第81話 Autocracy
「俺たちは君たちのことを助けたいと思ってる。ただ、俺たちにできるのは他に君たちを受け入れてくれるまともな避難所を探し、そこに連れて行くことくらい…もちろん、今の拠点を離れたくないのなら強くは言わない」
俺は3人の高校生を目の前にしてそう言った。
「そ、それは…」
3人のうち、さっきまで俺と話していた少年の1人が何とも言えない顔で言い淀む。
「ちゃんとした大人が運営している場所の方が明らかに安全だってのは、わかるだろ?」
俺がそう諭すように言うと、さっきまで一言も話さなかった少年が口を開いた。
「いいえ、結構っす。俺は大人のいる場所の方がよほど危険だと思うんすよ」
「どういう意味だ?」
「大人たちは良くも悪くも民主的にことを解決しようとするじゃないっすか。でも、こんな状況じゃ意見が割れて当然。絶対に対立が起こるに決まってる」
「ふぅん、まあ確かにな」
「だったら、多少はむかつくけどあいつらの下についていた方が安全だと思うし」
確かに彼の言っていることはそれほど的外れなことではない。小さい集団の場合は専制的なリーダーがいた方が良い場合もある。だが、そのリーダーが少なくともクズであることは確定している。少女の様子を見るに彼女が嘘を言っている可能性は限りなく低いだろう。
しかし、ここにいる少女が性的搾取を受けていたという事実を話すわけにはいかない。わざわざ村雨さんと離れた場所で話していたということは、ここにいる少年2人に聞かれたくなかったからだろうし。
「君は、どう思う」
俺は言い淀んだ少年に話を振った。
「確かに、ユウタの話も一理あると思うよ。でも、あいつらは自分たちは危険を冒さずに命令してるだけだ。危険を冒して俺たちが取って来た物のほとんどを持っていきやがる…。俺は正直、あそこに戻るのは嫌だよ」
「ミキオ…」
2人の意見は対立した。結構仲の良さそう2人だが、考え方はそれぞれのようだ。
「ユウタはムカつかないのか?俺たちがゾンビに追われてまで持って帰って来た食料を、他所から来たあいつらに奪われてるんだぞ」
「それは…そうだが、今のところあの拠点は安全だし、周りにゾンビも多くない。それに口うるさい大人もいないしな」
なるほど、反抗期か。
「俺は、この人たちに助けてもらおうと思う。見た感じ、お姉さんの方はちゃんとした自衛官みたいだいし…」
おい、まるで俺が不審者みたいだと言ってるように聞こえたんだが…?まあ、間違っちゃねえか。
「俺は、このまま戻る。少なくとも、あそこにいりゃ生き延びれるんだ。他の拠点に行ったって大人に指図されて食料探しはさせられるんだから、同じことだろ」
ふむ、食料探しとかある程度は手伝わされるだろうな。高校生なんて半分大人みたいなもんだし。
「ユウタ…」
「じゃあな、ミキオ」
非離脱を唱えた少年、ユウタは既に自販機から取っていたジュースを数本拾って、歩き出した。
離脱の意思を見せた少年、ミキオは一瞬声を掛けようとするが、何も言わずに歩き出すユウタの背中を見ていた。
「待って」
しかし、そんな歩き出したユウタの腕を掴んだのは、黙って話を聞いていた少女だった。
「サユリ…離せ。お前はユウタと一緒に行けよ」
「…」
それでも少女、サユリは何も言わずにユウタの腕を掴み続ける。
「離せって!…っ」
ユウタはサユリを払い除けるように振り返って、困惑の表情になった。
俺の方からは少女の顔が見えないが、肩の揺れ具合からして泣いているらしい。
「ユウタ…お願い、私、あなたを失いたくない…ママもパパも、生きてるかわかんないのに、あなたまでいなくなったら…私…私…」
絞り出すような涙声でそう訴えるサユリ。ユウタもそれを見て立ち去ることができなくなったのか、立ち尽くしている。
「ユウタ…」
ミキオがユウタに声を掛ける。
「わあったよ…」
ユウタは観念したように大きくため息を吐きながらそう答えた。
「ってわけで、3人とも来るってことでいいんだな?」
「はい。お願いします、ええっと…」
「そうか、まずは自己紹介だな。俺は向井淳、こちらはさっきも聞いたと思うけど自衛官の村雨さん」
「改めまして、村雨です」
「望月幹夫、高2です。ミキオでいいですよ」
「清水雄太っす。ユウタでいいっす」
「私、古屋小百合…です、私も下の名前で呼んでください」
望月幹夫、見た目はいかにも普通な高校生といった風貌で礼儀正しい好青年といった感じだ。高校の制服と思われるポロシャツとズボンを着て、通学用のリュックを背負っている。
清水雄太、ちょっとクール系なスポーツマンな印象で礼儀は知ってるが言葉遣いはなっていない、だが舐めているように感じるほどではない。高校のジャージ姿で部活用のスポーツバッグを持っている。
古屋小百合、お淑やかなタイプで少し人見知りな感じ、か?よく初対面の村雨さんに相談できたな。彼女なりに勇気を振り絞ったのだろう。高校の制服のワイシャツとスカート、通学用のスクールバッグを持っている。
「よろしく、みんな下の名前で呼び合ってるんだ?」
「あー、俺らの苗字はここら辺だと多いんすよ」
「なるほどね。それと話は変わるけど、この辺に他の避難所があるか知らないか?」
「私、知ってます…笛吹川の向こう、山の上にある公園です…今もあるのかはわからないですけど」
あー。ホテルとか温泉とか併設されてる結構大きい公園だな、山梨の中でも観光名所として有名だったと思う。
「あそこか」
俺はバックパックから取り出した地図を広げて、経路を確認する。
「徒歩でも2時間かからんな…」
俺は地図を折りたたんでバックパックにしまう。
「そんなに遠くないけど、なんでそっちに行こうってならなかったの?」
俺は素朴な疑問を3人に投げかける。
「そっちの方はゾンビが多いんですよ」
「単純に行こうと思ってなかったからっす」
「…1人じゃちょっと…」
三者三様の答えが返って来た。
「あ、感染者が多いの?」
「はい、そっちの方まで探索しに行った奴らに聞いたんですけど、山梨市駅から役所までの通がゾンビが多かったって言ってたんです」
人口密集地に感染者が多いのはこっちの方でも変わらないらしい。生存者が干渉するなどしなければ、感染者はあまり動かないんだろう。
「あ、そうだ、他の人たちはどうしよう。俺たちだけってのも…」
「後ろめたい、か?」
ミキオが言いかけた言葉を俺が続ける。
「はい…」
「大丈夫、今日中に3人をそこに届けられれば、明日から残った他の高校生たちも助けに行ってやる。まずは自分の身の安全だ」
「すいません…」
「いや、謝らないでいい。他人を気に掛けれるのは人の心を失っていない証拠だ」
そうだ。いくら文明が消えようが、秩序が失われようが、人の心を失えば俺のように狂ってしまう。
この子たちはそうならないように、生き延びられればいいのだが…
「村雨さん、とりあえずその公園を目指します。感染者との接触を回避しつつになるので、2時間ちょっとくらいです。俺が先頭、最後尾を村雨さんで3人を挟んで行きましょう」
「了解です」
俺は進路を変更し、南西へと向かう。




