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迷子

 俺と林さんは一緒に大学から家に帰ってきた。

 俺は鍵を回した時に違和感があった。

「どうしたの?」

「鍵がかかってない」

 そのまま扉を開けると、靴を脱いで上がった。

「ただいま」

 奥から慌てて母親が出てきた。

 俺の顔を見ると、変に動揺した。

「お、おかえり」

 母は何か様子が変だった。心配しているのか、焦っているのか、とにかくそういうことだった。

「お母さん、何かあった?」

 林さんも靴を脱いで上がってくると、言う。

「……蓮、ただいま」

「あ、あのね、いまお父さんが」

「蓮はどこ?」

「ああ…… だから今お父さんが」

 慌てるだけで言葉になっていない。俺はとにかく椅子に座らせた。

「お母さん、落ち着いて、全部初めから話して」

 どうやら蓮が外に出たいというから、母と一緒に外に出たらしい。

 だが、ちょっと目を離した隙にはぐれた。

 スマフォは持たせているが、連絡しても電話に出ない。

 駅の周囲を探し回ったが、いない。

 蓮は鍵を持っていないから、家に入れないと困ると思って母は一人家に帰ってきた。

 だが蓮は戻ってこない。

 母が父に連絡して、今、父が蓮を探している状態なのだ。

「お母さん、そういうのスマフォで教えてよ。同じ駅を通過するんだから、先に言ってくれば俺たちも探したのに」

(ただし)さん、とにかく私たちも駅に」

「ああ」

 俺と林さんは必要なものだけ手にして、再び家を出た。

 駅に向かう途中で、林さんが叫んだ。

 走っていく林さんを俺も追いかけた。

(れん)大丈夫だった? 怖くなかった?」

 自分より大きな子供を抱きしめている林さんを見て、俺は周囲に知り合いがいないか確認してしまった。

 スマフォで父と母に、蓮が見つかったと連絡を入れる。

「うん。大丈夫だったよ」

「なんでおばあちゃんからはぐれちゃったの」

「僕、お父さんのところに行きたかったんだ」

「……パパの?」

 林さんが俺の顔を振り返る。

「違うよ、本当のお父さん」

「……蓮くん、そんなこと誰に聞いたの?」

「僕、自分で分かったんだよ」

「そんなわけないでしょ」

「パソコンで見たんだ。僕みたいに早く大きくなる子供はパパとママのどちらかにそういうちすじ(・・・)がいるって。だからパパは本当のお父さんじゃないよ。パパはゆっくり大きくなったって、おばあちゃんが言ったもの」

「パソコン……」

 林さんは再び俺を振り返ると、言った。

「忠さん、蓮にパソコン教えたのね」

「ブラウザの使い方だけ」

「なんでそんなことをするの」

「蓮。パパがお父さんじゃないって、どこに書いてあるの?」

「やめてよ。蓮、そんな嘘信じちゃいけません」

「いいよ、お家のパソコンで見せてあげる」

「蓮!」

 俺は林さんに耳打ちした。

「(何か手がかりが掴めるかもしれない)」

 一緒に歩きながら、蓮に聞く。

「お父さんはどこにいたの?」

「電車の駅の一番遠いとこだよ。僕子供だから、こどもの切符を買ったら怒られたんだ。だから大人の切符を買って電車に乗った」

 一番端の駅。おそらくH王子のことだろう。

「けど居なかったんだ」

「駅に行ったって、お父さんがいるわけじゃないだろ」

「家の写真があったから、僕、家はわかるよ」

「!」

 俺は林さんを振り返る。

「蓮は居場所を知ってる」

「まだこどもなのよ。そんなの信じられない」

 俺はとにかくその情報を確かめたい。

 家に入ると、とにかくパソコンを出して、蓮に操作してもらう。

 どうやら、サイトにアクセスするためにIPアドレスを直接入力するようだった。

 謎のIDとパスワードを蓮が入れると、ページが表示された。

「僕のためになる、いろんなことが書いてあるよ。僕はまずここで字を覚えた」

「何、これ?」

 何かの動画が表示されるようになっているのだが、画像はただ真っ黒で音声もよくわからない。

「そうか。パパやママはわからないんだよ。きっと、これは僕のちすじだけがわかるんだ」

「言っている意味がわからないけど」

「僕もまだうまく言えないんだ」

「じゃあ、蓮はどうしてパパがお父さんじゃないって分かったの?」

「ここだよ。ここに生まれた子供の日付と名前、相手の名前が書いてあるでしょ」

 蓮が操作すると簡単なリストが表示された。

 そこには子供の名前の欄、父や母の名前欄、と生年月日が書いてある。

「ほら、ここにママの名前が。僕の名前はないけどね」

「……」

 俺はそのリストを見て、目を疑った。

 別の行に『如月美月(みつき)』続けて『父:村上忠』と書いてあった。その行には『母:如月遥香』とある。

 俺は慌ててリストをスクロールした。勘づかれただろうか。平静を装うことにした。

 まさか。俺と如月さんの間に子供がいる? まさか、あの時に如月さんは妊娠したと言うことか。『美月』と名前まで書かれている。

「なんだこれは?」

「もっとむかしのもあるよ」

 見ると『如月瑛人(えいと)』続けて『父:甲斐路(かいじ)(まこと)』そして『母:如月遥香』とあった。

「まさか……」

 ラジオくんと兄弟だから同じ苗字なのではない。親子(・・)なのだ。

 リストを見ていると、母の欄に『如月遥香』が何度も出てくる。おそらく林さんと同じように一日で出産してしまうのだろう。母の欄に『如月遥香』と書かれた行は全員、彼女の息子、または娘ということだ。

「ちょっと貸してくれ」

 俺は蓮を押し出すようにどかし、パソコンの前に座った。

 さまざまな情報が書かれてあった。

 彼らは戸籍上の年齢のためにまともな就職先がないのだろう。仕事をするにはと書かれたところには、日雇いの仕事や、オレオレ詐欺の受け子、盗品の受け渡しなどのマル暴系の仕事や風俗業の名がずらりと並んでいる。

 林さんが俺の後ろに近づいてきた。

「酷い…… 彼、蓮にこんな仕事をさせるつもりだったの?」

「ある意味仕方ない部分がある。体は大人なのに年齢がほぼ無いので、労基に引っかかってしまうんだろう」

「忠さんはこれを肯定する気なの?」

 俺は振り返る。

「いや、そうじゃない。俺は、こんな事させたくない。普通の子供だって、十五年から二十何年の間は、仕事もせず金を使って勉強しかしていないわけなんだから。ただ、あの体の大きさで小学校には通えない。自然と働く選択が出てくるだろう。だが、まともには働けない」

 林さんは怒ったようにムッとして聞いているだけだった。

「ママ」

「蓮、どうしたの」

 俺が操作しているマウスを奪って、ページを切り替える。

「ここ、ここに連絡して」

「何このめちゃくちゃな数値の羅列は」

「お父さんの連絡先が……」

 出鱈目な数値のリストのように見えたが、蓮には数値の区切りが見えるのだという。

 蓮がマウスでカーソルをドラッグして、ある部分を選択すると携帯電話の番号が表示された。

 それは如月瑛人、俺にとっての『ラジオくん』の連絡先だという。

「電話すればいいの?」

 蓮は頷いた。




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