鏡の回廊 その3
天使二体の連携は、非常に厄介だった。
時折、ヘイト無視の連続攻撃を一人に集中して空中から浴びせかけてくる。
ただし、これは前衛限定の行動らしく……。
ユーミル、トビいずれも小ダメージで切り抜けている。
比較的高頻度な行動だが、この分なら最後まで捌き切ることができそうだ。
やがて、天使AのHPがレッドゾーンに入り――
「これで……終われ!」
今一つ確信が持てない言葉で、しかし斬撃は迷いなく。
我慢に我慢を重ねたユーミルの『バーストエッジ』が、天使を盾ごと吹き飛ばす。
爆風と共に防具の破片を散らしながら、広場の中央から壁面の鏡へ。
トビが受け持つ天使Bを残した状態で、天使AのHPゲージが弾ける。
「ど、どうだ……?」
あまりよくないことだが、ついつい俺たちも動きを止めて敵の様子を見守る。
倒れた天使は動かないが、まだ消滅の兆しも出ていない。
「み、見えない!? まるで見る余裕がないでござるぅぅぅ! どうなったの!? ハインド殿、実況してぇ!」
「じ、実況!? 無茶言うな! えーと……」
「ハインド、私がやってやろう! ……バーストエッジで天使が動転! ゲージが昇天! ――以上だ!」
「ラップ調!? ユーミル殿の実況、意味分かんねぇ!」
妙に長い長い思わせぶりな沈黙の後……。
やがて、天使はそのまま光になって消えていった。
ユーミルが拳を握り、突き上げる。
「……よーし! 撃破! 撃破したぞ!」
「おおっ!? 特殊行動、なしでござるか!?」
「なしだ! ハインドが唯一心配していた、HPの分配なんかもなし!」
即座に体の向きを変え、武器を構え直す。
あちらの天使を後回しにしたのは、ユーミルの攻撃力とトビの生存力を考慮した結果だ。
「待たせた、トビ! すぐに援護に入る!」
「頼むでござるよ! いつまでも防戦一方は辛いぃぃぃ!」
それなりに時間はかかったが、これで勝利はほぼ確定。
片側を倒し切るまで耐え続けたトビに感謝しつつ……。
俺たちは、天使Bへとパーティの火力を集中させた。
「いやー、誠に……同時に倒せ、とかじゃなくてよかったでござるな」
残り少ない投擲武器を防具に補充してから、トビが顔を上げる。
二体の天使を退けて開いた、奥へと続く通路。
そこへ向かいつつ、今の一戦を振り返る。
「うむ! 私とお前の息の合わなさでは、条件達成が絶望的だからな!」
「そりゃそうでござろうなぁ……」
同時撃破が条件だった場合、まず思い付くのは前衛二人が息を合わせることだろう。
ウチのパーティの場合は、まあ……本人たちが申告している通りだ。
百回やって一回成功するかどうか、といったところじゃないだろうか?
「そうですね。私とハインドさんなら簡単な話ですが、お二人では難しいでしょうね」
「むっ!? 何を言う! お前とハインドより、私とハインドのほうが楽勝だ!」
「あ、あの……わ、私とハインド君じゃ、駄目かな……?」
「セッちゃん……言うようになったな!」
「受けて立ちましょう」
「えっ? そ、その……」
もちろん後衛同士、または前衛と後衛の二人が呼吸を合わせても可だ。
しかしながら、三人が例に挙げた俺との組み合わせは――
「三人の誰でもとどめは取れるだろうけど、俺の攻撃力でとどめ役は無理だろ……どれだけ敵のHPをミリまで削ればいいんだ?」
「ハインド殿。ここで拙者から残念なお知らせが」
「……?」
「三人とも、聞いてない」
「……」
いつの間にか、三人で輪になって議論を始めている。
神官・支援型の攻撃力に関しては何度も触れている通り。
投擲武器を使うにしても他の武器攻撃やスキル攻撃よりもダメージの幅が大きいので、安定からは程遠い。
そもそもの話だが、同時に倒すだけならもっと簡単な方法がある。
「――っていうか、トビが二体を誘導してだな?」
「む?」
三人の話が止まるのを待って、そう切り返す。
視線が向くのを待ってから、俺は話を続けた。
何も、シビアな同時攻撃を成功させる必要はないのだ。
「仮に同時撃破が必須だったとしても、トビが二体を誘導して天使を直線上に。それからセレーネさんのブラストアローあたりを使って、纏めて吹き飛ばしゃあ済む話では? ユーミルのバーストエッジでもいいんだけど」
「「「あ」」」
「……」
リィズ以外の三人が、やや間抜けな表情で声を上げる。
こんな簡単なことに気付かないとは……リィズはともかく、やっぱりみんな長い戦闘で結構きているな。
ちなみにだが、リィズの『ダークネスボール』や『シャドウブレイド』は多段ヒットなので、同時撃破には不向きである。
同時撃破の判定がどれくらいあるか、にもよるのだが。
「結局、そういった意地悪な仕掛けはなかったわけだし。色んな想定をしておくこと自体は無意味じゃないけど」
「うむ、そうだな。例えば魔導士や、弦月たち弓術士パーティならその条件でも余裕だが……」
「軽戦士、武闘家辺りがパーティのメイン火力だと、泣くほどキツイでござるな」
「そこら辺も、同時撃破はないと踏んだ一因ではあるな。パーティメンバーを入れ替えろ、と言われればそれまでだが」
単発ヒットの範囲大ダメージ攻撃の有無で、難易度が大きく変わるということだ。
それを持っていないパーティが極端に不利になるので、やはり――
「不満が出ることを避けるなら、やっぱりこうなるよな。あの連携攻撃さえ凌げば、あとはどうにかなるって感じだった」
しっかり回復アイテムの残量は削られているので、簡単だったかと問われればノーだが。
俺の話に頷いていたユーミルが、ふと首を傾げる。
「む? そういえば、あの技だけは前衛なしパーティだと辛くないか?」
「攻撃を差し込めば止まる故、あの特殊行動は前衛なしのパーティでも対処可能でござろう?」
「ああ! そういえば、一発カウンターを入れれば止まったな! セッちゃんの矢でも!」
「飛んで突っ込んでくるから、むしろ遠距離攻撃パーティのほうが対処しやすいだろうよ。あの攻撃に限っては、だが」
全員が通路に入ったところで、俺は最後尾、入口の角に手をかけて振り返る。
200階からここに来るまで、軽く二時間以上は経過済みだ。
再挑戦への敷居が高過ぎるので、この仕様は本当に助かった。
「……不満といえば、城郭都市の防衛イベントでは不満を表明している人が多かったね」
セレーネさんが俺の言葉に反応して、そう呟く。
『ベリ連邦』で行われたあのイベントは、一部の職が使える広範囲攻撃が特に目立っていた。
「弓術士・魔導士優遇が嫌との声が大きかったですからね。個人的には、中ボスウェーブ込みでトントンだったと思いますが」
ワイバーン、そして大取であるアイスドラゴンには単体攻撃力こそ必要だった。
バランスは取れていたと思うのだが、低ウェーブで撃破数を稼いでいた場合はその限りではない。
「文句ばかりを言う輩は、どこにでもいるでござるからなぁ……」
「くだらん! そんなもの、決められたルール内でいかに戦うかだろう!」
みんながみんな、ユーミルのようならゲーム開発者は苦労しないと思うが。
ユーザーの意見を掬い取りすぎても、無視しすぎても廃れる。
そんなシビアな空気が、オンラインゲームにはある……気がする。
とはいえ、俺たちは一プレイヤーに過ぎない。
「ま、他は他ってことで。俺たちは俺たちで、ゲームを楽しめればそれでいいだろう?」
「いいこと言った! 今、ハインドがいいことを言ったっ!」
「どうしてもってときは、公式サイトの意見フォームから運営に直接思いの丈をぶつけりゃいいしな。好きでプレイしているゲームなんだし、黙って人が減るのを見るのは辛い」
「賛成! 大賛成! この話はここまでだな!」
あまり好みでない傾向の話だったのだろう。
ユーミルが雑に切り上げ、通路の奥を指差す。
「それよりも、階段! 先へ進むぞ!」
「ああ」
見えてきた上層への階段、その壁もまた鏡だった。
どうやら、しばらくは同じ構造が続くようだ。




