第20話 初めてのクエストへ
冒険者ギルドを出た頃にはすっかり日は高くなり、クリスティアナさんから貰った地図を木陰で眺めていると、風の妖精が伝言を届けに来てくれた。
伝言はランドルさんからで、内容は依頼主へ連絡がついたので、さっそく明日にでも向かってほしいとの事だった。
そう言う訳で私達は今、話し合いを兼ねて昼食をとっている最中だ。
「ふぇ、ふぉふぉひふんだふぉ」
「・・・食べるんだか喋るんだかどちらかにしなさいよ」
モゴモゴと昼食のいぶした魚の薄切りと野菜がたっぷり挟まれたパンを口に頬張りながら喋るダリルにお茶を差し出す。
それを受け取るとダリルは一気に飲み干すと私の目の前の皿を指さす。
「お前こそ何だよ山盛りの肉は!」
「だって止めるまで切り分けてくれるのよ。たっぷり食べたっていいじゃない」
私の目の前には特製ソースのかけられた、表面を程よく焼かれた中心に赤味が残るモウのロースト。
それを添え物の野菜と共に卵の黄身を絡ませて食べると絶品だ。
もちろん、パンで肉汁と合わさったソースを拭って食べるのも堪らない。
「お前・・・本当に色気が無いな」
「美味しいものを食べたいと言う気持ちの前では色気も何も関係ないわ。それよりこれを見て」
料理屋に着く前に私は街で配られていた号外記事をテーブルの前に差し出す。
「ん?希望の光!目覚めし銀の王子って・・・?」
ギルドでの事もあってかダリルは小声で話す。
「光って希少な筈よね・・・。銀の王子ってたぶん、あの儀式の時に来ていたアレクシス王子よね」
「ん?あー、そう言えばそんな事あったな。でも、考えすぎじゃないか?まんま希望の光って言う意味かも知れないぞ?」
「んー、どうなのかしら・・・。フェリクスさんあたりに聞いたらわかるかな?」
「アイツの名前を出すな。呼んだら沸くぞ」
そんな、人を虫みたいに・・・
「呼んだ?」
振り向くと斜め後ろの席からフェリクスさんが此方に向かって手を振っていた。
「そうそう・・・こんな風に・・・って何でここに居やがる!」
「此方のレディとお茶をしている最中でね」
「「え?!」」
フェリクスさんと向かい合わせの席に目をやると、色気漂う赤色の髪の美しい女性が座っていた。
フェリクスさんが軟派に成・・・功している?!
「アメリアちゃん、何か用かい?」
「あの・・・」
「こほんっ・・・」
私が質問しようとした所でフェリクスさんと向かい合わせに座っていた女性が咳払いをすると、席を立つ。どうやら、放置された事に腹を立てたらしい。
それに気が付いたフェリクスさんは情けない声を出しながら、大慌てで彼女を追いかけて行ってしまった。
「何なんだアイツ・・」
「何も聞けなかったわ・・・」
嵐の後の様に過ぎ去ったフェリクスさんの後姿を見送り、私達は昼食を済ませると次の日の準備をすませ、ランドルフさんのお屋敷へと帰路につく事にした。
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翌日、お屋敷の植木に朝露が滴る早朝に荷物をまとめて東門の前に向かっていた。
眠気で瞼が重く、欠伸をしながら歩く私とは違ってダリルは絶好調の様で置いてきぼりにされそうな勢いで速足で歩いている。
「地図を持っているのは私よ。なんでアンタが私より前を進んでいるの」
「今回のクエストは山間の牧場だろ?そんな鈍足じゃ夜になっちまうだろ?」
などと明らかに小さい子供みたいに浮足立っているダリルに冷たい目線を送ったが、意を介さぬ様子で立ち止まるどころか歩く速さが増している。
「爺ちゃんに鍛えられた私の足を自慢の俊足を鈍足なんて言わせないんだから!」
「おっ!その喧嘩かった!」
挑発に乗り走り出したものの、東門を通り越して目的地まで半分近くの所まで走り続けてしまったのは反省すべき点だわ・・・
「ぜぇぜぇ・・・勝ったわ・・」
「いや・・・俺の勝ちだ・・ぜぇはぁ」
暫しの休憩の後、歩いて行く事にしたが、梅雨払い程度で強力な魔物と遭遇する事は無く順調に歩進む事が出来た。
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無駄な体力を消耗したかと思った競争だけれども、それが功を奏したのか太陽が真上に来る前に依頼主の待つシドニー牧場へ到着する。
地面に大きな爪の跡があり、柵には真新しい木材が打ち付けてあった。隅には使い物にならなくなった木材などが山積みにされていた。
その中には生き残ったらしい数頭の馬が青々とした草を食んでいるのが見えた。
柵の中に入ると此方に向かって歩いてくる犬を連れた少年が走ってきた。
「姉ちゃん達はギルドから依頼された人かい?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、ついてきて~」
人懐っこい笑顔を振りまく少年の後を追う私の後ろでは、ダリルが犬に懐かれ抱き着かれていた。
「あらあら?モテモテね」
「嬉しかねぇよ!」
案内されたのは厩舎の横に建てられた石造りの小さな一軒家だった。
内装は質素な造りで、暖炉には橙色の火が灯り、すっかり冷え切っていた私達の体を温めてくれた。
色とりどりの糸で編まれた敷物がしかれた部屋に入ると、男の子に椅子に座って待つように促され、依頼人を待つことに。
暫くすると奥の部屋から、熊の半獣人の老人が出て来て私達に軽く会釈をして、私達と向かい合わせの席に腰を下ろす。
「こんな山奥までご側路頂きありがとうございます。儂が依頼主のジョーセフ・カトラルですじゃ」
そう言うと小声で「名前を名乗りなさい」と家まで案内してくれた少年を呼び寄せる。
すると、呼ばれた少年は外を見ていたが私達の方へ駆け寄り、帽子を取りペコリとお辞儀をする。
「遅れちゃったけれど、爺ちゃんの孫でオイラはロビンて言うんだよろしく!それでっ、こいつが愛犬のモーリー」
「ワンッ!」
モーリーと呼ばれた犬はロビンの呼びかけに元気よく返事をした後、ダリルの下に行き尻尾を千切れんばかりに振っている。
「あらあら、気にいられちゃったのね。」
クスクスと笑いながらジョーセフさんの奥さんが湯気が立つ良い香りのするお茶を淹れてくれた。
「好みで入れてくださいね」と琥珀色の蜂蜜の入った小瓶が匙と共に置かれる。
「あ、申し遅れました。私はアメリア・クロックウェルです。それで、こっちが・・・」
「ダリル・ヴィンセントだ・・です。よろしくお願いシマス」
「此方こそよろしく頼みます」
ジョーセフさんは穏やかな笑みを浮かべると、私達の手を力強く握り握手をした。
「では、お互いに自己紹介が終わったところで、依頼についてお話ししましょう・・・」
ジョーセフさんは深い溜息をつくと、淡々とグリフォンの襲撃について語り始めた。
襲撃があったのは二月前。
放牧を終えて馬をそろそろ厩舎に戻そうとした所、馬の激しく嘶く声と魔物の恐ろしい鳴き声を耳にして慌てて外へ出て行ったが、目にしたのは残骸と草を染める一面の赤、そして飛び立つグリフォンの姿だったらしい。
しかし運よく柵を乗り越え、森へ逃げた数頭を見つける事が出来たそうだ。
「そして、生き残りの馬の治療を受ける為に家畜専門の医者に見せたところ、助かった馬の中の二頭の腹に普通の馬に有る筈の無い魔力が感知されたのですじゃ」
「つまり、ヒッポグリフの卵が腹に・・」
「うむ、そうじゃ。ところがつい一週間前の雨の降る夜、その二頭が雷に怯えてのう・・・此方の失態で厩舎から逃げ出してしまっってな・・」
ジョーゼフさんは困ったような顔をし、酷く落ち込んでいるようだった。
「なるほど・・・逃げた方向の検討はついていますか?」
そう言うと、ジョーセフさんは首を横に振る。
放牧地と言っても馬を放つ事のできる広さ、闇雲に探すのは得策じゃないわ、どうしよう。
「爺ちゃん、馬を探すならオイラとモーリーが協力するよ。姉ちゃん達もいるし、なによりモーリーは馬の臭いをしっかり覚えているしさぁ」
「駄目だ」
部屋にジョーセフさんの低く唸るような声が響く。
「うっ・・・」
ロビンはビクリと肩を震わせると悔しそうな顔になり下唇を噛む。
そして、その次の瞬間・・・
「行くぞモーリー!」
「ワォン!」
「「ロビン!!」」
ロビンは祖父母の制止を聞かず、モーリーを連れて家を飛び出して行ってしまった。




