その二十八 ハロウィン
気がつけば夏休みが終わって二ヶ月になる。いつの間にか世界は秋景色に張り替えられ日々月末のイベントに向けて街は衣を替えていく。
博物クラブは文化祭で評判になったおかげで学校サイトに固定のページをもらった。活動としては、そのページに世の中の面白い(捺稀さんにとって)ものを紹介する記事を載せたり、面白そうな企画を立てて参加者を募集したりとかそれなりに充実していた。
捺稀さんがスミソニアンで買ってきたパンフレットや、お土産は記事としてはそれなりにPVが稼げて面目躍如だった。
最近は、動画投稿サイトに、近隣の博物館の展示物紹介動画を堤野さんのナレーションで公開した。さすがプロを目指しているだけあって評判になって、ファンが付いたのは皆にウケた。
僕と捺稀さんの仲は特に発展もなく変わらない状態が続いている。ただ、捺稀さんは物思いに沈む事が増えて、そんな時は声を掛け辛かった。というか、メランコリーな美少女になっている捺稀さんを見ていたくて声を掛けなかったのがある。何と言うか、絵になって心震えるものがあった。
それを伝えたら、すごく嫌な顔をされた。素敵なのになぁ。彼女は自分が美し可愛いことに自覚がない。
でも、何を悩んでいるんだろう。相談してくれればいいのに。
「よし、今月の末のハロウィンの仮装行列に参加しようよ。どう思う?」
メランコリーな美少女が突然立ち上がって、剣呑な事をのたまった。まあ、馴れているけどね。それで悩んでいたのかぁ?
違うよね。と言うか、突然決め打ちで話を始めるわけじゃない。皆の意見をまず聞く辺り、コミュケーションをしようと意識してくれているのか?
「仮装行列って、隣の駅の商店街でやるやつ?」
「学校最寄りの隣駅は近隣では一番にぎやかだよな。そう言えば、駅の北側の大通りをホコ天にしてハロウィンの仮装行列をやるってビラを配ってた」
「博物クラブとしては参加するしかないでしょ」
他の部員から声が上がる。直ぐに反対したのは予想通り堤野さんだった。
「私は絶対嫌だからね」
「えー、それって博物学と関係ないんじゃあ?」
「いーや、博物クラブのクラブ是は『面白いことをやる』だからね!」
「あのー、仮装行列と言う事はコスプレと同じですよね。それなら自信あります」
積田さんが目を輝かせながら手を上げる。
「この間のコミケもコスプレで出てました」
「本当? すごい、もう参加は決定だね。そうだ、一応強制じゃないから、楽しみたい人だけ参加してね」
「じゃあ、テーマはどうします?」
積田さんはさすがに馴れているのか次々に決めなければならない事を提案してくる。
結局参加するのは僕と、捺稀さんと、積田さんの三人、他のメンバーは見物で参加、最低のかぶり物かマスクを気が向いたら付けると云う事になった。
「やっぱり、僕は仮装で参加なんだね」
「そりゃ、副部長が参加しないでどうするの?」
最初から判ってた事だけど、捺稀さんが言い出した時点で僕の参加は決まっていたようなものだ。視線を感じたのでそちらに目を向けると堤野さんが呆れた顔で僕を見ていた。視線には肩をすくめて返しておいた。
積田さんがタブレットで人気のアニメやコミケのコスプレの写真を見せて捺稀さんとわいわいと盛り上がっていた。僕が写真を指さして選ぶものは当然のように却下される。僕はもう降参して全てをふたりに任せた。
直前の衣裳合わせで初めて出来上がりの衣裳のお披露目がされた。
ラノベが原作の僕は見た事がないアニメのキャラのコスプレだった。
捺稀さんは胸が大きくて金髪を緑のカチューシャで留めたエルフで緑がベースの衣裳はかなり際どい。オリジナルのキャラ画と比べると胸は小さめなんだけど大きく動いたらぽろりとしそうで見ているほうが不安になるようなものだった。
捺稀さんはキャアキャア言いながら顔を赤くしつつもすっかりその気でポーズを付けていた。肌の露出が多くてラッキーな気持ちと好きな人の胸元が他人に見られるのが嫌との気持ちの板挟みで嬉し辛かった。
積田さんは黒髪を編み込みで留めた黒豹の獣人のコスプレで、こちらは胸が小さい設定で猫型ケモ耳と長い尻尾をつけて衣裳はお腹が出る際どいものの安心して見ていられた。
僕の衣裳は魔王という設定で灰色の髪に曲がった悪魔的角を付けてマントを羽織っている。オリジナルの設定では背が高く筋肉質のがっちりしたキャラなんだけど、僕がやると痩せて無筋肉でなんとも締まらない。ほんとうなら上部がやれば上背があって筋肉質なのでぴったりだったんだけど、本人にその気がなかったのと、僕も役を譲るつもりはなかった。
—— ☆ ☆ ☆ ——
当日は会場近くのカラオケに集まって衣裳替えをした。仮装するのは三人だけど部員全員が集まって仮装の手伝いとか、わいわいと着替えだけでも楽しかった。博物クラブには上級生がいない。皆同じ一年生なので、部長、副部長なんて言っても平等で気安い。
女性陣ふたりが着替えている時には僕らは追い出されてトイレでメイクの具合を直したり衣裳の調子を直したりした。初めて被るウイッグがどうにも納まりが悪く頭の角がぐらぐらするのが気持ち悪い。隣の上部が僕の衣裳を見て一言。
「おう、いっちょ前に魔王らしくなったじゃん」
「馴れないから落ち着かないよ」
「そこはほら、居直って自分に暗示を掛けるんだよ。『我は真の魔王! 者共、我の後を付いてくるが良い』ってな。言ってみ」
「……われは真のまおう…… ものども、われの後をついてくるがよい……
だめだよ、照れ臭い」
「おら、しゃんとしろ! 捺稀ちゃんに良いところ見せるんだろ」
「うん。
我は真の魔王! 者共、我の後をついてくるがよい……」
「少しは、ましになったな」
「それから、姿勢が悪い! 胸を張って大股でゆっくり歩くんだよ」
「随分詳しいな」
「それは、格闘技も同じだからな。普段から自信と余裕をもって行動するだけで絡まれ難くなる。特に姿勢は重要だぞ。いざと言う時に素早く動いたり、反撃する時に姿勢が悪いと一テンポ遅くなるからな」
やっぱり上部が魔王をやったほうがウケた気がする。今更譲る気はないが。
「よし、だいぶよくなった」
そのタイミングで部員の水科さんが呼びに来た。もちろん男子トイレの入り口で声を掛けてくれたんだよ。中までは入ってこないって。
カラオケの部屋に戻ると捺稀さんと積田さんの仮装が完成していて。僕は見惚れてしまった。
下がり気味のエルフのとがり耳を付けて胸の前が大きく開いた緑のワンピースで胸の谷間がよく見える。鼻血が出そうだ。下はショーツが見えそうなミニスカートに白いアンダースカート、太ももから繋がる白いサイハイブーツ。絶対領域に視線が引き寄せられる。いつまでも見ていたので捺稀さんに睨まれた。
腕は白の長手袋に小さなエルフの弓を持っている。かわいい。
今日は眼鏡をコンタクトに替えてるためか、捺稀さんの緑掛かった瞳はウィッグの腰まである金髪が映えて、すごく自然だ。元々から金髪なんじゃないかと思えるほど顔つきも相まって全く不自然さがなかった。所々で覗く白い肌が日本人離れしていて、はにかんだ仕草も絵の中から出てきたような魅惑に包まれていた。
上部にからかわれた。
「どうした。見惚れて、惚れ直したか」
言われなくても心臓がばくばくして頭の芯が痺れるようだ。ああ、捺稀さんのエルフ姿が見られて幸せだ、世の中のすべてに感謝したい。
「当然…… あ、いや、前にも見てるんだけど。本番はまた力の入りようが違って。本物のエルフのようだと思っちゃって」
「この衣裳とかは積田さんの手作り?」
「わたしと部長の合作だよ。こんなの私には無理。部長ったら布地とか小物に本気で力をいれて、結構元手はかかっているよ。生地なんか本職が使用するような高級素材だから。縫製の技術が追いついていないのが辛いよ」
「生地は置いておいたとしても、良くこんなに綺麗に仕立てられたね。プロみたい」
堤野さんも近寄ってしげしげと観察して感心している。
「実は…… 家に来ているお手伝いさんにお願いした。裁縫はプロレベルなんだ。ちょっとだけわたしも手伝ったんだよ。この飾りを付けるとか」
「そうなんだ。おかしいと思ってたんだ。部長はなんでもスーパーなのかと、レベルの違いに凹んでたんだ。安心した」
「わたしだって、何でもできる訳じゃないよ。わたしひとりじゃぜんぜんだめだめだったよ。千草ちゃんの指導がなければここまでの物は作れなかったって」
積田さんの顔が明るくなった。
「でもほんとに、部長のエルフはすごい。リアルでエルフそのものだよ。最初からいけると思ったんだよね」
積田さんが自慢する。
その積田さんも、なかなか可愛いキャラを演出していた。こちらはお腹が見えるのに色気と言うより背が低い所為もあって可愛い小動物という体で猫型ケモ耳と長いシッポが目を惹く。身体を振ると揺れるシッポにモフモフのケモ耳、好きな人には堪らないだろう。しかし、この季節寒くないんだろうか。
「千束ちゃん。余り褒めると恥ずかしいよ。千束ちゃんも獣人姿が可愛いよ」
僕は捺稀さんのエルフの方が色っぽくて好きだけどね。何の気なしに横を向いたら染井君が目を見開いて積田さんを見つめていた。これは僕にも判った、染井君積田さんに魅入っちゃったね。
「おらおら、記念撮影するぞ。皆並べ」
何の扮装のつもりか、この十月の終わりだと言うのにアロハシャツにサングラスをかけた上部が場を仕切る。寒くないんだろうか。
皆で並んで数枚。あとは、適当に組を作って撮影した。僕は当然捺稀さんと並んで撮ってもらった。あと、アニメの設定通り僕の魔王に下僕のふたりが寄り添った写真とかすごく盛り上がった。寄り添う捺稀さんの豊かな胸が腕に押し付けられその柔らかさに夢見心地になった。このときの写真は僕の宝物だ。
染井君が積田さんにお願いして一緒に撮っていたのはほほ笑ましい。
その後は、皆で街に繰り出した。
上部が先頭で、どうも、アメリカの刑事ドラマの主人公の扮装らしい。僕の前には捺稀さんと堤野さんが歩いている。堤野さんも嫌がってた割に深紅のチャイナドレスにカーニバルマスク(後で名称を教えてもらった)を掛けてノリノリで歩いていた。歩くたびにドレスのスリットから覗くピンヒールの似合う長くて形の良い足は周りの目を惹いた。
とても十六歳の女子高生に見えない。いや、別に僕の目を惹いた訳じゃないよ。他の人たちの話だから。
だって、僕は前を歩く捺稀さんの姿を目に焼き付けるのに集中してたからね。
あれ、堤野さんが捺稀さんになにか耳打ちした。捺稀さんは立ち止まり吃驚した顔で堤野さんを見つめている。堤野さんは変わらずそのまま歩いていった。
「捺稀さん。どうしたの、何かあったの?」
捺稀さんに追いついてしまったので聞いてみた。
「うん…… いや何でもないよ。今日は楽しいねー」
どうしたんだろう。ちょっと引きつった顔をしている。眼鏡をしていないので瞳がよく見える。綺麗な瞳が少し泳いでいる。
「具合悪いの? そろそろ引き上げようか?」
「大丈夫。まだ、始まったばかりだよ」
そう言って笑う捺稀さんは自信なさ気に見えた。
その後はなに事もなくパレードは進み、そんなことがあったなんて僕はすっかり忘れてしまっていた。
捺稀さんはとにかく評判でスマホで撮影されまくっていた。僕が扮装してるアニメのキャラの事が判るとファンと思われる人たちが集まってきて、アニメの設定通りの三人で撮影会が度々行われたのは思い出深い。




