月下往来(げっかおうらい)
「お前さ、ほんと、ヒーローぶるのやめたら?」
雨上がりの駅前ロータリー。自転車に乗る前、紺野は俺に言った。
その言い方にトゲはなかったけど、冗談でもなかった。
「ヒーローじゃないって」
「うん、だから。ヒーローぶるなって言ってんの」
「なんだよ、それ」
「お前、すぐ助けようとするじゃん。人のこと」
俺は返せなかった。
だってそれは——正しいのか間違ってるのか、わからなかったから。
***
高校二年の春。俺たちはみんな、それなりにうまくいっていなかった。
進路、家庭、バイト、部活、恋愛、夢。
何をやっても「正解」は見つからないまま、ただ毎日を走っていた。
俺の名前は志村カナメ。
一応、二軍のバスケ部。
勉強も中の中、顔も普通、目立ちもせず、消えもせず。
でも“誰かのために動くのが好き”って、それだけは確かだった。
困ってるやつがいたら助ける。
いじめられてるやつがいたら止める。
落ちてる財布は届けるし、泣いてる子がいれば話しかける。
でもそれが「偽善」だって言われる日もある。
***
「志村さ、ヒーロー気取りだよね」
女子の一人がそう言って笑ってた。
陰で。じゃなくて、割と普通に、真顔で。
俺はその日、一日中、自分の存在が“気取り”だってラベルを貼られた気がして、気持ち悪かった。
家に帰っても、母親はスマホばかり、弟はスプラばかり、父はもう家にいない。
誰にも言えないことが、日ごとに増えていった。
***
そんなとき、紺野が言ってきた。
「さ、曲やろうぜ」
「曲?」
「音楽。オレ、前から作ってんの。歌詞とか」
「……そんなキャラだったっけ?」
「違うよ、キャラとかじゃなくて、逃げ場所。ないとやってけねぇの」
紺野はクラスの一匹狼タイプだ。
人に合わせず、冷めてて、でも誰よりも周りをよく見てる。
俺とはタイプが違うけど、不思議と気が合った。
「でさ、お前のそういう“全部背負おうとする感じ”も、歌詞にしたい」
「え?」
「なんか、そういう“ブレてる正義”とか、“かっこ悪い優しさ”とか、そういうの、歌にしたら面白いかなって」
俺は一瞬戸惑って、でも、うれしかった。
誰かが自分の中身を、ちゃんと“題材”として見てくれたことが。
***
その日から、俺たちは毎週金曜、学校帰りに紺野の家に集まった。
ギターもベースも弾けないけど、スマホとパソコンがあれば、音楽は作れた。
最初の曲のタイトルは《月下往来》。
紺野が考えた名前だった。
「“夜の中を行き来する俺ら”って意味。ヒーローじゃないし、悪者でもない。ただ、まだ何者でもない俺らの歌」
俺はそのタイトルにしびれた。
サビの冒頭はこうだ。
「おっと!」
迷える俺たちのヒーロー
もう止まれない keep off, keep off
「なにこれ、めちゃくちゃかっこいい」
「だろ?でもこれ、お前のことな」
「は?」
「お前みたいな“勘違いしてる正義マン”にこそ歌ってほしいやつ」
「……お前、たまに刺すよな」
***
文化祭でその曲を出すことが決まったのは、6月の中旬だった。
軽音部が出演辞退したステージに、急きょ出ることになった俺たち。
ユニット名は“Gekka-Allright”。紺野の提案だ。
「全然正しくないけど、なんとかオーライ、ってノリが俺たちっぽくね?」
メンバーは俺、紺野(作詞作曲&DJパッド)、そしてバスケ部の後輩・ナギ(ダンス)という変な組み合わせ。
だけどなぜか、バズりそうな予感だけはした。
***
迎えた文化祭当日。体育館。
幕が開いた瞬間、予想以上の歓声が上がった。
スポットライトの中で、俺は叫んだ。
「Get, get this! 'Alright'——!」
音が鳴る。
ビートが走る。
ナギが跳ねる。
俺の声が、スピーカーから炸裂する。
「好印象なノービスから転がるスターに」
「ばらまいた優しさの外に手を伸ばして」
歌詞は、俺たちの“弱さ”と“強がり”を混ぜて絞ったものだった。
「君の瞳が助け求めてる
誰これ構わず皆が飢えてる
目の下のクマ シワのあるマスク
ヨレてるスーツ 身に纏うルール」
そんな現実をぶっ壊したくて。
「Ay, ay 正義の肯定
ナンセンスな命で
看板突き破って
飛んじゃってええで」
苦笑と共感と戸惑いが混ざったような、そんな空気が広がっていく。
「けっけっかおーらい!」
最後にそれを叫んだとき、俺たちは少しだけ“ヒーロー”になれた気がした。
***
ライブ後、拍手は思ったよりも小さかった。
でも、それでよかった。
「すげぇ……」とぽつりと呟いた子の声だけで、報われた気がした。
「な?結局、お前は“歌うヒーロー”だったろ?」
紺野が言った。
「……いや、ヒーローじゃない。今の俺は、ただのバカな高校生」
「でも、それでこそgood(good)」
ふたりで笑った。
月が、白く滲んでいた。
***
それから半年。
音楽はプロになれるわけじゃなかったけど、紺野と俺は、月1で曲を出し続けている。
「誰の役にも立たない曲でも、歌い続けてたら、誰かの何かにはなるんじゃね?」
そんな言葉を信じて。
社会は、今もヨレてるスーツでいっぱいだし。
俺たちは未だに、何者でもない。
でも、こうして夜道を行き来して、
時々は叫んで、笑って、つまずいて、
それでも——
「けっけっかおーらい!」
って言えるなら、それでいい気がしてる。
原曲 こっちのけんと けっかおーらい




