表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

角明かし

7 破り



紫は、平気な顔で私の捨てた握り飯を食べていた。



不用意にそんなところへ捨てたからだ。




しかし、意に反して、紫の身にはなにも起きなかった。



そもそも、なにか仕込まれていると感じたのは、私の思い過ごしだったのか?




紫は蓋をしめると、小走りに長屋の中に消えた。



私は、慌てて飛び出し二人の棲みかの戸を開けた。



驚き目を丸くした紫が、こちらを振り向いた。




『鳶ったら、なんなの?足音を忍ばせたと思ったら急に飛び出したりして。私がお握りを食べたから、怒られるとでも思ったの?どうして食べ物を捨てたりなんか……。私、おにぎりの包みを見つけたとき、私達みたいだって思ったわ。ごみ箱に捨てられて、誰からも気づかれずに死んでいく………』



何で捨ててあるものなんか!紫さんがごみでなんかあるわけないじゃないですか。



私はそう言葉にしそうになるのを堪えて、平気な顔をする。





私の息は、恥ずかしいほど上がっていた。



いつも明るくて、私をおい飛ばす紫さんが、急に違う面を見せたから。



『ごみだなんて、穏やかじゃないですね。私は、ごみじゃないですよ。それは、娘さんが、お地蔵さまに上げるのを、私の背中を見て下さったのです。今なら、この新しい法衣だったら、下さらなかったかもしれないが、さもひもじそうに見えたんでしょう。気持ちだけ充分に頂いたので、脱け殻を捨てたんです。紫さんから見たら、捨てたと見えても、仏の弟子である私には、それで充分なんですよ』



これで誤魔化せるといいんだが。


最近の紫さんは、どんどん分からなくなる。



前みたいに、無条件で笑ってはくれなくなっている。



『そんなことで誤魔化されないわ。どうして捨てたの?毒入りだとでも思ったのね。そうじゃなきゃあなたが食べ物を捨てるわけないもの。どんな仕事だったのよ!今度から、どんな仕事でも、ついていくから』



『紫さんが怒るような仕事じゃないですよ。元締めの古い友達に、手紙を届けて来ただけです。無事に戻りましたよ!』



これでも納得してくれないか。



その時、私の腹が鳴った。



その音が助け船になって、私達は、夕げの支度に取りかかる事になった。



助かったと思いながら、何故か後ろめたい気持ちを引きずった。



紫さんには、本当はうそは言いたくはない、しかし

それを話せば、自分のすべてをさらさなくてはならない。



それは、嘘よりも嫌だった。



鳶の言うことが、嘘なんだって初めてわかったときの寂しさは、もう味わいたくなかった。



自分が捨て子だったと知った時より、ずっと寂しくて辛かった。



もう一度捨てられたみたいなそんな気がした。



だから、もう聞かない。



そんなに言いたくないなら、今日はもう聞かないでいてあげるわ。








『鰻なんか食べて、お坊さんの修行をしていますなんて、私も罰当たりが過ぎるな』



『いいのよ、本当にお坊さんになる訳じゃないんだから』




私達は、軽い口で話すほど余計に傷つくと知っているのに、いつもその事を忘れてしまう。






下を向いたり、咳払いをしたりしながら、旨そうな鰻とにらめっこだ。



そして、思い出したように、仕事のはなしが始まる。



『紫さん、実は囮をやってもらう事になってしまったんです。断るつもりで行ったのに、すみません』



『はじめから、そのつもりよ。誰一人、傷物になった娘はいないんだし、大したことじゃないわ』



大したことないなんて、それは、眠らされているからなんですよ。



本当は、何をされているやら、見当もつかない。



やらせたくない。



『何かされる前に、助けますから、約束します』



『何だか、安請け合いに聞こえるわ』



安請け合いなんかじゃない、素直にうんと言えばいいんだ。



私は、苛立ちを、必死にかくした。



劣情じゃないといいわけをしながら、私は紫さんに拘った。




あなたがここにいると言うだけで救われるからだ。



情けないけど、あなたの美しさや、明るさや、私への温かい心がなくなったら、私はもっと深い闇に落ちてしまう。



私には、お守りであり標石なのだ。




『安請け合い じゃないですよ、そうなったら、紫さん大変な事になります。そんなの嫌ですから』



『お坊様の修行しかしたことない鳶に、お侍の相手なんか出来ないでしょう?それに眠っているなら、私にはなにも被害はないわ』



『槍くらいは習いましたよ。和尚様からの直伝です。私は至極筋がいい。自分で言うのもなんですが、お寺に叶う人はいませんでしたよ』



『そんなの、お坊様の世界の話よ。お侍様は、自分の主君を守るためなら、相手の事なんか考えないわ』



『困ったな。どうしたら信じてもらえますか?』



『じゃあ、散り始めた!桃の花弁を切ってみて!切れなかったら、私を守るのは、川蝉だけに任せて』



『花弁を?良いですよ。花弁が散るのに、時間がかかりそうですね。夕げを頂いてからでいいですか?』



『良いわよ!私だってお腹空いてるんだから!』



『槍って、ぞんなもの見たことないわ。大丈夫なの?』



『有りますよ!外の物置に、少し錆びているかも知れないが』



紫さんは、信じてくれたらしい。本当の、災厄は、私の錫杖の中に眠っているのだ。



物置には、もしもの時のための短槍が置いてある。



こんなこと予想の外だ。



本当は、はぐれものの鎖や、仕事の的に襲われる事も考えた末の防御策だった。



もとから鎖の未来は約束されたものじゃない、一日一日を繋ぎながらその日をやり過ごす、それが運命なんだ。



だから、いつでも光を求めて上ばかりを見つめてしまうのか。








それにしても、花弁を切るなんて、どこから出てきたのかな?





風もないし、今夜は無理かと期待しながら、わたしは川縁に花を咲かせる桃の木をながめていた。




そして私は、否応なく旅の疲れにのまれていった。



誰かの目に見張られながらの旅は、緊張の連続だった。





途中から、川蝉が帯動してくれたが、私の体は、見るまに細くなった。





元締めは、結果に不満らしいが、川越のはぐれものは、一つ二つの組でなんとかなる規模では無さそうだ。



あんなに離れた町にも仲間がいる。


鎖とは別の組織があることの証しに他ならないと思えた。



その組織に所属しているはぐれものの人数を思うと、もはや、鎖の継ぎ目にほころびが出来たのだと思わざるを得ない。


誰がが掟を破り、仲間が増えていった。



そして、今度はきっと鎖をやぶろうとする。



用心して過ごさなくてはならない日々が始まってしまったわけだ。



江戸の町にまだそんな噂は無いけれど、用心しなくては。


私は、風に向かって、破られた、用心しろよ。


そう呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ