試練の鏡像 前編
“コピー”“分身”と一言でいっても、その種類は様々だ。
基本的に敵として登場する際は、コピーした上で性能が上乗せされているパターンが非常に多い。
丸々コピー、あるいは劣化コピーの場合は数で押してくるというのが常道だろうか?
「ちょっとやりにくいけど……!」
セレーネさんが放った矢が、分身体のユーミルを弾き飛ばす。
無様に転がっていく姿に、思わずといった様子で叫び声が上がる。
「ああっ!? 私ぃぃぃぃ!!」
「ご、ごめんね!? でもユーミルさん、コピーだから!」
意外とこういう割り切りが早いんだよな、セレーネさんって……やりにくいと言う割には、的確に鎧の隙間を狙って矢を命中させている。
――と、分析を続けよう。
それらコピーのありがちなパターンを踏まえた上で、この300階層の敵である『試練の鏡像』たちだが。
「ぬあっ!? 回復した!」
『試練の鏡像・ハインド』が、『試練の鏡像・ユーミル』に対して回復魔法を実行。
HPが回復し、セレーネさんが成功させた先制攻撃がなかったことにされてしまう。
しかし、回復ありということは……。
「数はさすがにこれっきりか……気を付けろ!」
追加でコピーを大量投入、ということはなさそうだ。
ということは、こいつらが劣化コピーである可能性もぐっと下がってくる。
そうなってくると、次の問題は――
「勝負だ、私!」
「忍者は一人いればいい、でござるよ! 消えていただくっ!」
両パーティの前衛が、それぞれ己と同じ姿を持つ相手とぶつかり合う。
途中、トビが敵全てを範囲内に収めて『挑発』を使用するが……。
「ふべっ!? いったぁぁぁ! 偽セッちゃぁぁぁん!」
「え、あ、ご、ごめんね?」
狙われたのはユーミルだった。
どうやら、通常の敵と違いヘイトコントロールは不可能なようだ。
トビの『挑発』は効果がなく、敵の狙いが集中することはなかった。
「一々謝らなくていいですよ、セッちゃん。騒がしいのは放っておきましょう」
「聞こえているぞ、陰険魔導士! ……ハインドぉ!」
「ハインド殿、どうするのでござる!? 拙者が囮になれないのであれば、かなり勝手が違ってくるでござるよ!」
そして前衛から指示を仰ぐ声が。
ヘイト無視となると、NPCとはいえPvPに近い戦術を採る必要が出てくる。
五対五のパーティ同士によるPvP、その王道戦術といえば……。
「――まずは回復役……俺のコピーをどうにかする! 前衛二人は、そのまま敵の攻撃を抑えてくれ! 偽リィズのデバフに気を付けろ!」
一にも二にも、まずは神官を攻略するところから。
あまりにも守りが硬い時には、別のアプローチで崩しにかかることになるが……。
ヒーラーである神官さえ倒してしまえば、ほとんどこちらの勝ちは決まりとなる。
「む……攻撃をということは、詠唱中の後衛にちょっかいをかけてもいいのだな!?」
「ああ、余裕があれば頼む!」
「よし! あの腐れ魔導士、私がボコボコにしてやるっ!」
「――では、あそこにいるうるさい騎士は私が串刺しにして黙らせておきます」
「お、おい!? 大丈夫なんだよな!? あんまり狙いを集中させて、陣形を崩したりしないでくれよ!?」
「マジで!? これはハインド殿をボコすチャンス!」
「トビこの野郎てめえ!」
非常に心配だが、俺は続けてセレーネさんに一歩近づく。
足止めに入る三人を気にしつつも、素早く指示を送る。
「……セレーネさん」
「えと、もしかしてだけど」
「セレーネさんのスナイピングアローなら、一撃で俺……じゃなかった」
「そ、そこは言い間違えないでほしいかな!」
「失礼。俺のコピーを、戦闘不能にできるはずです。狙ってください」
ユーミル一人で崩せてしまうこともあるが、それはユーミルがよほど絶好調のときか、相手が及び腰だった場合だけだ。
最初に打つ手としては不適当だろう。
「――おわっ!?」
セレーネさん(偽)の矢が、あらかじめ張っておいた俺の『ホーリーウォール』を叩き割る。
敵に回してみると、この正確な狙いは酷く恐ろしいな。
……トビの『縮地』でも後衛までは辿り着けるが、低火力なので処理するまでに時間がかかってしまう。
攪乱はできても仕留めきるのは不可能だ。
後衛を狙い撃ちするなら、やはりセレーネさんが適任となる。
「ううう……あの、怒らない……よね?」
不思議なことを言う。
ユーミルのコピーに対してはバンバン撃っていたのだから、今更と思うが。
「怒りませんよ。嬉々として殴りかかるトビみたいなのは別として」
「あ、あはは……」
「コピーはコピーなんで、いつも通りバシッと射止めちゃってください。お願いします」
「射止めて……? 私が、偽物とはいえハインド君を射止める……?」
「そうですけど……? あ、あの、セレーネさん?」
何やらセレーネさんの様子がおかしい。
……もしかして。
いや、もしかしなくても「射止める」なんて表現を使ったのがまずかったのだろうか?
「私、やるよ! ハインド君!」
「は、はい……お願い、します……?」
「うん!」
いつになく気合が入った様子で、握り拳を作るセレーネさん。
……まあ、やる気が出たのであればそれでいいか。
そういう意図がなかったにせよ。
しかし、それにしても――
「うあ!? 邪魔をするな、私! 私は仇敵を殴りたい! そこをどけぇ!」
「あの偽ハインド殿、めっちゃ後ろに引きこもってるぅ!? 遊撃しない分だけ鬱陶しさは激減でござるが、遠くて詠唱妨害が難しい!」
「敵のユーミルさんとトビさんが……連携している……?」
リィズへの攻撃から庇うユーミル、最後方で支援に専念する俺、躊躇0で無機質な動きで急所を狙うセレーネさんに、ユーミルと連携できるトビ。
元より機械のように冷静な判断を下しながら動くリィズ以外は、非常に合理的で違和感の多い動きを繰り出してくるコピーパーティ。
「VR機器で得たデータを元にした人格のコピーは違法だから、性格までは――よっと!」
今の偽セレーネさんからの矢は読めた。
杖で弾くことができたので、ダメージは最小限に留まっている。
……軌道はほとんど目で追えなかったけれど。
「――性格まではコピーされていないんだろう! さっきからコピー体の連中、一切喋らないし! とはいえ、身体能力その他はしっかり反映されているみたいだ!」
矢を弾くことが可能だったのも、セレーネさんの正確な狙いが反映されていたからこそ。
体の中心付近、それも急所判定が多い頭部に真っ直ぐ飛来すると踏んだからこそ防ぐことができたのだ。
……うん? 合理的……?
「ということは――だああああっ!?」
「ハインドさん!?」
リィズの『シャドウブレイド』を掻い潜った偽ユーミルが、フリーになった偽トビが、三度目となる偽セレーネさんの矢が俺のところに殺到する。
当然、運動神経で劣る俺がこの二人相手に戦えるわけもなく……即座に逃走へ移行。
「ま、待っていてください! すぐに魔法で足止めを!」
「や、やめろっ!! 止まれ、私! それは駄目だ! ハインドを傷つけるなぁ!」
「ひぃぃぃ!? やめるでござるよ、拙者の分身! 気持ちは分かるでござるが、本物はまずい! 本物は! 後で怒り狂ったわっちにどんな仕返しをされるか!?」
「あ、おい!? 全員でこっちに来たら、コピーのリィズがフリーに!」
期しくも、二人のリィズから『ダークネスボール』が放たれたのはほぼ同時。
付近にいた五人は、それぞれの敵が放った黒球に引き寄せられ、身動きが取れなくなる。
「うがががが!」
「あばばばば!?」
「せ……セレーネさんっ!」
「……!」
こちらに前衛全てが集まったということは、あちらの後衛は現在フリーだ。
スキルの中では『スナイピングアロー』特有の、通常攻撃と変わらない隠密性の高い矢がクロスボウから放たれる。
――頼む、これで仕留めてくれ!
闇魔法による暗色のエフェクトが周囲を走る中、矢の行方を追う俺の目に――次矢を装填してこちらにクロスボウを構える、偽セレーネさんの姿が飛び込んできた。




