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*5* 魔力おばけとか、だれも勝たん

「というわけで昨日ぶりにやってきました、冒険者ギルドです!」



 別名黒レンガ会。その名のとおり、どの街でも共通して黒いレンガ造りの建物だ。


 冒険者の心得その1。あたらしい街で行き先に困ったときは、まずこの建物をさがすんだよってね。



「クエストを回るのに、冒険者登録が必要なのか……知らなかった」

「ひよっこ冒険者が、上級モンスター討伐とか受注したら危険だからね。冒険者もランク管理して、ある程度ランクを上げないと高難度クエストを受けられないようになってるの」

「へぇ……ポーションの買い取りも冒険者ギルドでやってるんだったよね。商団ギルドじゃなくて?」

「商団ギルドが管理してるのは日用品の流通ルート。ポーションとか医薬品に関しては、冒険者ギルド管理なの。需要の問題でね」

「言われてみれば。冒険者は怪我が絶えないもんな」

「そういうこと。ちなみに、商団ギルドのほうは赤いレンガの建物で、赤レンガ会って呼ばれてるよ。わかりやすくていいよね」



 さてと。ひととおり説明は終わり。


 ここは先輩として、頼れるところを見せなきゃね!



「さっ、行こっか!」



 はりきって、木製のドアを押しひらく。


 そんなわたしは、このあと起こる事件のことなんて、予想もしなかった──



  *  *  *



 冒険者ギルド1階西側。


 ここは新規冒険者エリア、適性検査所。



 カッ…………パリィィインッ!



 目を刺すような閃光が走る。


 かん高い音が鳴り響き、それまでの和やかなムードが凍りついた。


 カウンターの上に無数の破片。水晶玉が砕け散ったものだ。


 あまりに衝撃的な光景すぎて、わたしは絶句した。



「リオ」



 右手をかざした姿勢からふり返ったノアが、真顔でこんなつぶやきを。



「粉々になっちゃった」

「うんうん、そうだねぇ……なんでぇっ!? 去年わたしも冒険者登録をするときに適性検査したけど、こんな惨状にはいたらなかったよ!?」

「そんな……ドワーフ最高峰の技術を用いて磨きあげられたオリハルコン製の測定器が、壊れてしまうなんて……」



 検査を担当してくれたギルドスタッフのお姉さんも、驚きを隠しきれてない。



「測定器が耐えきれないほどとなりますと、ノア様の初期魔力ステータスは、少なくともS+と推定されるかと……」

「少なくともS+!?」

「俺すごい? えらい?」



 すごいどころのお話じゃねぇ。


 しかも当の本人が、事の重大さをよくわかってない。


 ノアがわたしの目の前でかがんで、艶のある黒い頭をさし出す。うん? なでろって?



「と、とりあえず、魔術師でクラス登録しとこっか? あとで変更もできるからね」

「わかった。そうする」



 やばい……顔がいい上に魔力おばけとか、この子大物だわ。



「……えへへ」



 そんな大物ノアくんは、わたしみたいな下々の者に頭をなでなでされて、ごきげんだった。



  *  *  *



 ノアくんは不機嫌だった。


 黒いレンガ造りの建物内にある渡り廊下を行きながら、むっすぅ……と唇をとがらせている。


 いまは、発行された冒険者ライセンスとにらめっこの真っ最中。



「Fランク……ステータスが高くたって、結局ふつうの初心者とおなじスタートじゃないか」

「まぁまぁ。何事も順序がだいじってことだよ」



 D~Fが初心者。


 Cが中堅。


 A~Bが上級者。


 Sランクにいたっては、英雄レベルの実力者だ。



 冒険者歴1年でDランクのわたしは、可もなく不可もなくってところかな。


 このまま何年も足ぶみしてたら、ちょっと問題だけど。



「ノアなら、わたしのランクなんかすぐ追い越すって」



 フォローというか、素直な気持ちで声をかけたつもりなんだけど……


 ノアは眉をひそめたまま、納得してないみたいだった。



「俺が高ランクだったら、上級クエストでどんどん報酬を稼いで、リオにもいっぱいぜいたくさせてあげられるのに」

「わたしの、ために?」



 ……そうだよね。ノアは、そういう子だった。


 わたしの役に立ちたいって言ってくれた、やさしい子。



「その気持ちだけで充分だよ。ありがとう」

「でも俺、まだなにもリオの役に立ててない」

「いいの。ノアだけに怖い思いとか、痛い思いをさせたくないの。焦らなくていいから、わたしとゆっくりやってこうね?」

「リオと、俺で…………うん」

「よし! そんじゃ、お仕事に行きますかね! 今日はどんなクエストがあるかなーっと……」



 ちょうど一般エリアの大ホールへやってきた。


 ここでは、いろんなクエストがランクごとに掲示されている。


 モンスター討伐やアイテム採取、変わり種だと賞金首ハントに、落とし物さがしだとか。



「今日はノアのはじめてのクエストになるから、Fランクの易しいものがいいよね」

「リオ、これは?」



 ノアが指さしたのは、アイテム採取の掲示板に貼られたポスター。


『薬草採取依頼 チーゴの花50本』っていう、いたってシンプルなクエストだった。



「チーゴの花なら俺もわかる。多めに採れば、ポーションにして売れる」

「そうだねぇ。でも、チーゴの花は昨日採った分がいっぱい残ってるから、いまはいいかな。採りすぎても処理しきれないし」



 そこまで言うと、ノアがサファイアの瞳を見ひらいた。


 頭を鈍器で殴られたみたいに、痛々しい表情を浮かべて。



「ごめん、俺……考えなしだった」

「いいよいいよ。こっちこそごめんね。わたしがちょっとポーションとか作ったくらいで倒れるような魔力量じゃなきゃ、そもそもノアに謝らせたりしなかったのにね」

「リオ、それは──」



 なにか言いかけたノアだけど、ぐっと堪えるように口をつぐむ。


 ノアが思いとどまったことだから、気づかないふりをしてあげるのが、やさしさってもんだろう。



「うーん、今日はこっちのモンスター討伐クエストにしよっか。『だれかがイタズラでなすび畑にマンドラゴラを植えたので、収穫できなくて困ってます』だって」

「なんでモンスター討伐クエスト……? 薬草採取クエストがいいって、リオ言ってなかった?」

「見てごらん。薬草採取クエストの募集が、ほとんどないでしょ?」

「うん。チーゴの花の採取依頼しかない」

「薬草採取クエストはね、どの街でも常時2〜3種類は出されてるものなの。だけど異様に件数が少ない。そして報酬は通常の3倍。つまり……」

「……あ、そうか! この辺のは、採りつくされちゃったんだ!」

「正解!」



 わたしの言いたいことが、ノアもわかったらしい。頭の回転が早い子だ。


 数が少なくなってくると買い取り単価が上がる関係で、報酬もはずむけど、その分見つけるのに苦労するからね。



「お宿代を稼ぐくらいなら、こっちのマンドラゴラ退治のほうがいいかも。ノアの魔法の練習にもなるし、日帰りでできそう」



 ノアはこれまで魔法を使ったことがないっていうから、実力は未知数だ。


 わたしも初級の火魔法、風魔法なら使えるから、レクチャーしてさしあげましょう。


 燃やしちゃおうぜ、ファイアボールで!



「あ、ちょっとした切り傷とかかすり傷ができても、治すから安心してね。これでも回復師かいふくしですし」

「薬術師で回復師なんだ?」

「おなじ治療師ヒーラー系統だからね。複数クラス持ちも珍しくないよ」



 上級治癒魔法は使えなくもない。


 ただ、例によって実用が現実的じゃない。


 せっせとお鍋かき回してポーション作ってるほうが、わたしは性に合ってるの。



「マンドラゴラか……耳栓持ってたかなぁ」



 掲示板からマンドラゴラ退治のポスターをとって、考え込む。


 そのせいで、ノアがぽつりとつぶやいたことを、聞き逃してしまった。



「魔力……もし、リオに俺の…………を…………たら……」



  *  *  *



 マンドラゴラ。頭から葉っぱを生やした植物型のモンスターだ。


 通常は土のなかに埋まっていて、一見してふつうの植物とは見分けがつかない。


 大昔から、マンドラゴラを引っこ抜いた瞬間に、この世の終わりが訪れると言い伝えられてきた──



「ヒギッ、ギョエ……」

「うるさい。『スパーク』」



 バチィンッ!


 ふかふかの土から引っこ抜かれたマンドラゴラが、稲妻の直撃を受けてしまう。



「……キュウ……」



 いい感じに電撃で焦がされ、ぺしゃりと顔面から地面に撃沈するマンドラゴラ。


 あっという間のことだった。



「まさかの雷魔法……!?」



 あれっ、魔法の属性相性、かん違いしてたかな!?


 ちょっと整理させて。


 えぇっと、この世界で、魔法の基本属性は火、風、土、雷、水の5つ。


 マンドラゴラは、土属性の初心者向けモンスター。初級の風魔法で倒すのが一般的。


 わたしみたいな薬術師に関しては、火魔法で倒すのがメジャーな討伐法なんだけど……



「よし、これでリオの耳を守ることができた」

「お、おぉ……!」



 杖要らず、魔力おばけのノアくんが、詠唱をぶっ飛ばしてマンドラゴラもぶっ飛ばした。



(いやいやいや……相性不利の雷魔法で一撃って、どんだけ威力高いのよ!)



 引っこ抜かれたマンドラゴラは、断末魔の叫びをひびかせる。


 それにびっくりして、大体の人は気絶。心臓が悪い人は、運が悪かったら死んじゃうって言われてるくらいだけど……


 わたしの鼓膜は、最後まで傷ひとつなく守られたのであった。



「で、こいつら持って帰るんだっけ?」

「へっ、あ、そうそう! マンドラゴラの根っこは、魔力回復薬エーテルの材料になるからね!」

「俺が運ぶ」



 ノアはなすび畑の脇に用意していた麻袋に、ひょいひょいとマンドラゴラを放り込んでいく。


 マンドラゴラ33体。推定重量、約50キログラム。



(サンタさんみたいだなぁ……)



 なんて、トンチンカンなことを考えて。


 涼しい顔でパンパンの麻袋をかついだノアの付き添いクエストは、終わりを告げた。



  *  *  *



 クエスト完了報告へ向かったノアを待つこと、1時間半。


 わたしは冒険者ギルドの中庭で、マンドラゴラの処理をしてすごしていた。



「マンドラゴラは、まず念入りに高温で熱処理をしないといけないんだけど……」



 でもノアの(初級なのに)高火力雷魔法で充分焦がされていたこともあって、熱処理工程はとばすことにした。


 あとは甘皮を剥いで鍋で煮詰めたり。


 炙られて水分の飛んだパリパリの葉っぱを薬研やげんでゴリゴリすり潰して、粉末状にしたり。


 じぶんで使う分だけ確保して、余りをポーションやエーテルをあつかうギルド内の魔法薬店で買い取ってもらった。



「……ごめんリオ、待ったよね」

「全然! こっちも終わったよ。今夜は食事つきのお宿に泊まれそう~、ってあれ?」



 ノアが戻ってきた。


 ただ臨時収入があってホクホクなわたしとは正反対に、浮かない表情で。



「ノア、どうかした? 報酬の受け取りで、なにかあった?」

「報酬はちゃんともらった。問題ない。でも……」

「でも?」

「……気持ち悪くて」

「わぁっ、大丈夫!? マンドラゴラの魔力にあてられちゃったかな!」



 マンドラゴラは、現代でいう劇物だ。


 治療薬の材料として使用するときは、毒性をなくす焼却処理が義務づけられている。


 薬術師がマンドラゴラを倒すとき、風魔法じゃなくて火魔法を使う理由は、これね。


 でもこのときに発生する『酸っぱいにおい』で、気分が悪くなる人も少なくないんだよね。


 無水酢酸をあつかってるみたいな感じだ。強烈なお酢のにおい。


 わたしは平気だけど、ノアには合わなかったのかもしれない。



 だけどそうじゃないことに、遅れて気づいた。


 だってノアは、マンドラゴラがどっさり入った袋をかついで、涼しい顔をしてたんだから。



「ねぇ、あの子じゃない?」

「適性検査で、測定器を粉々にしたっていう?」

「やだ、可愛い顔したぼうやじゃないの。うちのパーティー、ゴリゴリの野郎ばっかでうんざりしてたし、ちょっと口説いてこようかしら」



 ヒソヒソ……と、ささやき声がもれ聞こえる。


 ギルドを訪れていた冒険者。若い女性たちの好奇の目が、ノアに集中していた。


 ノアはわたしと向かい合ってるけど、サファイアの視線は、わたしの足もとに落とされている。


 じっと耐えるような沈黙。強ばった肩。こめかみにうっすらと冷や汗をにじませて。


 ノアの表情の奥には、じりじりと嫌悪感がくすぶっていた。



「こっちおいで、ノア」



 意識して声を和らげると、ハッとしたようにノアが顔を上げる。


 わたしはにっこりと笑って、手まねきをする。


 ぐっと唇を噛んだノアが一歩、大股で距離を詰めた。


 わたしはいままで着ていた黒のローブをばさっとひろげて、ノアを包み込む。フードもまぶかにかぶらせた。


 わたしより数センチ背が高いくらいの華奢なノアだから、ゆったりサイズのローブがちょうどよかった。



「見たくないものは見なくていいし、聞きたくないことは聞かなくていいよ」



 ノアへ関心を寄せる彼女たちに、悪気はないだろう。


 でもノアは、女性にからだを売ることを強制される娼館で、生傷だらけになるくらい折檻を受けていた。


 女性に恐怖や嫌悪感を示すのは、当たり前のこと。


 よくよく考えてみれば、ノアがわたしに気を許してくれてるのは、奇跡みたいなことなんだよね。



「ノアは自由になったんだから、楽しいことを考えて、好きなようにしてね」

「リオ…………う、ん…………うんっ……」



 声をふるわせたノアが、ぎゅうっと抱きついてくる。



「……リオなら、いい……リオが、いい……もう、リオしか、いらない……っ」



 声を押し殺してすすり泣くノアの丸まった背を、なでさする。


 そのうちに、急に泣き出したノアにびっくりしたのか、さすがに空気を読んだのか。


 詳しいことはよくわからないけど、いつの間にか人だかりがなくなっていた。


 あとには滞りのなく闊歩する冒険者たちのブーツの音が、小気味よく響くだけだった。



  *  *  *



「部屋は、リオとおなじがいい……」



 うるうるとそんなおねだりをされて、今夜のお宿は決定した。


 昨日よりグレードの上がった、食事つきの広々としたツインのお部屋だ。


 年ごろの男の子だし……とはじめこそ遠慮したけど、ノアは独りで眠ることを怖がってるみたいだった。



 昨日はわたしの看病をしてくれていたし、寝不足だろう。


 ノアが寝入るまで頭をなでてあげて、夜が更けたころに、じぶんのベッドへ入った。



「──んっ……はぁ……」



 なんだか、息苦しい。


 なんだろう……? 起きようとするけど、鉛みたいにまぶたが重くて、持ち上がらない。



「……リオ、リオ……っ」



 仰向けのわたしにのしかかった『影』がゆらめく気配を、まぶたの裏で感じる。



「リオのくちびる……やわらかくて、あまくて、おいしい……ずっと、食べてたい……んっ」



 蕩けきった吐息のあとに、ちゅ、ちゅ……と、何度も唇をくすぐられる。


 おぼろげな意識の中で、ようやく重いまぶたを持ち上げた。



「おれの……リオはぜんぶ、俺のもの……っ!」



 闇夜に妖しく輝く、サファイアの瞳。


 コウモリが翼を広げたようなかたちをした『影』が、わたしに馬乗りになっている。


 かすんだ視界で、ぼんやりと、それだけは目にした気がした。

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