野良パーティのはぐれ神官 その8
「このパーティ、強くね?」
武闘家の――と、脳内とはいえ、いつまでも名を呼ばないのは失礼だな。
武闘家のロクさんがそんなことを言ったのは、サクサクと230階まで進んだ頃のこと。
その声に応じたのは、女性魔導士のパンダさんだ。
「だねー。ロクと私は普通だけど……評判以上のハインド、フィリアちゃんに――」
「え? 普通? お、俺は中の上くらいはあるじゃん?」
「メディウスはぜんっぜん普通じゃないよね? 今までどこにいたの?」
「おーい。無視かー? パンダちゃんやーい?」
会話はこの二人を中心に進んでいく。
フレンド相手ほどの気安さはないものの、ああやって自分から発言してくれるプレイヤーは野良だと貴重だ。
多少の遠慮があるからか、上滑り気味の会話になっている感は否めないが……。
それでも、決して居心地は悪くない。
ありがたいことだ。
「ははっ、買い被りだよ。俺なんかそう大したものじゃないし……単に浮かび上がる機会がなかっただけさ」
メディウスのその返しに、パンダさんが胡散臭そうな表情と共に唇を尖らせる。
あれから数戦を経て、さすがに二人もメディウスのプレイヤースキルの高さに気が付いたらしい。
「うわー……嫌味だわぁ。どう思います? 皆の衆」
ついでに、メディウスには実力を隠そうとかそういった素振りも見られない。
まあ、既に現ランキングで露出しているからだろうが……。
こうやって過去のイベントでどうしていたかをはぐらかす辺り、何かしらの含みは感じられる。
「どう見ても過ぎた謙遜だしなぁ……完全に嫌味ですね」
「……」
だが、しつこい詮索・追及はマナー違反だ。
隣で頷くフィリアちゃんと共に、雑な弄りに参加するに留める。
「嫌味だな! ランカー常連が言うんだから間違いねえ! 僕に君のPSを分けておくれよ!」
「おいおい、あまり苛めないでくれよ。それにロク、君は武闘家として充分に強いじゃないか」
「え? そう? やっぱり? ふへへ」
「ロク……それはあんた、さすがに単純じゃない?」
軽い笑いが共有されたところで、新たな敵が出現。
各々が武器を構える音が、塔の通路に反響した。
最終日に来て強いパーティに加入できたことは、非常に幸運である。
安定感のあるパーティということで、俺は自分のスコアを気にかける余裕が出てきた。
支援スコアは現在2位……1位とは僅差だが、ランキングを見る限り1位は朝からスコアを稼ぎ続けている。
そのスコアの上昇量からして、上層で戦っているのは間違いない。
VRギアの仕様で四六時中ずっとは無理のはずだが……どうもプレイ可能時間ギリギリのところまでやり込んでいるようだ。
こちらも気合を入れて稼がないと、ここまで頑張った甲斐がなくなってしまう。
具体的な策として、プレイ時間で劣る俺が1位を越えるには――やはり、スコアを稼ぐペースで圧倒しなければならないだろう。
「いっでええええ! いでえよおおおお! ハインド、回復頼むうううう!」
「っと……りょうか――いや、こっちに来なくていいですから! 敵を連れてこないでください!」
「何してんの!? しっ、しっ! ほらあ、もうハインドの魔法行ったでしょー」
「あ、わりい」
……こうして壁役のロクさんが先程から多量のダメージを負っているので、俺としてはとてもありがたい。
そもそも、前衛三人の時点で支援スコア稼ぎには好条件。
フィリアちゃんとメディウスは回避も上手いので、ダメージを負い難いかと思いきや……。
「……っ!」
敵の攻撃中であっても、攻撃に向いたタイミングなら躊躇なく突っ込んで受ける以上のダメージを取ってくる――といった行動がしばしば見受けられる。
回復を当てにしてくれているのだと思えば、悪い気はしないのだが……。
子煩悩なアルベルトがこの場にいたら、どんな顔をするのだろうな?
見ていて、俺も少し心配になってしまうくらいだから。
メディウスもフィリアちゃんと同様だが、こちらはより敵の攻撃を見切った――弱い攻撃、ノックバックやヒットストップの少ない攻撃を見極めてダメージ交換している。
ただし、こちらも確実に敵より多いダメージを取ってきており……。
「――ハインド。次の敵の合流、そろそろだと思うかい?」
不意に、メディウスが落ち着き払った声で問いかける。
その発言内容は、まるで……俺がある程度、敵の増援タイミングを計れることを知っているかのようだ。
やはり底が知れないプレイヤーだ。
……しかし、そうだな。
リィズほど正確ではないが――
「そうですね……少し急いだほうがいいかもしれません」
「分かった。任せてくれ」
もう何度か見た光景ではあるのだが……。
メディウスは戦闘時間が伸びそうになると、予め余裕を持たせておいたスキルを必要分だけ投入して終わらせにかかる。
……そう、この余裕だ。
手を抜いていないことは確かだが、この余力を常に残している感じがとても頼もしく……また、怖くもある。
メディウスは要所だけでなく全体で与えているダメージの平均値も高いので、正直アタックランキングがどうなっているのか気になって仕方ない。
見てしまったら即ログアウトしたくなりそうなので、極力そちらは見ないように努め……。
今は自分の支援スコアだけに集中することにする。
「よーし、やっちゃえやっちゃえー!」
パンダさんが煽るように杖を持った手を振り回す。
攻撃スキルの解放を始めたメディウスの動きを見て、パーティがラッシュへと移行。
特に指示を出しているということもないのだが、自然と全員がメディウスを見、それに合わせた行動を取っている。
それだけ彼の立ち回りには周囲を納得させる力があるというか……事実上、メディウスがこのパーティのリーダーになっているといっていいだろう。
――と、前衛三人のHPが減ってきた。
こういった場面での回復こそが神官としての腕の見せ所であり、スコアに差をつけるチャンスでもある。
安定行動を採るならば当然、全員を回復可能な『ヒールオール』を使うところだろう。
若干回復量に不安が残るが、回復魔法使用後に足りない分をアイテムで補完すれば神官として及第点。
しかし……俺は迷うことなく、別の魔法を選択することにした。
「畳み掛けんぜー!」
ロクさんの位置、フィリアちゃんの前進距離、メディウスの移動先。
ここまでの戦闘で知り得た三人の癖、思考などを考慮しつつ……。
三人ともが戦いながら踏める場所を目がけ、魔法陣を設置する。
そして――陣が光を放ち始め、『エリアヒール』が発動。
「出たぁぁぁ! ハインドの十八番! この位置、このタイミング、最高! 完璧!」
「……」
ロクさんが回復に任せて防御を捨てた完全なインファイトに入り、フィリアちゃんが俺に親指を立ててから攻撃へと戻る。
常に陣の上にいるのはロクさんだけだが、その横を通り抜けたフィリアちゃんのHPは即安全圏に。
忙しなくポジションを変えるメディウスにも、それなり以上の回復効果を付与することができている。
最優先は壁役を務めるロクさんだが、単体回復に留まっては『エリアヒール』の性能を活かしきれたとは言えない。
「これは……!」
メディウスの驚いたような声が耳に届く。
よかった、いい位置に設置できた……失敗したときのために腰のポーションに手をやっていたが、どうやら投げる必要はなさそうだ。
視界の隅にある戦闘ログが、回復によって取得した支援スコアで埋め尽くされていく。
先程の感覚を忘れないでおけば、また似たような状況で『エリアヒール』を有効に使うことが可能だろう。
パーティの癖を完全に掴むまでは、どうしても今のような運用は難しいからな。
前衛に呼びかけて陣に入ってもらうことも一つの手だが、なるべくだったら避けたいところ。
前衛が目の前の敵に集中できる状況を整えることも、支援役の大事な仕事だ。
……その後、俺が支援魔法を二つほど使う間に戦闘は終了。
「いい調子じゃねえか! このままどんどん進もうぜー!」
「おー!」
ロクさんの景気のいい声にパンダさんが応える。
……どんどん進むのは構わないのだが、このパーティ。
一体どこまで行くつもりなのだろう?
段々と、野良パーティで進める平均的な範疇を越え始めている気がするのだが。




