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小説『君の空へ、僕の虹へ』

春が来る前の、まだ風が冷たい朝。

僕は、小さな駅のホームに立っていた。

手にした切符は、ずっとポケットに入れたまま。乗るかどうかを、まだ決めかねていた。


「行くんだろ?」


その声が、後ろから聞こえた。

振り返ると、そこには君がいた。手を振るでもなく、ただポケットに手を突っ込んで、眠そうな目で立っていた。


「……来たんだ」


「そりゃ来るよ。最後くらい、見送ってやらないと」


君は笑った。いつもの、どこか気だるげで、それでも温かい笑顔。


「聞いてほしい歌があるんだ」


僕は唐突にそう言った。


「は?」


「ずっと言いたかったことがある。でも、うまく言葉にならなくて。だから、歌にしてみた」


「お前、そんなキャラだったっけ」


「違うよ。そんな立派なもんじゃない。ただ……伝えたかったんだよ。君に」


少しの沈黙が流れる。


そして、君はポツリと言った。


「……歌詞だけでも、聞かせてくれよ」


 


***


 


君と出会ったのは、中学の入学式だった。

背の順で並ばされたとき、偶然にも僕の後ろにいたのが君だった。

君は声がでかくて、よく笑って、そして、妙に優しかった。


僕は、周囲に馴染めずにいた。

家も勉強も中途半端で、趣味もなかったし、自分に何ができるかも分からなかった。


だけど、君はそんな僕に「お前、面白いな」と笑って言った。

それだけで僕の世界は少しだけ広がった。


「夢とかあるの?」


ある日、君に聞かれた。


「……ないな。特に」


「うそ。歌、好きじゃん。なんか作ってるっぽいし」


「……それは、まあ」


「じゃあ、言えばいいのに。“歌作ってる”って」


「恥ずかしいじゃん、そんなの」


「何で?」


そのときの君の言葉は、今でも忘れない。


「恥ずかしがってる間に、風は過ぎてくぞ」


 


***


 


僕は、君に出会って変わった。


歌詞を書くようになったのも、ギターを始めたのも、あの日の一言がきっかけだった。


高校に入ってからも、僕は変わらず目立たないタイプだったけど、君だけはずっと僕を「歌う奴」として見てくれた。


君は口ではバカにしても、僕の作った歌をちゃんと聴いてくれて、アドバイスまでくれた。


でも——


君は突然、いなくなった。


「転校する」とだけ言って、あっという間に姿を消した。

その日、僕は何も言えなかった。


さよならの代わりに、ありがとうも言えず、ただ黙って君の背中を見送った。


 


***


 


「それから、ずっと悔しかったんだよ」


僕は話を続けた。


「言葉が追いつかなくて、あの時、何も伝えられなかった。だから、今日こうして来てくれて、……うれしい」


「……そっか」


「だから、歌詞を読んでほしい」


君はうなずいた。


僕はスマホのメモ帳を開いて、読み上げた。


 


聞いてほしい歌があるよ

いつか言いたかった言葉があるよ

それは特別なことなんかじゃないんだ

そう、それは難しいことなんかじゃないんだ


ただ 地図を広げて

ただ 風を待ってたんだ 答えもなく

いま僕は行くのさ

イメージの向こう側へ

僕の向こうへと

さあ 飛び立とう


 


読み終えると、君は少し照れたように笑った。


「……お前、やっぱ、歌う奴だな」


「うん。君のおかげだよ」


「オレ、そんなに何かしたっけ?」


「したよ。ずっと、“君が君であること”が、僕の支えだった」


 


電車のアナウンスが、近づく音を告げる。


風が強くなって、桜のつぼみを揺らす。


 


「怖くないのか? 東京に行くんだろ? 音楽の学校」


「……怖いよ。知らない街で、知らない人ばっかり。でも」


僕は、まっすぐに君を見る。


「行かなくちゃ。君がくれた憧れが、あるから」


「……そっか」


 


「君がくれたこの勇気で、僕は飛び立てる」


「じゃあさ」


君は、ポケットから何かを取り出した。


「これ」


それは、青いピックだった。

昔、僕が君にあげたやつだ。落書きだらけの、お世辞にも綺麗とは言えないもの。


「まだ持ってたのか」


「当たり前だろ。これ、俺の宝物だから」


「……泣くぞ?」


「泣けよ。泣いて飛べ。泣いて走れ」


電車のライトが、カーブの先から現れる。


ホームが少し揺れて、心がざわめく。


 


「行け、歌う奴」


君の声に、僕はうなずいた。


電車が目の前で止まる。扉が開く。

そのとき、風が吹いた。


桜のつぼみがほころび、春の匂いがした。


 


***


 


電車の窓から、君の姿が見えた。

君は、手を振っていなかった。ただ、にやけた顔で立っていた。


「また逢えるかな」


僕が呟いたその声は、誰にも届かない。


だけど——届いてほしい。

いつか、僕が風を追い越すその時。

虹をつかむその時。


君が笑ってくれますように。


 


***


 


東京の空は、まだ少し灰色だった。


でも僕は、傘を差さずに歩いていた。


あの日の雨と違って、今は濡れてもいいと思えた。


だって、信じてるから。

この雨のあとに、虹が出ることを。


 


「君の空へ。僕の虹へ——」


僕はそう口ずさみながら、ギターケースを背負って、改札を抜けた。


未来はまだ、イメージの向こう側だ。

でも、今日という日をちゃんと越えていける。


僕はもう、地図を広げて待っているだけの僕じゃない。


 


そうさ——いま、僕は行くのさ。


 

原曲 福山雅治 虹

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