おまけ(彼の視点)
俺には運命の赤い糸が見える。(頼むから、病院行けとかそういうツッコミはやめて……)
高校に入って好きな子が出来たが、彼女と俺とは運命の赤い糸が繋がっていなかった。
親しくなっても悲しい思いをするだけだと思い、せっかく同じクラスだというのにほとんど関わらずに過ごした。
だが、無意識に目で彼女を追ってしまうのはやめられなかった。
最初は単純に顔や雰囲気が好みだった程度が、見た目通りの大人しい女の子ではなさそうなところや、几帳面かと思いきや案外豪快だったりするところに親しみを感じたり、興味は増す一方だった。
――いわゆるギャップ萌えというやつか?
だが、どんなに彼女に惹かれても失恋は確定だ。
だからせっかく好きな子と同じクラスだというのに、俺は何のアクションも起こさずに、一年を過ごした。
切ないな……。
俺は運命の相手にいつ出会えるのだろうか。
――そして二年生になり、彼女とは別々のクラスになった。
正直ホッとした。俺はやっと彼女から解放される。
***
彼女が視界に入らない日々はあっという間に時間が経っていった。
気付くと夏休みも終わり、新学期になって数週間が過ぎていた。
「紀ノ川ナナセですっ。趣味は料理と手芸です。今まではずっと女子校だったので、男の子とも仲良くなれるか心配ですけど、気軽に声を掛けてくれると嬉しいです!」
ずいぶんと中途半端な時期に転校生がやってきたものだ。
クラスのヤローどもは転校生が可愛いと喜んでいたが、俺は特に興味は抱かなかった。
しかし何故か休み時間に転校生からクッキーをもらった。
全員に配られるのならわかるのだが、もらったのは俺とあと三人の男子のみ。
学年トップの秀才。
サッカー部のエース。
もうすぐメジャーデビューが決まってるバンドマン。
そして俺。
何だこのメンツは?
俺以外、すごい顔ぶれなんだが……。
げっ、クッキーをもらえなかった男子からの視線が痛い。
ちなみに転校生も女子から非難の視線を浴びまくっている。
俺はともかく、学校で人気のある奴にだけクッキーを渡すって、一体どんな神経してるんだ?
今回は押し付けられるようにクッキーを受け取ってしまったが、今後転校生とは関わらないようにしようと俺は心に決めた。
――うん、俺、転校生とは関わらないって決めたよね?
自分の右手の小指を見ると、今まで3メートルほどの長さで途切れていた糸が長く長く伸びている。
終点を確かめると辿り着いた先は転校生……。
つまり転校生が俺の運命の相手!?
しかし、おかしなことに、転校生の小指からは俺と繋がっている糸以外にあと三本の糸が伸びている。
それぞれの行きつく先を辿ると、終点は秀才とサッカー部とバンドマン。クッキーをもらったメンバーだ。
わけわかんねー!
運命の赤い糸が四本ってどういうことだよ?
四人の男が同時に転校生と結ばれるってことなのか?
何だよそれ? 逆ハーレムってやつか?
俺は転校生を見ても全く食指が動かないし、第一付き合うのは一対一がいい。
……ハッ!? このクッキーって呪われてるのか!?
俺はクッキーを持っているだけも怖くなり、密かにダチに全部譲った。
「お前、でひでぇ奴だな」とダチには非難されたが、なんだかんだ食欲旺盛な男子高校生なダチは俺に代わってペロリとたいらげてくれた。
しかし、俺の運命の糸は転校生と繋がったままだった……。
俺は焦った。
何故か転校生と糸が繋がっている俺以外の奴らは転校生に夢中になっているからだ。
周りの冷ややかな視線をものともせずに、転校生を取り合っていつも四人で行動している。
俺には全くその気はないのに、相変わらず運命の糸は転校生に繋がっているのを見ると恐ろしくなる。
――俺もいつかあのハーレムの一員になって、馬鹿みたいに彼女の気を引こうとしてしまうのだろうか?
俺は糸が自分で切れないかいろいろ試してみた。
だが何をやっても切ることは出来なかった。
――そして絶望のさなか、久しぶりに彼女の姿を見た。
去年同じクラスだったのに、一度も喋ったこともなかったせいか、彼女は俺の横を素通りしていく。
以前より、少し伸びた後ろ髪を見ると、何故か無性に切ない。
「好きです! 俺と付き合って下さい!」
俺は彼女を追いかけて、無謀にもいきなり告白をしていた。
「ごめんなさい」
わかっていたが、即答で振られた。一秒ですら悩んでもらえなかった……。
彼女はさっさと俺を置いて歩いていく。
ったく。俺は何をやっているんだか。
気のせいだと思うが、告白中に俺の小指を彼女がチラリと見た気がした。俺にしか見えない、この忌々しい赤い糸を。
クソッ!! こんな、こんな糸なんかっ!!
俺は指がもげる勢いで糸を引っ張った。
……例え怪我をしようとも、どうでもいい気分だった。
何が運命の赤い糸だ!! 俺は運命なんてもう信じない!!
――小指の一本くらい犠牲にしても、糸が切れるならそれでいい。
ブチッ。
――あ、あれ!? 切れた!? マジ!?
どういうわけか、小指がもげる前に、30センチくらいの長さで糸が切れた。
俺はとっさに彼女の糸の先端を拾い、俺の糸と括り付ける。――絶対に解けない結び方で。
去年、こんなふうに無理やり結んだらどうなるのか考えたことがあって、絶対に解けない結び方を研究していたのだ。
実際にやるとは思わなかったが……。
さあて、どうなる?
「ちょっと! 勝手に結ばないでよ!!」
彼女が怒声をあげながら戻ってきて、必死の形相で結び目を解きにかかる。
「えっ、並木さんも赤い糸見えるんだ?」
俺は呆然と彼女を見た。
まさか自分以外にも見えるとは……。
しかもこんな姑息な手を使った時にわかるなんて、俺って格好悪すぎ……。
だけどやってなかったら、恐らく一生、彼女も見える人だと知ることはなかっただろう。
「ほ、ほどけない!」
困惑する彼女を見て俺は仄暗い悦びを感じていた。
これはチャンスかもしれない。運命に抗うチャンスだ。
俺は糸が切れた時点で、これが思っていたような『運命』の赤い糸ではないことを確信していた。
――運命は自分で掴み取ってやろうじゃないか。
俺は変わることを決意した。
ここまで読んで下さってありがとうございます! 思いついたので、彼の視点も書いてみました。