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酒を飲むと女子高生になる俺、35歳にして高校生活をやり直す  作者: ワグ
第四章:二つの名前、二つの人生
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第56話 それぞれの心の距離【挿絵あり】

 花川麻由の戸籍が正式に登録されてから、さらに数日が経った。


 朝の身支度を済ませ、机の上に置かれた小さなケースを開ける。


 中に入っているのは、先日市役所で受け取った特別な錠剤だ。


 一錠で十二時間、二錠なら二十四時間。これまでのように朝からビールを飲まなくても、麻由の姿で学校へ通えるようになった。


「……本当に便利だな……」


 錠剤を一つ飲むと、しばらくして身体の感覚が変わり、鏡の中には長い黒髪の少女が現れた。


 いつもと同じ花川麻由。けれど、今日は少し違っていた。


 頭がすっきりしていて、気持ちも穏やかだ。


 これまでは朝からビールを飲んでいたため、多少なりとも酔いが残っていた。気が大きくなったり、余計なことを口走ったりしたのも、その影響があったのかもしれない。


 今はそんな浮ついた気分もなく、自然と落ち着いた気持ちになっている。


「……うん。今日も大丈夫そう」


 鏡の前で髪を整え、制服に着替える。


 こうして普通に学校へ通えることが、以前よりずっと嬉しく感じられた。


 ☆☆


「麻由さん、おはようございます!」


「おはよう、麗奈ちゃん」


 教室へ入ると、麗奈がいつものように笑顔で迎えてくれた。


 隣にいた遥も元気よく手を振っている。


「麻由ちゃん、おっはよー!あれ?今日、何か雰囲気違わない?」


「えっ、そうかな?」


「うん!何ていうか、いつもより落ち着いてる!」


「わたくしもそう思いますわ。今日の麻由さん、とても穏やかな雰囲気ですもの」


「そう言われると、ちょっと照れるね」


 思わず頬をかくと、遥が不思議そうに顔を覗き込んできた。


「ほら!いつもなら絶対ツッコミ入れるところなのに!」


「もう、そんなに変かな?」


「変っていうか、新鮮!」


 遥が楽しそうに笑い、麗奈もつられて微笑んだ。


 そんな二人と話しているうちに、朝のホームルームが始まった。


 そして、一時間目の授業が終わった休み時間のこと。


「カレーン!遊びに来たわよ!」


 教室の入口から、聞き覚えのある声が響いた。


 七原愛だった。


 別のクラスにいるはずの七原が、わざわざこちらまでやってきたらしい。


 その視線の先には、窓際の席で眠たそうにしている佐々木カレンがいた。


「……うるさい」


「相変わらず愛想ないわね!そういうところもカッコいいけど!」


「……意味分かんない」


 七原は気にする様子もなく、佐々木の席へ近づいていく。


 すると、近くにいた柴田萌も二人の会話に加わった。


「七原さん、今日もいらしたんですね」


「うん!最近、休み時間になるとついこっち来ちゃうのよね!」


 いつの間にか、あの三人は随分仲良くなったようだ。


「七原さん、最近よくこっちのクラスに来るね」


「あ、花川!そうなのよ。最近カレンと話すのが楽しくてさ!」


「……私は別に」


「またまたー!カレンって、そういうところがいいのよね!」


 七原は以前から不良に憧れているところがある。制服を少し着崩したり、強気な態度を取ったりするのも、その影響なのだろう。


「カレンってさ、周りに媚びない感じがカッコよくない?ちょっと不良っぽいっていうか!」


「……別に不良になってるつもりないんだけど」


「そこよ!自分では意識してないところが、またいいの!」


「……面倒くさ」


 佐々木は心底面倒そうに答えた。


 ただ、その様子を見ていると、七原のことを本気で嫌がっているわけではなさそうだった。


「でも、佐々木さんって優しいですよね」


 柴田さんが控えめに口を開いた。


「宿泊学習のときも、私が困っていたら、さりげなく助けてくださって……」


「……大したことしてない」


「そんなことありません。私、とても嬉しかったです」


 柴田さんは少し照れくさそうに微笑んだ。


 どうやら、素っ気ない態度の裏にある佐々木の優しさに気づいているらしい。


 そういえば、佐々木は以前、不登校気味だったと聞いている。最近は毎日のように学校へ来ているが、何か心境の変化でもあったのだろうか。


「佐々木さん、最近は毎日学校に来てるよね」


「……まあね」


「何かきっかけがあったの?」


 そう尋ねると、佐々木は少し考えるように窓の外を眺めた。


「……せっかく通ってるんだし、休んでばっかりじゃもったいないから」


「そっか」


「……それに、最近は少し楽しいし」


 佐々木がそう言いながら、七原と柴田さんをちらりと見た。


「えっ!?カレン、今楽しいって言った!?」


「……言ってない」


「言ったじゃん!ねえ柴田、聞いたよね!?」


「は、はい……聞こえました」


「……うるさい」


 佐々木は顔を背けたが、その口元にはほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。


 いつも眠たそうで無愛想な佐々木が、こんな表情をするなんて。


 少し意外だったが、何だか嬉しくなった。


「みんな、仲良くなったんだね」


「でしょ!あ、そうだ!」


 七原が手を叩いた。


「もうすぐ期末テストあるじゃん!よかったら私が勉強教えてあげるわ!」


「……だる」


「即答!?」


「……七原、学年二位なんだから、自分の勉強してれば?」


「みんなで勉強したほうが楽しいでしょ!」


「あ、あの……私もご一緒していいですか?」


「もちろん!柴田も一緒にやろ!」


「……勝手に決めないで」


 文句を言いながらも、佐々木は断ろうとはしなかった。


 七原は嬉しそうに笑い、柴田さんもほっとしたように微笑んでいる。


 そんな三人を眺めていると、佐々木がふとこちらへ顔を向けた。


「……そういえば、今日はお酒の臭いしないね」


「……えっ?」


 思わず身体が小さく跳ねた。


「お、お酒……?」


「……うん。前は時々してた」


 まさか、気づかれていたなんて。


「……宿泊学習のときも。あの女性スタッフの人からも、同じような臭いがしたし」


「そ、そうだったんだ……」


「……何か事情があるのかなって思ったから、聞かなかっただけ」


 佐々木はそれ以上追及するつもりがないのか、いつもの眠たそうな表情に戻った。


 けれど、その隣で七原が目を輝かせる。


「えっ!?花川って、やっぱ普段からお酒飲んでんの!?」


「い、いや、その……」


「マジで!?何かカッコいいじゃん!」


「カッコよくないよ!」


「えー!ちょっと大人っぽくて憧れるんだけど!」


「……七原、それは普通にダメなやつ」


 佐々木が冷静に突っ込む。


「分かってるって!でも、ちょっと憧れるじゃん?」


「……分かんない」


 七原は楽しそうに笑っていたが、こちらは気が気ではなかった。


 佐々木は以前から気づいていたのに、事情があると思って黙っていてくれたらしい。


 その優しさが、今はありがたかった。


「……佐々木さん、ありがとう」


「……別に。何のことか知らないし」


 そう言って、佐々木は窓の外へ視線を向けた。


 その横顔は相変わらず素っ気ない。


 けれど、少しだけ優しく見えた。


 ☆☆


 放課後。


 遥と一緒に都市伝説研究部の部室へ向かうと、いつもより少し寂しい雰囲気が漂っていた。


 もうすぐ期末テストが始まる。


 そして、一学期が終われば三年生の先輩たちは引退する予定だった。


 高瀬先輩、小野寺先輩、藤崎先輩。


 入部してからそれほど長い時間が経ったわけではないが、三人にはいろいろとお世話になった。


 だからこそ、寂しい気持ちはよく分かる。


「うわあああん!先輩たち、引退しないでよー!」


 ……遥ちゃんは、少し大げさかもしれない。


 遥は机に突っ伏し、まるで小さな子供のように駄々をこねていた。


「遥、そんなに泣かなくても、学校にはいるんだから」


 高瀬先輩が苦笑する。


「でも部活には来ないんでしょ!?」


「受験勉強があるからね」


「そんなぁ!」


 小野寺先輩と藤崎先輩も、そんな遥を見て笑っていた。


「大丈夫だよ。遥ちゃんがいれば、これからも賑やかな部活になるって」


「そうそう。それに、麻由ちゃんもいるんだし」


「……私?」


 突然名前を呼ばれ、思わず顔を上げた。


 高瀬先輩が優しく微笑む。


「麻由ちゃん、これからも遥のことをよろしくね。一緒に都市伝説研究部を盛り上げてくれると嬉しいな」


「はい。私にできることなら、もちろん」


「ちょっと待って!何で私だけ子供みたいな扱いなの!?」


「だって、さっきから駄々こねてるじゃない」


「うぐっ……!」


 小野寺先輩の一言に、遥が言葉を詰まらせる。


 思わず笑ってしまうと、遥は勢いよく顔を上げた。


「でも、そうだよね!」


「……え?」


「麻由ちゃんがいるもんね!」


 次の瞬間、遥は両手を握ってきた。


「麻由ちゃんと一緒なら、私、これからも頑張れそう!」


「は、遥ちゃん?」


「だって、麻由ちゃんと都市伝説を調べたり、いろんなところへ行ったりするの、すっごく楽しいんだもん!」


 遥の顔がすぐ近くにある。


 その勢いに少し驚きながらも、自然と笑みがこぼれた。


「私も楽しいよ。これからも一緒に頑張ろうね」


「ほんと!?やったー!」


 遥は満面の笑みを浮かべた。


 その様子を見て、先輩たちも安心したように微笑んでいる。


「これなら、私たちが引退しても大丈夫そうだね」


「二人とも、仲良く頑張ってね」


「うん!」


 遥が元気よく返事をする。


 さっきまで泣いていたのが嘘のようだった。


 その後は先輩たちと期末テストの話をしたり、これまで調べた都市伝説を振り返ったりして過ごした。


 気づけば、窓の外には夕方の柔らかな光が差し込んでいた。


 そろそろ帰ろうかという頃、遥が隣へやってくる。


「ねえ、麻由ちゃん」


「ん?」


「私、麻由ちゃんがこの部活に入ってくれて、本当によかったと思ってるよ」


「……どうしたの、急に?」


「えへへ。何となく言いたくなっただけ」


 遥は少し照れくさそうに笑った。


 普段は明るくて、思ったことをすぐ口にする子なのに、こういうときだけ妙に恥ずかしがる。


「私も、遥ちゃんに誘ってもらえてよかったよ」


「……ほんと?」


「うん。ありがとう」


 そう答えると、遥は一瞬驚いたような顔をしたあと、嬉しそうに微笑んだ。


 そして、こちらにだけ聞こえるくらいの小さな声で呟いた。


「……好きだよ、麻由ちゃん」


「……え?」


挿絵(By みてみん)


 聞き返したときには、遥はもういつもの笑顔に戻っていた。


「さーて!明日から期末テストの勉強も頑張らなきゃね!」


「……うん」


 以前、遥は麗奈とは少し違う意味で好きかもしれない、と言っていた。


 あのときは冗談のように笑っていたけれど、今の言葉には、どこか真剣な響きがあった。


 どう受け止めればいいのか分からず、少しだけ頬が熱くなる。


 けれど、遥と一緒に過ごす時間が楽しいのは本当だった。


 今は、その気持ちを大切にしたい。


 鞄を手に取り、遥と並んで部室をあとにする。


 廊下には、いつものように遥の明るい声が響いていた。


 この学校へ来てから、本当にたくさんの人と出会った。


 不良に憧れる優等生。


 無愛想だけれど、誰よりも周りをよく見ている少女。


 その少女を慕う、少し内気な眼鏡の女の子。


 そして、いつも元気で、少しだけ特別な好意を向けてくれる友達。


 みんな、花川麻由として出会った大切な人たちだ。


 

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