天空の塔とハイエルフ
「……おや?」
「む?」
通路の奥から現れたのは、新手の天使ではなかった。
見えたのは、数人のプレイヤー……。
それも、全員が弓を装備した異質な集団だ。
こんな高階層まで、弓術士統一パーティで突破できる面々はアルテミスだけだ。
「弦月!」
「やあ、渡り鳥の諸君。こんなところで会うとは、奇遇……いや、必然かな?」
向こうのリーダー、弦月さんの驚きは一瞬だった。
すぐさま、クールな表情でやや芝居がかった言葉を返してくる。
そしてそんな所作が驚くほど様になるのがズルいところだ。
しかし、今は互いにランクを競う立場。
二人だけでなく、背後に控えた互いのパーティメンバーにも緊張が走る。
「必然、だと? ……………」
「? ハインド、彼女はどうしたんだい?」
急に黙り込んだユーミルに、歩み寄りつつも不思議そうな顔をする弦月さん。
鮮やかな新緑色の髪を揺らし、俺へと視線の向きを変える。
あー、これは……。
「気の利いた返しをしようとしたけど、弦月さんの言葉の意味が分かっていない状態です」
「……!? そ、そういうことかい……くくっ」
口元を抑え、顔まで逸らしたものの、堪え切れなかったのだろう。
漏れた笑いに、ユーミルは顔を赤くして激しく反応した。
「笑うなぁぁぁ!!」
「無理して張り合おうとするから……」
「私だって、私だって気障な台詞で返してみたい!」
張り合うのは戦いの場だけでいいと思う。
出会い頭にそんなやり取りをしたものだから、緊迫感はどこへやら。
そして、ユーミルへの説明タイムに入る。
「近い活動時間に、高階層。この時点で、会うプレイヤーは限られるだろう?」
「同時・並列に存在するフロアへのプレイヤー振り分けは不明ですが、サーバー負荷を考えますと、無駄に多く生成はしないでしょうしね」
「そういうことか……だから弦月は、必然と」
人が多い下層・中層ほど、狙って特定のプレイヤーに会うことは難しいということだ。
分母の少ない高階層であれば、あとはタイミング次第ということになる。
「さすがだね、君たち兄妹は。ところで、何かアイテムに困っていないかい?」
「むっ!」
通常、塔内で他のプレイヤーに会った際に採れる択はそう多くない。
メンバーが戦闘不能や途中離脱で減っていれば、どちらかのパーティに合流したりもするが……。
基本は無視か、情報交換、そしてアイテムのやり取りといったところになってくる。
あ、そうそう。
会ってしまったのがPKならば、敵対ということも普通に有り得る。
「よければ、何か融通しようか? 恩を着せる気はないのだけど――」
「いらん! むしろ、こっちがお前たちに何か恵んでやってもいいくらいだ!」
弦月さんは余裕たっぷりに……というか、少しらしくない様子でアイテムを譲る提案をしてくる。
当然、ユーミルは即座にそれを突っぱねる。
……俺としては、貰えるものは貰っておきたいところなのだが。
というか、聞き捨てならないことを言ったな?
「待てよ、ユーミル。今の俺たちに、誰かにアイテムを渡す余力なんてないぞ。一杯一杯だ」
「おぉい!? 何でバラしてしまうのだ!? 何でバラしてしまうのだぁ!!」
「張り合うのは勝手ですが、私たちまで巻き込まないでください」
「ない袖は振れないのでござるよ、ユーミル殿」
「えっと……その、目標に到達できなくなっちゃうよ? ユーミルさん……」
「ぐっ!」
身内からの怒涛の駄目出しに、言葉を詰まらせるユーミル。
それを見て、弦月さんが小さく笑む。
しかし――
「俺らにも、そんな余裕はないぜ? 弦さん。こっちだって、格好つけてる場合じゃないっしょ?」
「一体どうしちゃったんです? 弦ちゃん。悩み事ですか? だったら、このフクダンチョーにどーんと――」
「フクダンチョーはちょっと黙っていようか? 余計にこじれるから。あの、そのう……いつものように、お味方したいのは山々なんですけど。弦月さん」
「普段のお前らしくないな。冷静になれって」
「くっ!?」
こちらもアルクスさん、フクダンチョーさん、エイミーさん、アーロンさんの順に、こちらもアイテム譲渡に待ったをかけられる。
ダブルで格好のつかない、ダークエルフとエルフのリーダー二人。
ちなみにだが、フクダンチョーさんに、名前がAから始まるこのトリオを含めた四名がアルテミスの幹部だ。
アルテミスのAトリオなので、A・Aトリオと掲示板やゲーム内では呼ばれているそうな。
もっとも、同じ発音でも名前の表記はいくつかあるので、その呼び名が正しいかどうかは不明だ。
「……あー、ハインド。いいかな?」
ギルドの調停役、アルクスさんが後頭部を掻きながら話を切り出す。
いつもなら、弦月さんが対外的な話は全て進めてくれるのだろう。
その証拠に、アルクスさんは先程から微妙な笑いを浮かべている。
「せっかく会ったんだし、まんま譲渡ってのはアレだけど……ここは、回復アイテムの交換といかない?」
「アイテム交換……ああ、なるほど」
彼の言わんとしていることは、すぐに分かった。
パーティによって、回復アイテムの使用傾向というのは異なってくる。
だったらその偏りに合わせて、該当する種類のアイテムを増やせばいいと思うだろうが……。
多くのゲームがそうであるように、回復アイテムの種類・所持上限には限りがある。
「アルテミスは弓単ですもんね……MPポーションでしょう? 足りないものは」
弓単の戦い方としては、前衛なしなら圧倒的弾幕で敵を近づけずに倒し切ることが基本となる。
敵の数が少なければ、ヒットストップを重ねることで案外何とかなるそうだ。
前衛型、このパーティの場合は弦月さんだが……。
前衛型を組み込んでいる場合、軽戦士の回避盾に近い扱いだ。
囮となった弦月さんの後ろから、複数の弓術士……連射型のアルクスさんとエイミーさん、単発型のアーロンさんにフクダンチョーさんが矢を大量に射かける形になるはず。
どちらにしても混戦を避けつつ攻撃力で圧倒する形になるので、最も消費するのはMPということになる。
弓術士にはMPの自然回復力を上げるパッシブスキルこそあるが、魔法職のようなMPチャージはない。
「当たり。頭いいなぁ、やっぱ。んで、そっちは……」
アルクスさんがユーミルを見る。
それからトビのほうも少しだけ眺め、考え、頷く。
どうやら、頭の中で俺たちの戦いをシミュレートしているようだ。
「HPポーションか、聖水のどっちかっしょ? どんなにハインドが上手く立ち回っても、無消費ってことはないんじゃ?」
「まぁ、分かりますよね……攻撃型の騎士に、軽戦士ですし……」
俺たちのパーティは、事故……つまり、前衛が戦闘不能に陥りやすい安定感の低いパーティだ。
もっとも安定感と引き換えに、嵌まった時には他を寄せ付けない爆発力がある。
この辺りは、アルテミスの特化パーティにも通じるところがある。
副ギルドマスター同士、実務的な話はすんなりと終わった。
アイテムの交換レートについても、特段揉めることなく……別れ際に渡すことで合意。
「……それにしても、ちょっと意外でした」
「お? 何がよ?」
パーティ同士が接触すると、敵出現までの時間が目に見えて伸びる。
ここでも制限時間があり、共闘できないよう離れる必要があるのだが……少し休む時間が増えるだけでも、今は有難い。
時間超過した場合は、強制的に同フロア内のどこかにワープという措置が取られる。
広い塔内、しかも上階への階段が複数存在するため、同フロア内であっても他のプレイヤーと会うこと自体稀だが……。
この時間を利用して、談笑しつつ互いのメンバーは休憩に入っている。
そんな様子をざっと見つつも、俺は弦月さんのところで視線を止めた。
「弦月さんですよ。弦月さんは、ユーミルほどライバルとしてこちらを意識していないのかと思っていました」
「それなぁ……何となく分かっていると思うけど、動物神様が理由でさ」
「ああ……」
アニマリア発見についてだが、もちろんゲーム内で大々的にアナウンスされた。
ついでに動画も公式によって編集されたものが流れたので、あのペガサスについては弦月さんも知るところになっているだろう。
アルクスさんは弦月さんに聞かれたくないのか、みんなの輪から俺を遠ざけるようにしつつ話を続ける。
細身の割に、がっしりとした腕がこちらの肩に回される。
「……ハインドたちが発見したじゃんさ? アニマリア様。弦さん、ハインドの知恵に違いない、さすがは……とか、表面上は賛辞を送って普段通りだったんだけど」
「……思いの外、悔しそうだったと?」
「……まあ、このゲームの生き物に乗って空を飛ぶのは、弦さんの悲願だから。大体、もっと上のほうにいると読んでいたんだよね。俺たち」
「アニマリア様が、ですか?」
「そうそう。どっちにしても、最高階層到達は今回のギルドの目標ではあるんだけど……むきになってんのかな? それとも、前にダークエルフ対ハイエルフ! なんて掲示板で煽られたから、意識してんのかな? どっちにしても珍しいんで、俺たちとしても……」
「――アルクス。喋り過ぎだ、喋り過ぎ。弦月に聞こえるぞ」
「おっと」
アーロンさんが低く、渋い声でアルクスさんを咎める。
アルクスさんは小さく舌を出し、掴んでいた俺の肩を軽く叩くとパーティの輪へと戻っていった。
……いいパーティだよな、あっちも。




