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*4* 落ちこぼれモノローグ

 少年と別れたあとは、街一番の格安素泊まり宿に一室を借りる。



「わーい、オフトゥンだー」



 マジックバッグを投げ出すなり、ベッドにダイブする。


 目をつむり、すん、と鼻をすすると、ほのかに雨のにおい。



「…………うぅ」



 しとしとと、雨の足音が近づいてくる。


 窓の外は、ねずみ色の雲に埋め尽くされていく。


 泣き出す空もようのように、ベッドに沈み込んだわたしの体調は、下り坂をころげ落ちていった。



  *  *  *



 上級ポーションを作れるくらい高品質な魔力を持って生まれたわたしだけど、燃費に関しては最悪だった。


 低級ポーションの生産限度は、1日に5本。


 上級ポーションは、1本作ると1週間はからだが使い物にならなくなる。


 魔力量が極端に少なく、治療薬を量産できない。


 それが、極貧生活となかなかおさらばできない最大の理由だ。



 ま、最近はダンジョン遠征で薬草をあつめたり、キャンディを作ったりで、徹夜続きだったからね。


 一晩気絶してたくらいじゃ、魔力は回復してなかったかも。


 その状態でチーゴの実から低級ポーションを作るのは、オーバーワークだったってことだ。



 だからってさ、酷いあつかいを受けて、お腹を空かせた子を、見捨てたりできないでしょ?


 ひもじいのは嫌じゃん。心細いじゃん。


 だれかといっしょにごはんを食べたら、ホッとするかもじゃん? わたしなんかで悪いけど。


 これはそう、しょうもない大人のプライド。



「……ばか。そんなこと、頼んでない」



 だれかの声が、聞こえた。


 くっそ重いまぶたを押し上げる。


 どれだけ意識を失ってたんだろう。夕焼けのまぶしさが目に痛い。



 思わず顔をしかめて、あれ……? と不思議に思う。


 だれか、いる。ベッドに横たわるわたしを、のぞき込んでる。



「だれが、助けろって頼んだ。だれが、看病しろって頼んだ」



 茜色にかすむ視界で、人影をとらえる。


 澄んだサファイアの瞳を水面みたいにゆらめかせていた、黒髪の少年は。



「あれぇ……さっきぶり」



 へらりと、笑ってみせる。


 思った以上に声がか細くて、なんだか可笑しくなる。


 そんなわたしを目にして、少年が唇を噛んだ。



「傷が……からだ中についてた生傷が、ぜんぶなくなってた! 俺が落ちこぼれだから、お仕置きされて当然だったのに……っ」

「なにいってるのか、わかんないなぁ……」



 わたしはたぶん、夢を見てるんだ。


 じゃなきゃ、ろくに視線も合わせてくれなかったあの子が、わざわざさがしにきてくれるわけがないし。


 これが夢なら、余計なことまでしゃべってもいいだろう。



「落ちこぼれだって、思い込んでるだけ……きみは、きみにしかできないことを、まだ見つけられてないだけ」

「──ッ!」



 こぼれ落ちそうなくらい見ひらかれたサファイアみたいな瞳が、苦しげに細まる。



「俺の傷は、あんたが治した……あったかい食事をあたえて、能天気に笑いかけてきて! それでっ……名残惜しくなった矢先に、突き放すのか!」



 叫び声が聞こえる。


 わたしにはそれが、泣いているみたいに聞こえて。



「俺の心を好き放題に揺さぶっておいて、簡単に手放してしまえるのか! あんたにとっての俺はっ……その程度の価値しかないのか!」



 ぽたぽた。


 サファイア色の瞳から、大粒の雨粒が降り注ぐ。


 わたしのほほにこぼれ落ちた雨粒は、あったかい。



「無理やり俺を店に連れてきたやつらも、客も、みんなみんな、おなじだった……穢らわしい目で、舐め回すように俺を見て……吐き気がするくらい嫌だった!」



 ぽたり、ぽたりと、雨脚が強まる。



「ひとりで、ふんばって、きたんだね」



 なんとか持ち上げた腕を伸ばしたら、手の甲に、そっと手をかさねられた。



「あんたは、ちがう……きれいなのは、俺じゃなくて、あんたのほうだ」

「そう、かなぁ……」

「きれいだ。あんたなら、さわられるのも、さわるのも、平気だ……ううん、ちょっと、ちがうかも。胸がキュッて、切なくなる……」



 手を包み込まれたと思ったら、するりと、指がからんだ。



「あんたがひろったんだから、責任とってよって……追っかけて、文句言ってやろうと思ったのに……なんで、こんな無茶して…………俺のせい、なの……っ」

「きみのせいじゃなくて……きみのために、わたしが勝手にしたこと、だよ」

「ばかっ……ばかばかばかっ!」



 急に息苦しくなる。


 夕焼けが遮られて、目の前に黒髪があった。


 覆いかぶさる少年に、ぎゅうっと抱きしめられていた。



「うそ……こんなことが、言いたいんじゃない……やさしくしてくれたあんたに……ありがとうって、言いたくて」

「ふひひ……よせやい」



 なんだか、照れちゃうなぁ。


 それはそれはしまりのない顔をしていただろうけど、今度は、非難するような言葉はなかった。


 すりすりとわたしのほほをなでる、指先の感触があるだけだ。



「きみの手……つめたくて、きもちいね」

「あんたが望むなら……いくらでもふれてやる。それで、あんたの苦しいの……ちょっとでも、肩代わりできるかな」

「ふぇ……?」



 苦しいのを、肩代わり? どうやって?


 素朴な疑問は、声にはならない。



「落ちこぼれの俺でも、あんたの役に立てるなら……」


 そこで言葉を切った彼が、いつの間にか手にしていたキャンディを口に入れる。


 金色の、お星さま。


 それから身をかがめ、わたしへ整ったお顔を近づけてくる。


 唇と唇がふれあった瞬間、舌先で、キャンディを押し込まれる。



「んっ……ふぅ」

「はっ……んっ……リオ……リオ……っ」



 角度を変え、深さを変え。


 何度も何度も唇がかさなって、キャンディが転がって、甘いものが溶け出す。


 それと引き換えに、重くて怠い感覚が、すぅっと波を引く。



「リオ……ごめん、生意気なこと言って、ごめん……俺のために、ありがとう……んっ」

「ふぁっ……」



 とっくにキャンディは溶けてしまったのに、飽きることなく唇をかさねられる。



「ん……リオがくれたキャンディと、リオとしたキスの味……俺、一生忘れないよ」



 ようやく唇が解放されると、とろんと、まぶたが重くなる。心地いい気だるさだった。



「ねぇリオ……俺の名前は、ノアだよ。夢から醒めたら、俺の名前、呼んでくれる?」


 見上げた彼の顔は、夕焼けのせいか、赤みをおびて見えて。


 ぎゅううっと抱きしめられるぬくもりを最後に、わたしの意識は、まどろみの彼方へと消えていった。



  *  *  *



 スッキリとした目覚め。


 頭も冴えて、爽快な朝です!



「んん~っ! よく寝た…………」

「リオッ!」

「ぐぇっ」



 ──とここで、死角からの強襲が炸裂。



「起きた……よかった、元気になってよかった、リオ……っ!」


 しかもタックルをかましてきた犯人が、えぐえぐとボロ泣きする黒髪美少年ときたから、さぁ大変。



「んっ……? きみはもしかして、もしかしなくても?」



 ひたすらにそっけなかった、あの子じゃないだろうか。


 そうとわかって、アホみたいに目がテンになったポンコツ薬術師の話、しなくてもいいよね?



  *  *  *



『起きたらツンデレ美少年がダンボールに捨てられたわんこになっていた件』──どこのラノベタイトルだ。



「はーいこっち向いてー、ちーん!」

「……ズズッ」

「おぉ……!」



 ベッド上で向かい合った少年のうるわしきお顔に、ティッシュがわりの懐紙を近づけてみた。


 そうしたら、言われるがままに鼻をかんでくれるという。


 これには思わず拍手。ぱちぱち。


 イケメンって、鼻が垂れててもイケメンなんだな。新発見だ。



「……もう、大丈夫?」



 赤くなった鼻をズル、とすすった少年が、潤んだサファイアの瞳で見つめてきた。


 おっと、忘れかけたころに。


 それ本日何回目だい? まだ1日がはじまったばっかなんだけどな。



「大丈夫大丈夫。おかげさまで、リオさん復活しましたからね。心配性だなぁ、少年は」

「『少年』じゃない……俺の名前は、ノア」

「どうした少年? 急にデレましたな……」

「ノア」

「おおう……」



 語尾をさえぎった声が半音低い。圧を感じる。


 目の前の彼が、むすっとふてくされている。


「呼んでくれなきゃやだ」とでも言わんばかりに。



「昨日はつきっきりで、わたしのことみててくれたんでしょ? ありがとね、ノア」

「ん……」

「ヒョエ……」



 つい変な声が出ちゃったけど、ぜひ気にしないでほしい。


 不意のイケメンスマイルは心臓に悪い。


 血圧上がるね。



 ──聞けばノアは、昨日別れたときのわたしの様子が気になって、宿をたずねてきたんだとか。


 空元気なの、バレちゃってたかぁ……


 声をかけても返事はないし、鍵は開きっぱなし。


 いざ部屋に入ってみたら、撃沈してるわたしを発見。それからはもう、言わずもがな。


 そりゃあ、あんだけうるさかった人間が死んだように眠ってたら、焦るよね。びっくりさせてごめんなさい。



「夕方以降の記憶がないんだけど、どんだけ爆睡してんだって話だよねぇ、あはは!」

「……へぇ?」



 ノアがすんっ……と一瞬真顔になった気がしたんだけど、たぶん気のせいだと思う。



「ほんっと、昨日までの怠さがうそみたい。めっちゃ身体が軽いや。いまなら低級ポーション100本くらい作れそう! それは言いすぎか!」

「作れるよ」

「まったまた、お世辞が上手ですねぇ」

「お世辞じゃない。リオなら、作れる」



 ぐぐーっとのびをしながら笑い飛ばしたら、まさかの返しにフリーズしちゃった。



「……ノア?」

「うん?」

「きみは、ノア?」

「さっきからそう言ってるのに。リオってば、変なの」



 言うことなすことを全肯定されるんだ。


 念のため確認を入れたら、そっくりさんじゃなかったらしい。


 わたしが変なの? きみが劇的変化を遂げたわけじゃなくて?


 とかなんとか考えていたら、ノアが質問してくる。



「今日はこれからどうする? またポーション作る?」

「うん? あ、今日はポーション作りお休みしようと思うの。ギルドに顔出して、薬草採取クエストを回ろうかなって」

「つれてって」

「いいとも~って、へっ?」

「俺もついてく。人手が多いほうがいい。手伝う」



 うっかりうなずきそうになったけど、ふと我に返る。


 いそいそと居住まいをただし、ベッド上で正座。


 するとなにを思ったのか、ノアもおなじように正座して向き合った。



「……どうせ帰る場所もないし、リオについていきたい」

「あのね、ノア。真面目な話をすると、ポーションを卸す取引先を一からさがさなきゃいけない状況なの。定期的に買い取ってくれるところを見つけるまで、長旅になるかもしれない。ノアはそれでもいいの?」

「いい。迷惑にならないようにする。俺、リオの役に立ちたいんだ。だからつれてって。おねがい……」



 伏せがちなサファイアの瞳は、いまにも泣き出してしまいそうだ。



「不安にさせちゃったね。大丈夫だよ」

「……えっ」



 ふっと声をやわらげて笑いかけたら、呆けたようにノアがまばたきをした。


 ふふ、また瞳がこぼれちゃいそう。



「わたしもゴタゴタに巻き込んじゃったからね。ノアがやりたいこと、応援してあげたいって思ってたの」

「それじゃあ……!」

「うん、いっしょに行こうか」

「リオ、リオ……りぉお~……!」

「あらー!」



 緊張の糸が切れたんだろうか。またもや、ノアがボロボロと泣き出してしまった。


 とっさに頭をなでちゃったんだけど、待って、これってまずいのでは?



「ごめんノア! 嫌だったよね!」



 昨日はわたしにさわられて不機嫌そうにしてたし、馴れ馴れしすぎたかも。



「嫌じゃない!」

「へっ……」



 でも、右手を引っ込めようとすると、引きもどされる。


 ぽん。わたしの右手を頭に乗っけたノアが、へらりとほほをゆるめた。



「嫌じゃない。リオはやさしくしてくれる。俺は、リオにならさわられてもいい。リオはとくべつ……」



 ノアはきゅっと目をつむって、わたしの手のひらに頭をこすりつけてくる。


 なでて、なでてとねだる子犬みたいに。



「なんだこのかわいい生き物は。世界救えるな」



 胸がキュンキュン通り越して、ギュンギュンするんだが。



「ノアはいいこだねぇ〜!」

「ふふっ……」



 それから、まんまとなでくり回させられたことは、言うまでもない。



「そうだ、いっしょにクエスト回るならさ、ひとつきいてもいい?」

「なんでもきいて」

「ノアってさ……冒険者登録、してる?」



 ふと思い出したことを質問をしてみる。


 するとご満悦顔でなでられていたノアくんが、まじりけのない笑顔で、にっこりと答えました。



「してない」

「だよねー! あはは!」



 ──それ、ダメなやつじゃん!

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