軍の方も分裂・混乱していたものだから、上官に辞表出しておしまいという訳にはいかず、二人は何度か諸手続きと後始末の為、防衛省に通うはめになった。そこで偶然、あの棒縛少尉と再会したのだという。彼は二人の事を既に聞き及んでいて、「残念ですっ」と目に涙を浮かべていたが、最後は「御武運をッ」と敬礼して見送ってくれたそうだ。改めていい人だなあ。今度会ったらまたキスしてあげよう。

 そしてウチらは改めて釘を刺された。

 「ミャンマーで戦いたいなんて二度と言うな。お前達は今後絶対銃も刀も手にしてはならん!」

 戻った寮で私物の無事を確認し(姐御の推測通り、あの糞親父、捕らえたウチらの目の前で処分するつもりだったらしい)ほっとしていたウチらに向かい、姐御はそう宣告したのだ。ここで美貴かっちんが涙目で抗弁した。

 「でもでも、射撃場でモーちゃん撃つくらいは、大目に見て下さいよう、ニケ様ァ」

 姐御は苦笑し、

 「ま、人に向けないなら、いいよ」

 そういう訳で──ウチらはアサシン完全廃業なのであった。今後どこかの組織からスカウトされても絶対にお断り。私達は固く、そう誓った。

 ところでこれらの事情をどこまでナァちゃんに話しているかというと、ほとんど何も話してない。ただ、前に店を訪れた際、支払いを終えてから、陳さんに断った上で、二人はナァちゃんと表で話したのだ。

 「今度、私達は、大事な仕事があるので、ミャンマーに行くの」

 「だけど直接には行けない。隣から入る」

 「でも誓うわ。密輸とか何とか、そんな事では絶対ないから」

 「すまんね。これ以上の事は言えないんだ」

 ナァちゃんは頭が良く、カンの鋭い子なのだ。二人の言葉に、「判りました」と答え、そして目に涙を浮かべて二人に抱き着いた。「気をつけて下さい」

 私達についての事も──やっぱり言えないなあ。ごめんね。何か察してはいるようだけど、(訊いてはいけない事なんだ)と思っているらしい。これからも、そう思ってて欲しい。私達も辛いけど、やっぱり、世の中、知らない方が幸せな事もある。

 「あの子が笑顔で帰国出来る日が来るまで、頑張んなくっちゃなー」

 姐御がカウンターに戻って行ったナァちゃんを見ながらつぶやいた。 

 「でも必ず戻って来てよ。『ビルマの竪琴』みたいな事になっちゃ、嫌だからね」

 真剣な表情で先生が言った。

 「『アア、ジブンハカエルワケニハイカナイ』」西村のおじさんが冗談めかして言った。「大丈夫。いつかは帰って来ますってば」

 「生きて帰って来いっ」

 ぶっきらぼうにおっちゃんが言った。

 私達は何も言えなかった。

 この集まりは二人の送別会でもあったのだ。

 またしんみりとした場の雰囲気を打ち破るように、姐御が美貴に矛先を向けた。

 「おーそうだ。四条畷君。ここで痩松さん情報を一同に御開示願いたいのだが」

 いきなりの名指しに美貴かっちんは耳まで真っ赤になった。大いに慌てふためきこうのたまう。

 「えええ。や、痩松さん情報と申しますと、それは一体どういうどういうニケ様どういう」

 それ。この日私達は美貴を二人ではさむ形で座らせており、ここぞとばかりに肘でつんつんしたのであった。

 大体こいつは今こうして真っ赤になっているが、最近三人で話すと自分から「痩松さんの話」ばかりするのである。彼は何でもいわゆる「鉄ヲタ」で、しかも最新式の新幹線などには全くの無関心(移動手段としては積極的に利用している)、ひたすら廃線寸前の赤字ローカル線ばかりを追い求め、休暇が取れれば日本中どこでも(必ず電車で)出かけて行き、雨洩りのする駅舎、雑草だらけの路肩、錆び付いた線路、そしてぼろぼろの機関車、がたがたの客車、乗ってる数少ない乗客はみんな御老体、それらを哀惜込めて撮影する事に、たまらないロマンを感じるそうな。赤字路線は必ず一往復するという、旧来のローカル線マニアの鉄則を、頑なに守り続けているのもこの人らしい。さらに。使っているカメラはフイルム式、これを自分で現像するのが何よりも楽しいという凝りよう、こだわりよう。だがいわゆる非常識な「撮り鉄」には憤りを隠さず、「見つけ次第現行犯逮捕だっ」「でも休暇中でしょ」みたいなやりとりをしているそうで。もうお腹いっぱい。ごちそうさまっ。

 「私こっちの道にも目覚めてしまったわ。彼も私の趣味には大いに関心を示してくれて。『その作の製作年代は』とか『スタッフ間のコミュニケーションは取れていたのだろうか』とか、しっかり反応してくれんのよね。誰かさん達みたく、てきとーに聞き流したり、目開けて寝たりなんかしないしさっ」

 ウチらはこれからおのろけ話共々赤字ローカル線とフィルムカメラの話も延々聞かされる訳である。トホホ。しかしヲタはやっぱしヲタ同士、ぴったりはまっちゃったんだなー、うらやましいと言うか、何と言うか。おかげでウチら残りの二人は何かにつけて心配性のお姉さん達に言われてしまうのだ。「お前達はまだなのか」「あなた達まだなの」って興味無いし相手もいないんだからしよーがないじゃん。あ。姐御がニタニタしてる。

 「そっちの話は今度帰って来た時にたっぷり聞かせてもらうよ。旧ケルベロスの連中の取り調べの模様についでだ」

 「あ、ああ、何だ、そっちの話ですか、はいはい」

 ほっとした表情で美貴かっちんは話し始めた。

 十五年前の「クーデター」については、当時の警察は事故扱いで処理した訳だが、やはり警視正まで昇った人物が非合法仕事人組織を作っていた事が公けになるのはまずかったらしく、いろいろな面で「目をつぶった」所があったようだ。結局それが武田口らを図に乗らせてしまった訳なのだが、過ぎた事はもう言うまい。

 今度の一斉摘発による事件捜査がどのような進展を見せるかは予断を許さないが、少なくとも粟田口警部はやる気満々だ。新米警官時代に「今崎殿にはお世話になった」そうなのである。当時からして「事故」には強い不信感を抱いていたそうなのだが、その因縁深い組織と協力関係の最前線に立ったあげく、旧悪の捜査にも向き合う事となったのは、これも宿命と言うべきか。

 という訳で主犯格の武田口に対しては、連日厳しい取り調べが行なわれているのだが、

 「まー誰かさんにタマ潰されたおかげで、性格がすっかりおばさん化しちゃって、何を訊いても私のせいじゃない私は悪くない馬崎が悪い手下が悪い」

 「なーによぅ、私のせいなのぅ」

 「アイツは元からそういう性格だ。おばさん化は関係無い」

 姐御は失笑した。

 「えーとそれからもうひとつ。被害妄想がひどくなったそうです。ケルベロスの奴らは私を怨んでる、こんな事になったのは私のせいだと、私を憎んでいる、私を殺そうとしている、食事にも、水にも、毒が盛られている······まあ実際、そういう事を口にしているのもいるみたいなんですけどね。毒を盛るなんてのは当然あり得ないんですけど、御本人は完全に本気で、ほとんど食事が取れず、髭も全部抜け落ちて、どんどん痩せ細っているとか。今点滴受けてるそうです」

 「うーん、それって、中国の宦官にも術後に見られた生理的変化と情緒の不安定化じゃないかしら。男性ホルモンの供給が突然断たれて、語弊はあるけど、更年期障害めいた症状が出て来ているのかもしれない。元々猜疑心の塊みたいな人物だったしね」

 瑞谷先生が分析する。

 「飲めない、食べられない、ギリシア神話にあったよね、そういう罰、受けた奴の話」

 私が言うと、由美が答えた。

 「タンタロス」

 「そう、それ」美貴が言った。「ゼウスの大馬鹿息子で、度の過ぎたいたずらを繰り返したあげく、怒ったゼウスにぶち殺され、冥界で、頭の上にはりんごが鈴なり、足元には小川の清流、でもどちらも手を伸ばせば遠のくばかり、未来永劫、飢えと渇きに苛まれ続ける」

 一瞬、場は静まり返った。姐御はシューマイを口に放り込み、ビールでぐっと流し込んで、つぶやいた。

 「死刑より辛いな、それ」

 「ゼウスを名乗ってた男が、皮肉なもんだ」

 太田のおっちゃんが、かぶりを振った。

 「旧ケルベロスの連中については、クーデター実行犯の者達以外も、叩けばいくらでも埃が出て来たみたいで、当分出られないみたいです。これまではSCSの組織にかくまわれていたので、警察も手出し出来なかったみたいなんですけど──」

 かっちんはそこで言葉を途切れさせた。そしておずおずと姐御に尋ねる。

 「······あのー、それって、ウチらも、おんなじ······(痩松さんには訊けなくて)」   

 「あ」

 「う」

 ウチら旧メイド・アサシン三人娘は固まってしまった。先生とおじさんとおっちゃんも不安そうに姐御を見る。すると姐御は肩をすくめてこう言った。

 「それ、粟田口さんに、念の為、訊いたよ。そしたら返事は『今さら何言ってんですか』笑ってた。心配すんな」

 ウチらはほっと溜息をついた。どうやら補導されずに済みそうだ(本来補導じゃ済まないと思うけどなー)。

 美貴も安心して話を続ける。

 「あの、でも、トレーニングルームでニケ様にぶちのめられた連中の中で、ニケ様を怨んでるような奴は、いないそうです。むしろ命だけは助けてもらったと、感謝してるのもいるくらいで」

 「そりゃそうだろ。力の差が圧倒的だったんだからなあ」

 西村のおじさんが頷く。

 「あれだけの大立ち回りを演じて雑魚十三人衆全員やっつけて」

 「一階から十階まで刀と銃振りかざして駆け上がって」

 「息切れひとつ起こしてなかったんだもの」

 ウチらは言った。

 「ワ×ダーウ×マン」

 瑞谷先生が冷やかす。

 「趣味じゃないよありゃっ」

 姐御が鼻を鳴らす。

 「んじゃアマゾネスだな」

 太田のおっちゃんがからかう。

 「せめて巴御前と言ってあげなよ」

 と、おじさん。姐御はうんざり顔でビールがぶ呑み。美貴が咳払いして、

 「えーっと。実は。メラニッポス、鈴木肇元海自二等機関兵なんですが、あのお兄さん、取り調べの最中に、何かと言うとお姐様が、お姐様がって、ニケ様の話ばっかりしたがって、全然取り調べにならない、何なんだアイツはって、痩松さん、頭抱えちゃってまして」

 「うわー、やめろー、鳥肌じゃなくてじんましんが出るーっ!」姐御は全身をかきむしりながらそう言った。「確かに、不当な差別はあってはならない、いや差別は許されない、だが、この生理的なぞわぞわ感はどうすればいいんだ、瑞谷先生っ」

 「うーん。難しい問題よね、これは」

 先生は真剣な表情で腕組みをし、言葉を選びながら発言する。

 「生物学的・本能的に、不自然な存在に対して、忌避感を覚えるというのは、これはむしろ自然な反応なのだから、無闇に否定は出来ないし、抑制を強要するような事をすれば、かえって反感を招いて不幸な結果になりかねないし」

 「フランスじゃ暴行事件も起こってますしねー」

 と、私はつぶやく。

 「極端な話だけど、性的少数派(マイノリティ)多数派(マジョリティ)になっちゃったら、それは種としての滅亡を意味する訳だしね」

 先生がそう言うと、

 「みんながホモとレズになったりしたら」

 「誰も子供作んないもんねー」

 「それは困る」

 ウチらは顔を見合わせる。

 先生は天井を仰いだ。

 「だからと言ってねー。『性的マイノリティなど国家には不要』『偽善は世を腐らせる』『生めよ増やせよ』なんて身も蓋も無い政策ごり押しすると、前世紀前半のドイツみたく、悲惨な結果に終わる訳だし」

 「同性愛者も強制収用所にぶち込みましたからねぇ」

 おじさんがかぶりを振って言う。

 「まあありきたりな結論だけど、こういうデリケートな問題に対しては、理性とバランス感覚をもって、中庸を模索していくしかない、というのが私の考えなんだけど、どうかな、なっち」

 「うーん。とにかく私はまだまだ修行が足りないという事だな」

 姐御が真面目な顔をしてそう言うと、おっちゃんが、

 「しかしナターシャよ。お前さん、そういう相手に失言を認めてきっぱり謝罪したなんて、そうそう出来るこっちゃないぜ。そんなお前さんが修行が足りないんじゃ、俺達どうすりゃいいんだい」

 「そうよー。私なら『おかま野郎っ』を決めゼリフにして、すかさずバッサリ」 

 「こらっ!」

 みんなが一斉に私を叱り、私は身をすくめて反省する。

 「ごめんなさーい」

 修行が足りないのは私の方でした。

 ところで、アサシン組織SCSの壊滅後についてだけど、このへんで整理しておきたいのよね。

 まずSCSって言うのは表向き清掃会社な訳だったけど、こっちの仕事もちゃんとやってて、一般社員も大勢いたのね。これまでの話の中には出て来なかったけど、こっちの方の責任者、名目上の「副社長」がいた訳です。名前を大総司(おおそうじ)さんと言いまして──いえほんとなんだから仕方がありません。

 だから普通の清掃会社だと思って入社した人は、それにしちゃ設備とかずいぶん豪華だよなー、ロビーはホテル並みでトレーニングルームとかもあるし、なんて首かしげてるうちに、段々実態が判って来て、ヤバい、ここは、そう思った頃には内務班(ケルベロス)の手が回ってて、「秘密洩らしたら命無いよ」なんてやられてた訳で、恐い思いさせてごめんねーって、当時も今も思ってます。

 で、アサシン組織が潰れて、文字通りの「清掃」を本業とする「㈱アルペイオス・クリーニング・サービス」が再編されて、当然社長は大総司さん。

 気になるのはウチらの仕事の「後始末」をやってた旧「清掃班(アルペイオス)」のメンバーの処遇なんだけど、当人達の希望も何も聞ける状態じゃなし、一般の作業員に混じって、黙々と働いてもらう事となった。事情を知らない一般作業員にとっては、かなり薄気味の悪い爺さん婆さん達だろうけど、路頭に迷わせる訳にはいかないもんね。

 太田のおっちゃんがやってた技術部(ダイダロス)は、旧本社ビル(オリンポスビルって名前は残った)内に地下ガレージとか工房とか、充実した設備と人員が揃ってるから、このまま関連企業「㈱自動車整備工場ダイダロス」としてやってく事になった(もちろん銃器類の製造整備はきっぱり打ち切り)。これでおっちゃんはめでたく太田社長──あ、出て来なかったけど、「部長さん」は「相談役」です。イカルスくん──今は本名の佐々木君だけど、みんな失業しなくて済んだって大喜びしてる。付け加えると、駐車場係に警備員のおじさん達も、めでたく従来通り勤めてます。

 あ、それと、おっちゃんの娘さんの悠子ちゃん、瑞谷先生の尽力で、無事専門病院に入院出来た。この間見舞いに行ったら、元気そうだったんで安心した。難しい病気だから、これからもいろいろ大変だとは思うけど、頑張って欲しい。

 えーと、それで、情報部(シビュレ)はなぜか広告代理店に様変わりしたし。つまり現在のオリンポスビルというのは、清掃会社と自動車整備工場と広告代理店が同居してる、いわゆる雑居ビルになった訳。

 ちなみに私達のいわば同僚だった暗殺班(エリス)メンバーの九名は、いずこともなく姿を消した。政権が交代しても裏社会が消える訳がなし、彼らがその「特技」を生かして裏の仕事を続けていくか、はたまた私達のように足を洗うかは判らない。個人的には、年少の私達に対しても、実力にちゃんと敬意を示してくれる、いい人達だった。

 そして。清掃会社傘下の精神病院という、不自然極まりない存在だった、アポロン精神神経科病院は、このたびアポロン総合病院として再生し、その初代院長に選ばれたのが、我らが瑞谷綺羅々先生なのでありました。

 「荷が重いわー。私じゃいくら何でも若過ぎるしー。経験も不足しているしー。どうして私になっちゃうのよーっ」

 と、散々弱音を吐いていた先生だったが、あの時の、セーフハウスにおける、凛々しくも威厳に満ちた先生の姿を見ている私達には、何の不安も無いのであった。

 診察対象がSCSの関係者限定だった諸科が、外来患者に解放され、設備と人員をより充実させて、再スタートを切った訳である。

 ここで私達の今後の身の振り方の話になるのだ。

 寮で先生と姐御、五人で相談した時の事。

 「でもあなた達、既にネットで相当稼いでるじゃん。セーフハウス借りられるくらい」

 先生がそう言った。あの部屋はそのまま残して、時々別荘気分で使ってる。

 「んー、画・音・文ですね。でもあれは」

 「あくまで趣味兼副業って事に」

 「したいんですけど」

 と、ウチらは答えた。

 「まあ本業としてやってくには、いろいろ大変だろうからなあ。趣味と実益兼ねてやるっていうのが、一番利口なやり方かもな」

 と、姐御も賛同してくれた。

 「それじゃあなた達。これから『本業』はどうするの。高校入学って選択肢もあるわよ」

 「それなんですけどねー」

 「今さら学校ってのもアレですしー」

 「三人で話し合って決めたんですけど」

 「アポロン総合病院スタートの暁には」

 「看護師(ナース)として雇って」

 「欲しいんですけどー」

 先生はがくっと小さくこけた。

 「ち、ちょっと待ちなさい。看護師の資格を得るには、高卒者は最低三年、中卒だと養成課程校で五年かかってどうにか」

 「でもウチら基礎学習終わってまして」

 「国家試験いつ受けても大丈夫ですし」

 「高卒者の学力なら小学生の頃にもう」

 「あーまあこいつらならやるよな。学習能力とその応用の点でも超人レベルだ。看護師の資格制度に飛び級って無いのかキララ」

 「ある訳無いでしょっ」先生は考え込んだ。「······まああなた達なら短期間の専門教育と研修で即戦力となるのは間違い無いし、ウチは人手不足で猫の手も借りたい状態だし······特別看護研修生とか何とかでっち上げて······いややっぱしヤバいかな」

 「政権交代でゴタゴタしてる今がチャンスなのと違うか。この世界も実力第一だろ。モグリのツギハギ顔の名医が大活躍するマンガがあったじゃないか」

 「ナースのモグリなんて聞いた事ありませんっ。とにかく、厚労省と掛け合って、何とかしてみますっ」

 そして厚労省もやっぱしゴタゴタしてて、何とかなってしまったのであった。

 それと。前院長の件は当然の事ながら絶対に口外無用のタブーである。そもそも「浦之巣史朗」なる人物は十五年前から「行方不明」で、岩井と名乗り、プルトンというコードネームで呼ばれていた前院長がそれと同一人物であったかは「未確認」なのだ。つまり個人としての正体は不明だった前院長の失踪事件については、警察の捜査も形ばかりで打ち切られ、そして私達は沈黙を守った。これからもずっとだ。プルトン。あなたは海底で未来永劫、冥界王でいて下さい。

 さて上海亭に話を戻して。先生がウチらに言った。

 「まあとりあえず、あなた達は特別枠で受けた国家試験、パーフェクトで通っちゃった訳だしねぇ」

 「厚労省も何か無茶苦茶だな」

 姐御達は苦笑する。

 「当然、現場研修はみっちり受けてもらいますけど。診療科で何か希望ある? まさか、三人揃って精神科とか?」

 ウチらは顔を見合わせる。

 「まー初めはそうだったんですけどねー」

 「ウチら三人固まっちゃったら」

 「かえって先生に迷惑じゃないかと」

 「それじゃ、一人一人、言ってみて」

 私は手を上げて言った。 

 「泌尿器科」

 美貴が手を上げた。

 「肛門科」

 由美。

 「産婦人科」

 大人達は一斉にむせ返り、先生は額に手を当てている。

 「······そ、その下半身への固執は何? ユング派の私にフロイト的解釈を求めているの?」

 「いやまー、そういう解釈もあるかもしれませんけど」

 「当初の頭への固執への反動かと」

 「思います」

 先生はチューハイをぐっとあおり、気を取り直そうとして言った。

 「ま、まあ、それがあなた達の希望なら、善処するわ。どこも大事な所だからね、うん」

 「まー私ははっきり罪滅ぼしですよ」腕組みをして私は言った。「いっぱい、潰しちゃったし」

 「それ以上言うなーっ」

 おじさんとおっちゃんが痛そうに呻いた。

 「んじゃまあ、そういう事でさ」

 姐御がコップを掲げた。 

 「我らが三人娘の新たな門出を祝って、乾杯といこう。乾杯っ」

 「乾杯!」

 一同は私達を祝福し、何やらめでたそうだと他のお客さん達もコップを掲げ、カウンターから陳さんとナァちゃんが拍手してくれたのだった。

 

 という訳で、大団円、ハッピーエンド、おしまい、さよならっ。


           〈完〉

 


 完読心から感謝致します。

 ありがとうございました。

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