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タイトル未定2025/07/30 16:31


夏が終わろうとしていた。


風鈴の音も、蝉の声も、もうすっかり遠くに行ってしまったような、そんなある夕暮れ。山本祐也は、駅のホームで電車を待ちながら、スマートフォンの中に残された一通のメッセージを見つめていた。


──「Stay gold」


たったそれだけの言葉。けれど、今でも心を掴んで離さない。


祐也が彼女、絵里と出会ったのは高校一年の春だった。部活帰りに図書室で鉢合わせ、気まずく会釈を交わしたのが最初だった。彼女は美術部、彼は陸上部。交わることなどなさそうな二人だったが、なぜかそれから図書室で顔を合わせるたびに話すようになり、半年後には自然と交際を始めていた。


「私ね、画家になりたいの」と、ある日、絵里は言った。


「なれるよ」と、祐也は即答した。


夢を語る彼女の目は、まるで陽に透ける琥珀のようで、美しかった。彼女はそれを笑って、「なにそれ、詩人か何か?」と軽く肩を叩いた。祐也は照れ笑いを浮かべたが、その言葉は本心だった。


その頃、祐也にも夢があった。オリンピックに出ること。スタートラインに立つときの緊張と静寂。スタジアム全体の視線が集まるあの瞬間に、自分のすべてをぶつけたい──そんな夢を、誰にも話さず心に秘めていた。


でも、現実は違った。県大会止まりの記録。身体の限界。部活引退後、祐也は「まぁ、普通が一番」と呟いて、夢をしまい込んだ。


大学に進学してからも、二人は付き合っていた。


祐也はビジネス学科で就職に向けて淡々と単位を取っていたが、絵里は美術大学に進み、夜遅くまで絵を描き続けていた。どこか二人の距離が開いているように感じていた祐也は、ある日ぽつりと聞いた。


「絵里、お前さ、ちゃんと寝てる?」


「……寝てない。でもね、これが夢だから」


祐也はそのとき、少し嫉妬した。夢をまだ持ち続けている彼女に、もう何も描けなくなった自分が。


そして、その年の冬。絵里は突然、祐也の前から姿を消した。


何の前触れもなく、LINEの既読もつかず、電話も通じない。警察に届けるほどの話ではないが、喪失感だけが確かにあった。


春になり、祐也は社会人になった。


スーツを着て、電車に揺られ、PCに向かう日々。夢など見る余裕もない。気がつけば、絵里のことも、少しずつ思い出の中へと押し込められていった。


──「Stay gold」


あのメッセージが届いたのは、それからさらに2年後のことだった。


突然だった。差出人は「Eri」。見覚えのあるアイコン。変わらない名前。


内容は、たった一言だった。


「Stay gold」


何年も止まっていた記憶が、電流のように駆け巡った。


メッセージの後、祐也は絵里の名前を検索した。


出てきたのは、いくつかのアート展の記録。あの琥珀の目の少女は、どこかのギャラリーで個展を開くまでになっていた。写真に写る絵里は、大人びて、それでもどこか懐かしい笑顔をしていた。


祐也はその日、有給をとって、会場に向かった。


壁一面に並ぶ、鮮やかな絵。風景、人物、抽象画。そのすべてに、彼女の筆致があった。


そして──一枚の絵の前で足が止まった。


タイトルは、「Stay Gold」。


描かれていたのは、夕暮れの駅のホームで、ひとり佇む男の後ろ姿だった。


誰がどう見ても、それは祐也自身だった。


受付に尋ねても、絵里は「今日は来ていない」と言われた。


帰り道、祐也のスマホにまた一通、メッセージが届いた。


──「夢、忘れてないよね?」


祐也は笑った。涙が出た。


そして、今。駅のホームで電車を待つ祐也の胸には、もう一度火が灯っていた。


もう一度走ろう。もう一度、夢を思い出そう。


心のどこかにしまい込んだままの、スタートラインへ。


「Stay gold」──


それは、夢を諦めかけた男と、夢を諦めなかった少女の、最後の約束だった。


彼は今、風の中で立ち上がる。


再び走るために。

そして、あの言葉を胸に刻むために。


Stay gold. Always in my heart.

原曲 Hi-STANDARD STAYGOLD

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