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*6* 暴かれる秘密

 午前中はFランクのモンスター討伐クエストで、ノアの魔法のレッスン。


 午後はポーション作り。


 それが毎日のルーティンになって、早くも10日がたった。



「50本か。たくさん作ったなぁ。そろそろ買い取りしてもらいに行かないと……ふわぁ」



 宿の客室にある簡易キッチンにて。


 一晩寝かせたポーションの瓶詰めとラベリングをしながら、あくびが止まらない。


 魔力をごっそり持ってかれるので、1日の最後にポーションへ仕上げの治癒魔法をかけ、そのまま寝落ち。


 そうしてうまいことやってきたつもりだ。



 でも最近、やけに眠いんだよね。


 油断してたら日中もウトウトしちゃうし。


 ハッ、わたし夜中に呼吸止まってたりしない!?



「なぁんて、あはは。眠いだけで具合が悪いところはないし、眠りが浅いだけかな? なんか毎日夢を見てる気がするけど……思い出せぬ、うぅむ……」



 とかなんとかひとりごとを言っているうちに、ふわぁあ……とまたあくびが。



「いかん、めっちゃ眠い、たるんどるぞ……起きんか、リオ!」



 ばちんっ!


 ビンタした両ほほが、じん……と熱を持つ。


 われながら痛い。



「もっかい顔洗ってくるかぁ…………うわぁっと!?」



 バスルームに向かおうとしたところ、ものすごい勢いでドアが開けられた。


 飛びのくわたし。危機一髪だった。



「ビビッた! 朝っぱらからめちゃくちゃビビらせるじゃんかよ、ノアくんよう……!」



 ドアを開け放った姿勢で、停止していたノア。


 そのサファイアの瞳が、すっかり腰を抜かして床にへたり込んだビビリを映した。



「今朝もおねぼうさんでしたね。おはよ……へっ?」



 それからは、一瞬のことで。


 気づいたら、ぎゅうううっと苦しいくらいにハグされていた。



「……どこか、行っちゃったかと……」

「キッチンには来ましたが……?」

「起きたらいないんだもん! 捨てられたのかと思って、俺っ……」

「ねぇノア、もしかして、嫌な夢でも見た?」



 小刻みにふるえるノアの肩に手を置き、そっと視線を合わせてみる。


 サファイアの瞳から、ボロボロと大粒の雫がこぼれ出した。



「……ううん。うれしい夢。しあわせすぎて……怖くなって」



 ノアがこうして泣き出すのは、はじめてじゃない。



『いかないで、すてないで……!』



 この宿をとったはじめのころ。


 夜中にちょっとのどが渇いてベッドを抜け出しただけで、泣きじゃくられたほどだ。


 ささいなことで不安でたまらなくなるくらい、深い傷を、こころに刻まれてるんだと思う。



 これまでノアがどうやって生きてきたか、過去になにがあったのか、わたしは知らない。


 無遠慮に踏み込むべき領域じゃないから、ノアが話してくれるまで待つ。



「うれしいことなら、よかったね。怖がらなくていいんだよ」



 背をさすっているうちに、落ち着いてきたのかな。



「うん……でも、夢よりこっちのほうがいい……あったかくて、リオのにおいがする……」



 わたしの首すじに顔をうずめたノアが、ホッとしたようにまぶたを下ろした。


 よかった。肩のふるえもおさまったみたい。



「ごめん……いきなり、泣きついたりして。情緒不安定すぎるよね」

「こーら。謝ったりしないの。悪いことなんかしてないんだから」

「……ん」



 ばつが悪そうに視線を伏せていたノアも、手足の強ばりを完全にほどいて、こくりとうなずいた。



「ね……リオは、俺のこと、嫌いにならない?」

「ならないよ。ノアを置いてどこかに行ったりもしない」

「そう……そっか」



 ノアは噛みしめるようにつぶやいて、まぶしそうな笑顔をわたしに向けてくる。



「寝汗かいちゃったから、着替えてくるね」



 気恥ずかしそうなきみのほうがまぶしいんですけど、なんてことを思ったのは、内緒ね。



 ──そんな鈍感なわたしが、ノアが不安がっていた理由を思い知ることになるのは、そのすぐ後のお話。



 *  *  *



「きゃーっ! 雨だ! 走れ走れーっ!」



 悲鳴を上げながら、灰色の空の下を爆走する。


 冒険者ギルドでポーション50本と引き換えに、1万ゴールドの報酬を手に入れた。


 今日のランチは奮発して、ステーキでも食べようかと思ってた矢先だよ。



「うぅ……予想外すぎる……」



 避難した路地裏の軒下で、しくしく泣きながら、ワンピースの裾を雑巾みたいに絞る。



「降りはじめたと思ったら、あっという間だったな……」



 並んでため息をついたノアの黒いローブも、ずぶ濡れだ。


 このローブは人目が気になるノアに、おさがりであげたもの。


 そんなノアくん、フードを脱いで濡れた前髪を掻き上げる仕草が、なんともサマになっている。


 これぞ、水もしたたるいいイケメン。


 おなじ人間のはずなのに、わたしとは顔面偏差値が違いすぎる。


 なんかちょっとくやしい。



「ちょいと。そこのお嬢さんや」

「はい?」



 まったく予想外の方向から呼ばれたのは、そんなときだ。


 ふり返って目をこらす。


 そしたら、薄暗い路地裏の奥でパラソルをさし、絨毯の上に座り込んだ人影を見つけた。いかにも『魔女』って格好のおばあちゃんだ。



「おまえさん、ツイてるよ。アタシみたいな凄腕占い師のお目にかかれたんだからね」

「それは、光栄です……?」

「雨宿りのヒマつぶしがてら、占ってやろうじゃないか。たったの2,000ゴールドぽっちだよ」

「胡散くさいな……ただのぼったくりじゃないか?」

「しっ……! 思ってても声に出さないの!」



 あからさまに怪訝な顔をするノアのお口を、チャックする。


 大丈夫。わたしもそういう危機察知能力はちゃんとしてるから。


 壺とか買わされそうになったら、丁重にお断り申し上げるから。



「おや、信じてないのかい? いいさ、そんなら、そっちのぼうやはタダで見てあげようじゃないかね。はっ……きぇぇいッ!」



 おひざにのせた水晶玉へ両手をかざし、くわっ! と目をかっ開くおばあちゃん。



「むむ……んむむぅ……みえる、視えるよ……ぼうや、女を心底嫌ってるね」

「……だったらなんだよ」

「興味深い、興味深いねぇ……女嫌いのぼうやが、なんでまたこっちのお嬢さんにどっぷりと入れ込んでるのか」

「あの、おばあちゃん、もういいですから」



 これはまずいな、と直感した。


 お代をわたしたら、満足してもらえるだろう。


 でも、ふところに手を入れたときには、もう遅くて。



「あぁ、そうか……そうなのかい。ぼうや──おまえさん、『人間じゃない』ね?」

「……ッ!」

「え……?」

「必死に人間のフリをしてるみたいだけど、翼が、黒い翼が視えるよ……人を惑わす、悪魔のたぐいだね。ふむ……それも、はぐれ悪魔か」

「うるさい……黙れ黙れ黙れッ!」

「ノアっ!?」



 ガッと壁を殴りつけたノアが、雨空のもとへ飛び出していく。



「ノアっ……待ってノア、ねぇっ!」



 お世辞にも運動神経がいいとはいえないわたしの足じゃ、ノアには追いつけない。距離はひらくばかりだ。


 だけど遠ざかる背を完全に見失ったら、取り返しのつかないことになる。


 そんな気がしてならなくて、もう夢中だった。



「風よ、わたしの背を押して──『エリアル』」



 これは、わたしが唯一使える中級風魔法。


 身体能力を一時的に高める、補助魔法だ。


 ヒュオウッ……


 吹き抜けた風に後押しされ、鈍色にびいろの街を飛ぶように駆けた。



「……つかまえたっ!」



 ぱしり。


 伸ばした右手は、届いた。



 サァ──……



 霧雨に打たれながら、しばらく立ちつくす。


 もやがかかった世界には、わたしたちしかいないみたいな感覚になった。



「…………リ、オ」

「かえろう」



 か細くふるえるノアの声をさえぎる。



「帰ろう、ノア」



 なにも、言わなくていいから。 

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