女物
8
あいつ、マジで最低な奴だった。
あれ?私、寝てた?
気がつくと、ベッドに寝ていた。今までのは…………全部夢?
カーテンの隙間から、強い光が射していた。もう朝なんだ。今日はもう一度交番に行って…………
そういえば、隼人は?あちこち探しても、隼人の姿がどこにも無かった。シャワーを借りよう。あと、何か適当な着替え。
おもむろにクローゼットの中を見ると…………そこには…………
思わず、慌ててすぐにクローゼットを閉めた。
見てはいけないものを見てしまった気がする…………!!
あれ…………女物だよね?
え?ここってもしかして、隼人の女の部屋?
「待って?女物だからって女の物とも限らないよ?」
「えぇ!?じゃ、隼人の物!?」
いやいや!あり得ない!確かに、隼人なら似合うけど……女に見えなくもないけど……
「まぁ、あの女顔じゃあり得なくはないかもね。」
「うわぁ!幽子!」
さっきから誰かに話かけられてると思ったら、幽子がソファーでゴロゴロしていた。
隼人の部屋には、幽子がまだいた。
「ちょっと!驚かさないでよ!」
いつの間にか、幽子に怖いという気持ちを抱く事はなくなっていた。むしろそこにいるのが自然。普通になった。今では隼人とルームシェアしてる友達みたいな感覚になった。
「都内在住のLさん20、最近彼氏のクローゼットの中に見知らぬ女物の服を発見。浮気なのか、趣味なのか、果たしてどちらなのか、正直不安です。」
「やめて!まとめないで!」
幽子は置いてあった雑誌を読むふりをして、私の現状を記事風に読み上げた。
「そんな事より、まだ成仏してないの?」
「驚いたのはこっちだよ~!あの彼氏にこんな趣味がねぇ……。」
何でそうなるの?
「違うから!普通に考えて、妹とか…………あ!妹!!そっか、真理ちゃんのか!」
隼人には12も年の離れた妹がいる。忍者の猫、ニャニャンのキーホルダーをくれた隼人の妹。本当の妹より、本物の妹みたいだった。
いつだったか、真理ちゃんとは将来本当のお姉さんになると約束した。その約束は果たせるのか、正直今は自信がない。
もう一度クローゼットを開けて、少し考えた。思いきって、サイズを確認してみた。
これ…………私より大きいサイズ……。
あ…………アウトぉ~!!
あ、あれ?しかも真理ちゃん、まだ8歳とかじゃない?真理ちゃんの服にしては…………かなり…………大きいような…………
じゃ…………これ、誰の?
いやいや、そんな事考えちゃいけない。これは真理ちゃんの。真理ちゃんのやつ!!
何だか複雑な気もするけど…………
でも…………借りよう。
着替えはこれしかないし、隼人が買って用意してくれたのかも。そう都合よく考えて、その服を着る事にした。だって、ちょうど自分好みの服が、ちょうど良く隼人のクローゼットにあったら…………着るよね?
着てみたら、ピッタリだった。え?太った?ヤバい……。こんなサイズがピッタリだと、かなり痩せなきゃ。
さ、早く支度してでかけよう!
「今日って何曜日かな?」
「さぁ?」
隼人の部屋には、物が1つしかない。今流行りのミニマリストってやつかな?でもそれは、意外にも不便に感じた事はない。だけど、カレンダーもなければテレビもない。それが余計に生活感を感じさせない。今は携帯もタブレットもない私には、不便で仕方がない。やっぱ不便に感じてた。
昨日は日曜だったから、今日は月曜かな?まだ火曜じゃないから管理人さんはいないか……。
財布も携帯も無いのは痛い。とりあえず、もう一度交番へ行って、大学にも鞄を探しに行こう。あと、瑠璃にしばらくの着替えを借りて…………瑠璃?
隼人、きっと瑠璃の服借りてきたのかも!!そうだ!瑠璃の所に行こう!
あちこち探したら、なんと、服のポケットの中に交通ICカードが入っていた。やった!これで電車に乗れる!
私は電車に乗って、練馬の実家まで帰った。道行く人が少し不思議な顔をしていた。そんなに太ったかな?
駅からしばらく歩くと、いつものように、実家の赤茶色の屋根が見えて来た。私は迷わずインターホンを押した。お母さんいないのかな?実家は留守で入れなかった。非常用の植木鉢の下の鍵も、そこには置いて無かった。
なーんだ。
仕方なく肩を落として駅へ向かって歩いていたら、ばったり瑠璃に会った。
「あ!瑠璃~!久しぶり~!」
「え?は?」
え?久しぶりに会ったからってそんなに驚く?瑠璃は、私の事をあり得ないものを見るような目で見ていた。
「どうしたの?私、何かおかしい?」
今日の格好、そんなにあり得ないかな?ワンピースにカーディガン、特にいつもと変わらない普通のコーデだと思うんだけど?
「る…………」
「何考えてるんですか?」
「え?」
瑠璃に話をしようとした瞬間、瑠璃に怒鳴られた。
「何考えてるって……どうしたの?久しぶり会ったからって、その態度はないんじゃない?」
「…………そうですね。すみません。」
どうしたの?瑠璃?今日はやけに素直…………それより、私に敬語?いつもと瑠璃の様子がおかしい。
瑠璃はそう言って私の前から立ち去ろうとした。
「ちょっと待って!」
「まだ何か?」
「いや、あの…………」
とてもじゃないけど、この雰囲気で、服を貸して欲しいとは言えなかった。
「あれ?瑠璃、制服は?どうしてスーツなの?まさか高校辞めて働いてるとか!?」
「はぁ?」
瑠璃は長い髪をかきあげて耳にかけて言った。
「あの、ハッキリ言わせてもらいますけど、梨理がいなければ、私達はただの他人ですから。」
「梨理がいなければ…………?」
それ、どうゆう意味?
「何言ってるの?私ならここに……瑠璃、悪い冗談は止めてよ。」
「…………!?」
驚愕という言葉が、今の瑠璃には正にそれだ。瑠璃は思わず後退りしていた。
「そっちこそ!悪い冗談は止めてよ!気持ち悪い!!」
「気持ち悪い…………?」
気持ち…………悪い?
そう言われた瞬間、ふと花屋のガラス張りの自動ドアを見た。
そこに映っていたのは、ピンクベージュのワンピースに、白いカーディガン。
明らかに女物の服を着た…………
隼人だった。
…………どうゆう事?
気持ち…………悪い。
急に、世界がぐにゃぐにゃになって、意識を失った。