2「本当の自分とは」
1時間目の倫理の授業。ユウトは教室の最後列、窓際の席に座っていた。担任の田中先生は40代の男性で、マインド・シンク推進派として知られているが、時々その目に迷いの色が浮かぶことがあった。
「皆さんにとって『真の自分』とは何でしょうか?」
田中先生の問いかけに、教室の中央に座る優等生の桜井美月が手を挙げかけた。しかし途中でその手をそっと下ろす。ユウトはその動作を何気なく見つめていた。
「はい、高木くん」
先生に指された生徒が機械的な口調で答える。
「システムが示してくれる理想の人格です」
まるでマニュアルを読み上げるような回答に、クラスの大半が頷いた。しかし、ユウトには違和感しかなかった。
美月は手を挙げかけて止めた。なぜだろう? 彼女なら模範的な回答ができるはずなのに。
ユウトは窓の外に目を向けた。校庭の木に一羽の鳥が止まっている。その鳥は誰にも指示されることなく、自由に羽ばたいていた。
「本当の僕って……」
心の中で呟いたとき、首筋のチップが小さく光った。その瞬間、ユウトの視界に不思議な現象が起きた。美月の周りに薄い紫色の霞のようなものが見えたのだ。まるで彼女の感情が色となって現れているかのように。
「え……?」
ユウトは頭を振って幻覚を消そうとした。きっと疲れているせいだ。昨夜も遅くまでプログラミングのバイトをしていたから。
でも、その「色」はとても美しかった。システムに管理された灰色の世界の中で、唯一輝いて見えた光だった。
「本当の自分……か」
田中先生の問いは、ユウトの心に深く刺さった。マインド・シンクによって「理想の人格」を演じている同級生たちを見回しながら、ユウトは思った。
みんな同じような表情をして、同じような反応をしている。でも、それが本当に彼らなのだろうか?
美月がチラリとユウトの方を振り返った。その瞬間、また薄い紫色の光が見えたような気がした。