復活の魔女と無尽蔵の体力
ダンジョンが長いということで、減るのはアイテムだけではない。
敵を早く倒せた際、そして階段などの休憩時間はあるものの……。
その時間にもアイテム整理、MPチャージ、耐久値の減った武器の研磨・整備など、悠長に話をしている時間は減っていく。
階を上がるほど一戦闘毎の時間が伸びていくので、当然といえば当然だ。
そんなシャトルランのような状況が続いていると――
「……」
「り、リィズちゃん? 大丈夫?」
「だ……はぁ、はぁ……」
「む、無理しないでね?」
疲労が蓄積してくる。
没入型VRゲームであるTBだが、疲労感の大小については現実での個人の筋肉量や肺活量などに依存している。
これは脳波の関係上、避けられない仕様だそうだ。
そんな訳で最初に様子が変わってきたのは、やはりメンバーの中で最も体力が低いリィズである。
セレーネさんが心配するも、反応が鈍く足取りが重い。
「は、ハイン……さ……」
「な、何だ? 水か?」
「手を……」
まるでベッドに伏せる病人のような動作で、リィズがこちらに手を伸ばす。
え、縁起でもねえ……。
そんなリィズの様子を見たユーミルは、即座に勢い付いて囃し立てた。
「お、お? どうしたどうした? もうダウンか? お?」
「黙りなさい」
先程まで息も絶え絶えだったというのに、怒りを湛えた表情で復活するリィズ。
どれだけユーミルに言われっぱなしが気に入らないのだろう……。
「――げほっ、げほっ!」
そして案の定、派手に咳き込む。
駄目だこりゃ……とりあえず、本人の要望に従って手を握ってみる。
「あーっ!? 何をしているのだ!? 何をしているのだぁ!」
「何って……仕方ないだろう? こんなに元気がないんだし」
「そうだが! それはそうだが!!」
騒がしいユーミルを、セレーネさんがまぁまぁと落ち着かせに回る。
握った小さな手の平から伝わってくる温度は、動き回っていた割に酷く冷たい。
ぎゅっ、ぎゅっと俺の手がリィズによって握り返され……。
「ふふ……」
「お、おい?」
手の皺――手相をなぞるように指が動いたり、指の間に差し込まれたり。
不思議と、酷く恥ずかしいことをされている気分になってくる。
冷たかったリィズの手は、もう結構な熱を帯びており……。
「ふふ、うふふふふふふ……」
ささやかだった笑みも、段々と様子が違ってくる。
それを見て、心配そうだったセレーネさんは安心したようだ。
「ああ、限界近かったリィズちゃんがあんなに元気に……これでいつも通りだねっ」
「元気にというか……怖くないでござるか? っていうか、セレーネ殿。今、いつも通りって言った?」
最近、セレーネさんがリィズに慣れ過ぎておかしな反応をするようになってきた。
このまま放っておいていいものか、少し悩むが……。
「……でさ、ハインド殿。何か吸われていない? 主に体力とか」
「そんな芸当が可能なら、多少吸ってもらっても構わないが……これ、そういうのとは違わないか?」
「じゃあ、魂とか気力とか、精神エネルギーでござるか?」
「……その三つって、ほとんど同じものなんじゃないのか?」
帽子を被った上で、俯き気味なので表情は窺えない。
ただ、ちょっと不気味な笑いが聞こえてくるのみである。
俯いているのをいいことに、ユーミルが呆れ顔でリィズを指差す。
「私には単に、こいつ……徹夜明けの人間に近い状態に見えるのだが? 違うか?」
「分かる気がする……」
ユーミルにしては割と的確な例えだ。
体が眠りを要求しているのに、精神だけが起きている変な状態。
テスト期間のクラスメイトの多くが、似たような――いや、ここまで酷い人はいなかったが。
「はふぅ……体はともかく、心は満たされていきます……とても……」
「そ、そうか。よかったな?」
「はい。ところで、ハインドさん」
「?」
ようやく解放されそうな気配に、ホッとしたのも束の間。
帽子を指で軽く持ち上げ、通路の奥を眺めるリィズの動作に嫌な予感が走る。
「大変申し訳ないのですが……次の敵です」
リィズがそう言って名残惜しそうに俺の手を離した直後、宣言通りに天使が現れた。
心臓に悪い登場タイミングに、色々と物申したいところではあるが……。
ここは疲労困憊でも測定を怠らない、リィズの頑張りを称えたい。
最初に根を上げたのこそリィズだったが、100階あまりを一気に駆け上がろうというのだ。
リィズを除く俺たちのほうにも、徐々に疲れが出始める。
こういう時は、固定ならではの戦い方……互いの役割を補い合い、疲労の軽減を図ってみることに。
「リィズ、今回の戦闘時間は俺が見るよ。戦闘中、何秒刻みで報告するといい?」
「よろしいのですか? 助かります。でしたら、30秒……いえ、一分刻みでお願いします」
「分かった」
時間を気にしながらの戦いは、結構リィズの負担になっていると思われる。
いかに数字に強く並列処理が得意だろうと、戦闘中は考えることが多い。
数戦ごとに経過時間の確認を交代してやるだけでも、かなりマシになるはず。
頷いてデバフをかけやすいポジションへと移動していくリィズを見送ると、今度はセレーネさんを捉まえる。
「セレーネさん。改めてになるんですけど……今回も戦闘中、俺が何か見落としていたらすぐに教えてくれますか?」
「あ、うん。もちろんだよ」
「ありがとうございます。セレーネさんは視野が広いんで、助かります」
「でも、その、指示出しとかは……」
「声はいつも通り俺が出すんで、大丈夫です」
パーティ全体で必要な仕事量は変わらない――どころかやや増えるものの、責任を分散することで疲労度は軽減。
二重のチェック体制で、どちらかの集中力が切れても大丈夫。
……だといいなぁ、といったところ。
あくまで我流の相互サポート術なので、効果を発揮するかどうかは自信がない。
手早く後衛同士の会話を終え、話しながらも詠唱していた『ホーリーウォール』を前衛へと投げる。
「“壁”がいったぞ、トビ!」
「サンキュー、でござるよ! これで無敵! ……ところでリィズ殿、デバフまだぁ!?」
「まだです。あと三秒」
リィズが疲れを見せ始めてから数戦。
他のメンバーのカバー、ペース調整もあってリィズのスタミナはどうにか持ち直しつつあるようだ。
ただ、こんな中にあっても非常に元気なのが――
「ひぃぃぃ! もう壁割れた! お助けぇぇぇ!!」
無敵のトビ先生……ではなく、
「任せろっ!」
「――ユーミル殿ぉ!」
誰あろう、ユーミルその人だ。
光を弾く銀の髪が、閃光のように――というか実際に閃光のようなオーラを纏いつつ、天使とトビの間に鋭く割って入る。
被弾回数が増加傾向にあるトビをカバーし、そのままヘイト値を稼ぐ。
『騎士の名乗り』もしっかりと使い、ターゲットを自分に変えさせ駆けていく。
「あいつ……完璧なヘルプじゃないか……」
俺はトビを呼び戻すと、一度体勢を整えるよう呼びかけた。
今戦っている衛兵は特に攻撃型の敵のようなので、『分身』や『空蝉』、『ホーリーウォール』のない状態で継戦するのは危険だ。
呼びかけに応じ、這う這うの体で素直に戻ってくるトビ。
「はぁ、ふぅ……何でユーミル殿、あんなに元気なのでござる? 単細胞だから?」
「チクるぞ」
「やめて!? 今のなし! 嘘でござる、嘘! 学習しない単細胞は拙者!」
「……ったく。ユーミルが元気な理由、だったな? 昔から、遊ぶときや勝負事には無尽蔵の体力を発揮するやつだったからな。むしろ――」
切れ始めたユーミルのバフをかけ直しながら、呼吸を整えるトビと戦況を見守る。
もっとも、今のユーミルにはバフなど必要ないようにすら思える。
「――むしろ、今になって本格的にエンジンがかかってきた感じだな」
「今でござるか!? 遅っ!」
「派手になったオーラにも慣れて、周囲を見る余裕が出てきたみたいだ」
ユーミルは、セレーネさんのためにしっかりと大きめのヒットストップを持つ剣技――『ヘビースラッシュ』を衛兵に叩き込んでから、姿勢を低くしつつ鮮やかにサイドステップ。
直後、その横を鋭い矢と共に突風が通路を吹き抜け、次いでその突風に劣らぬ鋭い踏み込みで追撃。
WT中の『バーストエッジ』を補って余りある連続攻撃を披露する。
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ……そしてピタリと停止。
動きを止めたユーミルを避けるように飛来した、リィズの『シャドウブレイド』が突き刺さり――『塔の衛兵・小隊長』のHPバーが弾け、フィニッシュ。
「……トビ」
「……ハインド殿」
ろくに参加しないまま終わった戦闘に、男二人で顔を見合わせる。
敵のステータス配分の都合でやや脆かったとはいえ、ここに来て最短戦闘時間を記録。
相変わらず安定しているセレーネさんに、復活したリィズ。
そして何より――
「もしかしたら、だが……」
「然り。今夜中に行けるかもしれないでござるな……300階層」
ここに来て調子が上向いてきた我らがリーダーの姿に、希望が形を持って見え始める。
流れるような動作で剣を鞘に納めるユーミル見つつ、俺は気持ちが昂るのを感じていた。




