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*11* 黒馬の王子さま

「──というわけで、明日にはこの街を出て、ブルームへ向かうことになりました」



 ギルドのカフェテリアへ戻ってきた。


 わたしは『ギルド認定薬術師』としての初仕事を受けたいきさつを、ノアに説明する。



「新しい街でお仕事だね。わかった、すぐに準備するよ。それはそうと」



 ノアはひとつうなずいてから、一変。


 サファイアの瞳を細めて、わたしのとなりをキッと睨みつけた。



「なんで下の階に行って帰ってくるまでのあいだに、変な虫くっつけてきてるの」

「あ、あはは……これはちょっと、事情がありまして」



 ノアのいう『変な虫』というのは、わたしと肩を並べた人影をさした言葉だ。


 虫っていうより背後に薔薇とか咲かせてそうな、麗しい美青年なんですけどね。



「おや。いつの間に、こんなぼうやまで手懐けたんです?」




 ミルキーホワイトの髪に、蜂蜜色の瞳。


 甘い色合いをまとった美青年が、きょとんと首をかしげた。



「なんかそれ、語弊がありますよ、エリオルさん……」

「そんな他人行儀に。エル、でしょう?」

「めっちゃグイグイきますね、エル……」

「ふふっ、あなたと再会できてうれしいんですよ、リオ」

「だから、あんただれだよ! 気安くリオを呼ぶなっ! あっち行けっ!」



 胸ぐらにつかみかかる勢いで詰め寄ってきたノアが、威嚇する。


 シャーッ! と全身の毛を逆立てた、黒猫みたいだ。


 でも威嚇されたエルは、慌てずさわがない。



「それは無理なおねがいですね。今回のご依頼、僕も冒険者ギルドから協力要請を受けての同行になりますから」

「は? なに言ってんの。意味わかんない」

「リオの話を聞いていませんでしたか? モンスターが出没するブルームに、冒険者ギルドはヒーラーを派遣しています。それに合わせて、僕たちは救援物資の輸送をしているんです」

「物資の輸送? それじゃあんた、もしかして」



 ここまで説明されれば、ノアも理解したらしい。


 エルが、何者なのか。



「えぇ、わがカーリッド家は赤レンガ会──商団ギルドの、ちょっとしたえらいひとたちなんですよ。よくわかりましたね、ぼうや?」

「あのさぁ……こども扱いしないでくれる?」



 エルがほほ笑むほどに、ノアの眉間のしわが深くなっていく。


 ……これは、たいへんなことになりそうだ。



  *  *  *




 エリオル・カーリッド。通称エル。


 年はわたしのひとつ上で、19歳だそう。


 優雅な仕草のひとつひとつに目が惹かれる、甘い顔立ちの美青年だ。



 ……娼館街の薄暗い路地裏で出会い、『キャンディ』をあげたあの日から、1ヶ月。


 どこか冷めたまなざしをしていた彼に、この短いあいだで、一体なにが起こったんだろう。



「おむかえに上がりました。お手をどうぞ、レディ」

「はい、リオ。足もと気をつけてね」

「すみません、リオさん、ひとりで乗れます」



 冒険者ギルドでエルと再会した翌日、長らく滞在していた街を出る。


 馬車に乗るとき、エル、ノアのふたりに手をさし出されたときは、どうしようかと思ったけど。



 わたしのとなりには、エルを睨みつけているノア。


 向かいには、終始にこやかでまったく動じていないエル。


 イケメンふたりが、なぜかバチバチと争っている。


 おむかえに来てくれた馬車は乗り心地最高なんだけど、居心地が悪くて仕方ない。



(なんでこんなことに?)



 内心泣きそうな心境に耐えているうちに、おひさまがお空の高いところまでのぼっていた。



「うぇ……」

「リオ、つらそう……あのヘラヘラ男とおなじ空気吸ってたからだよね? 大丈夫?」

「いや、ちょっと酔っただけ……酔い止めもってるから、大丈夫だよ……」



 天使みたいな悪魔のノアくんが、馬車を下りてうずくまるわたしの背を、心配そうにさすってくれる。何気に辛辣な言葉を吐きますね。


 これが3日間続くんだってさ。わたし大丈夫? 耐えられる?



「馬車を止めてしまって、ごめんなさい……」



 急いでブルームの街に向かわなきゃいけないのに……


 怪我人を治療するための薬術師がダウンとか、笑えない。



「気にしないで。慣れない馬車の旅なら、無理もないことです。休める場所をご用意しましょうね」



 だけどエルは怒らない。


 それどころか、同行していた商団ギルドの部下さんたちにおねがいして、風通しのいい木陰近くに天幕テントを用意してくれたほどだ。



「ちょうどお昼どきです。馬たちもひと息つきたいでしょうから、ゆっくり休憩してくださいね」



 ここまでしてくれたんだもん、断るのも失礼だよね。



「じゃあ……お言葉に甘えて」



 スープとパンで軽く昼食をとり、自作の酔い止めを飲んだあとは、天幕におじゃまして横になる。




 1時間くらいは休んだかな。

 目が覚めると、ネイビーのローブにすっぽり包まれていた。


 ぎゅっとハグするみたいに、ノアに添い寝されてたんだ。これには笑っちゃったよ。



「んん……リオ、元気になった……? よかったぁ」



 ふにゃあ、とねぼすけスマイルの癒やし効果といったら。なんて有能な抱きまくらでしょう。


 酔い止めがきいたのか、頭もすっきりだ。



「これなら、午後は大丈夫そう!」



 ぐぐ~っとのびをしたとき、ちょうど天幕の入り口を開けていたエルと目が合う。



「様子を見にきました。起きていたみたいですね。お加減はどうですか?」

「おかげさまでよくなりました! ご心配をおかけしちゃって……」

「いえいえ。休息も必要ですよ。これからまた出発しますが、その前に提案があります」

「は、はい、なんでしょう!」



 にっこり。


 思わずかまえてしまったわたしをよそに、そりゃあもうまぶしい笑顔を浮かべるエル。



「僕と馬に乗りましょうか、リオ」

「ふぇっ? なんでまた……」

「乗りましょうね、リオ」

「へい」



 なんだろう……


 言葉遣いはすごくやさしいのに、有無を言わさぬ圧を、エルから感じた気がするのは。


 答えは、はいかイエスしか許されていなかった。



  *  *  *



「馬は、急に動いたり大きな声を出したりすると、びっくりしてしまいます。ゆっくり近づいて、まずはくびをなでてあげてくださいね」



 見晴らしのいい草原で、ふたりと1頭。


 お馬さんとのはじめてのふれあいにおっかなびっくりしていたわたしも、いまや馬上の人だ。



「わ、思ったより高い……けど、すごくながめがいいですね……!」

「でしょう? 馬車にこもっているより、風と景色を楽しみながら駆けているほうが、案外酔わないんですよ」



 くらにまたがったのはわたしで、そこから左右にさがった吊革みたいな足場──あぶみというらしい──に足を置いているのも、わたし。


 おかげで足もぶらぶらにならず、体勢も安定してる。



 エルは、後ろでわたしを支えてくれている。


 鞍を譲ってくれたから不安定なはずなのに、両足で馬の胴をきゅっとはさんで、まったくからだの軸をブレさせなかった。なんて体幹だ。


 手綱はもちろん、エルがにぎっている。


 まだ慣れないわたしのために、馬を軽く歩かせてくれていた。



(馬のあつかいに慣れてるし……『これ』も、本物、だよね……?)



 そっと左の足もとへ視線を落とせば、馬の歩みに合わせて金属音を立てている『それ』が目に入る。


 エルの腰の左側にさげられた、細身の剣だ。


 柄も鞘もまぶしい白銀色。



 わたしをひょいっと軽々押し上げて、馬にまたがらせてくれたことからもわかる。


 エルは、華奢なわりに力強い。それなりに鍛えてるんじゃないだろうか。


 イケメンでやさしくて、颯爽と馬を乗りこなす。


 その上剣でモンスターをバッタバッタとなぎ倒されたりなんかしたら、最強すぎてだれも太刀打ちできないんじゃ?



「エルは、王子さまだった……?」

「はい?」

「わたしの住んでた世界ばしょでは、王子さまは白馬に乗ってやってくるって相場が決まってるんです。この子、黒馬ですけど」

「おやおや……ばれてしまっては、仕方ないですね」

「マジで王子さまだったっ……!?」

「なんてね。ふふっ、冗談です」

「なぬっ……!」

「リオは見ていて楽しいですね」

「もしかしてわたし、遊ばれてる……?」



 もしかしなくても、そうだ。


 頭上からくすくす笑い声が聞こえるもん。



「あなたにとっての王子さまになりたいとは、いつも思っていますよ?」

「まーたそういう台詞をサラッと……エルって物好きですよね。わたしみたいなのを相手にして、なにが楽しいんだか……」

「……リオ」



 おだやかなひびきは変わらないままに、わたしを呼ぶエルの声音が、半音低くなる。



「あなたはほんとうに……じぶんの価値が、わかってないんですね」

「わたしの価値……?」

「『じぶんを安売りするな』と言ったのは、あなたじゃないですか。あなたに『キャンディ』をもらって、僕がどれほどうれしかったか」

「……エルだけじゃなくて、ほかにもいろんな人にあげてましたよ」



『お菓子配り』は、男娼の誘いをかわすためにやっていたことだ。


 じぶんの身を守るため。


 そのついでに性病にかかって苦しむひとも減ってくれたら、万々歳じゃんって。



「あなたにとっての僕は『その他大勢』でも、僕にとってのあなたは『唯一のひと』だ」

「っ……」

「あなただけなんです。地を這いずりまわる僕に手を差し伸べてくれたのは、あなただけ……だからあなたは、僕にとっての『特別』なんですよ、リオ」



 流れる景色がいつの間にか止まっていて、静止した馬上で、ぎゅっとからだが密着する。



「リオの言うとおり、髪を切りました。そうしたら、いろんなことがガラッと変わったんです。見える景色が、世界が変わった」



 背後にいるエルをふり返ることはできない。


 なのに、耳朶じだにふれるささやきが、甘く切ない表情をしたエルを想像させてしまうんだ。



「それからご縁があって、僕は高貴なお方の目にとめていただきました。カーリッド家を取りしきる奥さまの、愛人になったんです」

「エル……」

「僕は奥さまの望むものをわたす代わりに、地位を得ました。……軽蔑しますか? 手段をえらばない狡猾な僕を……穢らわしいと思いますか? 不特定多数の女性と肉体関係をもった僕を……」



 エルの問いへ、すぐに答えることができない。


 簡単に見つかる言葉じゃ、だめなんだと思う。



「……軽蔑なんて、しません。だれかが一生懸命に生きてきたすがたを笑うのは、しちゃいけないことです」



 エルがどんな思いで、どうやって生きてきたか、すべてを知ったわけじゃない。


 でもね、わたしのキャンディがきっかけで、彼の人生が変わったのなら──



「エルの毎日が、前よりも楽しくなったなら、わたしもうれしい。それはたしかです」



 わたしの薬が、だれかの力になれたんだって証だから。



 さぁっ……


 そよ風が吹き抜けて、すこし。



「……そんな殺し文句は、反則ですよ。このままさらいたくなっちゃいます」

「エル……?」



 名前を呼ぶと、ちゅ、とつむじにキスを落とされる。



「心の清らかなひと。堕ちた僕にほほ笑んでくれた、たったひとりの女神──僕の愛しいリオ。あなたのためなら、僕はどんな悪者にだってなれるんです」



 熱に浮かされたように、エルがひとりごとをこぼす。


 それはどういうこと? エル。


 問いかけようとした言葉は、声にはならない。




「──『スパーク』」




 バチィンッ!



 突然頭上で飛び散ったショート音に、ぎょっとしてしまったから。



「えっ、なにっ、なんなの!?」

「ヒィーンッ!」

「きゃっ……!」



 火花の音にびっくりしたのは、わたしだけじゃなかった。


 ぶるっと身ぶるいをした馬が、跳ねるように前足を持ち上げたんだ。


 ふわっと浮いた感覚に身のやりどころがわからず、頭が真っ白になる。



「──落ち着いて」



 耳のすぐそばで、静かな声が聞こえた。


 のけ反るわたしを胸で受けとめたエルが、手綱をゆるめる。



「どう、どう」



 エルは馬にやさしく声をかけながら、手綱を左右交互に軽く引いていた。


 立ち上がる寸前だった馬がすぅっと興奮をおさめ、やがて落ち着きを取り戻す。



「大丈夫ですか? リオ」

「……は、はい……」



 なにもかもが、一瞬のことだった。


 もしエルがいなかったら。その先を想像して、ドッドッドッと、動悸が止まらない。



「いつまでもベタベタと……リオに馴れ馴れしくするなって言ってるだろ!」



 自由に歩かせた馬がくるりと半周したとき、ネイビーのローブが目に入った。


 ノアがこっちを……馬上のエルを睨みつけている。


 その右手は指を打ち鳴らしたポーズで、パチパチと火花をはじけさせていた。



「初級の雷魔法ですか。おどかす程度ならちょうどいいでしょうけれど……」



 ぐっと手綱を引いたエルが、ノアの目前で馬を立ち止まらせた。



「馬は臆病なんです。パニックを起こさせて、彼女がふり落とされたらどうするつもりだったんですか?」

「リオに怪我はさせない、俺が抱きとめるつもりだった」

「せっかく乗馬を楽しんでいたリオに対して、あんまりな仕打ちだと思いますが」

「あんたにさせるくらいなら、俺がリオを馬に乗せる」

「失礼ですが、いたずらに馬をおどろかせるきみに、騎手としての心得があるとは思えません」

「乗ったことがなくたって、見ればやり方くらいわかる!」



 たしかにノアは器用だ。


 ひと目見れば、大体のことはこなせてしまうくらいの天才肌。



「──寝言は寝てからおっしゃい」



 だけど、ノアを一蹴するエルのひと言は、厳しいものだった。



「見よう見まねのぼうやにおとなしく鞭を打たれるほど、馬はおりこうではありません」

「なら、あんたなんかにリオがベタベタさわられてるのを、指くわえて見てろって言うのか!」

「えぇ。すくなくとも、そんなに乱れた感情を自制できないぼうやは、馬に乗るべきではないと断言できますね」

「言わせておけばっ……!」

「かん違いをしているようなので言っておきますが、馬は乗り物ではなく、生き物です」



 エルはたたみかけるように、ノアの言葉をさえぎる。



「騎手の動揺は、馬にも伝わります。彼らを想いやることのできない者は、手綱をにぎるべきではない」

「それはっ……」



 気圧されたように、ノアはうろたえる。



「もしリオが怪我をしなかったとしても、落馬する恐怖はぬぐえるものではありません。いいですか、きみは、リオを怖がらせたんです」

「──っ!」

「彼女を傷つけたことを、深く反省なさい」



 それが、とどめだった。


 こぼれ落ちそうなほどサファイアの瞳を見ひらいたノアが、顔をゆがめ、唇を噛みしめる。


 うつむくノアにエルが言葉をかけることは、なかった。

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