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*21* まるで宝さがし

 ランチを終えたら、約束していたテストの時間。


 魔法薬の専門書からの出題だ。


 今日は調薬分野の難しい計算問題もあったから、答案に向かうノアの表情は真剣そのものだった。


 そして、運命の採点。



「……うーん、完璧!」



 基本中の基本がちゃんとできていて、応用問題もクリア。文句なしの花まるだ。



「よかった……俺えらい?」



 緊張の糸が解けたのか、ノアがへにゃっと目じりをさげて首をかしげる。


 おっとこれは。なでなでされたいときの、おねだりの表情だ。



「そうだねぇ、ノアはほんとに頭がいいね。すごいっ!」



 どうせなら思う存分なでくりまわしてやろうと、椅子から腰をあげる。



「ふふ…………いたっ、いたいっ、ていうか、おもっ……なに? なんなんだいったい!?」



 だがしかし、急にノアがわたわたとさわぎはじめまして、ポカンとするわたし。



「んん? あら~!」



 よくよく見てみれば、犯人はすぐに判明した。


 ベッドでおねむだったはずのちっちゃい怪獣さんが、爪を引っかけながらみじかい手足でノアの背中をよじのぼっていたんだ。


 最終的に肩車みたいな姿勢になったかと思えば、ノアの頭にすてんとあごを乗っける。


 ベストポジションだったみたいだ。


 おちびちゃん、そのままスヤァ……と寝入ってしまいます。



「え、まってよ、ふつうそこで寝る!? 重い重い重い!」



 おちびちゃんの体長は約50センチ、体重は約5キロ。


 人間の生まれたて赤ちゃんとおなじくらいの大きさだけど、それより倍近く重い。


 そんなヘビー級赤ちゃんが、重心をほぼ頭にかけている状態だ。ノアがあわてるのもわかる。



「そこにいたらリオになでてもらえないだろ! どーけーよー!」

「グウ、グウ……」



 しまいにはノアが叫びながら引きはがそうと躍起になっていて、ほほ笑ましいのなんのって。



「ねぇおちびちゃん、わたしとおてて、にぎにぎしよっか?」

「キュウ……?」



 ノアに爪を立てているちっちゃなおててを、そっと手のひらでつつみ込んでみる。


 そうしたら、寝ぼけまなこをもちあげた寝ぼすけさんが、ネイビーのローブを離して、わたしの手をにぎり返してくれた。


 この隙にだっこして、向かうはベッドだ。



「リオがまた、おちびを甘やかそうとしてる……」

「ノアもおいで。いっしょに寝よう?」

「リオさいっこう、だいすき」



 ジト目だったノアも、魔法の言葉でうそみたいにごきげんだ。


 かくして、甘えんぼうな悪魔さん、おちびちゃん、わたしで、川の字お昼寝タイムとしゃれ込むことになったのです。



(んー、なーんか忘れてる気がするけど……まぁいっか!)



 ベッドに横たわり、仮眠のつもりで目をつむる。


 そんなわたしが、がっつり熟睡の果てに衝撃的な目覚めをむかえることになるのは、翌朝の話。



  *  *  *



「あらまぁ、かわいい寝顔だこと。食べちゃいたい」

「……んん……?」



 なんだろう、だれかの声がする。


 ぼんやりとまぶたをもちあげると、天井より先に、あざやかなマゼンタの瞳が視界に映り込む。


 にこぉっ……と満面の笑みを浮かべただれかが、わたしに覆いかぶさっている。



「ところでリオちゃん、私とのデート、忘れてない?」

「……んぇっ……は…………あっ」



 頭上からおりてくるハスキーな声は、男性のもの。


 でもそのひとは、やわらかいものを押しつけるように、わたしに体重をかけてくる。


 そうだな、ちょうど胸もとあたりに。



「えっ、あの……えっ、えっ……ヴァネッサさ……んむっ」



 なんとか弁明をこころみようとするけど、すぐに言葉が見つからずぱくぱくと開閉する口を、ちょんっと華奢な指先でおさえられてしまう。



「約束をやぶっちゃう悪い子には、おしおきだぞっ。ふふっ、エルの反応が楽しみだねぇ……リオちゃーん?」



 ……やってしまった。


 わたしに用事があるというヴァネッサさんとの約束、見事にすっぽかしました。


 というわけでリオさん、終了のお知らせでございます。



 *  *  *



「んーっ! んんーっ!」

「あっはっは! 活きのいいぼうやだ! しばらくそれでがまんしてちょうだい!」



 朝起きたら、いっしょに寝ていたはずのノアが、みのむしになっていた。


 ロープでぐるぐる巻きにされて、ベッド脇に放られていたんだ。


 つまり、ここにはもう、わたしを助けてくれるひとがいないということ。



「さぁ、私と愛の逃避行の時間だよ、リオちゃん? エルがどんな顔して追っかけてくるか楽しみー!」

「ひぃい……!」



 約束をすっぽかした張本人であるわたしは、なすすべもなく。


 ハスキーボイスの笑い声がひびくなか、お姫さまだっこをされるデジャヴに、この世の終わりを覚悟した。




 こんどはどんなパルクール選手権が開催されるのか。


 ガッチガチにからだを強ばらせていたけど、現実は、そんなわたしの予想のななめ上を行くものだった。


 城内を疾走して、階段を駆け上がる気配。


 それは体感でいうと、ほんの1分ほどの感覚だったと思うんだけど。



「はーい着きましたよ、お姫さま」

「えーっと…………え?」



 そっとおろされ、床に足がつく感触におそるおそる目をひらいたわたしは、ポカンと呆ける。



「まぁ、お姫さまですって! どちらの国からいらしたのかしら?」

「いや、どう見てもお姫さまって顔でも格好でもないでしょう、その人」



 ……どうもすみません。一国の顔になっても恥ずかしくないような、絶世の美女とかじゃなくて。


 それはさておき。


 ちょうどわたしの前を通りがかったのは、ブラウンのふんわりとしたロングヘアーの女の子と、サラサラなハニーブロンドの男の子。


 女の子のほうはわたしと同い年くらいで、男の子は、すこし年下に見える。


 そろってエプロンすがたで、食器の山をかかえていた。



 ぐるりとあたりを見回してみると、空きっ腹を刺激するスープのいいにおいが。


 真正面のふたりに視線をもどして、素朴な疑問を投げかけてみた。



「あの、ここは?」

「ちっ……どこからどう見ても厨房でしょうが。じぶんたちの食事を作っている人間の顔すら知らないんですか。大層なご身分ですね、冒険者サマは」

「こらルル、舌打ちはだめよ! お行儀が悪いでしょう?」

「僕の名前はルルではなくルウェリンだって何回言ったらわかるんですか。これ今朝も言いましたけどね、姉さん」

「あら、わたしの可愛いルルは、わたしの可愛いルルでしょう?」

「……はぁ、もういいです」



 ルルと呼ばれた男の子の辛辣な言葉が炸裂するけど、女の子のほうはノーダメージ。


 なんだろう……すごくおおらかというか、おっとりとした女の子だなぁ。



「はじめまして! わたしはララといいます。この子は弟のルル」

「ルウェリン、です」

「ルルがごめんなさい。この子ったら恥ずかしがりやで」



 恥ずかしがりやってレベルの物言いではない気がするのは、わたしだけでしょうか。



「わたしはリオです。薬術師をしてます。よろしく……?」



 よくわからないんだけど、とりあえず、自己紹介しておけばオッケー?


 とここで、満を持して、ヴァネッサさんの説明が入る。



「この子たちはアカデミー生。ここ『ブルーム・アカデミー』で教育を受けている子たちだよ」

「あ……そうか、そういえば!」



 ここ旧ブルーム城は、こどもたち向けの教育施設として開放されてるって、冒険者ギルドのお姉さんが言ってたじゃない。


 ようやく状況が飲み込めてきた。



「血の気が多くて気難しい冒険者オジサンたちの相手ばっかで、くたびれてるでしょ? たまには同年代の若者同士、おしゃべりでも楽しみなさいな」



 まぶかにかぶったフードの影から、ぱちんっとウインクをはじけさせるヴァネッサさん。



 サマになってるなぁって、感嘆しかなかった。



  *  *  *



 わたしたち冒険者や商団ギルドの関係者が活動するのは、おもに1階と2階フロア。


 ヴァネッサさんに連れてきてもらったここ3階は、厨房や洗濯室をはじめとした共同スペースがある。



「わたしたちは、アカデミー生の寮室もあるこのフロアで暮らしているの。授業は、ひとつ上の4階フロアでおこなわれてるわ」

「そっか、だから全然顔を合わせられなかったんだね」



 ララの話によると、彼女は16歳。弟のルウェリンは14歳。


 アカデミー生のなかでは年長のほうだから、ふたりが率先して下の子たちの面倒を見てるんだって。


 おたがいに自己紹介をした流れで、厨房横の食堂に案内され、朝食をごいっしょさせてもらうことになった。



「いつも美味しい食事を作ってくれて、ありがとう」

「そんな、お礼なんていいわ。この街を守ってくださっているみなさんのためにわたしたちができることは、これくらいだもの」



 スープを飲み終えたころかな。


 スプーンを置いたララが、ふと視線を伏せて、もじもじと口をひらいた。



「それでその……リオは、冒険者なのよね?」

「まぁ一応。パーティに入れてもらって、旅とかはしたことないけど」

「でも、この街へ来る途中、傷ついたモンスターを治療した薬術師がいるって聞いたわ! それってリオのことでしょう?」



 おっと。どうやらうわさになっているらしい。


 あのときのことを知っているのは、同行してくれたエルをはじめとする商団ギルドのひとたちくらいなので、うわさの出どころはそこだろう。


 薬術師って、ここにわたししかいないもんなぁ。そりゃバレるよね、わたしのことだって。



「すごいわ……モンスターと心を通わせるなんて、ドラマチックで、ロマンチックね!」

「そ、そうかな……?」



 ずずいっと身を乗り出してくるララ。


 アクアマリンみたいに蒼い瞳をキラキラさせる表情は、まるで、宝さがしをするちっちゃなこどもみたいだった。



「ねぇリオ、もしよかったら、わたしに──」



 ララがなにか言いかけたときだった。


 パリィン! と、厨房のほうから甲高い物音が響き渡った。



「こらレオン、さわるな!」

「ふぇぇ、ごめんなさぁい~!」



 すぐさま、張り上げられたルウェリンの声と、幼い男の子の声が聞こえてくる。



「あら……下の子がお皿を割っちゃったのかしら。ルル、レオン、大丈夫?」

「大丈夫です、怪我はしてません。僕が破片を片付けるので、姉さんはレオンを着替えさせてくれませんか! 服がスープまみれだ!」



 箒を手にしたルウェリンは、口早に状況報告をすると、あわただしく厨房へ引っ込んでしまう。



「わかったわ、すぐに行くわね」



 一方で、あわてずさわがず椅子から立ち上がったララの様子は、『慣れたひと』のものだった。



「大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ。ありがとう。せっかくの朝食なのに、さわがしくしてしまってごめんなさいね。リオはゆっくりしていって」



 ララはふわりと笑うと、じぶんの使っていた食器をまとめて、厨房へ向かっていった。



「おや、ひとりになってしまったね。それじゃあ私が、可愛らしいお嬢さんと相席させていただくとしよう」



 見計らったかのように、ララが座っていた椅子が引かれて、黒ずくめの麗人が腰を落ち着けた。

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