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復讐者が征くゾンビサバイバル【第三章完】  作者: Mobyus
第五章 山梨編
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第86話 Pointless

 温泉施設からホテルに戻って来た俺と村雨さんは、借りている客室に戻った。

 村雨さんは戦闘服などを袋にしまっていて、今はTシャツにジーンズというラフな格好だ。彼女は自分のバックパックから水筒を取り出して、水を飲んでいる。


「あの、向井さん、何か?」


 水筒をしまった村雨さんが俺の視線に気付いて、不思議そうな表情で聞いて来る。


「いえ、村雨さんの戦闘服以外の姿を見たの、初めてだったんで…こう、なんていうか、新鮮…?」

「は、はぁ…?そうですか。それより、今後の方針についてお話ししましょう」

「あ、はい」

「まず、このホテルや公園に避難して来ている方たちに元凶の車列を目撃しなかったか聞き込みをしました」

「いつの間に…」

「向井さんが寝てしまった後に聞いて回りました」

「ほんとすんません」

「いいえ、お気になさらず、私も目的は同じですから。聞き込みの結果ですが、奴らの目撃情報はありませんでした。おそらくこの付近は通らなかったのでしょう」

「そうですか、じゃあなんとなくルートは絞れますね」


 と言っても、それは元々わかっていたこと。大月市方面に抜けたか、富士五湖方面に抜けたかの2択は未だに不明だ。


「なので一度元凶の追跡は止めて、あの3人がいた高校にいる生徒たちの解放を」

「うーん、そうですね、ミキオくんにも残った生徒たちを助けてやるって言っちゃいましたし」

「では、装備を確認してから向かいましょうか…あ」


 村雨さんは窓の外を見て声を上げた。どうやら雨が降って来たらしく、パっと見てわかるくらい、雨脚が強まっている様子だった。

 しっかし、雨なんて久しぶりだな。感染拡大から1カ月経つが、まとまった雨に降られるのは初めてかもしれない。いや、一度夕立に降られたこともあったか。


「雨、ですね」

「そうですね…」


 ぶっちゃけ、この程度の雨であれば俺や村雨さんが行動を制限されるようなことはない。しかし、これから助けに行くのは高校生で、全員が健康体であるという保証はない。


「今日は休息としましょうか」

「あー、そうですね」


 それに、村雨さんも温泉に入ったばっかりなのに雨でずぶ濡れにはなりたくないだろうし、俺もそれには賛成だ。


「ところで、助けに行くのは良いんですけど、この避難所に連れて来て良いんですか?」


 忘れていたが、助けた高校生たちを受け入れてくれる場所がなければ意味がない。俺たちが今いる避難所はホテルや公園施設の従業員が仕切っている民間の物だ。公的な避難所ではないため、受け入れたくない人間は受け入れない方針を取っている可能性もある。実際に安部医院では一部の素行不良の連中を追い出していたわけだしな。


「ええ、それも支配人さんに了承を得ています。サユリちゃんの証言で、高校を支配している者たちがかなり悪質なことを知って心を痛めていました」

「あー、そうなんですか…」


 俺が寝ている間に話は進んでいたみたいだな…


「すんません、俺が寝てる間に…なにからなにまで…」

「謝らないでください。向井さんは普通に動いてますけど、本来なら動けないくらいの大怪我をしてるんですよ?それに、その傷は私のせいでもありますし…」


 村雨さんは視線を逸らしながら、申し訳なさそうに言う。まあ、俺が撃たれたのは爆撃が目標から僅かにズレたことが一因だからな…彼女の言っていることは間違ってはいない。


「…」

「…」


 沈黙の時間が流れる。


 俺は気まずくなって自分の荷物の方へと歩いて行き、89式を拾い上げた。あれ…?


「あ、それは私が分解整備しておきました」

「え、ああ、ありがとうございます」


 もう本当に何から何まですんません。

 今度は89式を置いて、.30-06のライフルをバックパックから取り出す。分解して軽く掃除してやるくらいしかできないが、やらないよりはマシだろう。

 ライフルの次はショットガンも同じように分解清掃してからバックパックにしまう。


 その間、村雨さんは残りの5.56㎜弾薬を数えたり、マガジンのバネのヘタリ具合を確認したりなどしていたようだ。




「そういえば村雨さん、拳銃も持ってましたよね?」

「え、はい。これです、よね?」


 村雨さんは少し焦ったように言いながら、荷物から見たことない拳銃を取り出した。彼女がそれを使った時は見てる暇なんてなかったからわからなかったが、それはストライカー方式の大型拳銃だった。


「その銃一体…?」

「ドイツ製の拳銃です。どうやら近いうちに拳銃の更新をするということで、いくつかの拳銃をトライアルした時の物だそうですが、使わないのならと頂いて来ました」


 えぇ…そんなの持って来ちゃっていいのかよ。まあ、こんな状況じゃ拳銃の更新もクソもねえか。使える物はなんでも使うの精神。


「口径は9㎜ですか?」

「はい」

「予備弾薬があれば分けて頂ければなぁ、と」


 俺が多田野さんから貰った拳銃は、ずいぶん前に使ったっきりバックパックの奥底で眠っている。残りの弾薬が3発くらいしかないためだ。


「すみません、私も分けられるほどは持っていないので…」

「ああ、全然大丈夫です。気にしないでください」


 まあ、俺の拳銃の扱いは村雨さんには及ばないだろうし、ないならないでいいのだ。

 一度だけ見た村雨さんの拳銃を構える速度、そして射撃精度、どちらもかなりの腕前だった。本気の近距離戦闘だけに絞れば、俺よか戦闘力はだいぶ上だろう。あの時は俺を殺さない程度に手加減していたんだろうな。

 遠距離射撃についてはわからない。基本的に近い距離の感染者や元凶の連中としか交戦してないしな。


「…」

「向井さん、脚の怪我は大丈夫、ですか?」


 俺が少し考え込んでいると、村雨さんが尋ねて来た。脚の怪我…あ、そうだった、見せてもらった拳銃で俺ごと誘導装置を撃って壊したんだったな。その時の1発が俺の脚を掠って…


「そんなの、掠り傷だったんで…」


 俺は言いながらズボンの上から傷のある位置をポンポンと叩いて見せる。ほんのちょっと触ると痛むがその程度だ。腹の傷に比べればなんてことはない。


「…」

「…」


 また沈黙が流れる。村雨さんは何とも言い難い顔で俺を見ている。

 外では未だに雨が降り続け、弱まっている様子もない。

 今はやることもない。ベットにどんと座って…特に何もするでもない。村雨さんも気まずいのか、窓際にある椅子に向かっていった。




 しばらく経って昼時になった。


「向井さん、お昼にしましょう」


 そう声を掛けられた。

 ぼけえっとしてた俺は、一瞬遅れてベッドから起き上がり、村雨さんの声のする方を見る。彼女は茶色い袋を俺に見えるように持っている。


「米軍のMREですか?」


 俺はベッドから降りて村雨さんの方へと歩きながら訪ねる。


「はい。秩父に来る前に、三沢の基地に寄ったんですけど、そこで譲って貰いました」

「えぇ…」

「使い切れる量じゃないから、と。なるべく新しめの物を6個だけ頂きました」


 新しいかどうかってわかるものなのか…?

 村雨さんはテーブルの上でMREの封をガバっと切って、中身をバラバラと取り出した。


「クラッカー、オーツ麦のクッキー、チリビーンズ、ジャム、コーヒーに砂糖とミルク、これは飴?とガムとティッシュですね」


 茶色いレトルトパウチをそれぞれ拾って記されている文字を読み上げ、読み上げた順番にそれぞれ開封し始めた。

 俺は近くに置いてあった自分の荷物から適当な缶詰を取り出す。


 村雨さんからクラッカー半分とクッキー半分を貰い、俺はいくつかある缶詰から牛肉の大和煮缶詰を選んで彼女に手渡す。

 俺は炭水化物系の食料をあまり持っていないし、村雨さんの持っているMREは炭水化物が多めだ。ちょうどいいトレードになる。

 ただ、村雨さんは俺が渡した缶詰を開けることなく、MREを食べ終わると自分の荷物へと缶詰しまった。嫌いだったかなと一瞬考えたが、嫌な顔はしていなかったし、むしろ嬉しそうだったように見える。

 あー。


「村雨さんって好きな物取っておくタイプですか」

「はい。どっちかというとそうですね。それに、大和煮ならご飯で食べたいな、と」


 確かに。俺の持っている缶詰はほとんどが和食系だ。大和煮にさば味噌煮や水煮、焼鳥などなど、パンやクラッカーと食べるにはちょっと微妙なラインだ。可能なら白米で食べたいというのは俺も同感だ。


 それから食後には、洗面所に置いてあるアメニティの歯ブラシを使わせて貰った。今までは食後に水でゆすぐ程度だったから、念入りに…




 しかし、やることもなくなった。俺も村雨さんも手持ち無沙汰で、窓辺に座って外の雨雲を眺めている。




 このシチュエーション、似てるな。俺と悠陽が軟禁されていた頃、俺が誰かを殺しに行っていない時は、ずっとホテルの部屋のような場所で2人で過ごしていた。

 食事も水も電気も用意されていたから、特段の不便があったわけではないし、川崎が暇な時は監視役となって悠陽と2人で、すぐ近くの森の中で散歩するということも稀にだができた。


 あの時、なんで逃げなかったんだろうな…


 今まで積み重ねて来た選択の1つが違えば、悠陽は今も生きていたのだろうか。


 俺の選択が間違っていたから、彼女が死んだのだろうか。


 本当に恨むべきは元凶ではなく、自分自身ではないか。


 俺は俺自身を責めたくないから、こうして元凶に復讐をしているのではないだろうか。


 この復讐が終わる時、そこには一体何が待っているのだろうか。


 安寧は絶対に訪れない。俺の中にある復讐心が消えた時、そこに残されるのは虚空だけかもしれない。


 それでも、今はただ進み続けるしかないんだ。俺には今、それしかない。


 例えそれが何の意味もなさなかったとしても。





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