第16話 全ては風の下に
注意※今回も一部、残酷な表現を含む描写があります。ご注意ください。
二人の予想外の人物の登場に人々は驚きと困惑の色を隠せずにいた。
静まり返る森には一瞬、動きの止まったトロールの低い唸り声と風の音のみが響く。
その短い静寂を破ったのは猜疑心が拭えずにいたダリルだった。
「どー言う事だ?敵を招き入れた張本人が何を偉そうに言ってやがって」
暴言を吐くダリルの脇腹を肘で着くと、私はイズレンディア部長とアイナさんの顔を一瞥する。
「イズレンディアさん、アイナさんが何をしたと言うんですか?」
「そうね、私も聞きたいわ。何を根拠に彼女を拘束しているのかをね」
ケレブリエルさんは私を片手で制すると、イズレンディア部長と向き合う。
「ふむ・・・予め誤解の無いよう言うが、私は本来なら全ての女性の味方だ。そこを皆に留意して頂きたい」
その時、何故かイズレンディア部長とある人物が重なった様な気がした。そう言えば彼の姿が先程から見えない。
しかし躊躇無く、その手はイズレンディア部長はアイナさんの服の中へと手を差しいれる。
「ちょ・・・何て事を!」
その奇行に私も含め辺りは騒然となり、イズレンディア部長に罵声が浴びせかけられる。
「きゃっ!何をなさるの‼」
あまりに突然の事に呆気にとられる私達の前でアイナはイズレンディア部長の腕を掴みもがく。
周囲が騒然となる中でイズレンディア部長は心底、気持ちの悪いもの見るような軽蔑の視線をアイナさんに送りながら、しっかりと拘束の手を緩ませない。
「私もお前が女性なら、こんな手荒な真似をせぬのだがな」
「誰か早く・・・誰か助けて!怪しいのはこの方じゃありませんか!」
その必死の訴え掛けに周囲が判断に戸惑いつつ騒めき出す。
その時だった、ゴトリと重いものがアイナのローブの下から転がり落ち地面に転がる音がった。
「あ・・・・!」
落ちた其れは二つあり、一つはひび割れ、もう片方は青緑の淡い光を放っていたが持ち主の魔力の供給が断たれて直ぐに光を失った。
「召喚結晶・・・・?!」
「まぁ・・・こう言う事だ」
驚く私達を眺めイズレンディア部長は満足気な表情を浮かべる。
「・・・どう言う事だ?」
「なるほど・・・ね」
未だに自体が飲み込めないダリル。そして納得したかのように頷くケレブリエルさん。
「治癒長殿、解呪を頼む」
その呼びかけに、治癒長は小首を傾げるが、ゆっくりとアイナさんに近付き杖を向ける。
「はぁ・・・解りました~。【ディスペル】~!」
杖の先端が淡い黄緑色に光ると、その光はアイナさんの体全体を膜状に包み魔法が解呪され、姿が徐々に変異していった。
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そして蜂蜜色の可愛らしい髪は徐々に暗めの茶色に変わり、華奢で女性らしい体は細いが男らしく変貌し、その身に纏う女性用のローブがその異様さを引き立てていた。
「観念しろ・・・クルニア。お前の身柄は憲兵に引き渡した後、国により適切に対処される」
「散々、こき使ったうえに・・・お前は俺の功績を奪うだけじゃなく、居場所すらも奪おうとするのかっ!」
浅葱色の丸みを帯びた瞳は鋭い青い目へと変化し、クルニアのその瞳は激しい憎しみの感情で満ちていた。
「・・・・何を言っている?」
それを冷たくあしらう様にイズレンディア部長の反応は淡々としたものだった。
「何の功績もない素人が偉そうに俺の研究に口出し、挙句の果てには俺の成果なのに・・・研究所の成果だと!?称賛されるべきなのは俺だ!俺なんだ!」
クルニアは息を荒げ激しい剣幕で喚き捲し立てる。その時、イズレンディア部長の拘束を振り払い、落ちた召喚結晶を拾い上げ呪文を唱える。しかし、召喚された足の欠けたトロールだが様子が可笑しい。
「しまった・・・!」
クルニアは気が狂ったように生き喚き、見下すように醜い表情を浮かべ、イズレンディア部長へと暴言を浴びせかける。
「ふはははっ、俺を貶める奴は皆殺しだ!俺は功績をあげる為なら何だって利用してやる!ゆくゆくは魔法省は俺のものになるんだ!」
クルニアは咎が外れ、内に籠めて来たものを吐き出すように更に狂い喚く。
その時だった、ゆらりと動くトロールは口から粘性のある唾液を撒き散らしながら棍棒をクルニアの頭上に振り下ろした。
「クルニア!」
そう叫ぶイズレンディア部長より早く、私の足は風を纏いトロールの背後に近付き白刃を閃かす。
『ストリームエッヂ!』
風を纏う刃と回転をきかせた一閃がトロールの背を捉え斬り裂くと耳を塞ぎたくなるような叫び声と血飛沫が上がる。今回、得た風の力を参考に急ごしらえで放った技だけど上手くいったみたいだ。
「何だって利用する?!私利私欲の為に精霊の依代を破壊する事が許される功績なんて屑以下よ!」
「何だと小娘!お前に何が解る!」
「あー?解るかよ。命を助けて貰った礼も言えねぇ奴の独りよがりなんてな!」
何時の間にか隣へ来ていたダリルはそう言うと、つかつかとクルニアの下に行くと拳で勢いよく頬を殴りつけた。
バキッと目を瞑りたくなるような打撃音の後、クルニアは口と鼻から血を流し白目を剥いて地に伏した。
「あんた何てことするのよ!」
「あ゛?この手に限るだろ?ギャーギャー問答繰り返すより、とっとと捕まえて城の方で自白させちまうのが一番だろ」
「あんたね・・・」
確かに暴れたり逃亡の心配はないけれど、殴られた衝撃で記憶が飛んでしまわないかが不安だ。
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どうにか事態は沈静化し、結晶獣達の召喚結晶は証拠として祭殿の人達によって回収された。
勿論、犯人の逃走は許さない。皆で縄で縛りあげ魔法を封じたうえに衛兵さん達による見張りまでついて厳重にしてある。
トロールの暴走は召喚結晶にヒビが入っており、恐らくそれが先程の暴走を引き起こした原因じゃないかと言う話で結論づいた。
「アメリア殿、協力のほど感謝する」
祭殿の前で辺りを見回していると、イズレンディア部長は私に向かい優しく微笑んできた。
「いえ、そんな恐れ多いいです。これは皆さんの力添えあってこその勝利です。それで・・・あの、何で私の手を握っているんですか?」
困惑をする私の背後から足音がした後、コホンと咳払いが聞こえてくる。
「協力して貰うと言ったが、私の顔と口で随分と余計な事も言ってくれたな・・・」
振り返って視界に入った人物に私とダリルの視線は混乱で頭と共に右往左往する。
「イ・・・・イズレンディア部長が二人ぃ?!」
私の間の抜けた声に、今回の戦いで活躍した方のイズレンディア部長の口角があがり、頬が今にも吹き出しそうに膨らむ。
「ぶあははは、アメリアちゃん。オレだよオレ!」
何処かで聞いた口調に半信半疑のまま、手を握って居た方のイズレンディア部長の顔を見上げる。
オレ?
するとクルニアの時と同様、徐々に姿が変化し、正体が露わになる。
「フェリクスさん?!」
「どう?オレの迫真の演技!」
フェリクスさんはどうだと言わんばかりの顔をする。
「チッ・・・何が迫真の演技だ」
ダリルは苛立ちながら悪態をつき、フェリクスさんを睨んだ。
「確かに驚きましたけれどいったいどうやって?」
「とある御方の私物を拝借してね」
そう言ってフェリクスさんが差し出したのは白い粉の入った小瓶。
その時、何故かとある記憶が頭を掠める。
白い粉・・・とある筋から手に入れた・・・即効性の・・・あっ!
「妖精の変化の粉!」
ヒッポグリフのアルスヴィズ達を初めて王都へ連れて来た時に使用したのを思いだした。
ランドルフさんの屋敷に預けっぱなしだけれど元気にしているかな?
「おっ、珍しいな知っているんだ?オレの職場じゃこう言うの上司の関係でゴロゴロしているけど、一般的には珍しい筈なんだけどな」
「以前、ある件でお世話になった時にランドルフさんに分けて貰ったんです」
私がそう言って身振り手振り説明していると、「話が弾んでいるところ、すまないが」とイズレンディア部長の声が掛った。
「こちらから報告がある。戦いの最中に捜索したところ、クルニアが化けていた白魔術師を無事発見し保護した」
「アイナさん、無事だったんですね!」
もしもの事態が頭に過り、不安だったものが解消され、思わず声が大きくなる。
「あ・・ああ、そうだ」
その勢いに気圧されたのか、イズレンディア部長は困惑の表情を浮かべながら後退る。
「その白魔術師なんだが、オレも話を持ち掛けられた時は信じられなかったが・・・」
フェリクスさんが話していると静寂を取り戻していた森の木々が騒めき、パタパタパタパタと何重にも重なる羽音と、此方へと複数の足音が近付き地響きと砂煙をあげる。
「くそっ、油断した」
「クルニアの援・・・軍?」
一瞬、剣の柄を強く握り構えた手が目の前の光景により緩む。
そして、目の前に現れたのは無数の淡い緑の何かに追われる憲兵の姿だった。
警戒し、相手に意識を集中させていた私の耳にかろうじてある言葉が聞き取れる。
―――”愛し子”―――と・・・




