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*20* ちっちゃい怪獣、襲来

 メーデー、メーデー。


 恋し恋される、全世界の少年少女たち。


 前世も今世も彼氏いない歴イコール年齢だった哀れなわたしを、どうか助けていただけないでしょうか。



「落ち着いた?」

「……ん」

「よかった」



 回廊のど真ん中で年甲斐もなく泣き出してしまったわたしの背を、ぽんぽん、となでさすってくれたノア。


 追い討ちとばかりに、まばゆいばかりの顔面でこんなことをのたまいます。



「がんばりやさんなのはリオのいいところだけど、たまには俺の前で弱音を言ったり、泣いてもいいんだからね」

「ヒョエッ……」



 やばい変な声出た。


 どうしよう。ノアが急激にイケメン化したんですけど。


 いやもともとイケメンではあったけど!


 免疫が! 突如破壊力を増したイケメンへの免疫力が足りません!



「そ、そういう発言は、よくないと思います」

「なんで?」

「心臓に悪いので……」



 もごもごとどもりながら視線を泳がせたら、「あはは」と笑い声がして、頭上に影がかかった。


 恥ずかしくてそっぽを向いても、サファイアの瞳を細めたノアに、こつんとおでこをくっつけられる。



「ドキッとした?」

「へぁ?」

「俺のこと、男だって意識してくれた?」

「……うきゃあああっ!!」

「はーい暴れない、暴れない」



 失言だった。


 羞恥のあまり発狂しても、じたばたとがむしゃらに動かす手足を簡単におさえつけられてしまう。



「どうしよう……照れてるリオ、かわいい。はぁ、もういい加減にしてほしいなぁ……かわいすぎる」



 腕いっぱいのハグをかましてきたノアくん、なんか限界オタクみたいになっとります。


 すりすりすり、と甘えたようにほおずりしてくる一方で、わたしの腰をがっしり巻きとった腕力はちっとも可愛くない。


 ちょっ、だから、その細い腕のどこにそんな力があるの!



「リオ見てたら、おなか空いてきちゃった……ちょっとくらい、つまみ食いしてもいいよね?」



 うっとりと蕩けた表情のノアが、お口をあける。


 その奥にある鋭い牙を目の当たりにして、あ、たべられる、と他人事のように思った。


 そうやって、薄笑いをしながら悟りをひらこうとしていたときのことだった。



「……うん? なんか焦げくさいにおいが…………って、まってまってまって! なにあれーっ!?」



 信じられない光景を目撃する。


 危うく目ん玉が飛び出るところだったわ!



「もう、こんなときに……どうしたの?」

「あそこ! あそこになんかいるんだって! あれだよノア!」



 わたしの唇に唇をくっつける寸前。バシバシッと背を叩かれたノアが、怪訝そうにふり返る。


 きゃあきゃあとわたしが指さす先を見て、サファイアの瞳を丸くした。



「え、なにあれ。燃えてない? 草?」

「そうなの、草のかたまりが燃えてるの!」

「なんか動いてるけど」

「奇遇だねわたしもそう見える! 草ってひとりでに動くもの!?」

「世間的に草っていわれてるものは、あんなにずりずりと地面を蛇行しながら這ったりしないけどね」



 ここで告白します。


 リオさんはホラーが苦手です。


 この世界でいうと、宝箱に擬態して、鍵をあけようとした冒険者を襲うモンスター、ミミックとか。


 要するに、ビビらせてくるものが大の苦手です。



「ちょっとストップ、めっちゃ燃えてるしなんかこっちに迫ってくるんですけど、いやぁああ鎮火ぁああっ!」

「オッケー、まかせて──『レイン・シャワー』」



 パニックに陥ったわたしとは裏腹に落ち着き払ったノアが、右手をかざして呪文をとなえる。


 すると青い光の魔法陣が宙に浮かび上がって、ざぁああと雨がふりはじめる。


 局所的に雨をふらせる水魔法は、スプリンクラーの要領で、ぼうっと燃える炎のいきおいをあっという間に弱めていった。



「仕上げだ、『サンド・ウォール』」



 すぐさまノアが土魔法を発動。まだくすぶる草のかたまり周辺の地面を隆起させて、パチンッと指を鳴らす。


 魔力の制御をうしなった土の壁がくずれ、ずしゃあっと草のかたまりを埋めてしまった。


 そうだよね。火のいきおいを弱めたら、あとは酸素を完全に遮断して消火。


 理にかなった対処法です。


 しーんと沈黙が流れて、動くものがないことを確認したわたしは、おそるおそる口をひらく。



「み……未確認物体、やっつけた?」

「どうだろ。ちょっと見てみる。新手のモンスターかもしれないから、リオはここで待っててね」

「へい、おねがいしやす……」



 数々の薬草採取クエストをまわってきたわたしも、ああいう植物型のモンスターは見たことがない。


 ここはノアにまかせるのが吉だろうと、回廊の柱の影にささっと避難し、様子をうかがう。



「さぁて、おまえは何者なのかな?」



 ネイビーのローブをはためかせたノアが、こんもりと山になった場所へ近づいていく。



「リオに危害をくわえたら、タダじゃおかな──」



 低くうなるようなノアの言葉が、最後までつむがれることはなかった。



 ぐしゃっ。



 山の向かって右側から、鋭い爪のようなものが突き出したから。



 ぐしゃっ。



 同じように、左側からも爪が突き出す。



「ひぃっ……なんか生えてきたぁ……!」

「リオ、そこから動かないでよ」



 ノアが姿勢を低くし、両手を目前にかざす。


 いつでも魔法を発動できる状態だ。



「グゥゥ……」



 っていうか、なんかうなり声みたいなのも聞こえてきたし。



(なんなの? ほんとになんなの、あれ!?)



 わたしの恐怖は最高潮。


 叫び出したくてたまらなくなったそのとき。


 土のかたまりの真正面に、ぐしゃあっ! と真っ赤な『なにか』が突き出した。



「なんだこれ。……トカゲのしっぽ?」



 警戒はゆるめないまま、じっとノアがのぞき込んだ直後。



「ンンン…………ガゥウッ!」



 ビュオウッ! と突風がふいて、地面に盛った土を一瞬で吹き飛ばした。



「えっ、えっ……なんか出てきたぁ!」



 土にまみれた謎の物体が、ぶるぶるぶるっとからだをふるわせて、土をはらい落とす。


『それ』は、真っ赤なからだに、トカゲのようなしっぽをもっていて──



「…………ドラゴン?」



 2本足で立ち、1対の翼をもったトカゲのようなモンスターときたら、ふつうに考えればドラゴンだ。



「いやでも、ドラゴンがこんな街中に現れるわけがないし……そもそも、わたしよりちっちゃいし」



 ぶつぶつとつぶやいていたら。


 きょろきょろしていたドラゴンもどきさんがびくりと反応して、わたしをふり返る。



「ガウ!」



 ぱああ、とつぶらな瞳を輝かせ、とてとてとてっと軽快に駆けてくるけど……



 こけっ。



 転んだ。……転んだ!?



「……ウ」



 のそのそと起き上がったドラゴンもどきさんは、またわたしのほうへ向かって駆け出す。だけど。


 とてとて、すってん、ころり。


 足をもつれさせて、今度はしりもちをついてしまう。



「ウ……ウゥ、ウァアアア!」



 ぷるぷると小刻みにふるえ出したドラゴンもどきさん、ギャン泣きです。



「わぁっどうしたの? 痛いの? 大丈夫っ!?」

「ちょっとリオ!」



 困っているひととか、泣いているちいさい子を見ると、深く考えずに行動してしまうのが、わたしの悪いくせ。


 ノアに動かないようにと言われていたこともそっちのけで、ピーピー泣きじゃくるドラゴンもどきさんのそばへ駆け寄った。


 近づいてみたら、ドラゴンもどきさんになにやら絡まっていることに気づく。



「あ、これバッカ草だ。くっついたらなかなか取れないんだよね。これが絡まっちゃって、うまく歩けなかったのかなぁ? 取ってあげようね。よいしょっ」



 マジックテープのごとく全身にくっついているバッカ草を、べりべりと剥がす。


 焼け焦げてチリチリになっているからか、思ったより簡単に剥がすことができた。


 きれいに草の残骸を取りのぞいて、土ぼこりも払ってあげる。



「もしかして、バッカ草を取ろうとして、燃やしてたの?」



 そう声をかけると、わたしを見上げたドラゴンもどきさんがぱたりと泣き止んで、まんまるな瞳をかがやかせた。



「ガウッ!」



 エメラルドみたいに、きらきらとした瞳だった。



(あれ? なんだろ、どこか見覚えがあるような)



 真っ赤なからだに、澄んだ緑色の瞳の、ドラゴン系モンスター…………あ!



「ガウ、ガウッ!」



 とてとて、と2本足で近づいてきたドラゴンもどきさんが、ひざをついたわたしの胸に、ぽふりと飛び込んでくる。


 体長はおよそ40~50センチ。


 つやのあるエナメル質の鱗に覆われた、鮮やかなクリムゾンレッドのからだをしている。



「クゥゥ……」

「はわぁ……!」



 ぎゅうぎゅうとわたしにしがみついて、トカゲみたいな長いしっぽをぶんぶんとふっているすがたといったら。


 飼い主にじゃれついてはしゃぐ、わんちゃんみたいだった。



「なにこの子……めっちゃかわいい!」

「こら、簡単に絆されすぎ」



 きゅんきゅんさせられっぱなしなわたしの頭上に、ため息が落ちてくる。



「ねぇリオ、そのドラゴンもどきって」

「ブルームに来る途中で会ったワイバーンと、よく似てるよね」



 道理で見覚えがあるはずだよね。


 あのワイバーンと違うことといったら、ドラゴン系のモンスターにしてはころっとした、このキュートなサイズ感くらいだろう。



「あのワイバーンの家族? はぐれたのかな? だったらいまごろ、必死にさがしてるよね、かえしてあげなきゃ!」

「どこにいるかもわからないのに?」

「うっ……!」



 ノアの言いたいことはわかる。


 わたしたちはこの街に、唯一の治療要員としてやってきた。


 いつお呼びがかかるかもわからないのに、どこにいるかもわからないモンスターをさがすためだからって、不用意に街を留守にはできない。



「でも、放っておけないでしょ? ここに置き去りにしたら、なにをされるかわからないよ」

「まぁ、そうだね。主に冒険者たちに」



 モンスター討伐にやってきている以上、冒険者たちはいつにもましてピリピリしている。


 たとえちっちゃなモンスターでも、討伐対象にされるかもしれない。



「こんなに人なつっこいのに……乱暴なことされるのは、いやだよ」

「……うん、リオならそう言うと思ったよ」



 またひとつ息をついたノアが、ひざを折って、わたしたちの目線までかがみ込む。


 しょうがないなぁって顔で。



「じゃあ俺たちでお世話しよう。みんなには内緒でね」

「いいの?」

「ここでの仕事が終わって、そいつを家族のところに帰すまでだよ」

「ノア……ありがとうっ!」

「リオのためだもん。そういうことだから、おまえも俺たちの言うことをよく聞いて、いい子にすること! わかった?」



 きょとんとしたように、エメラルドの瞳がノアを見上げてから、しばらく。


 くぅ~きゅるる。


 ぽてっとしたおなかの虫を鳴らしたドラゴンもどきさんが瞳を潤ませたから、リオさんは悟りましたよ。



「ウゥ……」

「あー! おなかペコペコなんだねぇ! ひもじいのいやだねぇ! ほらおいで、大丈夫だからね、よしよーし!」

「クゥゥン……」



 からだを丸めたドラゴンもどきさんをだっこして、ローブのすそをひるがえす。



「リオさん、この子をつれてちょっぱやでお部屋に戻るので、ノアくんは食堂でお昼ごはんをもらってきてください。なるはやで」

「ちょっぱや、なるはや……?」



 ここは回廊。いつだれが通るともしれない場所なんだ。



「可及的速やかによーろーしーくー!」

「あっ、もうリオってば!」



 そういうわけで。


 おなかを空かせて悲しそうにしているドラゴンもどきさんを一刻もはやく安全な場所へお連れすべく、猛ダッシュするリオさんなのであった。



  *  *  *



 たまたま見つけたちっちゃい怪獣さん。


 冒険者に商団ギルド関係者と、たくさんのひとが共同で生活する旧ブルーム城内において、人目につかないよう、わたしの部屋につれ帰ってきた。



「ところで、ワイバーンのこどもって、なに食べるの?」

「わっかんない!」



 そんなこんなではじまった、行き当たりばったりのお世話タイム。


 ノアが食堂からもらってきてくれたわたしたちのお昼ごはんの中から、おなかをすかせてピーピー泣いていたおこさまが食べてくれそうなものをチョイスする。



「はーい、お口あけて。あーん」



 パン、食べる。

 サラダ、食べる。

 ベーコン、食べる。

 スープ、飲む。


 結論、好き嫌いせず、なんでも食べる。



「なんだ、ただのよいこか」

「ガウガウ」



 わたしでさえ苦手な食べもの(レバーとか臭みの強いもの)があるのに、すごいな。


 テーブルについたわたしのおひざで、うしろからぎゅっとされている腹ぺこさん。


 お行儀よくちょこんとおすわりして、みじかいおててでかかえたおやつのリンゴを、夢中ではぐはぐしている。


 今日いちばんの食いつきだ。もしかしたら、リンゴが大好物なのかも?



「ほんとよく食べるよねぇ。こら、こっちはリオの分なんだから、だめ」

「ンギャッ」



 テーブル上のバスケットに入った残りのリンゴを見つめていたドラゴンもどきさんの眉間を、向かいの席のノアが指先ではじく。


 それから頬杖をついて、呆れ顔だ。



「リオも、このおちびを甘やかしすぎちゃだめだよ? じぶんの食べるものがなくなっちゃう」

「あはは……すみません」



 ランチのとき、手あたりしだいに食べものを与えていたからか、ノアのストップがかかった。



「俺はそんなに食べなくても大丈夫だから、リオが食べて」って、ちびっこ食いしんぼうさんに平らげられてしまったわたしのパンやスープの代わりに、じぶんの分を分けてくれた経緯がある。


 なのでリオさん、ノアくんには頭が上がらないのであります、はい。



「って、あたたた、なんか噛まれてる、それわたしの手です、おーい!」



 ノアとやりとりをしているあいだに、リンゴを芯だけにしたドラゴンもどきさんが、こんどはわたしの右手に顔を寄せて、はぐはぐしていた。


 どうも、私の手に飛び散っていた果汁が気になるようで。



「ガウゥ……」



 そんなマイペースさんも、噛む力がだんだんと弱まっていく。


 のぞき込んでみると、ドラゴンもどきさんはこくり、こくりと船をこいでいた。おねむらしい。



「食べて寝るだけとか、ぜいたくなもんだね。ま、おとなしくなるならそれに越したことはないか」



 マイペースなちびっこの様子を呆れたようにながめていたノアも、ここにきてにやりと口角をあげる。



「こいつの世話もこのくらいにして、リーオ?」



 俺の言いたいこと、わかるよね? と。


 ただでさえイケメンなご尊顔でにっこりとスマイルを炸裂させられたら、わたしも苦笑するしかない。



「はーい、ちょっと待ってね」



 椅子から立ちあがり、すやすやと眠ってしまったちっちゃい怪獣さんをベッドに寝かせたら、やることはひとつだ。



「それじゃあ約束どおり、テストしますか!」

 

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