第43話 忍び寄る影ー善なる神の憂い編
逃げ込むように案内された店は気取った感じは無く、陽気な話し声が飛び交う庶民の味方と言える雰囲気だった。
フェリクスさんの御薦めと聞いていたので気取った店と思いきや、意外な店選びに失礼ながら少し驚いてしまった。私達はフェリクスさんに案内されるままに椅子にゆっくりと腰を下ろす。
魔族との接触により警戒していた心が解け、改めて店内を見渡すと湯気が立つ様々な料理と飲み物と御酒がテーブルに並んでいる。如何やら酒場兼食事処らしい。
店主と思われる筋肉質の老人が料理をカウンターに豪快に並べ、給仕を担当する女性が一人で愛想を振りまきながら忙しなく配膳していた。
明るい赤毛に切れ長の瞳に艶やかな唇、服は胸元を大胆に開けており色気がある大人の女性と言う雰囲気だ。
酔っぱらった御客さんに絡まれても冗談ぽく笑顔で手を払い除けたりと、お客さんを惹きつけながらも器用に躱している。
「ドロシアちゃん、こっちこっち!」
フェリクスさんはだらしがなく鼻の下を伸ばしていた顔を引き締めると、声を張り上げて女性の名前を呼んだ。
ドロシアさんはフェリクスさんの声に気付くと、ふわりと髪を揺らしながら振り向き笑顔を向けた。
「はぁい!今すぐ行くからちょっと待っていてねー」
すると一気に店中からフェリクスさんへ鋭い視線が突き刺さった。
フェリクスさんは慣れているようですました顔、ドロシアさんの方も呆れながらも慣れた様子でテーブルの間を縫うように此方へと歩いてくる。
「ドロシアちゃん!そんなナンパ野郎よりも、俺の麦酒とガリックシュリプはまだかい?」
一人の酔っぱらいが声を上げると、次々と一人ひとりが何を言っているのか判らなく成程に店内が騒がしくなった。
「パパ、料理の方はどう?」
ドロシアさんがカウンターに向かって声をかけると、怒気を含んだ野太い声があがる。
「おら!客ども、オレの飯と酒を飲みたきゃ大人しく待ってろ!それとドロシア、客を待たせんじゃねぇよ」
額に青筋を立てた店主が厨房から顔を出すと、鍋を抱えながら客席に向かって大声を張り上げる。
「解ってるわよパパ。皆、店主の口が悪いけど此の店を嫌いにならないでね」
ドロシアさんは素っ気なく店主に返事をすると、御客さんを宥めながら此方へ歩いてくると薄い板に刻まれたメニュー板を私達の前に丁寧に置く。
「注文が決まったら、アタシを呼んでくださいね」
そう言ってドロシアさんは笑顔を振りまくと、踵を返しながらスカートを翻してカウンターへと戻っていく。
「へぇ・・・良い店だな。アンタ、見直したぜ!」
ヒューゴーとフェリクスさんは顔を見合わせ、握手を交わすなり意気投合しだした。
ザイラさんはメニューを取るなり、御酒がある事に気付き目を輝かせている。
何か忘れていないかと、話の切り出し口を探していると誰かに肘を引っ張られた。
「のう、アメリア。此方の給仕係は皆、あのような接客をするのかの?」
そう呟くコウギョクはドロシアさんの姿に怪訝そうに眉を顰めた。
これは西方の給仕係に対する誤解を生みかねない、御客さんの大半が彼女が目当ての様だし此の神様は何を言うんだろうか。
取り敢えず、首を横に振る。
「そもそも、本題を忘れていませんか?」
今回の騒動の事、教会の周囲を屯する魔族達について話しをする為に来た筈だ。
然し、その声は雑音に紛れてフェリクスさんに届かず。
再び呼ばれたドロシアさんが私達の許へ、注文を取りにやってきた。
「お待たせしました、御注文をどうぞー」
ドロシアさんは軽く屈むと、私達の顔を眺めながら注文を取ろうと待機している。
フェリクスさんは回し読みしていたメニュー板から顔を上げると注文を述べ、ドロシアさんに返す。
「アタシは取り敢えず火酒!アンタらは何にした?」
ザイラさんは目を輝かせるなり酒を頼み、私達にも注文を促すがコウギョクに釘を刺されていた。
「そもそも、これから話をすると言うのに酒は不味かろう」
コウギョクだけは忘れないでくれたらしい、じっとりと睨みつけるとザイラさんもさすがに諦めたらしい。悲しそうに肩を落とす。
「解っているよ。それじゃ、食事は此れで飲み物は水だね・・・よく冷えている奴を頼むよ」
やはり御酒を飲む事ばかりを考えていたらしい、ザイラさんは解りやすく意気消沈している。
ともかく、酒盛りは阻止できたようで安心した。。
「アメリアもヒューゴーも給仕係を待たせてはならぬぞ。フェリクスよ、此度は馳走してもらい感謝する。されど妾にはどの様な物か美味いのか解らぬ、何でも良いから頼んでおくれ」
扇を片手に満足そうにほくそ笑むと、コウギョクの視線と扇の先はフェリクスさんへと向けられる。
フェリクスさんは鼻先に突きつけられた扇に困惑の表情を浮かべるも、その意図を察したのか顔面が徐々に蒼白になっていく。
「お、オレの奢りと言う事かい?」
フェリクスさんは口角を引き攣らせながらも、コウギョクに優しく問いかける。
コウギョクには呆れてしまうが、店の為にドロシアさんを待たせるわけにはいかない。
「あたしは店の料理をたくさん食べて貰えれば急かさないよ。それで、頼む物は決まったかしら?」
「皆、注文は決まったよね?オレの奢りだからって遠慮しなくて良いよ」
フェリクスさんはドロシアさんに嫌われたくないのか、慌てて笑顔を取り繕いだした。
「ほう、先程と正反対じゃな・・・」
コウギョクとザイラさんは冷やかな視線をフェリクスさんに送る。
自棄になったのか、フェリクスさんは私達にも遠慮はいらないと注文を催促してきたので私達は御言葉に甘える事にした。
注文を取り終え、颯爽とキッチンに帰って行くドロシアさんの背中を見届けると取り敢えずは場が収まる。
此処で私は、流されていた本題へと踏み込む事にした。
「先程は私達のせいで御迷惑をおかけしてすみません。それで・・・あの場所で何をされていたのか伺って良いですか?」
そう私はフェリクスさんの顔を見て訊ねた。
店の中は御客さん同士の会話で騒がしい、けれどそれが込み入った話をするには適している。
他の席のお客さんは各々で会話に夢中になっており、私達に耳をそばだてる者はいないようだ。
「いや、良いんだ。でも何って・・・ちょっとした近道として偶々、通り掛っただけだよ」
フェリクスさんは私の質問に対し、如何にか取り繕うかと思案しながら喋っている様子。
静かにそれに耳を傾けていると、バツが悪そうに目を逸らされてしまった。
そこから察するに応える事を拒絶しているのではなく、話せないのだと思われる。
フェリクスさんがカーライル王国の兵士として復職した事が大いに関係あるのだろう。
追及するべきか迷ったが先刻の魔族のやり取りが引っ掛かり、如何しても聞きたい事があり食い下がってみた。
「相手はフェリクスさんをあの場所で頻繁に見かけていた様ですが・・・」
激昂した魔族の言葉から、頻繁にあの場に通っていた事が推測できる。
フェリクスさんは顔を顰めると、言い訳を探る様に目を泳がせては言葉に詰まり黙り込む。
「あんなヤバイ連中に目を付けられるって真面じゃねぇよ」
フェリクスさんの返答を待つ私の横で腹を据えかねたのか口を出すとヒューゴーは舌打ちをする。
「えっ・・・そう?そう言えば最近、ツイてないんだよねー」
「フェリクスさん・・・」
尚も答えを、はぐらかすフェリクスさん。
これで任務である事は明確だ、コウギョクの術で乗り切ったとはいえど標的に気付かれていたのは相当な痛手だろう。
改めて助けてもらった事に感謝しながら、足を引っ張ってしまった事に罪悪感がわく。
潜伏していた理由は帽子の魔族かそれとも・・・
「そうまでして言えないのかよ」
「これで帽子の奴の女にちょっかいだして追われてたとか言わないでおくれよ」
ザイラさんはフェリクスさんを揶揄いながら鼻で笑う。
「どーとでも取って構わないよ。今のオレは、このカワイ子ちゃんの事が大事なんだ」
フェリクスさんはヒューゴー達の皮肉に苦笑すると、財布から一枚の金貨を取り出し優しく指で撫でた。指先で転がされる金貨には美しい女神の横顔のレリーフが彫られている。
「へぇ、そんなに夢中なの。なんだか妬いちゃうわね」
目の前に次々と料理が運ばれ、奇麗に並べられていく。
その姿に見惚れていたフェリクスさんの指先からドロシアさんは金貨を掠め取ると、自身の胸元にしまい込んだ。
周囲のお客さんが騒めき、次第にその視線はフェリクスさんへの羨望と嫉妬が入り混じる物なってくる。
「ド・・・ドロシアちゃん!幾ら代金でも多すぎやしないかい?」
フェリクスさんはテーブルの料理から視線を手元に落とし、伝票に目を通しては青褪めて必死の訴えをする。
「そう?御釣りはツケの清算の一部として回収したから、まったく問題はない筈よ」
ドロシアさんは小首をかしげると、腰に下げていた帳簿をフェリクスさんに突きつける。
すると周囲の空気は反転し、罵倒はツケを溜め込むフェリクスさんへの野次や笑い声へと変わっていった。
フェリクスさんは、用を済ませたドロシアさんの姿を見詰めては肩を落とす。
気まずさから目を逸らすと目に付いたのは、何時もは賑やかなコウギョクが机に両手をついたまま眠そうにゆらゆらと体を前後に揺らす姿だった。
「コウギョク、こんな所で寝たら危ないよ」
そっと肩を触ると瞼を重たそうに持ち上げ、コウギョクは此方へとぼんやりとしながら振り向く。
「す、すまぬ、巫女に呼ばれてしまった・・・」
そう呟くなり、燃料切れのカンテラの如くパタリとコウギョクは意識を手放す。
慌てて腕を伸ばし、その体を支えると静かな寝息が聞こえてきた。
予告抜きで呼び出しは場合によっては危ないな。
コウギョクの体を背凭れの方へ倒すと、ザイラさんが此方を覗き込んできた。
「なんだい、こういう所だけは外見と相応だね」
「如何やら日乃本から呼ばれたみたいです」
店内を見回した後、フェリクスさんをはじめ周囲を確認すると声を抑えながらザイラさんにコウギョクの事情を話す。
ライラさんがヒノモトの物品を仕入れて売り捌くと言った時も不安に思ったが、ヒノモトは正式な国交があるわけではない。
敢えて国名を出さずに伝えたが、少し考えるような表情を浮かべるも気付いてくれたらしくザイラさんは私と目を合わせては何度も頷く。
「成程ね、帰りはアタシが此の子を背負うから任せておきな」
ザイラさんはヒューゴーにコウギョクを指さしながら耳打ちをすると立ち上がり、コウギョクを軽々と抱き上げる。
「んじゃ、お開きにっすか。ごちそうさん!」
ヒューゴーは匙を置くと立ち上がり、フェリクスさんへと笑顔でお礼を述べる。
「ごっさん!」
それに続くザイラさんからフェリクスさんの視線が自然と私の方へ向く。
「えっと、奢って頂きすみません。それと・・・今日は助けて頂きありがとうございました」
「いや、良いよ。奇跡的にもアメリアちゃんと、こうして再会できたしさ!」
フェリクスさんは少し疲れたような表情を浮かべていたが、次第に本領を発揮して何時もの気取った表情を浮かべて私を見詰める。
「・・・確かに驚くべき偶然でしたね。暫く、私達はこの国に留まる事になりそうなので御用が有れば妖精を送ってください」
フェリクスさんの表情が曇った気がしたが、連絡を取れると知るなり少しだけ表情が明るくなった。
「ああ、必ず送るよ。後、大丈夫だと思うけど教会には気を付けるんだよ」
小さく溜息をつくと、立ち上がる私を見上げてフェリクスさんは珍しく真剣な表情を浮かべる。
此処でもまた教会か。
私達にとって教会は女神ウァルミナスへの信仰の場であり、それを注意するとはどういう事なのだろうか。理解しかねるが、何も無いとは言い難い。
「・・・解りました、皆にも用心するように伝えておきます」
フェリクスさんに別れを告げて店を離れる。
店の賑わいも遠くなる頃、昼間の騒動が嘘の様な平穏な空気が夕方の街に漂っていた。
「アレ・・・あくまで国に仕えてる側の意見だろ。あんま真に受けて神経質になるなよな」
ヒューゴーは怪訝そうな顔で眉間に皺を刻み込む。
「ああ、さっきの聞いていたんだ」
「俺の耳は人族とはできが違うっての!」
ヒューゴーは自身の耳を指で突きながら小馬鹿にした表情を浮かべる。
「はははっ、ごめんね」
「本当に解ってるのか?」
相槌を打ちながら受け流すも、本心をヒューゴーに見抜かれてしまったらしい。
けれども、一方の意見のみを鵜呑みにすべきではない事に関してはヒューゴーの意見は合点がいく。
「勿論。ヒューゴーの言う通り、判断は慎重にするつもりよ」
私の前で突然、ヒューゴーの動きがピタリと止まる。
その反応を目にし、周囲に目配せをすれば例の帽子があちらこちらで目に付く。
現場を目撃せずとも、直前の揉め事から路地裏で倒れてた仲間に気付いたのだろう。
あの通りには数人の魔族が居た、直前の様子から私達を危害を加えた相手だと推測したのだろう。
「何だい、何をこそこそ二人で・・・」
ザイラさんは私達の様子を見て怪訝そうにするが、視線の先を追うなり目を見開くとコウギョクを抱え直した。
「日が暮れてきたとはいえ、まだ人がいると言うのに」
何にしても、ライラさんへ迷惑をかける事も含めて往来で厄介事を起こす訳にはいかない。
「ああ、ついてきているな。できうる限り気付かないフリをして港に向かうぞ」
ヒューゴーは視線を悟られまいと目を帽子の魔族から逸らす。
やもえない事態に陥らない限り、強硬手段は控える事で三人の意見は合致した。
「逃がすつもりはないと言う事かしら」
此処で彼らも騒ぎを起こせば、人族のフリが通用しなくなるはず。
ましてや此処は首都だ。
解らない事ばかり起きる、始まりの地など情報を収集する事ができるか危うくなっていく。
「あ・・・くそっ!なんでこんな時に限って面倒事が舞い込んでくるんだ」
ヒューゴーは憤りの声を上げる。
出来うる限り港への道順からそれずに歩く、そこまで辿り着けば憲兵も常駐しているはず。
そこまで逃げて難を逃れる筈だった。
港と都の東西への道を別つ三叉路に差し掛かると、前方に路地に立つ帽子の魔族達が待ち伏せている姿が目に付く。
「ともかく、港に着けばいいんだ。役人を呼ぶから、二人とも上手くやんなよ」
ザイラさんはコウギョクを庇うように背を丸める、石畳を踏みしめながら魔族達を睨む。
「上手くって・・・簡単に言うなよ」
「ヒューゴー、左右の魔族達の気を反らして。後は私が何とかする」
ザイラさんの突進を見送ると、私は足を止めると道具袋を探る。
回復薬の他にシルヴェーヌさんから貰った丸薬は砕けてしまっていた。
「何するつもりか判らねぇけど、そこまで言うならきちんとやれよ」
ヒューゴーは炸裂玉を握ると、魔力を込めて東西の道へ投げ込む。
辺りは早速、丸薬が弾ける音で混乱が起きた。
私たち三人は無言で頷き合い走り出すと、擦違う人々が突如として倒れていく。
その体には穢れがへばり付き、瘴気へと変じて幾筋も天へと立ち上っていた。
もう、これ以上の被害を出さない為にもやもえない。
剣の使を握ると、やけに整った足音と共に背後から何者かが命令を下す声が響いた。
「今より、賊の制圧を行う!」
白い制服を纏う兵が帽子の魔族達を取り囲む、その肩には教会の紋章が輝いていた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
追い詰められ覚悟を決めるアメリア達の前に現れたのはまさかの助っ人だった。
何が敵で何が味方なのか、混乱の行く末はいかに?
それでは次回までゆっくりと御待ち下さい。
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次回も無事に投稿できれば、次回は5月11日20時に更新致します。




