エピローグ
甲高い女子高生達のわら声でふと我に返る。
新聞越しに見える女子高生達は、入り口に立ちおしゃべりに夢中な様子だった。
いったい何がそんなに面白いんだろう……
俺の横に空いた席には、ほんの1月前まで座っていた少女の痕跡は全くといって無い。当たり前の事だが、それが俺には非道く理不尽なことに思えて仕方がなかった。
『ねえ、俊介コブクロって知ってる?』
鼓膜の奥にミッキーの声が蘇る。
俺は新聞を折り畳むと、鞄からipodを取り出し、イヤホンコードを引っ張り出すと耳に挟んでスイッチを押した。しばらくして曲が流れ出す。
流れてきたのは『風』という曲だった。
なんとももの悲しいメロディーだったが、今の俺の心には心地よかった。
目を閉じ、詞を追ってみた。どうやら別れの曲らしい。
左肩にかかる、居眠りしてもたれ掛かった頭の重み
柑橘系の微香をまとわせた瑞々しい黒髪のポニーテール
ニキビを気にして少し降ろしている前髪
猫のように良く回る瞳
刃に衣を着せぬキツイ口調
ipodの片方のイヤホンを借りて、一緒に聞いたコブクロの歌
そのコブクロを熱心に俺に薦める時の熱血教師のような仕草
時折見せる物思いげな横顔
親父ぐらい歳の離れた俺を「俊介」と呼び
少し鼻に掛かったような笑い声と
5月の晴れ渡った透んだ美空のような笑顔……
『忘れないでね』
ああ、わすれないさ……
何せ俺は君に恋をしていたのだから…… 良いおっさんが年甲斐もなく、ただ純粋に。
確かに初めはとまどったよ。それに認めたくはなかった。自分の娘と変わらない年の女の子にそんな感情を抱くなんて。
でも、今は違う。
君は俺のことを好きだと言ってくれた。君はこんなオジサンの俺を……
認めないのは、なんか君に失礼な気がするんだ。
俺がもっと上手く君とつき合えたなら……
もっと気の利いた台詞が口をついたなら……
もっと君を理解できたなら……
そう思わずには居られない
俺の方こそありがとうって言いたいよ、ミッキー。君と出会ってから、どんなにこの通勤時間が楽しかったことか。君に会えるのがどんなに待ち通しかったことか。
俺は胸のポケットから携帯電話を取り出し、裏のふたを外して電池を取り出した。
そこに張ってあるプリクラには、子猫のような瞳を輝かせながら笑うミッキーと、照れて妙に引きつった顔で笑う俺が写っていた。
『おまじない』
『何のおまじないだ?』
『ないしょぉ〜! 教えたげな〜いっ、あははっ』
なんだよ…… おまじないなんて必要なかったじゃんか……
電車内に彼女が降りていた駅への到着を告げるアナウンスが流れた。窓の外にはホームが流れていき、急速にスピードが落ちていく。
ふと、改札へと上がる階段に目をやる。
あの日、初めてこの駅に2人で降りた事が、もう何年も前のことのように思えて、俺はたとえようもない寂しさを感じていた。
あの日に戻って最初からやり直せたら、俺はもっと上手く、彼女とつき合えるのに……
「ゴメンな、ミッキー……」
そう呟いてみたのだが、開いたドアから乗り込む乗客の雑踏に俺の呟きはかき消されていった。
ゴメンな、俺、ナイスミドルになれなくて……
( 完 )
最後までおつき合い頂きありがとうございます。
ようやく1つ作品を書き上げる事が出来ました。
ちょっと救いのないラストになって仕舞ったのですが、いかがだったでしょうか?
当初はミッキーが生きているラストを考えていたのですが、着地点が見付からずボツにしました。
それで『日記と手紙』というかなり力業でうっちゃりました。ええ、笑ってやってください……(悲
やはり私には恋愛物はハードルが高かったです。
だいたい、今時のJKなんて話す機会なんてないし、わかんねぇ〜って!
あっ、いや、スイマセン、取り乱しました。
この物語のサイドストーリーも考えてはいるのですが、どうなるかわかりません。
また何かの切っ掛けで恋愛物に手を出すかもしれませんが、その時はまた、おつき合いのほど……
鋏屋でした。