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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第三章 目指すのは
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お久しぶりです。7年近くぶりの更新、皆様に届きますように...

 とりあえず今日の展示会を終えて帰社してから詳しく話そうという事で、車から降りた。もう少し早く相談していれば迷惑を掛けなかったのにと後悔しても後の祭り。

「本当は事情を聴いてしまいたいけれど、向こうに隙を見せるのは得策じゃないだろうから。その代わり、何か言われても君は自分を守りなさい。会社の事は気にしなくていい」

 その言葉に今は目の前の展示会を無事終える事だけを考えようと、久坂は頭を切り替えた。


受付を済ませて会場内に入ると、本当にこじんまりとした展示会だった。確かにビルのワンフロアを借り切って行われてはいるけれど、担当バイヤーが来れば事足りるまさか取引先の専務が来るとは思いもよらない位の規模。

 しかも直接取引があるメーカーも1.2社あって、やはり驚かれてしまった。

「有田専務じゃないですか」

 ブース内にいた取引のある古参の営業にそう声を掛けられてしまえば、周囲に驚きが走る。社名は首からかけているパスに書いてあるし、それに専務という肩書を合わせえしまえばここに来るわけのない人物の出来上がりだ。


「やぁ、お久しぶりですね。木村さん」

 けれど有田専務は驚くこともなくにこやかに笑うと、声をかけてきた木村という営業さんの元へ足を向けた。珍しそうに、けれど懐かしそうな表情で慌てて出てきた木村さんは、有田専務に頭を下げると両手で握手を求めてきた。

 本当に嬉しそうなその表情に、少し緊張がほぐれる。

「私がバイヤーをしていた頃に、担当してくれていた木村さんだ」

 そういいながら、有田専務は増岡課長と久坂を紹介した。木村さんは久坂達に名刺交換を求めながら、ほぅ……とため息をついた。

「いやぁ、まさか有田専務とこんなところでお会いできるとは思ってもみなかったですよ。私達は大型の展示会は卸問屋に任せて出店しないので、もうお会いする機会もないかと……」

「こんにちは、有田専務」

 その言葉を遮るように響いたのは、ここ最近よく聞くようになった聞きたくない声。自分の真後ろからかけられた声に、思わず飛びのこうとした身体を何とか抑える。

「おや、高橋君」 

 動揺する気配もなく、有田専務は笑顔を浮かべた。増岡課長も然りだ。私も普通にしなければと、久坂は有田専務の横へと移動した。

「今日は来てくださり、ありがとうございます。ここにいるのは弊社の大切な取引先ですから、有田専務にも一度会って頂ければと思った次第なのですよ」

 人好きするような笑みを浮かべて、高橋はちらりと周囲へと視線を向けた。それにつられるように見回せば、木村さんが嬉しそうに頭を下げていた。高橋に対して。


 取引先を大切にしている卸問屋。そういうふうに言われてしまえば、有田専務もただ笑って受け入れるしかない。

「そうだね。私も以前はバイヤーをしていたから、取引先の大切さは身に沁みてわかっているよ。あぁしかし木村さんとは久しく顔を合わせてなかったから、本当に懐かしいね」

「本当に。高橋部長のおかげですね、ありがとうございます」

 そういってもう一度頭を下げた木村さんに、高橋はにこやかに笑い声をあげた。

「メーカーの皆さんがいてこその、卸問屋ですからね。これからもこういう機会があれば、と思いますよ」

 機会があれば、なんだというのだ。言いたいことを言わずに、相手に言わせる。自分からは言っていないという事を、第三者の前でアピールするかの態度。

 やはりここに有田専務を連れてくるべきじゃなかった。断らなかった私のミスだ。

 大小含めての展示会に専務が出席していたら、どんなに時間があっても仕事が間に合わない。けれど今ここで高橋の言葉に同意してしまったら展示会には必ず招待の連絡が来るはず。

 それを断るのは簡単だけれど、メーカーの間で不公平が生まれてしまう。その上、うちの会社の取引があるのは高橋の会社だけではない。取引先間で付き合いを偏らせることは、信頼を損なう事。


 それを分かってて、それでもなおこんなことを言ってくる。

 高橋の人となりが、はっきりとわかる。自分の手柄を上げるためには、何でも利用する男だ。


 有田専務は高橋に笑いかけると、何かしゃべろうと口を開いた。その途端、専務のスーツのポケットから電子音が鳴り響いた。

「おや、この音は社長かな? 高橋君すまないね、ちょっと失礼するよ。久坂君一緒に……」

「久坂さんには、うちの秘書が用事があるようなのでお借りしますね」

 途端、私達三人の動きが止まる。

 私、だけ指名。相手は秘書だとはいえ、高橋のテリトリーに入り込むのは悪手のような気が……。

 有田専務は一瞬目を見張ると、すぐに表情を隠して困ったように笑った。


「私も年寄りなものでね、久坂君がいないと困るんだよね」

「何をおっしゃいますか専務。大丈夫ですよ、すぐにお返しします。今後の事について話したいだけらしいですから、秘書が」

 最後の「秘書が」に、圧を感じる。秘書同士の会話に、何か問題でもあるのかとでもいうように。

 

 社会的立場からいえば、有馬専務の方が上。けれど、雑貨業界で高橋の会社にそっぽ向かれると流通コストの面で影響が出てくる。しかもこんなに目立ってしまっている状態で申し出を断れば、何かあるんじゃないだろうかと勘繰られてしまうだろう。


 そこまで考えると、久坂は有田専務へと向いた。

「専務、もしよろしければ秘書の方とお話をさせていただいてまいります」

「久坂君?」

 驚いたように名を呼んだ有田専務に、久坂は頷く。

「大丈夫です」

 有田専務は少し逡巡するような気配を見せた後、分かった……と了承した。

「それではすぐ戻ってくるからね。久坂君を、よろしく頼むよ」

「はい、もちろんです。では、ここで」


 有田専務に会釈をすると、増岡係長を案内するよう木村さんに促してさっと踵を返した。表情を変えないまま心配そうな色を浮かべた視線に小さく頷き返すと、久坂はすでに歩き出している高橋の後ろを追った。 高橋の向かう方へ視線を向ければ、バックヤードに近い場所に設えてある商談ブースに見覚えのある女性が立ってこちらを見ている。その手には何かの書類。


……本当に、秘書同士の話し合いみたい。


 秘書に向けて笑みを浮かべて会釈をしながら傍へと近づくと、久坂は高橋に頭を下げた。

「ご案内くださり、ありがとうございました」

「気にしないで? うちの秘書をよろしくね」

 それだけ言うと、さっさとその場から立ち去ってバックヤードへと消えていった。

 何か言われるかもしれないとまだ疑念を持っていた久坂も、その態度にほっと胸をなでおろす。やっぱり気にしすぎだったのかもしれない、と。


「久坂さん、どうぞお座りになってください」

「はい、失礼いたします」


 秘書のにこやかな声に、久坂は満面の笑みを浮かべて椅子に腰を下ろした。


 高橋に対しては警戒しなければいけないけれど、とりあえず今は大丈夫なようだ。有田専務が戻ってきて話し合いが終わったら、挨拶だけ回ってなるべく早くここを出るように促そう。これ以上、何も言われないうちに。

 きっと有田専務も増岡係長も、同じ考えのはず。


 久坂はそんなことを考えながら、表面上はにこやかに秘書と会話を交わしていた。



 ……高橋の思惑通りに進んでいることに気付かずに。

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