第14話 思いがけない誘い
私達の声のみが響く診療所の中に緊張が走る。
木の扉が開く音共に現れた意外な人物の登場に少し騒がしくなっていた診療所に響くのは石の床に響く靴の音。現れたのは祝福の儀を執り行っていた中心人物、司祭様の姿だった。
名前を問われて何事かと息を飲む私達を見て、御付きの神官を下がらせると立ち上がるダリルを制して隣の椅子に座った。
司祭様が私に何の用だろう?
「突然で申し訳ない。私は聖ウァル教会司祭、ゴトフリー・メイスフィールドだ。この度は祝いの言葉を贈らせて貰うよ。おめでとう」
「「ありがとうございます」」
司祭様は思わず揃った私達の声に驚いた様で一瞬、瞬きをしたかと思うと口元を抑えて笑っていた。
「肩の力を抜いて構わないよ。どのみち長居はするつもりはない。今日は君にちょっとした誘いをかけに来た」
司祭様の視線は隣に座るダリルじゃなく・・・
「私にですか・・・?」
「神官達の識別魔法によると君の魔法の属性は光のようだね。しかも・・・かなり強力な」
私の反応を窺うような視線にドキリと胸が跳ねる。
何となく精霊の剣や精霊王様達の事は話すべきじゃないと思う。とりあえず伏せておいた方がいいかな。
「ええっ、光属性の魔法が使えるようになったんですかー?」
「ぷっ・・・」
真剣に話している最中に何かと思って目を泳がせると、ダリルが顔を背けて肩を震わせていた。
私の演技が下手だと言いたいのかしら?失礼な奴ね。
「・・・どうやら知らされていなかったようだね。では本題に入るが、光属性の魔法を発現する者は非常に希少だ。その多くの者は教会に属する事が多いい。そこでだクロックウェル、どうか聖ウァル教会に属する事を検討してくれないだろうか?」
「教会に・・・ですか?」
「教会に属すると言っても何も神官のみではない、君を教会専属の騎士団、アマデウス騎士団に入団させる事も可能だ」
「そう・・・ですか」
ゴクリ・・・唾を思わず飲み込む。
将来の事は考えた事が無いわけじゃない、しかし此処で決めるべきじゃ無いと思う。
漸く生まれ育った村をでて様々な物を見て聞いて、人と出会い振れ合い、断片的ではあるけども村では知り得なかったものを知る事が出来た。
短期間でも少しでも知れた事は己の知識や経験の不足を感じる良い機会だったと思う。
ここで教会に属し、騎士団員として修業しながらより、より広く世界を渡り知りたい。
勿論、精霊の剣としての役目もある。
「司祭様から直々の申し出に感謝していますが・・・お断りさせてください」
「ほう、それはどうしてかね?」
「田舎から出て王都に来るまで様々な物や人々と出会い、世界の事をもっと知りたくなったんです。もっと多くの経験を積み、見聞を広めてからでも遅くないと思います」
そんな真剣に訴える私を見て、司祭様は低く笑い声を漏らす。
「くくく・・・実に青い答えだ。しかし、私は決断を迫ったつもりは無いのだがね。それに、君はあの人に実によく似ているな。単純でどこまでも真直ぐなところがね」
「・・・あの人?」
「君の養父であり祖父のウォーレン・クロックウェルだ。私が神官見習の頃によく世話になってな。けっこう王都では有名人なんだが」
「「え?!」」
まさかの祖父の名前に思わずダリルと二人で驚愕する。
そりゃあ、辺境の地にも拘らずに弟子を志願する人が来たりするけども・・・。
「まあ、残念だが今回は身を引くとしよう。だが、これも将来の選択肢として留意しておいてくれたまえ」
そう言うと司祭様は御付きの神官を連れて診療室を後にした。
偶然とは本当に思いもよらない形で来ると思う。
しかし、王都でも有名人とは祖父は一体、どんな過去を持っているんだろうか。
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神殿の中をふらりと歩きながら目を庭の花木に目をやると鼻の周りを飛び交う可愛らしい妖精の姿がちらちらと目に入る。
これを日常的に見れるようになるなんて思いもしなかった。今ままで見る事が出来なかったのが悔しいくらい。
まあ、もっと精霊王も見える様になっちゃったんだけどね。
「しっかし・・・何かお前ばかり良い話が飛び込んでくるなんてな」
ダリルが私の隣で不機嫌そうに呟いた。
「私だって色々と青天の霹靂よ。それに、羨ましがられる事ばかりじゃないわ」
「・・・そうだな」
「ところで、アンタは何の魔法が使えるの?祝福を受けた時ってどんな感じ?」
私は強引にウァル様に精霊界に連れて行かれたので普通の人はどうなのか解らない。
好奇心から捲し立てる様に質問をすると、少し引かれたけど渋々とダリルは話してくれた。
「属性は師匠と同じ火だった。要約すると、体の中の魔力の種に相性の良い精霊が宿るって感じだな」
「ふーん」
「ふーん、ってなんだよ人が説明してやったのに」
「ごめんごめん。でも、引き受けたのは良いけど問題はどうやって探しに行くかよね・・・」
他の全ての精霊王様から祝福を受ける必要があると言っても、移動手段やら何やらをどうしたものか・・・
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そんなやり取りをしていると見覚えのある人物の姿が神殿の入り口に見えた。
その人物は神官見習の女の子達を口説いているようだ。
バシッと乾いた音がしたかと思うと、女の子の手の平がその人物の頬を打つ。
「アイツ・・・何をやっているんだ」
「あ・・相変わらずね。フェリクスさん・・・」
呆れながらフェリクスさんを見ていると、此方に気付いたらしく笑顔を向けて手を振って来た。
「やあ、二人とも待っていたよ。儀式の最中に倒れた女の子居るって上から聞いて引き受けて来たんだけど、まさか、アメリアちゃんだとは思わなかったな」
女の子と聞いて来たって・・・ぶれないなこの人。
「それで、何を引き受けたんですか?」
「何ってそりゃあ勿論、アメリアちゃんに会うためだよ・・」
その時、パチンと私に向かってウィンクをするフェリクスさんの目の前に鋭い拳が突き出された。
「わりぃな、手が滑っちまった」
ダリルはニコリと微笑むと拳を引っ込めた。
「デコ助も居たのか・・・」
それを見てフェリクスさんは口角を引きつらせている。
「コホン・・」
「ああ、ごめんねアメリアちゃん。他の洗礼を受けた子達は夜になる前にと言う事で帰されたんだ。でっ、遅れて帰るお前達をお兄さんが迎えに来たってわけよ」
「そうだったんですか、助かります」
「アメリアちゃんの為に来たから当然だよ」
あなた女の子と聞いて引き受けたと言ってませんでしたかねぇ・・・?
「俺達も早く王都に戻ろうぜ」
「そうね、馬車で帰ると言っても夜道は危険だわ。行きましょう」
「ちょっと待ってよ二人とも~」
速足気味に神殿の入り口に向かうと一台の小さな馬車が停まっていた。
乗り込んだ馬車の窓から見える空は僅かに茜色が差し込んでいる。
今日は色々あったなぁ・・
精霊の剣に精霊王そして祖父の名前が出た事には驚かされた。
ふと、祖父から村を出る間際に渡されたネックレスを思い出し、胸元からだす。
複雑な文様が刻まれた涙型の飾りは何かが入っているらしいけど、未だに開け方は不明だ。
これには何が封じ込められているんだろ・・・
一人思案しているとフェリクスさんが興味深げに此方を見ている事に気が付いた。
「何か?」
「いやー・・・素敵なネックレスだと思ってね。そうだ、王都に帰ったらオレと二人でどこか行かない?アクセサリーなら・・・」
そこにフェリクスさんの言葉を遮りダリルが割り込む。
「そういやぁ、王都の案内が途中だったよな?俺も連れて行ってくれよ」
「残念、オレは女の子の為にしか予定を空けない主義なんだ」
狭い空間で何をやってるんだかと思いつつ、騒がしい二人を無視しをしながら先方に見える王都に少しづつ明かりが灯るのを私は眺めていた。




