表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/22

月下往来(げっかおうらい)

「お前さ、ほんと、ヒーローぶるのやめたら?」


雨上がりの駅前ロータリー。自転車に乗る前、紺野は俺に言った。

その言い方にトゲはなかったけど、冗談でもなかった。


「ヒーローじゃないって」


「うん、だから。ヒーローぶるなって言ってんの」


「なんだよ、それ」


「お前、すぐ助けようとするじゃん。人のこと」


俺は返せなかった。

だってそれは——正しいのか間違ってるのか、わからなかったから。


 


***


 


高校二年の春。俺たちはみんな、それなりにうまくいっていなかった。

進路、家庭、バイト、部活、恋愛、夢。

何をやっても「正解」は見つからないまま、ただ毎日を走っていた。


俺の名前は志村カナメ。

一応、二軍のバスケ部。

勉強も中の中、顔も普通、目立ちもせず、消えもせず。

でも“誰かのために動くのが好き”って、それだけは確かだった。


困ってるやつがいたら助ける。

いじめられてるやつがいたら止める。

落ちてる財布は届けるし、泣いてる子がいれば話しかける。


でもそれが「偽善」だって言われる日もある。


 


***


 


「志村さ、ヒーロー気取りだよね」


女子の一人がそう言って笑ってた。

陰で。じゃなくて、割と普通に、真顔で。

俺はその日、一日中、自分の存在が“気取り”だってラベルを貼られた気がして、気持ち悪かった。


家に帰っても、母親はスマホばかり、弟はスプラばかり、父はもう家にいない。

誰にも言えないことが、日ごとに増えていった。


 


***


 


そんなとき、紺野が言ってきた。


「さ、曲やろうぜ」


「曲?」


「音楽。オレ、前から作ってんの。歌詞とか」


「……そんなキャラだったっけ?」


「違うよ、キャラとかじゃなくて、逃げ場所。ないとやってけねぇの」


紺野はクラスの一匹狼タイプだ。

人に合わせず、冷めてて、でも誰よりも周りをよく見てる。

俺とはタイプが違うけど、不思議と気が合った。


「でさ、お前のそういう“全部背負おうとする感じ”も、歌詞にしたい」


「え?」


「なんか、そういう“ブレてる正義”とか、“かっこ悪い優しさ”とか、そういうの、歌にしたら面白いかなって」


俺は一瞬戸惑って、でも、うれしかった。

誰かが自分の中身を、ちゃんと“題材”として見てくれたことが。


 


***


 


その日から、俺たちは毎週金曜、学校帰りに紺野の家に集まった。

ギターもベースも弾けないけど、スマホとパソコンがあれば、音楽は作れた。


最初の曲のタイトルは《月下往来》。

紺野が考えた名前だった。


「“夜の中を行き来する俺ら”って意味。ヒーローじゃないし、悪者でもない。ただ、まだ何者でもない俺らの歌」


俺はそのタイトルにしびれた。


サビの冒頭はこうだ。


「おっと!」

迷える俺たちのヒーロー

もう止まれない keep off, keep off


「なにこれ、めちゃくちゃかっこいい」


「だろ?でもこれ、お前のことな」


「は?」


「お前みたいな“勘違いしてる正義マン”にこそ歌ってほしいやつ」


「……お前、たまに刺すよな」


 


***


 


文化祭でその曲を出すことが決まったのは、6月の中旬だった。

軽音部が出演辞退したステージに、急きょ出ることになった俺たち。

ユニット名は“Gekka-Allright”。紺野の提案だ。


「全然正しくないけど、なんとかオーライ、ってノリが俺たちっぽくね?」


メンバーはボーカル、紺野(作詞作曲&DJパッド)、そしてバスケ部の後輩・ナギ(ダンス)という変な組み合わせ。

だけどなぜか、バズりそうな予感だけはした。


 


***


 


迎えた文化祭当日。体育館。

幕が開いた瞬間、予想以上の歓声が上がった。

スポットライトの中で、俺は叫んだ。


「Get, get this! 'Alright'——!」


音が鳴る。

ビートが走る。

ナギが跳ねる。

俺の声が、スピーカーから炸裂する。


「好印象なノービスから転がるスターに」

「ばらまいた優しさの外に手を伸ばして」


歌詞は、俺たちの“弱さ”と“強がり”を混ぜて絞ったものだった。


「君の瞳が助け求めてる

誰これ構わず皆が飢えてる

目の下のクマ シワのあるマスク

ヨレてるスーツ 身に纏うルール」


そんな現実をぶっ壊したくて。


「Ay, ay 正義の肯定

ナンセンスな命で

看板突き破って

飛んじゃってええで」


苦笑と共感と戸惑いが混ざったような、そんな空気が広がっていく。


「けっけっかおーらい!」


最後にそれを叫んだとき、俺たちは少しだけ“ヒーロー”になれた気がした。


 


***


 


ライブ後、拍手は思ったよりも小さかった。

でも、それでよかった。

「すげぇ……」とぽつりと呟いた子の声だけで、報われた気がした。


「な?結局、お前は“歌うヒーロー”だったろ?」


紺野が言った。


「……いや、ヒーローじゃない。今の俺は、ただのバカな高校生」


「でも、それでこそgood(good)」


ふたりで笑った。

月が、白く滲んでいた。


 


***


 


それから半年。

音楽はプロになれるわけじゃなかったけど、紺野と俺は、月1で曲を出し続けている。


「誰の役にも立たない曲でも、歌い続けてたら、誰かの何かにはなるんじゃね?」


そんな言葉を信じて。


社会は、今もヨレてるスーツでいっぱいだし。

俺たちは未だに、何者でもない。


でも、こうして夜道を行き来して、

時々は叫んで、笑って、つまずいて、

それでも——


「けっけっかおーらい!」


って言えるなら、それでいい気がしてる。


 

原曲 こっちのけんと けっかおーらい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ