アニマリア捜索 その1
ノクスを先頭に進んだ俺たちは、即アニマリアを発見!
勇者のオーラを取得……とは、もちろんならなかった。
「は、ハインド……ノクスの様子は……?」
息も絶え絶えに、膝に手をつきユーミルが問いかける。
問われた俺は杖を支えにしながら、少し先で羽を動かすノクスに目をやった。
ノクスは指令通りにアニマリアを探して右に、左に。
時折、何かを感じ取るように移動を止めることがあるが……。
「う、うーん……微妙?」
「微妙!? 駄目ではないか! 苦労に見合っていない!」
思わずといった様子でユーミルが叫ぶ。
というのも、思った以上にこの階層・このメンバーでの戦闘は厳しく、一戦一戦が緊張の連続になっているからだ。
今にも負けそうなほど連戦がきつかったり、ノクスの動きに変化がなかったりすればとうに撤退しているところだ。
「しかし、無変化ならまだしも明らかに普段と違う挙動を取っているからなぁ……ノクスは賢いから、全く駄目なら相応の動きで意思表示するだろうし。でも……」
「明確な目的地に向かって、という感じではありませんからね……薄く気配を感じる、といった程度でしょうか?」
「むぅ……だから微妙と」
息を整え、ようやく抜いたままだった剣を鞘に納めながらユーミルが背筋を伸ばす。
次いで、難しい顔で腕組み。
前後の通路を見回しながら、唇を尖らせた。
「こんなことで、本当にアニマリアを発見できるのか?」
「さてなぁ。元々、物は試しというレベルの話だし……ダウジングでもしているつもりじゃないと、気持ちがもたないぞ」
「そうなのか? 私はもっと、すいすい行けるものかと」
どうも、ユーミルは探知犬のような働きを期待していたらしい。
無論アニマリア目がけて一直線であれば、これほど楽なことはないのだが。
「だったらよかったんだけどな。俺はこれでも、ノクスは充分よくやってくれていると思うが……それよりも、ユーミル。いいのか?」
「む?」
「ほら、ノクスが」
ノクスがユーミルのほうを向いて、少し悲しそうな表情……かどうかは分からないが、元気のない動きをしている。
それを見たユーミルは、慌てて――目に見えるほど慌てて、それはもう必死に弁解に回った。
「ち、違うのだ、ノクス! お前のせいじゃない! 決してお前のせいじゃないぞぉぉぉ!!」
「騒がしい人ですね……バテていたのではないのですか?」
まぁ、そう迂闊な発言が出てしまう気持ちも分かるのだが。
ユーミルはトビとセレーネさん不在の穴を埋めるべく、前線で一人奮闘していた。
負荷のかかり方が、俺たちの比ではない。
「迂闊なことを言った私を許してくれぇぇぇ! 私が悪かったぁぁぁ!」
「マジでうるさいな……どんだけノクスに嫌われたくないんだ」
「普通のフクロウが相手なら、とっくに愛想を尽かされていそうですけれどね……」
一方の俺はというと、ひたすらユーミルのMPに気を遣いつつ、補助火力として投擲アイテムを投げ続けていた。
……こっちはまだ腕が重いっていうのに、もう回復したのか。
ノクスを抱きしめるユーミルを横目に、リィズが気遣うような視線を向けてくる。
「腕は大丈夫ですか? ハインドさん」
「……平気だ。でも、肝心の投げるアイテムが減ってきたな」
やせ我慢を発揮してMPチャージの構えを取りつつ、リィズの言葉にそう応じる。
つい忘れそうになるが、戦闘の合間にMPを充填しておくこの行動……。
魔法職においては必須だ。
杖を右手で斜めに持ち、先端にある宝石に左手を翳すと――小さな光が集まるように動き出し、MPが回復を始める。
ちなみに、これは初期設定にあるポーズの中の一つ。
「リィズの増援予測のおかげで、ペース管理は格段に楽になったからな。三人でもなんとかなっているのは、その効果が大きい……けど」
「はい?」
俺と同じように小さな光を纏いながら、リィズが疑問の声を上げる。
リィズのMPチャージポーズは、三角帽子のつばを軽く摘まむという自然なものだ。
これがまた、とても機転が利いた理由から来ていて……リィズが三角帽子を身に付けて以来、癖になってしまっていた動作を後に本人が登録。
果たして目論見通りか、リィズのMPはゲーム中、いつも無駄なくチャージされることに――っと。
思考が逸れたな、話を戻そう。
「準備も半端な、検証ついでの調査で210階までっていうのは……少々、虫のいい話だったかもしれない」
「では?」
「ああ。徹底的に調べ尽くしたい気持ちもあるが……今回はこの205階までだな。アイテムも減っているし、これ以上は危険だ」
「なにぃぃぃっ!?」
「――おうわっ!?」
俺が撤退を口にした途端、地獄耳と化したユーミルが目の前に飛び込んでくる。
更には着地して緩んだユーミルの腕の中から、ノクスが俺に向かって羽ばたいてきた。
驚いたせいでMPチャージ、途切れたな……もう帰るので、続ける必要もないのだが。
――おお、よしよし。
俺の肩の上なんぞでよければ、ゆっくり休んでくれ。
「ハインド、お前!? ノクスを信じられないのか!?」
「そういう話じゃねーよ。ないの」
「何が!?」
「アイテムが。特に投擲系」
「………………」
ユーミル、沈黙。
そんなものは、なくてもなんとかなる! と言ってしまいたいのだろうが……。
今のパーティにおいて、投擲アイテムによる補助を馬鹿にできないのはユーミルが一番よく分かっているはずだ。
それでもまだ後ろ髪を引かれているようなので、俺はとどめの一言を送りつける。
「これ以上遅くなると、夕飯のおかずが一品減るぞ。いいのか?」
「ぐっ!?」
「そしてリィズのご飯が大盛りになる」
「!?」
我関せず、といった様子で佇んでいたリィズが面食らう。
食欲旺盛なユーミルはともかく、リィズはもっとしっかり食べたほうがいい。
「だ、だが、私はノクスに悪いことを……」
「気にしてねーよ、ノクスは。大体、本を正せば俺の無茶振りが悪いんだし。俺も微妙とか言ったし」
「む……」
ある程度言語を理解している節があるノクスは、俺の言葉に応えるように羽を広げた。
ほっとしたようなユーミルの姿の後ろから、天使がゆっくりと迫る。
……これがこの塔の意地悪なところなのだ。
スキルのWT消化や、MPチャージが終わるのを待ってくれない。
戦闘状態に反応する増援とはまた違う処理が走っているようで、立ち止まっていると向こうのほうから近付いてくる。
ユーミルに気を付けるよう警告しつつ、天使から距離を取りながら離脱の体勢を整える。
「じゃ、ホームに戻るか。ノクスに餌をやったら、ログアウトしよう」
『塔の衛兵・小隊長』と戦闘になる前に、次々と塔から離脱する。
そして塔の外に転移した俺たちは、完全に臨戦態勢を説くと思い思いに体を解す。
「というか、ハインド。今夜は手巻き寿司じゃなかったのか?」
「刺身をどれくらい買えるかによるなー。最悪、焼き魚になるかもだが……海鮮丼とだったら、どっちがいい?」
メニューを魚介系にするのは、もう確定している。
米も事前に炊飯器のタイマー機能で、炊飯を予約済みだ。
手巻き寿司なら出かける前に、酢を混ぜて冷ましておかないと。
「私の胃袋は、既に手巻き寿司歓迎の準備万端だっ! 今更、他のものにされても困る!」
「さいですか。リィズは?」
「あ、私も手巻き寿司のほうが……量も具も、自由に調整できますし」
さっきのご飯大盛りという言葉が効いているようだ。
もちろん、苦しくなるような無茶な量を詰め込めという話ではなく……。
可能な範囲で、しっかり食べてくれればそれでいい。
「いいけど、偏食せずにバランスよくな。ちゃんと見ているからな」
「……いじわるですね、ハインドさん」
「意地悪じゃない。愛の鞭だ」
「愛の、鞭……? そんな風に言われたら、私……ふふ、ふふふふ……」
「怖っ!? ハインド、何でこいつ急に笑いだしたのだ!? 怖いぞ!」
「……言葉の選択を誤ったかな」
夕食の相談をしつつ、俺たちはそのまま塔のエリアを出た。
アニマリアの件の進展は微妙だったものの、メインの目的は無事に果たせた。
ログアウトしたら、買い物の準備をして出かけないとな。




