第6話 相殺の歌姫
今にも思考を奪い意識すら持って行こうとする歌の中、私達は目の前の光景に釘つけになる。
青く大きく広げられた翼、羽毛に覆われた大きな鉤爪の付く猛禽類の様な足、見慣れていたどの種族にもない変化に思わず目を丸くした。
「ソフィア・・・さん?」
思わずかけた私の声にソフィアさんはビクリと肩を震わせ、此方へ振り向いた。
「あ・・・・」
一瞬、戸惑うような表情を浮かべるものの、彼女は唇を噛みしめると意を決したように羽根を羽ばたかせ飛翔すると大きく息を吸う。
「何を・・・?」
すると、困惑をする私達の前で甘く透き通るような魅惑的な歌声が彼女の口から溢れ出した。
正体不明の歌声と彼女の歌が重なると、耳に聞こえるのは幻惑の唄ではなく、海鳥の鳴き声と波の音だった。
「歌が止んだ?」
「いえ、違うわ・・。アメリア、彼女の方を見て」
ケレブリエルさんにそう言われ、ソフィアさんを見ると、歌声は聞こえないのにも拘らず口は歌う様に動き続けている。
「ソフィアさんが歌い始めたら歌声が止んで・・・」
「歌声を相殺させたのよ。でも何故、彼女はそんな事が出来るのかしら・・?」
ケレブリエルさんは未だに歌い続けるソフィアさんの姿を訝し気にみると首を軽く捻る。
相殺されたと言う事は、同じ波長の歌声どうしが衝突し打ち消し合っていると言う事だろうか。
姿と言い歌声といい、レオニダの差別的な発言の意味に何か答えが有るのかもしれない。
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しかし突如、周囲から大きな叫び声が上がる。
「うああああー!なんだアレは?!魔物・・・魔物がいるぞ!」
すっかり失念していたけれど、歌声が消えて正気に戻ったのは当然、私達だけじゃない。
次第に人々が此方へと近付き集まり皆一様に歌い続けるソフィアさんを指さす。
「オラ、聞いた事あるだ!歌で船乗りを惑わし船を沈める魔物がいるってさっ」
「魔物めっ!船は沈めさせないぞ!」
ポツリポツリと出た言葉は次第に勢いを増し、たった一言を皮切りに人々の疑念からくる感情が膨らんでいく。
ソフィアさんじゃないのに!私は人々が押し寄せようとする通路へと飛び出した。
「皆さん、誤解です!彼女は私達の船を守ろうとしてくれているんです!」
「じゃあ、何だと言うんだあの姿は?あんな半獣人見た事ないぞ!」
止めに入るものの、聞く耳を持たれる様子は無い。
「それじゃあ、誰があの歌を止めたと言うんです!」
「この!小娘がゴチャゴチャとっ!」私の目の前まで歩み寄って来た男性が近くにあった箒を感情任せに振りまわす。
それを腕で受け流し、その腕を捻り上げる。
しかし、勢いは止む事は無く、後から次々と人々が押し寄せて来た。
此処でソフィアさんの歌を止める訳にはいかない。大勢の罵声を耳にしても歌う事を止めないと言う事
は、騒動の原因も治まっていない言う事だと思う。
「アメリア、どいて!」
振り向くとケレブリエルさんが杖を構えていた。
「はい!」
「風よ・・・・【ウィンドオブリストレインド】」
ケレブリエルさんの杖から出た風は波のように広がり、押し寄せて来た人々を吹き飛ばし押し返す。
人々は其れに対して怯んだが、攻撃してこないと判るとソフィアさんを目がけて物を投げつけて来た。
「もう!どうすればいいの!」
そう言った時だった、霧が立ち込め急激に冷気が押し寄せたかと思うと次の瞬間、耳を塞いでも防げない程の轟音が進行方向から響いてきた。それと同時になにやら細かな破片が此方へ飛んでくる。
それは手で触ると手の平で融け水になった。
「・・・・氷?」
周囲の人々も私達と同様、何事かと驚愕し、音がした方へと視線を向ける。
そこで風が吹き霧が晴れると、私達の目の前に船団が現れた。
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突如、現れた船の船首には黒い制服を着たがたいの良い隻眼の白熊の獣人が立っていた。
「いやぁ、魔法で驚かせちまったか。しかし、俺達が来たからには心配無用ってやつだ!無事、アマルフィーの港まで送ってやるぜぇ」
男はニカッっと大きな牙を覗かせて笑う。その後方では、どうにか渦潮に飲まれずに難を逃れた船員や乗客の一部を壊れた船から救出しているのが見えた。
案内してくれると言う事は、アマルフィーの自警団か何かかしら?
「魔法って・・・」
「派生属性魔法・・・恐らく、氷魔法ね。稀に水の属性の者が発現するのよ」
「へぇ・・・それじゃあ、貴重なものが見れましたね」
他の属性にもあるのかしら?
そこで船員の中から、その男性を湛える声があがった。
「流石、白き牙!ザンネビアンケ自警団!ゴッフレード団長万歳!」
口ぶちに称賛の声があがり、船の上の人々の注目は自警団の方に逸れたみたい。
其処でふと、空を見上げるとガンっと言う音と共に飛んでいたソフィアさんが力を失い、此方へ落ちて来るのが見えた。
「しまった・・・!」
慌てて受け止めに行こうにも間に合うかどうか・・・
差し伸べる手が届くか届かないかの所で誰かが突然、飛び出したかと思うとその人物は素早く彼女を受け止めお姫様のように抱えた。
「フェリクスさん・・?!」
「こういう役目はお兄さんに任せてくれて良いんだよ」
何時の間にやって来たのだろう?フェリクスさんはソフィアさんを抱え、ウィンクをした。
フェリクスさんは神出鬼没と言うか・・・謎が多いいなぁ。
次第にソフィアさんの翼はちじみ、足の羽毛は消え足も人の形へと戻って行く。しかしその額には何かをぶつけられたのか、うっすらと血が滲んでいた。
「取り敢えず、前方の船に他の人の意識が言っている内に客室に戻りましょ」
ケレブリエルさんが警戒し、周囲を見渡す。
「そうですね、頭も打っているようですし行きましょう」
そのまま三人で人波を掻き分け船内に入り客室に向かい、廊下を走るとダリルがイライラとした様子で歩いてくる。
「おま・・・フェリクスてめぇ、何処に言ってたんだ!船を止めさせるの大変だったんだぞ」
「何時、オレが船長の所に行くと言った?」
「あー、ハイハイ!怪我人優先だよ!」
私はいがみ合う二人の間に入り、ベリッと引き剥がすとダリルを引きづり自分達の客室へと向かった。
どうにかこうにか客室に戻り、ソフィアさんをベッドに寝かせ、男性陣には交互に見張りについて貰った。しかし、あの姿は何だったのだろう?
あれだけ頑なに隠してきたのだから少し躊躇うけれど、あの姿を見た今は護衛をする身として聞く必要が有るように思う。
ソフィアさんのあの姿を見た連中が部屋に押し寄せて来るんじゃないかと言う不安は杞憂に終わり、まもなくして彼女は目を覚ました。
「んっ・・・あ、あの・・・あたしは、どうしていたんでしょうか?」
「頭を打って気を失っていたのよ」
ケレブリエルさんは体を起こそうとするソフィアさんを制し、水の入ったグラスを渡す。
それを彼女は一口だけ飲むと、私達の顔を回し見る。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません・・・」
「ソフィアさん、そこは“ありがとう”ですよ」
私がそう言って笑うと、ソフィアさんはつられる様に微笑むが意を決したような顔をする。
「本当にありがとうございます。あの・・・あたしのアノ姿、見ましたよね?」
「・・・・はい」
「言い出すのを躊躇していましたが・・・あたしの体にはレオニダ先輩の言う通り、穢れた血が流れています。一角獣の獣人・・・そして、あの船を沈めた者と同じ、魔物の血が・・・」
それは、私達にとって予想を上回る真実だった・・・




