目標の再設定
急場だったとはいえ、検証を経てのペース管理は順調だ。
何よりも「次の敵がいつ来るか」という不安と恐怖に怯えずに戦いを進められるのは、心理的な面で非常に影響が大きい。
この段に至り、ようやく気にする余裕が出てくるのが……
「むむむ……」
ユーミルの与ダメージランキングである。
メニュー画面内、該当ページを開いて唸るユーミル。
現在、俺たちは231階層で小休止中。
俺とリィズのMPチャージが終わり次第、また動き出すといった段取りだ。
チャージの体勢を崩さないようにしつつも、俺はユーミルに視線を向ける。
「どうした? ランキング、そろそろ頭一つ抜けるころだろう?」
「うむ。確かに、ランクは暫定1位になった」
それにしては冴えない表情だが。
まさか、誰か急激に追い上げてきたのだろうか?
俺たち……というよりユーミルは現在進行形で記録を伸ばしているので、少々考えにくいことだが。
ユーミルはメニュー画面を宙に浮かべたまま腕を組むと、こちらを向いて短い吐息を一つ。
「だが、何と言えばいいのだろうな? 今回はランキング内に目立ったライバルもいないし、いざ1位に立ってみると……」
「物足りなさを感じる?」
「――それだ!」
腕組みを解き、こちらを指差してくる銀髪エルフ。
そんなユーミルらしい発言に、メンバーそれぞれが――主に苦笑と呆れの二つの表情で返してくる。
贅沢といえば贅沢な話だ。
「ユーミル、どちらかといえば追いかけるほうが性に合っているもんな……先行逃げ切りはあんまり、だっけか?」
「逆転劇は勝負の華だ! ……と、それはそれとして。た、偶にはお前のほうから振り向いてくれてもいいのだぞ? ハインド!」
「へ?」
与ダメランキングと俺に何の関係があるのだろうか?
ここのところ投擲アイテム以外で有効なダメージを与えた記憶がないぞ、こちとら。
そんな俺をよそに、ユーミルの口調はどんどんヒートアップしていく。
「そっちのランキングについては、逆転とかはいらないからな! ずっと一番がいいぞ!」
「いや、そっちのランキングって何のランキングだよ。お前は一体、何の話をしている?」
何やら話がすり替わっているのを感じるが……。
トビが噴き出し、セレーネさんが赤くなり、リィズが眉を吊り上げる。
と、そこで俺はようやく話しの流れを察した。
ああ、そういう……しかし、自分の中でそんなふうに順番のようなものを明確につけたことはない気がするなぁ。
公平に接したいとか御大層なものではなく、臆病者であるが故に。
別の観点からいえば、いつもどこまでも走っていくユーミルを俺が追いかけている気がするのだが。
って、何の話をしていたんだっけ?
――ああ、そうそう。
与ダメージランキングの話だったな。
「でもなぁ……シエスタちゃんがこの場にいれば、きっと楽に取れるならそれに越したことはないって言うぞ?」
「それは言いそうだが……ハインド。今回、いままでのイベントよりもランキングを駆け上がるのが簡単だったように思えるのだが……?」
「それはそうですよ」
「む!? リィズ……」
与ダメージランキングにおいて、ライバルたちの勢いが弱いことには理由がある。
MPチャージを終えたリィズが説明してくれそうなので、俺はそのまま会話の相手を譲ることにした。
……普段以上に不機嫌そうな様子が気にかかるが。
「理由は大きく二つあります。ユーミルさんでも分かるように要点を絞って話しますから、ちゃんとついてきてくださいね?」
「説明はありがたいが、お前はいつも一言余計だな!?」
リィズが話し始めたので、一応俺が時間を確認しておく。
戦闘時ほどではないにせよ、塔内で止まっていると敵が徐々に寄ってくる。
「まず、今回のイベントにおける重要報酬はかなり分散しています」
リィズのこういった端的な言葉には大抵、少しは自分で考えろというメッセージが込められている。
思考が停止したような型に嵌まった受け答えを、リィズはあまり好まない。
特に、使えばきちんと働く頭を持っているユーミルには態度が厳しめだ。
「分散……分散……そうか! 野良ほう――」
「性能が高い野良報酬があるから、でござるな! 拙者もほしい!」
「……」
「あ、ごめんなさいごめんなさい。無言で拳を鳴らさないで?」
トビのインターセプトが光る! ……効果は単に、ユーミルを怒らせただけだが。
いい加減、学習したらどうだろうか? 何度目だろうか、このパターン。
……リィズが語る理由の一つ目は、相対的に『勇者のオーラ』の価値が下がっているという点。
他に欲しい報酬があるプレイヤーが多ければ、それだけ競争相手が減る。
TBのパーティ編成は前衛・後衛に二人以上のアタッカーが存在することが多いので、意識して与ダメを集めない限り自然にランクが上がる可能性も低い。
ユーミルに理解が及んだのを待ってから、リィズが言葉を繋いでいく。
「次に、勇者のオーラが半ば独占状態にある点が挙げられます」
「……む? ここは自慢していいところか?」
「うん、努力の結晶であることは確かだけど……今のリィズちゃんが言いたいこととは、少し違うと思うよ? ユーミルさん」
「セッちゃん!」
と、ここでセレーネさんの補足が入る。
オーラの性質、そして性能面の話だと察したからだろう。
武器・防具に限らず各装備の性能・数値に関しては、メンバー内で彼女が一番詳しい。
「ほら、勇者のオーラって最低限の性能を発揮するために……そうだなぁ……最低でも、三つは重ねないと並のアクセサリーに及ばない上昇値だから」
「……おお、ようやく分かったぞ! 一つ二つオーラをゲットした程度では、記念品にしかならんということだな!?」
「そうです。さすがですね、セッちゃん」
「あ、ありがとう。リィズちゃん」
「あれ、私は!? 私は褒められないのか!? お前に褒められても、別に嬉しくはないが!」
だったら黙っていろと言いたげに、リィズがユーミルに対して苦々しい顔をする。
リィズはいくらか怒りが収まるだけの間を置いてから、それでも堪え切れずに言い返す。
「ちっ……それだけヒントを貰って、理解に至らないほうがおかしいんですよ。並程度のものを褒めてどうするんですか?」
「何おう!?」
元より、どちらかが応じなければ喧嘩というものは成立し得ないのである。
トビが「大丈夫なのか」という視線を俺に送ってくるが、まだ大丈夫と返しておく。
……ちなみに、それはユーミルとリィズのことか? それとも塔内の敵のことか?
一応、どちらのことだとしても答えは変わらないのだが。
「……以上のことから、ユーミルさんと競おうとする人はよほどの趣味人か、妨害目的の人だけということになりますね。競争相手に有名ランカーが少ないのは、無理からぬ話かと」
「むぅ……つまらん!」
「どう思おうと勝手ですが、くれぐれも油断はしないでくださいね? あくまで暫定1位、ですから」
「無論だ!」
これだけ釘を刺せば問題なかろうと、リィズが小さな頷きを一つ。
それからこちらに視線を向けてきたので、俺は低い位置にある肩を叩いてリィズと場所を入れ替わった。
ありがとう、リィズ。
「そういうことだから、どこまで与ダメージを稼いでおくかは、お前に任せる。どうする?」
この質問には、俺とトビが野良に行く日のことも考慮に入れてほしいという意図も込められている。
『勇者のオーラ』を最優先という点は変わらないものの、余裕があるならあちらの報酬も積極的に取りにいきたい。
ユーミルは僅かに考えるような素振りをしてから、こう答えた。
「キリのいい数字も遠いし、どうも与ダメージ基準だとピンと来ないな……そんな訳で!」
「うん?」
「もう一つの目標として、ひとまず大台の300階層を目指すというのはどうだ!? 折角のサバイバル型ダンジョンなのだし、限界まで進もうではないか!」
「300階層か……階層が上がれば、自然と与ダメージも稼げると?」
「そうだ! 私たちパーティの力をみんなに示したい、という欲があることも否定しないが! ついでにどこぞのハイエルフの下は我慢ならん、という感情も否定しないっ! 否定しないぞっ!」
「要はお前、弦月さんに勝ちたいんだな……」
「そうだ! その通りだ!」
まるで隠さない競争心に、自然とメンバーから笑みがこぼれる。
塔の仕様を考えると、上層を目指すこととダメージを稼ぐことは両立が可能だ。
敵モンスターの防御力上昇に伴ってダメージを稼ぎ難くなるかと思いきや、ステータスのランダム振り分けによってHP型の敵が出る機会もそれなりにある。
その際に味方にバフ・敵にデバフがしっかり乗っていれば、下層の敵を相手取るよりも遥かに効率よくダメージを稼ぐことができる。
……みんなの表情を見た感じ、反対意見はないようだ。
「いいんじゃないか? それくらいの目標のほうが、最後まで緊張感と集中力が持続しそうだ」
「300でござるか……拙者、そこのボスがどうなっているのか気になるでござるなぁ」
「上階ほどレア度が高めの鉱石素材が宝箱から出るみたいだし、私も賛成だよ」
「そうですね。セッちゃんが鉱石なら、私には薬草系素材がありますし。特に問題ありません」
「よし! 決まりだな!」
ユーミルの提案により、300階層到達が目標に再設定された。
現在プレイヤー全体における最高到達階層は282階らしいので、達成できれば記録更新ということになる。




