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*19* おもちがじゅうじゅうやけてます

「おんやぁ? これはまたおどろいた……デレデレエルくんとか、明日は槍でもふるのかね?」



 ふわふわと、夢のなかをただよっていたら。


 だれかの声が聞こえた。



「……んん……?」



 わたしがのそのそと起き出すのと、そんなわたしにシーツがかぶせられるのとは、ほぼ同時だった。



「プライベートに過干渉なのは、感心できませんね」

「なにおう。うちのエルが昨晩無茶してたっていうから、心配して飛んできたっていうのに! 無事じゃすまなかったでしょ? モンスターが!」

「そんなことより、部屋に鍵はかけていたはずですが?」

「ふっ……あんなのは鍵のうちに入らないよ」

「あなたのその無駄に高いスキルは、ぜひとも別の場所で発揮していただきたいものですね、ヴァン」



 しばらくうとうとして、すぐ近くで深いため息が聞こえたころ、はっと覚醒した。



「んっ? えっと……あれっ、わたし……」

「起こしてしまいましたか? さわがしくてすみません、リオ」



 状況を確認する。


 ベッドから起き上がったわたしは、頭からシーツをかぶせられていた。


 で、そのわたしをだれかから隠すように抱きしめるエルと……



「やっほー、リオちゃん! エルとベッドのなかで楽しめた? 結婚式は明日でいい?」

「えっ、えっ……はぃいっ!?」



 なぜだか、黒ずくめの男性……


 ではなくて、指輪型の変声魔法具で男装したヴァネッサさんが、部屋の入り口でヒラヒラと手をふっていた。



「どどっ、どういうことですか!?」

「あれ? エルがご満悦な寝顔してたから、てっきりリオちゃんをめでたく手篭めにしたと思ったんだけど、違った?」

「……いやぁああっ!」



 そうだ、わたし、エルと……


 遅れて記憶がよみがえってきた。



(あり得ない!)



 エルにえらそうな説教を垂れた挙句、「抱きまくら役に任命されましょう、どやぁ!」とかいろいろ口走った気がする。


 で、この超絶イケメンにハグされて爆睡ですか。



(じぶんの図太さにびっくりだわ、あはは、死にたい!)


 恥ずかしさのあまり発狂したわたしは、ベッドに倒れ込み、ボスッボスッと枕に顔面を打ちつけた。



「リオちゃん……さいっこうのリアクションだね」

「僕たちのためを思うなら、即刻出ていってもらえると助かるのですが」

「ちょっ、怖い怖い……仕方ないなぁ、もぉ」



 大げさに肩をすくめてみせたヴァネッサさんは、エルにびしぃ! と人差し指を突きつける。



「イチャイチャするのはけっこうだけど、あとでリオちゃんを貸してよね。用事があるんだから!」

「へっ……」



 用事? ヴァネッサさんが? わたしに?


 ポカンとまぬけ面をさらすしかないわたしをよそに、エルが淡々と返す。



「リオになにかしたら、容赦しませんからね」

「うわっ、こっわいなー! やさしくない男は嫌われるぞー!」

「余計なお世話です」

「あの、エル……ノアのところに戻りたいんですけど、離してもらっていいですか?」

「え? なんですって?」

「ひぇっ……」



 恐る恐る挙手したら、満面の笑みでふり向いたエルが、尋常でない圧をかけてきたんですけど。



「ここでほかの男の名前出しちゃう? 小悪魔だね、リオちゃん!」



 そんなアホな。


 どこか楽しげなヴァネッサさんと、まばゆい笑みのエル。


 ここに、わたしの味方なんかいやしなかった。



  *  *  *



 エルの部屋をたずねてから、2時間がたっていたらしい。



「夜通しモンスターと闘った疲れ、まだ取れてないですよね! はい横になって、おやすみなさい!」

「おやおや。はは、ふられてしまいました」



 エルをベッドに寝かしつけて部屋を飛び出すころには、もうヘトヘトだったよ。


 そんなわたしのいま現在はというと。



「俺が勉強してるときに、どこ行ってたのかなぁ……リオ?」

「あうあうあう」



 きれいなご尊顔を引きつらせて笑う黒髪美男子に、両方のほっぺをむにむにむに、とつままれていた。


 部屋にいるノアのところに戻ろうとしたら、城内の回廊を歩きはじめてすこしもたたないうちに、目的地のほうからやってくるというね。


 あれ? お昼にはちょっと早いから、まだ魔法薬の専門書を読んでお勉強してるころなはずなのにな?



「におう……」

「へっ、におう? なにが?」

「俺の知らないうちに、リオが甘ったるいにおいにまみれてる……あいつのところに行ってたんだ」



 むすっと唇をとがらせたノアが、低い声で「あいつ」と呼ぶのは、ひとりしかいない。



(甘ったるいにおい? たしかにエルからは、お花みたいな甘い香りがするときがあるけど……)



 ただそれは、バラみたいに華やかで強く香るときもあれば、カモミールみたいにほんのりとやさしく香るときもある。


 香水じゃないよね。だって、香水はつけ直さないと香りが薄れていくでしょう?


 でもあの甘い香りは強くなったり、弱くなったり、波があるんだもん。



(言われてみれば、甘い香りがするような?)



 ためしにローブの袖をすん、と嗅いでみたら、ほんのりとした芳香が鼻をくすぐる。


 で、ノアはやっぱり「甘ったるいったらありゃしない」と、しかめっ面でくり返していた。


 うーん……これも、わたしとノアじゃ嗅覚の鋭さに違いがあるせいなのかな。



「ねぇ、俺、調薬の問題が解けたんだけど」

「えっ! 調薬分野はどれも応用レベルの難問ばっかりだよ。計算も難しかったでしょ?」

「がんばったの。だからリオに答え合わせしてもらおうと思ったのに……」

「……あぁあ~」



 終始むっとしたノアが言わんとしていることを、やっとこさ理解する。


 がんばったね、すごいねってほめてもらおうと思ったのに、わたしがどこにもいなかった。


 そのことを、ノアそっちのけで、エルにかまっていたんだと思われたんだろう。


 それは誤解だ。ちゃんと説明しないと。



「エルのところに行ってたのはね、モンスターと闘ったあとだから、念のための診察だったの」

「診察に何時間もかかる?」

「エル、むかしからよく眠れないみたいでね。リラックスして休めるまで、話し相手になってたんだ」



 うそはついてません。


 あいだの『なんやかんや』を省いただけで。



「不眠症だとか、精神的な負担がある相手には、焦らず、ゆっくりと話を聞いてあげるのがベストな診療になるの。ノアもそれはわかるでしょ?」



 我ながら、ずるい質問をしたなと思う。


 悪夢にうなされていたことがきっかけで、わたしと毎晩眠る習慣がついたノアだ。


 こんな言葉をかけられたら、うなずくしかなくなるだろう。


 案の定、ノアが押し黙った。



「頭いっぱい使って、疲れたでしょ? テストはお昼ごはんのあとにしよう。戻ろっか」



 それっぽい理由をこじつけて、うまくごまかした気になる。


 でもそれってね、ずるいわたしの、茶番でしかなかったんだ。



「……リオは、どこを見てるの?」



 逃げるように背を向けたら、背後から、華奢な腕が巻きつけられる。


 ノアが羽交い締めにするように、わたしを抱きしめていた。



「よそ見しないで。こっちを見てよ」



 背後に迫ったノアの声が、近いところにありすぎた。



「もうやだ……っ」



 余裕のないノアの言葉の直後、がっと肩をつかまれる。



「いたっ……んぅうっ!?」



 ぐるりと視界がまわったかと思えば、背中に衝撃。


 立て続けに、うめき声をあげた唇をふさがれてしまう。


 無理やりふり向かせてきたノアに、石造りの壁に押しつけられ、噛みつくようなキスをされていた。



「ふぁっ……ノア……んんっ!」

「っは……ん……んっ……」



 ぬるりと口内へ侵入した肉厚の舌が、あっという間にわたしの舌を絡めとり、ざらざらとした表面をこすりつけてくる。


 わたしを責め立てるような呼吸の奪い方だった。


 口のなかを這いずりまわる熱いものに唾液をかき混ぜられ、もうなにがなんだか。



「……はぁっ! ……っは、は……ふぅう……」



 ようやく唇を解放されたときには、息も絶え絶え。ぐったりと壁によりかかる。



「はぁ、はぁ……ノア、なんで……?」

「わかんない……そんなの、俺がききたいよ」



 ノアはこれまで、わたしの嫌がることは絶対にしてこなかった。


 だからこそ、強引にキスされた事実を、いまだに脳が処理できていなかった。



「ぎゅってくっついて、リオとキスしたら、幸せな気分になる……なのに、なんで? 胸がモヤモヤして、たまらないんだ……」



 困惑するわたしの肩にもたれかかってきたノアが、しぼり出すような声音でつぶやく。



「ひとを好きだって気持ちは、幸せなことなんじゃないの? なんで……こんなに、いやな気持ちになるの? ねぇ教えてよ、リオ……」



 お人形みたいに整ったノアの顔が、悲痛にゆがむ。


 こぼれ落ちそうなサファイアの瞳には、ゆらゆらと水の膜が張っていた。



(わたしがエルといたから、機嫌が悪くなって……これって、もしかして……やきもち?)



 ノアがエルに嫉妬してるってこと。


 つまり、ノアがわたしに、独占欲を感じてる……


 ……それほど、わたしを好きでいてくれてるってこと。



(……あぁもう……わたしのばか、ばかばかばか)



 近所のお姉さんに憧れてる感じとか、恋に恋するお年頃だとか、なにを根拠にばかげたことを。



「ごめん、ノア。……ほんとうに、ごめんなさい」



 そりゃあ年下の男の子だよ。精神年齢なんかひと回り以上も離れてる。


 けど、だからって、これは軽くあしらっていい問題じゃない。



「ノアがこんなに好きだって伝えてくれてたのに、わたし、気持ちを全然受けとめてあげられてなかったね。ごめんね……」



 見て見ぬふりはだめだ。


 言葉をつまらせながら、わたしも伝える。


 ずっとむかし、こころの奥底に押し込んでしまったわたしの記憶を。



「……わたし、だれかに愛されたことがなかったの。3歳のころに……お父さんに、気味が悪いって、捨てられたから」



 頭上で、はっと息をのむ気配がある。


 そうだよね。お父さんに愛されてのびのびと育ったノアには、ショックな告白かも。



「家族にすら愛してもらえなかったわたしが、ほかのだれかに愛されるなんて、考えもしなくて、自信もなかった。だから、ノアの気持ち、ちゃんと理解しようとしてなかった。ごめん……」



 いたたまれなくてうつむいちゃったから、ノアがどんな表情をしているかはわからない。


 ただ、ローブのすそをにぎりしめた手に、そっとふれる手がある。


 わたしの手をすっぽりつつみ込んでしまう、大きな手のひら。男の子の手のひらだ。



「もういいよ。……俺のほうこそ、じぶんの感情ばっかぶつけちゃって、ごめんね。リオがどんな思いをして生きてきたか、よく知りもせずに……わがままばっかり」



 ちゅ、とくすぐるように目じりにキスを落とされてはじめて、涙がにじんでいたことに気づいた。



「ねぇ、リオ……だれかを好きな感情って、幸せな気持ちだけじゃないんだね。さびしくて、苦しかったり、切なかったりする……それでも、そばにいたいって想いは変わらない。不思議だよね」



 だからね、と。


 おでこをふれあわせたノアは、これまで見たことがないやさしい表情だった。



「俺、世間知らずだし、頼りないところもあるかもしれない。でも、リオを想う気持ちはだれにも負けない自信がある」

「ノア……」

「そばにいるよ。なにがあっても、俺はリオを守る」



 ……あぁ、もう限界だ。


 そう感じたときには、手遅れで。



「これが恋の病ってやつなら、もう手遅れだよ。たとえ神さまの怒りを買ったってリオのとなりに居座るつもりだから、覚悟して」

「……あははっ、すっごい強気な意気込みだ」



 わたしもノアも、どっちも手遅れなら、がまんすることなんてないよね。



「反則だよぉっ……!」



 こらえていたものが、目頭から一気にあふれ出す。


 泣き崩れそうになるわたしを、ノアがぎゅうっと、力強く抱きとめてくれる。



「俺の気持ち、信じて。俺を信じて、リオ」



 そうだよ。ノアはずっと、気持ちを伝えてくれてたじゃない。


 あぁ……わたしも、愛されてたんだね。



「ありがとう……ノア……っ」



 きみが好きだというわたしを、わたしもすこし、好きになってみたくなったよ。


 ノアがにっとはにかんで、かたちのいい唇を寄せてくる。


 しっとりと吸いつくようなキスを、わたしも自然と受け入れていた。



「んっ……」



 ふれたのは、まばたきをするほんの一瞬。


 わたしのなかにあるものを根こそぎ奪いとったり、責め立てるような口づけじゃない。


 魔力供給をともなわないキス。


 それは、たがいのぬくもりをたしかめ合う、愛しさに満ちあふれたふれあいだった。



「リオ。──愛してる」



 あぁもう。


 とどめのひと言なんか、くれなくたっていいのに。



 認めるよ。


 わたしはとっくに、きみにほだされてる。

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