*12* モンスター出現
「いつもいっしょにいるリオをとられた気がして、カッとなっちゃった……ごめんなさい」
魔法で馬をびっくりさせてしまった騒動について。
その日のうちにノアから謝られて、わたしもそれを受け入れた。
だから、わたしたちの仲が険悪になるなんてことはない。
エルたち商団ギルドのメンバーに加わっての馬車の旅は、それから問題なく進んだ。
そして迎えた、3日目。
「……リオ……リオ」
「はっ、はいっ」
しまった、名前を呼ばれていたみたいだ。
反射的に背すじを伸ばすと、「大丈夫ですか?」とやわらかな声が頭上から届く。
見上げれば、澄みきった青空と、心配そうにのぞき込んでくる蜂蜜色の瞳がある。
規則正しくゆれる馬上の景色が、鬱蒼とした森の中から、いつの間にかゴツゴツとした岩肌がのぞく山道に変わっていた。
「ごめんなさい、ちょっと考えごとをしてて」
気だるいけど、これはポーションを作った魔力枯渇が原因じゃない。
(なくなりそうだったら、『補充』されるしねぇ)
それも『口移しによる魔力供給』っていう、少女漫画もびっくりなファンタジー設定でね。
これまで旅のあいまに魔法薬を作っていたけど、魔力が底をつく前にノアがやってきて、わたしにキスをする。
ちょっと気だるいのは、魔力供給の代わりに精気を吸い取られているからだ。
さすがに人前でキスされそうになったときは、慌てたよ。
「むやみやたらと人前でするもんじゃありません!」
「わかった。人前でキスはしないようにするね」
ノアも根は素直で純粋なので、理解を示してくれた。
微妙に違う方向で、納得された気がしないでもないけど。
ただ、キスはしなくてもハグはしてくる。
それも、やたらとエルの目の前で。なんでだろう。
エルもにっこりと笑い返してはいるけど、どこか冷え冷えとしたオーラを感じるような。
(仲良くしてほしいっていうのは、わたしのわがままかなぁ)
必要最低限の会話しか交わさないふたりを見ていて、ふと、さびしくなる。
そうして物思いにふけっていたら、エルを心配させたみたいだ。
いけないいけない。しゃんとしないと。
「疲れましたか? 朝早くから魔法薬を作っていましたものね。すこし休憩しましょうか」
「さっき昼食をとったので、休憩は大丈夫です」
「わかりました。なにかあれば、遠慮なく言ってくださいね」
「ありがとう、エル」
「いいえ。あと1時間もすればブルームの街です。あせらずにゆっくり行きましょうね」
わたしが前に向き直るのと同時に、エルが手綱をにぎり直す気配がした。
さっきより、からだが密着した気がする。
「失礼ですが、なにを考えていたのか、訊いても?」
「えーと、いろいろ……ブルームの街に着いたら、しなきゃいけないことがいっぱいあるなとか……エルともお別れだなぁ、とか」
「ふふっ」
「えっ、なんで笑うの? わたし変なこと言いました?」
「リオが可愛らしいことを言うものだから、つい。不意討ちでした」
くすくす。
頭上で笑い声がこぼれて、わたしだけが状況を理解してない。解せぬ。
「僕たち商団ギルドのお仕事は支援物資の輸送ですが、届けてはい終わり、ではありませんよ。救護活動も含まれます」
「救護活動……ですか?」
「えぇ。一般の方に被害は出ていませんが、現地の商団ギルドはモンスターの襲撃を受けたようです。冒険者のみなさんはそれ以上の損害を被っています。これは、冒険者ギルドと商団ギルドが協力して解決しなければならない問題なんです」
「そう、でしたか……」
「怖いですか?」
わたしが歯切れの悪い返事をして、考え込んでしまったからだろうか。
エルから心配するような問いかけがある。
「リオ。商団ギルドのお仕事もありますが、僕はあなたのナイトとして同行しているんです。凶暴なモンスターが襲ってきても僕が守ります。だから、不安がらないでください」
いつも笑みを絶やさないエルだけど、このときばかりは、真摯な表情を浮かべている。
そんな光景がありありと目に浮かぶような、凛とした声音だった。
「ありがとう。危ないのは覚悟の上です。怖気づいて足を引っぱる真似はしません。ただ……」
「なにか、気になることでも?」
「どうして、いまなんでしょうね?」
「と、言いますと」
「ブルームにモンスターが出没するようになったのは、ここ2週間の話なんですよね。それも、頻繁に。なんでなんだろうって、わからなくて」
近くに村や街はなく、野を越え山を越え、数日かけてやっとたどり着くことができる。
それがブルームの街だ。
人の手が入らない自然豊かな街のまわりでは、珍しいモンスターもすみついていると聞く。
それは、大昔から人とモンスターが共存してきたあかしだ。
なのに、最近になって突然モンスターが凶暴化しているという。
(いまは秋。だいたいのモンスターは春が繁殖期だし、食糧がすくなくなる冬にはまだ早い。なのに……どうして?)
これまで保たれていた生態系が壊れた。……いや。
「この均衡を、壊したなにかがある……?」
「リオ……?」
ほぼ無意識のうちにつぶやいた、そのときだった。
「──エリオルさま! ご報告申し上げます!」
進行方向から、馬に乗った男性が駆け戻ってくる。
たしか、先頭を行っていた商団ギルドメンバーのひとりだったはず。
「何事ですか」
「は。この先の岩壁に、鋭い爪のようなもので傷つけられた痕が複数見受けられ、周囲には真新しい血痕が」
「なんですって!」
戦慄が走った。
思わず叫んでしまったわたしの肩を、とん、と軽く叩く手がある。
「どうやら、近くにモンスターがいるようですね。リオ、あなたは一度馬車へ戻って、ノアくんといっしょにここで待機していてください」
「エルは、どうするんですか?」
「この先の様子を確認に行ってきます」
「血痕があるなら、怪我人がいるかもしれないんですよね? それならわたしもっ……!」
「リオ」
言い募ろうと見上げた矢先、唇に長い指先を押し当てられる。
「いいこで待っていてください。わかった?」
こんな状況なのに、エルはやさしくほほ笑んで、わたしに有無を言わせないんだ。
……ずるい。
「今生の別れでもないんですから、そんな顔しないで。僕は大丈夫ですよ。こう見えて強いんです」
うつむくわたしのつむじに、ちゅっとキスが落とされる。
エルがおどけてくれてるんだから、わたしも暗い顔はやめないとね。
「はい。強いエルがうっかり怪我をしても、わたしがちょちょいっと治しますね!」
「ふふ、心強い薬術師さんです」
きっと、大丈夫だよね。
先に降りたエルの手を借りて、鐙から右足を外す。
ビュオウッ……
そのときだ。吹き抜けた突風に煽られ、ぐらりと視界がゆらぐ。
「きゃっ……」
「リオ!」
「……へ、へいき、です。びっくりした……」
よろめいたけど、エルが手を引き寄せてくれたおかげで、こけずにすんだ。
「……風の流れが、妙ですね」
わたしの背を支えながら、すっと細めた蜂蜜色の瞳で、あたりを警戒するエル。
直後、はじかれたようにわたしの腕をさらう。
「リオ、こっちへ!」
「エ、エル!? どうし……ひゃあっ!」
ヒュオオオ…………ビュオオウッ!
突風。いや……竜巻。
突如として巻き起こった風の渦が、わたしたちに向かって牙を剥いた。
エルが背にかばってくれてるのに、なんて勢い……目が開けていられない……
これじゃあ、飛ばされる!
「──『トルネイド』」
風の吹きすさぶ音が、ふいに凪ぐ。
聞き慣れた声が、不思議と鮮明に耳に届いて。
やっとの思いでまぶたを開いた次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにする。
──ゴォウッ!
わたしたちの目前で発生したもうひとつの竜巻が、迫りくる竜巻に襲いかかったんだ。
地面を削り、土煙をあげながら猛烈な勢いをみせるそれは、わたしたちに接近する風の渦を飲み込んでしまう。
──パチンッ。
指を鳴らすスナップ音。
竜巻を飲み込んだ竜巻が、跡形もなく消滅する。
あぜんとするわたしの背後から、ザッ、ザッと土を踏みしめるブーツの音が近づく。
「まぁ、こんなもんでしょ」
ふり向けば、ネイビーのローブに、フードをまぶかにかぶったあの子がいる。
「ノア! いまのってもしかして……!」
「うん、俺の風魔法。アレよりおっきい竜巻をぶつけたら勢いが弱まるだろうから、その隙に吸収して消しちゃえって思って」
「ゴリ押し脳筋戦法だね!」
さすが魔力おばけのノアくんだ。
「ほめてくれてもいいんだよ?」って、かがんで頭を差し出してくるあたりは、相変わらずだ。
でも、これはなでる。なでずにはいられないよね。
「んふふ、きもちい…………ねぇそこのあんた。勝手にいきがって吹き飛ばされるのはかまわないけど、リオを守るならもっとちゃんとやってよね」
頭をなでなでされてご満悦だったノアくん、一瞬後にはエルにそっけなく言い放ちます。
「ご助力ありがとうございます、ノアくん」
「……ふん」
素直な感謝の気持ちを述べるエルに、肩すかしを食らったんだろうか。
ノアはふいっとそっぽを向くだけで、それ以上辛辣な言葉を投げかけることはなかった。
「それにしても、さっきの竜巻、なんだったんだろ……」
「リオ、だめ。……向こうから、血のにおいがする」
きょろきょろとあたりを見回していたら、ノアに腕を引かれる。離れないでってことらしい。
ノアは顔をしかめて、ローブの袖で鼻と口を覆っている。
血のにおい……わたしはなにも感じないけど、インキュバスは、嗅覚も優れてるのかな。
なんて悠長なことを考えているときに、『それ』は現れた。
ギシャアアアア!
「なっ、なに!? なんなのっ!?」
大地を揺るがす、咆哮。
晴れわたった青空に、またも不穏な風が渦を巻き始める。
「あれを見てください!」
だれかが叫んだ。
商団ギルドのみんなに、エル、ノア、それからわたし。
その場にいただれもが、空を見上げていた。
「グゥゥ……シャアアアアッ!」
頭上にかかる巨大な影。
血のように赤い翼で不規則に羽ばたき、低空を旋回した『それ』が、一枚岩の上へ。
だけど、ゴツゴツと足場の悪いそこでうまく体勢を整えられるはずもなく。
ずる、と岩を捉えそこね、地面に落下した。
ドォン……
地鳴りとともに、土煙が舞い上がる。
巨体をしたたかに打ちつけた『それ』は、硬い硬い地面に、うずくまっていた。
鋭い爪をもつ手足に、1対の翼。
トカゲのような長い尾をもつ巨大なモンスターといえば。
「あれは……翼竜だ!」




