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書店でサイン会と図書選びの後日談 ②

 サイン会当日、1時間前にミナミ書店西柏店に集まった。

 学校の許可もとっているのに、なぜか「制服ではなく白いワンピースで来てほしい」というリクエストがあったので、ワンピースにお店のエプロンをつけて、まずはサイン会の会場設営を手伝う。


 覆面作家のぐみさばおり先生のサイン会なので、書店のイベント用のスペースにパネルで入口と出口を作り、スペースの中は見えないようにした。サイン会用の机と椅子を設置して、告知用のポスターを貼れば準備は終わりだ。

 参加者の整列は、伊藤を含めた書店員さんたちがやってくれる。


 設営が終わって書店の控室に二人で待機していると、気を利かせた伊藤が飲み物を持ってきたくれたので、少し雑談をしていたら。

 白いワンピースを着て、帽子とサングラスにマスクをした小柄な女性と、できるキャリアウーマン風のスーツ姿の大人の女性二人が、控室に入ってきた。


 ぐみさばおり先生と担当編集者さんかな!?

 とあわてて私と清水さん、伊藤とで二人にあいさつをすると、大人の女性のほうから、

「はじめまして。太陽書房の江藤と言います。ぐみさばおり先生の担当編集者です。

 それでこちらが、ぐみさばおり先生。

 ご存じでしょうけど、ぐみ先生はお顔もお名前も年齢も非公開なので、こんな格好をしているの。すみません」

と、おきれいだけど、キャリアがありそうで、仕事のできそうな、江藤さん。


 その横にいた、華奢で幼い感じのぐみさばおり先生が、マスク越しにもごもごと小声であいさつするが、よく聞こえない……。

 うん? でもどこかで聞いたことのある声のような気が……。

 顔はよくわからないけど、私たちと同世代のようだし、小柄だけどスタイルのいい、このシルエットもどこかで見たことがあるような?


 でも、正体を隠している作家先生に、どこかで会ったことがあるかとか聞くわけにもいかないしなーって思っていると、隣の清水さんが、

「あ、あの私、ぐみ先生の小説の大ファンです!

 ……いきなりすみません、ぐみ先生と私、どこかで会ったことがありませんか?」

 いや、いきなり失礼でしょ!

 でも清水さんもそう思うんだ……。


 すると、伊藤まで、

「僕もどこかで会ったような気がするんですが……」

 とか言い出して!

 と、言われたぐみ先生の挙動があきらかにおかしくなり、担当の江藤さんも笑いをこらえている?


 すると、ぐみ先生が担当編集者の江藤さんに小声で、「ママ、笑っちゃダメだって」とモゴモゴと耳打ちした。

 うん? ママ? 担当の江藤さんがママ? うん? 江藤……え・と・う?


 って、お前! 文芸部の江藤みゆきじゃん! 

「江藤だよね? 江藤だよね!」

と、思わず叫んでしまう私。


「しー! 静かに!

 あー、やっぱりわかる人にはわかるかぁ」

 と急に大きく、いつもどおりのはっきりとした声が返ってきて。


 やっぱり江藤だ!

 なんで? 江藤がここに?

「なんでって、私が『ぐみさばおり』だから」

 はぁー!


「だから最初から説明して相談してほうがいいって言ってたでしょ、みゆちゃん」

「いやーワンチャンばれないほう掛けたかったのよ、ママ」


 江藤が、ぐみさばおり先生! で、その担当編集だって言った人が、江藤のお母さん! いったいどういうことよ!

 戸惑う私と清水さん、伊藤を前に、覆面人気作家様はこう言い放った。

「それは、このお店の店長が私のパパだからなのよ」

 なにそれ! 意味わかんない! 情報量が多すぎ!



 鶴谷城高校三年生、文芸部・部長の江藤が、人気作家ぐみさばおり先生の正体だったんだけど。

 お父さんがミナミ書店の沖田店長で、お母さんがぐみ先生の担当編集をしている江藤さんだった。


 どういうことかと言うと、江藤の両親二人とも読書好きで、江藤もその影響で読書好きな子供に育ったんだそうだ。

 ところが、江藤が中学に入ったころに両親が離婚して、苗字が沖田から江藤に代わって母親と暮らすようになった。

 そのころから、小説投稿サイトに作品を投稿するようになって、投稿した異世界ミステリー作品がネットでバズったらしい。


「でも、江藤って、文芸部じゃ現代ミステリー作品しか書いてなかったよね?」

「あれは息抜きっていうか、趣味全開っていうか……。パパがミステリー小説好きで、ママがファンタジー小説好きなのよ。

 で、中学のときに不登校になって(苦笑)、投稿サイトに朝から晩までいろいろと書きなぐってたら、異世界ミステリーものでバズったんで、ネットはそっちをメインに書くようになったんだけど。

 私、将来的には現代ミステリー作品も書きたくて。いまはラノベで上手くいってるけど、競争激しいジャンルだからさー。

 いろいろなジャンル、とくに現代ミステリーはファンタジーと同じぐらい好きだから、チャレンジしたい。

 だから、文芸部では好き勝手に書きたいジャンルの短い作品を書いてるの。

 梨花が教えてくれた、ライトノベルから本格ミステリー作品まで手掛けた、うすいさえこ先生みたいになりたいなーと思ってて」


 で、バズった小説で出版社から商業デビューのオファーがきたときに、まだ未成年なので親の同意が必要とのことで、そのときにお母さんに小説サイトに投稿していることを告白したんだとか。

 沖田店長には恥ずかしくて絶対に言いたくなかったそうで、ないしょで作家デビューしたそうだ。


 それで、最初はオファーした出版社の編集者が担当だったらしいんだけど、その人があまり仕事熱心ではなかったらしい。

 江藤も作品を母親に読んでもらってリライトを手伝ってもらったり、マネージャーみたいに出版社とスケジュールや印税、PR関連の作業などの交渉してもらったりしていたら。


 仕事ぶりに感心した出版社の編集長が、お母さんに江藤の担当編集を依頼してきて、お母さんも編集の仕事に興味があったので、引き受けたんだそうだ。

 それで最初は江藤専任のフリー編集者だったんだけど、いまではその出版社に就職して、他の作家の面倒も見るようになったらしい。


 なるほど、ぐみさばおりとして江藤が小説家デビューするまでの事情はわかったんだけど、いまのこの状況はいったいどういうことなの?


「新刊が出るたびににぜひサイン会を! って何度も言われてたんだけど。

 身バレ顔バレするのが嫌でずっと断ってたんだよね。

 でも、パパのお店でサイン会ができるのなら、お店の売上にも貢献できるかな? って、うすい先生がこのお店で昔サイン会を行ったらしいって話を聞いてから思ってたのよ」


 あとから伊藤に聞いた話によると、最近どんどん書店が減ったりしているけど、西柏店の業績も芳しくないらしい。

 店長といってもけっしてお給料がよいわけではなく、それも離婚原因の一つだったらしく、離婚したといってもお母さんも、沖田店長のことはかなり心配しているらしい。

 それで、江藤のことはないしょにしたまま、西柏店でのサイン会を計画したのだそうだ。


 沖田店長は、ぐみさばおりの正体は知らないけど、元・奥さんが担当編集者なのは知っているので、今回のサイン会も江藤ママが裏でいろいろ動いてくれたのだと思っているそうだ。


「でさー、ここからが本題なんだけど。

 パパは店長で忙しいから基本的にサイン会の場所にはいないんだけど、最初と最後に挨拶には絶対くるわけよ。

 そこで正体がバレたくないので、だれかに店長とのあいさつのときだけ、私と入れ替わってほしいの! お願い!」


 それで、女子高生のサポート要員を希望して、服装も白いワンピースでなんてリクエストしたんだ!


「朝日さん、清水さん、ごめんなさいね! この子がワガママで。

 西柏店で開催できないんだったら、サイン会はやらない!

 って言ってきかなかったの。

 それなのに、あの人には小説を書いててプロにまでなっていることは絶対に知られたくなんだって」

「パパに読まれて、上から目線で批評されるのなんて絶対にイヤよ!」

「もー、あの人なら絶対ほめてくれるわよ」

「それはそれでイヤ! 書店の店長に仕事モードでお世辞を言われるなんて冗談じゃないわ!」

 めんどくせー女だなー!


「あれ、そういえば文化祭で沖田店長が図書室にいるときに、江藤もいたよね。

 全然会話しなかったんじゃない?」

「当り前よ!

 パパには娘だってことは絶対言うな!

 合っても無視するように言ってたから!」

 沖田店長、かわいそう……。

 裏ではこんなにパパ想いな娘なのに、ツンデレがひどすぎないか?


「それで今日も、ママにくっついてきてサイン会の手伝いをすることはパパに連絡してて、ここにいても大丈夫なようにしておいたけど。

 私がぐみさばおりなこと、バレたくないから、清水さんだっけ?

 お願い! 私の影武者になって!」


 そう言われて、江藤に手を握られて懇願されて、ぐみ先生のファンである清水さんはうなずくしかなかったのだった……。

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