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感情ハッカーの僕が世界を変える理由  作者: 雨音トキ


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10/15

10 「システムの反撃」

美月の正体を知ってから三日後、ユウトの日常は一変した。

月曜日の朝、教室に入ると、見慣れない顔が三つあった。

「みなさん、今日から転校生が三人加わります」

担任の田中が紹介したのは、田村、中島、佐々木という三人の男子生徒だった。一見すると普通の高校生に見えるが、ユウトの能力で彼らの感情を読み取ろうとすると、異常なことに気づいた。

感情の色が見えない。

正確には、色があるにはあるのだが、それは透明に近い薄い灰色だった。まるで感情を意図的に抑制しているかのような、訓練された無機質さがそこにあった。

「よろしくお願いします」

田村が代表して挨拶した時、その声には感情の起伏がまったくなかった。機械的で、マニュアル通りの対応。

美月が言っていた通りだった。彼らはエージェントなのだ。

昼休み、ユウトが屋上に向かうと、田村がすでにそこにいた。

「いい天気ですね、柏木さん」

「……ああ」

ユウトは警戒しながら答えた。田村の感情は相変わらず無色透明に近い。

「私たちのこと、気にしていらっしゃるようですが」

田村の口調は丁寧だが、どこか威圧的だった。

「別に」

「そうですか。それならいいのですが」

田村はにこやかに笑った。だが、その笑顔には温度がなかった。

放課後、ユウトが美月と帰ろうとすると、中島と田村が現れた。

「桜井さん、少しお話しがあります」

中島の声に、美月の表情が強張った。

「後にしてもらえる?」

「いえ、今すぐに」

中島の眼差しが鋭くなった。その瞬間、ユウトは彼の感情に初めて色を感じた。冷たく、鋭い青——それは命令と服従を表す色だった。

「美月……」

ユウトが声をかけようとしたとき、佐々木が背後から現れた。

「柏木君も、一緒にどうですか」

三人に囲まれる形になったユウトと美月。周りの生徒たちは、まるで何も見えていないかのように素通りしていく。

「私たちは君たちを監視している」

田村が低い声で言った。

「何をするにも、我々の目がある。それを忘れないでもらいたい」

「そして桜井エージェント」

中島が美月を見つめた。

「任務を忘れてはいませんね?」

美月の感情が激しく揺れ動いているのが見えた。恐怖の黒、怒りの赤、そして愛情のピンクが複雑に混じり合っている。

「……分かってます」

美月は小さく答えた。

その夜、ユウトは自宅で過ごしていたが、落ち着かなかった。窓から外を見ると、向かいのアパートの一室に人影が見える。双眼鏡らしきものを手にした男が、こちらを観察していた。

マインド・シンクを起動し、仮想空間で作業をしていても集中できない。現実モニターをチェックすると、アパートの前に止まった車から、また別の男が降りてくるのが見えた。

彼らはもう隠そうともしていなかった。監視していることを、わざと分からせている。心理的圧迫を加えるためなのだろう。

翌日の学校でも状況は変わらなかった。

授業中、ユウトが窓の外を見ると、校舎の向かいのビルの屋上に人影があった。体育の時間、グラウンドの端にいる不審な男たちが、明らかにユウトを観察している。

そして転校生の三人は、まるでローテーションを組んでいるかのように、常に誰かがユウトの近くにいた。

「おはよう、柏木君」

朝、靴箱で佐々木に声をかけられる。

「昼休み、一緒に食事はどうですか?」

昼食時、中島に誘われる。

「放課後、図書館に行きませんか?」

帰り際、田村に提案される。

すべて丁寧な言葉遣いだが、それは提案ではなく命令だった。断れば何が起こるか分からない緊張感があった。

美月との時間も制限された。二人で話そうとすると、必ず誰かが割り込んでくる。メッセージのやり取りも監視されている可能性があった。

「もう、普通に話すこともできない」

ユウトは一人でいる時、そう呟いた。

自由だったはずの日常が、一瞬で牢獄に変わってしまった。そして最も恐ろしいのは、この状況に慣れてしまいそうになる自分がいることだった。

水曜日の午後、母親がいるアパートに、二人の男性が現れた。

「教育委員会の者ですが」

背の高い方の男性が身分証明書を提示した。田所と名乗るその男は、四十代前半で、きちんとしたスーツを着ている。一見すると普通の公務員に見えるが、どこか威圧的な雰囲気があった。

「息子さんの学校生活に関する調査でお伺いしました」

もう一人の山田という男性も同様に丁寧な口調だったが、その目は冷たく光っていた。

「ユウトのことですか?」

母親は困惑していた。息子が何か問題を起こしたという連絡は受けていない。

「ええ。最近、学校での行動に変化が見られるという報告がありまして」

田所がファイルを開いた。

「担任の先生によると、以前は内向的だった息子さんが、急にリーダーシップを発揮するようになったとか」

「それは……いいことじゃないんですか?」

母親は首をかしげた。確かにユウトは最近明るくなっていたが、それを問題視されるとは思わなかった。

「確かにそうですが、あまりに急激な変化は、時として別の問題を示唆することがあります」

山田が口を挟んだ。

「例えば、薬物の使用や、不適切な人間関係の影響など」

「薬物? そんな、ユウトがそんなことを……」

母親の声が震えた。息子が薬物に手を出すなど、考えたこともなかった。

「もちろん、決めつけているわけではありません」

田所が手を挙げた。

「ただ、念のため確認させていただきたいのです。家庭での様子はいかがですか?」

「特に変わったことは……」

母親は必死に思い返そうとした。最近のユウトは確かに以前より元気だったが、それは成長の証だと思っていた。

「夜遅くまで起きていることはありませんか?」

「パソコンでプログラミングの勉強をしているようですが……」

「そのプログラミング、どのようなものですか?」

山田の質問が続く。

「よく分からないんです。難しそうなことをやっているみたいで」

「収入はありますか? 息子さんのプログラミングで」

「ええ、少しですが……それがどうかしたんですか?」

母親の不安が高まった。息子のバイト代のおかげで生活が楽になったのに、それが問題だというのだろうか。

「高校生が高額な収入を得ている場合、税務上の問題や、場合によっては違法行為の可能性も……」

「違法行為?」

母親の顔が青ざめた。

「息子は真面目な子です。そんなことをするはずが……」

「お母さん」

田所が優しい声で言った。

「我々はお宅の息子さんを疑っているわけではありません。ただ、最近のマインド・シンクシステムの普及に伴い、それを悪用する事件が増えているのです」

「システムの悪用?」

「他人の感情に影響を与える技術を開発し、それを使って不正な利益を得る。そのような事件が報告されています」

山田が重々しく説明した。

「息子さんが最近変わったのも、もしかすると……」

「まさか」

母親は首を振った。だが、心の奥で小さな不安が芽生え始めていた。確かにユウトの変化は急激だった。

「もちろん、これは単なる確認です」

田所が安心させるように言った。

「ただ、もし何か気になることがあれば、すぐに連絡していただきたいのです」

二人の男性は名刺を置いて帰っていった。だが、その名刺には教育委員会の正式な住所ではなく、聞いたことのない部署名が書かれていた。

夕方、母親は帰宅したユウトを見つめた。いつもと変わらない息子の顔。だが、田所たちの言葉が頭から離れない。

「ユウト、学校で何かトラブルがあるの?」

夕食の時、母親は意を決して尋ねた。

「え? 何かって……」

ユウトは箸を止めた。母親の表情が普段と違う。心配そうで、どこか怯えているようにも見える。

「今日、教育委員会の人が来たのよ」

「教育委員会?」

ユウトの血の気が引いた。ついに母親にまで手を伸ばしてきたのか。

「あなたの学校での行動について、調査してるって」

母親の声が震えている。

「母さん、何を言われたの?」

「薬物のことや、違法行為のことを聞かれたわ」

「そんな……」

ユウトは拳を握りしめた。罪のない母親まで巻き込んで、心理的な圧力をかけてくる。これが政府のやり方なのか。

「ユウト、正直に言って。あなた、本当に何も……」

「何もしてないよ」

ユウトは必死に答えた。だが、それは半分嘘だった。能力のことは話せない。話したら母親はもっと心配し、もっと危険に晒されるかもしれない。

「でも、最近のあなたの変化……」

母親の目に涙が滲んでいた。

「息子を信じたいけど、もし何か危険なことに巻き込まれているなら……」

その夜、ユウトは自室で一人考えた。愛する母親が自分を疑い始めている。システムの策略は着実に効果を上げていた。

このままでは、母親との関係も壊れてしまう。そして母親自身も、政府の監視対象になってしまうかもしれない。

ユウトは深く絶望した。自分の能力は、愛する人たちを不幸にするためにあるのだろうか。

金曜日の放課後、ユウトが校門を出ようとしたとき、異変が起きた。

歩いていた生徒たちの足が、まるで時が止まったかのように一斉に止まった。談笑していた声がぴたりと途絶え、校庭で部活動をしていた生徒たちも動作を停止する。

まるで世界全体に「一時停止」ボタンが押されたような静寂が、学校を包んだ。

ユウトだけが、その異常事態の中で動くことができた。

「何が起こってるんだ……」

振り返ると、校門に一人の男性が立っていた。

五十代前半、グレーのスーツを着た威厳のある男性。髪は短く刈り上げられ、鋭い目つきが印象的だった。彼が一歩足を踏み入れるたびに、周囲の空気が重くなっていく。

その瞬間、校内の全生徒の首筋にあるマインド・シンクチップが、一斉に青白く点滅した。強制的な「従順モード」の一括起動だった。

「興味深いな」

男性が口を開いた。低く、響く声だった。

「君だけが影響を受けていない」

ユウトは本能的に危険を感じた。この男性から発せられる圧迫感は、これまで出会った誰とも比べものにならなかった。

「あなたは……」

「私の名前は冷川登」

男性は校庭をゆっくりと歩きながら答えた。

「マインド・シンク監視局の局長だ」

ユウトの血が凍った。政府の最高幹部が、直接自分に会いに来たのだ。

「そして」

冷川が振り返ると、校舎の入り口から美月が現れた。だが、いつもの美月とは違っていた。表情は硬く、まるで操り人形のような歩き方で近づいてくる。

「私の娘でもある」

「娘……」

ユウトは愕然とした。美月が冷川の前に立つと、深く頭を下げた。

「お父さま。お疲れ様でした」

その声は機械的で、感情がまったく込められていない。ユウトの能力で美月の感情を読み取ろうとしたが、彼女からも透明に近い灰色しか見えなかった。

「美月……君も?」

「申し訳ございません、柏木ユウト」

美月がユウトを見つめた。その瞳に、いつもの温かさは微塵もなかった。

「私は最初から任務を遂行していただけです。あなたに抱いた感情も、すべて計算されたものでした」

「そんな……嘘だろ?」

ユウトは必死に美月の感情を読み取ろうとした。だが、完全に遮断されている。まるで心に厚い壁を築かれているようだった。

「娘よ、よくやった」

冷川が美月の頭に手を置いた。

「君の演技は完璧だった。彼を信頼させ、能力の詳細を把握する。見事に任務を果たしてくれた」

「ありがとうございます」

美月は再び頭を下げた。

ユウトは絶望的な気持ちになった。自分が信じていたもの、愛していたもの、すべてが偽物だったのだ。

「柏木ユウト」

冷川がユウトに向き直った。

「君の能力は確かに興味深い」

冷川が一歩近づいた。

「他人の感情を読み、操作することができる。まさに我々が求めていた技術の生体版だ」

「僕は……あなたたちの道具じゃない」

「道具?」

冷川は大きく笑った。

「君を道具になどしない。君には、もっと重要な役割がある」

「重要な役割って?」

「プロジェクト・ハーモニーの要となってもらう」

冷川の目が鋭く光った。

「来月の全国アップデートで、全国民の感情を統一する。その際、君の能力を使えば、より効率的に、より完璧に人類を導くことができる」

「そんなこと……絶対にしない」

ユウトは後退った。

「君に拒否権はない」

冷川が指を鳴らすと、転校生の三人が現れた。田村、中島、佐々木が三方向からユウトを囲む。

「美月」

冷川が娘に向かって言った。

「最後の仕上げだ」

美月がユウトに近づいた。その手には、見たことのない装置が握られている。

「これで君の能力を制御下に置く」

美月の声は相変わらず機械的だった。

「大人しくしていれば、痛みはない」

ユウトは美月の瞳を見つめた。完全に感情を遮断されているはずなのに、その奥で何かがかすかに光っているような気がした。

「美月……本当に君は……」

その時、美月の手が一瞬震えた。

装置を握る手に、わずかな迷いが生じる。

ユウトは最後の希望を込めて、彼女の心の奥底まで能力を集中させた。すると、遮断されていた壁の向こうから、かすかな色彩が見えた。

深い紫色——それは苦悩の色だった。

「やはり完全な制御は難しいか」

冷川が舌打ちした。

「仕方ない。力ずくで連行する」

田村たちが一歩前に出たとき、学校の時計塔から夕日が差し込んだ。その光の中で、美月の瞳が一瞬だけ、本来の輝きを取り戻した。


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