アイテム確認とトビのゲームスタンス
サバイバル形式のダンジョン。
そうユーミルが口にしたように、イベントの一要素として「いかに高い階層まで登れるか」というものがある。
「今更でござるが、昔のオフゲーだとストーリークリア後のエンドコンテンツに多かったでござるなぁ……こういうダンジョン」
階段を上る途中、トビが先頭でそんなことを呟く。
塔の階段は演出なのか、薄い霧のようなものが上階から足元を滑り落ちている。
神秘的に見えなくもないが、何だかライブとかコンサートで使われるドライアイスの煙のようだ。
階段付近は敵が出ない安全地帯なものの、MPチャージ不可、そして滞在時間に制限がある。
「果てがないわけじゃなくて、最後に隠しボスとかが配置してあったよな。確かにループ系のマップで、徐々に敵が強くなるダンジョンは定番だったな……」
「言われてみれば、この塔はそれっぽい!」
俄然ユーミルが目を輝かせるが、それはそれ。
この塔にゴールがあるのかは不明であるし、多くのプレイヤーが予想する300階層に何かいるとは限らない。
そしてそれ以上に、まずは俺たちがそこまで進めるのかどうかだ。
「……みんな、アイテムの残りは?」
最後の休憩室を越えてからは特に、増援、増援で締め付けてくるこのダンジョン。
重要なのはやはり、回復アイテムの温存である。
俺の質問に、まずは早々に確認を終えたらしいユーミルが手を上げる。
「3!」
「それはお前が今日、塔に入ってから戦闘不能になった回数。アイテム関係ない」
「そうだった!」
急に何を言いだすのかと思えば……。
素っ頓狂な問答に、他の面々の手が止まる。
「よく分かったでござるな、ハインド殿……」
「一瞬、俺も何が三個なのかと焦ったぞ……」
ユーミルのインベントリは、もちろん本人が使用するアイテムを置くのは当然として……。
ある種、パーティの回復アイテムのストック場所でもある。
最前線で忙しく戦うユーミルは、どうしても回復アイテムの使用頻度が減る。
元来、視野が広いタイプでもない。
ヘイトを引き受けながらも、他のパーティメンバーへアイテム投げる……といった、トビのような器用さはない。
「我ながら、今回は戦闘不能回数が少ないな!」
「いや、多いぞ」
「多いでござるよ……」
「多いです」
「多い……かな」
「何だと!? そんな馬鹿な!」
基本、事故要因……一撃死や強烈なラッシュ、脆い後衛への特殊攻撃などをばら撒いてくる敵を除けば、TBは戦闘不能者を出さないで戦うことができるよう設計されている。
仕様上、蘇生後は通常であれば隙が大きいという点も見逃せない。
「お前、通常ダンジョンの初見ボスとかレイドボスならともかく……」
「む、むう……」
「もうちょっと上に行ってからでござろうなぁ、その数字を誇るとしたら」
「1000階層くらいか?」
「極端だな、おい」
「あるのでござろうか、1000階層……」
「一般モンスターの通常攻撃で即死しそうな数字ですね」
「しかも、こっちの攻撃は通らないよね……? きっと」
『天空の塔』の現在の一般モンスター、『塔の衛兵・小隊長』に関しては……。
ジワジワと強くなる代わりに、そういった事故のもとになる攻撃はボスだった時よりも少なめ。
耐久戦ということを考慮し、ストレス要素を減らしてあるのだと思われる。
もちろん、トビの言うように今より上の階層に行けば話は変わってくるだろうが……ともあれ、あまり言い過ぎてユーミルの持ち味である積極性が失われても困る。
程々にして話を本筋に戻す。
「何にせよ、ちゃんと申告してくれ……俺たちのアイテムが尽きたら、お前のところから分配せにゃならんのだから」
「うむ、今度はちゃんとやる!」
「最初からそうしてください」
リィズがちくりと刺したところで階段の終わりが見えてきた。
その場で立ち止まり、時間を使って確認作業を継続。
制限時間を越えてしまうと強制的に塔から帰還になるので、注意が必要だ。
「それにしても、改めて止まり木のアイテム供給には頭が下がるな!」
今度は真面目に消費アイテムの確認を始めたユーミルが、そんな言葉を発した。
黙って行動できないのかと、一瞬リィズが険のある視線を向けたが――
「……そうですね。好きでやっている、とは仰ってくださいますが……時折、感謝と同時に申し訳ない気持ちも湧いてきますね」
内容が内容だったので、同意するように頷きを返す。
リィズは自分が開発した回復剤を量産してもらっているので、より感謝の気持ちを持っているのだろう。
「今回は特に、湯水のようにアイテムを使うからな……にしても、どうした? 急に」
妙に殊勝な顔でユーミルが言うものだから、気になってしまう。
手を止めて話そうとするユーミルに、アイテム確認だけは並行して進めるよう手振りで示す。
「……が50で……この前、よっちゃんの話をしただろう?」
「よっちゃん……? ああ、あれか。別ゲームのフレンドで、ユーミルのフォローをしてくれた女の子」
「知力1との金言を残してくださった方ですね?」
「それはもういい! ――って、金言!? おかしくないか!?」
「いいから、ユーミル。続き」
「お、おお……で、そのゲームでは仲間内、みんなで話し合って一斉に引退したのだが……ふと思ったのだ。仮に、私たちが急にTBをやめたとして――」
「やめるのでござるか!?」
「いや、やめないが?」
不安をたっぷり乗せた声で言葉を遮るトビに、微塵もそんなことは考えていないという表情で返すユーミル。
仮の話、と言っているからな。
ユーミルはいいとして、トビは中々に過剰な反応だ。
例によって、他のゲームで何かあったんだろうな……ユーミルの様子に安心したのか、トビは一言謝ってから話の続きを促す。
「で、やめたとして。残された止まり木のみんなは、一体どうなるのだろうと思ってだな。あちらが急にやめると言い出したら、私たちは大いに……おおーいに困る訳だが!」
「ああ、そういうことか……」
要は、不意に引退の可能性に思い至ったことで現状を再確認というか、感謝の念が増したということか……。
一瞬のマイナス思考が即座にプラスにすり替わっているあたり、実にユーミルらしいといえる。
「そういうのは、ネトゲ経験豊富なトビ先生に訊いたらどうだ? 引退関係」
「そうするか! どうなのだ?」
「へ!?」
トビも……もちろんセレーネさんもやや微妙な顔をしているのは、古傷的なものがあるからだと思うが。
セレーネさんはともかく、トビの場合は性格上、話を聞いてやったほうがすっきりするはずだ。
俺の指名に若干の動揺を示したトビだが、一呼吸を置くと話し始めた。
「ま、まあ……誰がやめたとしても、案外気にしない場合もあるといえばあるでござるが……」
「そうだろうなぁ。案外、止まり木もあっさり別の渡り鳥の止まり木に――」
「寂しい! そしてちょっぴり詩的!」
ユーミルの声に、己の言葉を再吟味する。
……しまった、言われてみれば。
「すまん、今のなしで」
「ハインド君、時々そういう感じになるよね……それこそ止まり木、パストラルちゃんの影響かな?」
「すみません、色々と本意じゃないんです。忘れてください、セレーネさん……」
第一、俺はそこまで彼らを薄情な人たちだとは思っていない。
トビが言っているのは、関りが薄い場合で……誰かが否定してくれるだろうという前提で話したのは、完全に俺の失敗だった。
「うぅむ……そうでござるなぁ。ポエマーなハインド殿のことは、あとで弄るとして」
「おい」
「ユーミル殿ではござらんが、例えばでござるよ? 今の状態でも、止まり木のみんなは拙者たちがやめるとなれば、寂しがってくれるでござろうが……」
「が?」
「例えば、仮にパストラル殿がハインド殿に惚れていたとすると……」
「……む?」
「……は?」
「えっ……?」
困惑、そして怒りと悲しみの視線が俺に突き刺さる。
俺はじわりと額ににじんだ汗を拭うと、トビに睨みを利かせた。
「お前、それは卑怯だぞ!? 例えに出すなら、自分を使えよ!」
俺の視線を物ともせず、肩を揺らして笑いを漏らすトビ。
やっぱりわざとか、この野郎……。
「くくく、失敬。では、拙者が惚れられていたとして――」
トビが言い直した直後、俺にかかっていたプレッシャーがフッと消失する。
「ふむ、そうか。それで?」
「まあ、ないとは思いますが。どうなるんです?」
「え、でもパストラルちゃんもお年頃だし、ないとは言えないんじゃ……?」
「……ハインド殿。分かっていたことだけど、拙者泣きそう。泣いていい?」
「あ、いや、その……なんかごめん」
セレーネ殿しか味方がいねえ! と嘆きつつも話を続けるトビ。
つまりは「関りが深い人、好きだった人ほど引退は寂しいよね」という当たり前の話であり……。
「結局は、いくつのゲームで出会いと別れを繰り返しても、先のことばかり考えず“今”を大事に――楽しく過ごすのが健全、という結論に落ち着いたでござるよ。元々拙者、楽しい時間を過ごしたいからゲームしているのでござるし。だから仮定の引退の話とか、その時が来るまで考えなくてもいいのでは? ……ちなみにこれ、ユーミル殿のプラス思考を参考に辿り着いた答えなのでござるが」
「なるほどな。俺もその考え方は好きだぞ」
娯楽やらゲームやら、それらに対してトビとスタンスが近いことを改めて再確認できた。
女性陣三人も、肯定的な表情でトビの結論を聞いていた。
「む? ハインドが、私の思考を参考に得た結論を好きと? つま――」
「論理の飛躍とは正にこのことでしょうか? 有り得ませんね。自重しなさい」
「――り、私のことが……って、せめて最後まで言わせてくれてもよくないか!?」
「は、速い……よく反応できるね、リィズちゃん……」
しかし真面目な話に飽きたのか、いつものようなやり取りに戻っていく。
そんな三人をこれまたいつものように、にやにやと見るトビ。
俺はそんなトビに小声で話しかける。
「……悪かったな、トビ。何か嫌なこと、思い出させちまったか?」
「いやいや、いいのでござるよ。こういう話を喧嘩なしに言い合えるのって、本当に幸せなことでござるし。前に他のゲームでギルドを辞める時に、拙者……引退? そのまま人生も引退しろボケ! 人に迷惑かけんな! みたいな暴言を吐かれたこともあるでござるから」
「うわ、ひでえ!? 誰だお前にそんなことを言ったのは! 心が折れるまでその破綻した主張を、こっちは暴言なしの正攻法で徹底的に論破し続けてやる!」
冗談で済むラインを完全に越えた暴言だ。許せない。
俺たちがトビをからかったり、逆にからかわれたりしている時とはわけが違う。
眉間に皺が寄るのを自覚しつつも、怒りの形相に転じるのを止められない。
「待って待って! もう昔のことでござるから! そういうとこ、ハインド殿はリィズ殿のお兄ちゃんでござるよなぁ……そっくり」
「そ、そうか?」
「怒ってくれて感謝感謝、でござるよ。ま、それだけそのギルドにとって拙者、必要とされていたってことの裏返しでござるし。気にしない、気にしない」
お調子発言で誤魔化そうとはするものの、やはりその表情には苦みのようなものが含まれている。
強がりなのだろうけれど……しかし、そんなエピソードを話し終えたトビの表情はやがて晴れやかなものへと変わっていく。
「そんなこんなで拙者、今の環境を作ってくれたハインド殿にはマジで感謝しているのでござるよ。もちろんユーミル殿、リィズ殿、セレーネ殿。それから、止まり木や他のみんなにも」
「……そっか」
普段のにやにや笑いとは違う爽やかな笑みを浮かべるトビの姿に、女子の前でこの顔ができたらなぁ……などと思いつつ。
時間が切れるぞと女性陣に注意喚起しつつ、俺はトビの背を軽く叩いて階段を上るのだった。




