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最後の最期まで素直じゃないんだからったく

 一番勝負でございます。


 SCS本社ビル(オリンポス)の地下駐車場出入口には当然の事ながら詰所があり、車の出入りの際には厳重なチェックがされる。まあ幹部クラスの場合は顔パスが普通で、こないだのアガメムノンのおっさんのベンツもそれだったんだけどね。

 ちなみにこの詰所及び務めてる警備員はヘカトンケイルと呼ばれてる。言いにくいよね。要するにギリシア神話の冥界(タルタロス)の牢番の名前なんだけどさ。ほんっとこういうところ細かくてうるさいよねーあの親父。もちろんウチらは普通に警備のおじさんって呼んでる。

 その日の担当の人はウチらも良く知ってて、とても温厚なおじさん。ヘカトンケイル三号なんて呼ばれてる。ウチらが血だるまになって帰るたびに、

 「ケガは無かったかねーっ、まったくなんだってあんたらみたいな子がこんな仕事を」

 って涙ぐんでる人だった。

 で、戦闘服姿の姐御運転のウチらの車がバーの前で停車すると、おじさんはウチらを一目見るなり、

 「あ、あんた達、ほんとに来たのか! たった四人でどうするんだ! 今からでも遅くない、早く逃げなさい!」 

 ほんといいおじさんである。姐御もニコニコしながら、

 「おじさん心配無いって。ウチら一騎当千だから、四人で四千人相手に出来るよ」

 「そーでーすっ」

 ウチら三人娘も声を揃える。

 「それよりボスに連絡して。時間通り、来てやったってさ」

 「わ、判った」

 おじさんは内線の受話器を取り上げた。

 「ヘカトンケイルです。──はい、時間通り、参りました」

 「ちょっと貸して」

 姐御は手を伸ばし、おじさんの手から受話器を取ると、送話口に向かってこう怒鳴った。

 「おう武田口、てめーもいよいよ年貢の納め時だぞ、覚悟しろ、首洗って待ってやがれこの人非人の鬼畜の糞ヤクザが、キララっちに指一本触れてみろ、三人娘がど突き倒し、とどめに私が股裂きだーッ!!」

 目を白黒させているおじさんに受話器を返し、姐御は笑顔で言った。

 「バー、上げてね」

 「は、はいっ」

 心配そうに見送るおじさんをよそに、ウチらは地下駐車場へと降りて行った。

 

 指定のナンバーの位置──444だってさ、いやらしいなあまったく──に車を停めると、ケルベロスの三ツ首ことアルゴス・タロス・スキュラが出迎えてくれた。

 ウチらが車から降りると、アルゴスが進み出て言った。

 「逃げずに良く来た。度胸だけは、誉めてやるぜ」それからちょっと、姐御に向かって声を潜め、「あんた、ボスにまた何か言っただろ。怒ってたぞ」

 「アッハッハッ、相変わらず冗談が通じないねぇ、田中社長は」真顔になって、「さあて、こっちは人質を取られている以上、そちらさんの言いなりになるしかないけど、どうすんの? まさかこのままいきなり蜂の巣とか?」

 「そんな楽には死なせちゃなんねぇと、我らがボスはおっしゃってるぜぇ」

 アルゴスの後ろの「青銅の巨人」タロスが、唸るようにそう言った。

 「そうそう、たっぷりと可愛がってあげなくちゃねぇ、おばさんが腕によりをかけてあげるから。オホホホホホホホホホッ」

 ブルドックおばさんことスキュラが言った。姐御はフンと鼻を鳴らし、アルゴスに尋ねる。

 「ところでさ。マンションの方は、もう襲わないのかい?」

 アルゴスは肩をすくめる。

 「あんたら四人を相手にするのに、そんな余裕があるかい」

 何だ。そうと判ってりゃ西村のおじさんにも来てもらうんだった。損したなー。でも姐御は重ねて尋ねる。

 「だけどさ。あんたのボスが、気まぐれと言うか、腹いせと言うか」

 「否定しねえよ。だけど俺にはどうにもならねえ」

 あ。やっぱし。正解だった。するとタロスが腕組みし、ニタニタ笑いながらこう言った。

 「まあお前さん達をここで全員ぶっ殺しちまえば、残りはじっくり片付けるってだけの話さ」

 「そーの通りだわ、オホホホホッ」

 これまでひたすら冷酷陰険なイメージだったアルゴスは、昨日の瑞谷先生との「医者と患者の関係」を()の当たりにしてから、だいぶ印象が変わったけど、後の二人はこりゃどうしようもない。

 そのアルゴスが口を開く。

 「三人娘は俺達ケルベロスの三ツ首が個別にお相手しよう。ニケよ。あんたにはトレーニング・ルームに行ってもらう。そこを生きて出られたら、CEOの部屋に行ってもいい。三人娘も同様だ。瑞谷──医師は、ゼウスと一緒だ。判るか。人質だぞ。くれぐれも、下手なまねは、その、まっすぐ部屋に行こうとするとか、してくれるなよ、頼むから、いや、もとい」

 「何が言いたいの。キララを助けてやってくれとか?」

 「そ、そんな事、俺が言える訳ないだろう! いや、とにかく、始めるぞ!!」

 こうして決戦の幕は切って落とされたのだった。

 

 私の相手はアルゴスだった。場所はこの地下駐車場。二人きりになった私達は、何か妙にリラックスした雰囲気だった。鼻のギプスが痛々しいアルゴスが、まず口を開いた。

 「お前の得物はいつものか」

 「そ。これとこれ」

 私はエプロンの下から妖刀村正脇差を、懐ろから特製拳銃(ライラプス)を取り出してみせた。アルゴスが少し、頭をかしげて尋ねる。

 「お前確か、虎徹持ってた筈だろ。さっきニケが腰のベルトに差してたの、あれがそうか」

 「うん。姐御に預かってもらった」

 「何でだ」

 「その方が、近藤さん、喜ぶと思って」

 「誰だそれ」

 「元の持ち主。整形近藤局長」

 「ふうん」

 「で、あんたの得物は?」

 「俺はこれだ」

 アルゴスが両手にかざしたのは、ブローニング拳銃と、日本刀の大。私は尋ねた。

 「その刀、何? えらく素っ気無い(こしら)えだけど」

 「無銘だ。ひたすら頑丈で、ただただ良く斬れる。それだけの代物だ」 

 「うわ、合理的ィ」

 「じゃあお互い、とりあえず、刀で勝負といくか」

 「拳銃は最後の武器だってか」

 「······お前の歳はいくつだ」

 「だってとんでもない女ヲタがダチなんだもん」

 「アレか。アレの相手は唐変木で朴念仁の極みだぞ。その種のネタは一切通じん。ヒスを起こしてしくじらなきゃいいけどな」

 「何かほんとに心配してくれてるように聞こえるね。あんたの事、今までずーっと嫌な奴だ嫌な奴だって思ってたけど、昨日から少し、印象変わったね。ちょっとやりにくくなっちゃったなあ」

 アルゴスはみるみるうちに赤面した。

 「なな何が変わったって言うんだ。余計な事を言うなッ! だ、大体な、俺だって前々から、お前らが憎ッたらしくて憎ッたらしくて、一回だって可愛いなんぞと思った事は無かったんだ! おまけにさんざ人をおちょくりやがって、今日こそは決着をつけてやるからな、覚悟しろ、メスガキがーッ!!」

 なぜか突然逆上したアルゴスは、ブローニングを懐ろにしまい、無銘の刀を引き抜くと、鞘を投げ捨て、大上段に振りかざし、私めがけて突進して来た。

 ここで私がライラプスでおっさんを蜂の巣にしちゃったらおしまいだったんだけど、いくら何でもそれはあんまりなので、私もまた正直に拳銃(うちの子)を懐ろにしまい、村正を鞘から抜いて八双に構え、アルゴスの正面からの一撃を待ち受けた。

 アルゴスの無銘の刀と私の村正が真っ向激突し、目のくらむような火花が散った。

 私達はそのまま数分間、ぎりぎりぎりーっと、双方一歩も譲らぬ壮絶な鍔ぜり合いを演じたのであった。

 まあどうせそこらじゅうの監視カメラからの中継映像を、CEO室のモニターで眺めながら、あの親父は酒かっくらって御観戦だ。隣に座らされているのが瑞谷先生。縛られてなきゃいいな。いじめられてなきゃいいな。私はそう思いつつ、アルゴスの圧力に耐え続けた。

 全身汗まみれのアルゴスが歯を喰いしばり、咽の奥から唸るように声を出した。

 「うぐぐぐーッ。何どいうばがぢがらのごむずめだーッ」

 私もまた涼しい顔という訳にはいかなかった。さすがは内務班長、ケルベロス筆頭。伊達に現場を仕切っていない。目に入る汗をこらえつつ、唸り声で応じる。

 「ごむずめッで失礼(じづれー)ねー。見がげぼどガギじゃないのよわだぢだぢーッ」

 お互いそろそろ限界なのを察すると、私達は目線を交わし、一二の三で強く押し合い、その反動で後方に跳んだ。

 刀を青眼に構えて向き合い、ぜいぜい肩を上下させて、呼吸を整える。

 「······メスガキも小娘も嫌だって言うんなら、お嬢様とでも呼んでやろうか?」

 「それ、一番やだよ、おっさん」

 私はアルゴスの懐ろ近く飛び込むと、猛烈な突きを連続して繰り出した。アルゴスの無銘の刀はことごとくこれをはね除けた。

 私はすっと身を沈め、アルゴスの足首を払いにかかる。アルゴスは素早く跳び上がってこれを避け、お返しに私の背中めがけて鋭く突き下ろした。

 私は右に跳び、今度はアルゴスの左腰から斬り上げる。アルゴスはこれも見事にはね除けた。私達は再び呼吸を整える為、向かい合った。

 「······そういやお前とは一度も手合わせした事が無かったな」

 「ま、お互い避けてたからね」

 「ちゃんとやっときゃ良かったぜ。いい勝負が出来たのによ」

 「残念でした」

 私達は真正面から刀を激しく打ちつけ合った。刀が激突するたびに、火花が目に飛び込みそうになる。双方の刀はもはや刃こぼれでぼろぼろだが、もうなりふり構っていられない。また跳びのく。ぜいぜいぜい。短時間の衝突で、お互い猛烈に消耗している。めまいがしそう。アルゴスが唸ってる。

 「······真剣勝負で俺とここまでやり合ったのは、お前が初めてだぜ。大したもんだ、『バッコスの信女』」

 「あーそれやめて。私もうフリーだからね。だけどその気持ちはありがたいから、私もおじさんって呼んだげる」

 「そりゃあ嬉しいなあ、びーびーちゃんよォ」

 アルゴスはそう言い放ちさま、また物凄い勢いで私に迫り、かがんで、私の両手首を狙い、斬り上げて来た。あの時の近藤さん同様に、今度は私の両手首が刀ごと吹っ飛ばされる、その寸前、ぎりっぎりのタイミングで、私は身を引き、間一髪、アルゴスの必殺の一撃をかわす事に成功した。

 だが返す刀で次の一撃、今度は斬り下げが私の頭上から襲いかかる。

 下より上からの猛攻に翻弄され、私の身体はバランスを崩し、足を取られ、よろめいた。

 しまった、という表情が、私の顔に浮かぶのを見て、アルゴスは、してやったり、とほくそ笑む。

 転倒しかけた私の左手は、咄嗟に刀の柄から離れ、床に向かって伸びかけた。

 アルゴスの無銘の刀がまっしぐらに迫り、私は絶体絶命の窮地に追い込まれつつあった。

 だが私の左手は床には向かわず、逆に懐ろへと入っていく。いぶかしげな表情がアルゴスの顔に浮かび、次の瞬間、その細い目が見開かれた。

 私の左手は特製拳銃(ライラプス)を取り出しつつあった。文字通り、最後の武器を使おうという訳だ。だがその用途は本来のそれとは違った。私は引金に指を掛けず、銃把を握りしめ、ライラプスの銃口を迫り来るアルゴスの無銘の刀に振り向けた。

 同時に崩れたと思わせた己の体勢を立て直し、そのままならコンクリートの床に思い切りぶつけていた筈の後頭部と背中の代わりに、お尻をぺたんとぶつける形を取った。痛い事はこれも痛いが、こういう時の為にお尻のお肉はあるのだ。

 アルゴスは焦った。だが勢いのついた刀の動きを止める事はもう出来ない。その刀がライラプスの銃口と激突し、火花を散らす。そしてじわじわと、銃身に喰い込んでいく。

 ああ、おっちゃん特製の。私の可愛いライラプスが。だけど悲しんでいる暇は無かった。私はもはや刃こぼれでぼろぼろの妖刀村正の柄を握り、刀の動きを封じられたアルゴスのみぞおちめがけて、その切っ先を突き出した。

 村正は確実にアルゴスの急所を突き、深々と貫いた。アルゴスの全身が硬直し、私は予定通り尻餅をつく。

 そのままの形で時間は流れた。ほんの数秒の事だったが、私には何時間にも感じられた。

 アルゴスの驚愕に見開かれた両眼が急速に血走り、その口から鮮血が噴き出した。私は村正をアルゴスの身体から引き抜いて、ライラプスより手を離し、床を蹴って後退する。アルゴスのみぞおちからも血が噴き出る。

 彼はライラプスを喰い込ませたままの刀を取り落とし、後ろによろめいた。壁に背中を打ちつけ、右手を懐ろに突っ込もうとする。彼も最後の武器を使う気らしい。本来の用途で。私はお尻の痛みをこらえながら立ち上がり、場合によっては村正を投げつけるつもりで構えた。

 だがアルゴスの右手はもはやブローニングを構える力を持たず、彼の銃もまた床に落ちた。彼は壁に背中を預け、床にずるずるとへたり込んだ。がっくりと、その全身から力が抜ける。

 私は慎重に近づくと、床に落ちた際、アルゴスの刀から外れたライラプスを拾い上げ、彼の刀と銃は、足で向こうに蹴り飛ばした。割れた銃身のライラプスに、ごめんね、とつぶやき、懐ろにしまう。

 そしてアルゴスの前にかがみ込んだ。

 彼は口から血を流しながら、目を閉じ、肩で息をしている。私は静かに話しかけた。

 「とどめがいる?」

 アルゴスは小さくかぶりを振った。

 「······いらん。最期の時を噛みしめたい」

 「そっか。じゃ、少し、お話ししても、いいかな」

 「何だ」

 「あのさー、あんた、瑞谷先生の前では、えらく素直だったけど、もしかして、好きだったの?」

 アルゴスはカッと目を見開き、顔を上げた。出血で蒼白だったその顔が、みるみる真っ赤になっていく。

 「なな何を言うのだ。おお俺はあの先生には、あくまで患者の立場として感謝を、そして一人の医師に対しての敬意をぶほっげほっごぼごぼーっ」

 「あー無理してしゃべんなくてもいいよ。判った判った。信じるから」

 本当は「寮で先生の事、盗撮してなかった、百眼巨人?」って訊こうと思ってたんだけど、マジ可哀想になったんでやめた。

 代わりに私はこう言った。

 「でもねー、あんたってさー、ほんっとついてない人の典型だね。最初の職場の上司がどんなに素晴らしい人だったか、気づく前に、バカやってクビになって、どん底人生歩いて、挙げ句の果てに、あんな最低最悪野郎の子分なんかになっちゃってさー」

 「······何が言いたいんだ······」  

 「それでもね、最後には、お医者さんにだけ、すっごく恵まれたんじゃないの、違う?」

 アルゴスは私の顔をじっと見つめ、目を閉じ、小さく頷いて、事切れた。

 私はしばらくの間かがみ込んで、その死顔を見つめていた。

 やがて立ち上がり、天井を見上げて、つぶやいた。

 「さーて。その最低最悪野郎を、やっつけに行こうかしらっと」 



 次回、二番勝負は究極ヲタ娘対奈落底朴念仁でございます(笑)

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