天空の塔・10F
階段を九つ上ると、それまでと雰囲気の違う小部屋へと到達した。
立ち止まるユーミルにぶつかりそうになりながらも、横に動くと部屋の様子が視界に入る。
「おお? ここは……」
「設置物に違いはあるが……通常ダンジョンにも存在する、休憩可能な安全地帯と同じものみたいだな」
テーブルセットに調理台、武器の手入れをするための砥石。
MPチャージは不可なので、回復はアイテムで行う必要がありそうだが……。
体勢を整え直すなり、緊張を解すには十分だろう。
「現在地は十階か……ハインド、どう思う? 十階ごとに休憩所がある感じか?」
「さて、どうかな……お?」
見慣れない魔法陣の存在を見つけ、俺は近付いて陣が描かれた石床を杖で突いてみる。
……駄目か、反応しない。
思い切って手で触れると――どうやら、普通に備え付けの機能のようだ。
眼前にメッセージウィンドウが表示された。
「それは何だ? ハインド」
屈む自分の横にユーミルが立つ気配を感じながら、文面を読み込んでいく。
募集、離脱……そうか、なるほど。
「……どうやら、ここでパーティメンバーを追加募集できるようだぞ」
「む? 入口だけではなかったのか?」
「進行度が近いプレイヤーのみとあるから、同じ階層で休んでいる人が対象だな。しかも……」
「何だ?」
「戦闘不能や途中帰還で欠員が出た場合でも、メンバーの補充ができるらしい。便利だな」
この魔法陣からは、仲間の募集だけでなく自身を帰還させる機能もあるとのこと。
ダンジョン内で得たアイテムやゴールドは戦闘不能になると失われるが、この部屋から帰還すればそのまま持ち帰ることが可能だ。
野良でもパーティでも個人単位で離脱は行えるようなので、帰還での欠員というのはそういう意味だ。
説明を聞いたユーミルが、腕を組んで頷きを一つ。
「ほう? しかし、高階層で人員補充を希望したとしても……」
「おう、お前にしては冴えているな。集まるかどうかも不明だし、集まったとして、即座に連携が取れるかどうかも不明になるだろうな」
「一言余計ではないか!?」
高難度という謳い文句が本当であれば、高階層ほどプレイヤーの数は減る。
そして高階層ほど、一つのミスで全滅に繋がるようなバランスのはずだ。
高階層に残れるプレイヤーであれば、ある程度の腕は見込めるとはいえ……連携に関しては、互いの感性に拠るところが大きい。
息が全く合わなければ、力を発揮するどころかパーティにとってマイナスになりかねない。
となれば、攻略を突き詰めていった場合――
「最終的に、フレンドなりギルメンなりで固めた五人パーティが強いだろうことは間違いないな。無論、それ以外に可能性が全くないとは言わないが」
「ふむ……では、どちらかというと野良パーティ向けの機能と思っていいのだな?」
「身内四人パーティに入れられる野良とか、基本的に不幸でしかないし……自然とそうなると思うぞ?」
「学校の班分けとかでも偶にあるな、仲良し集団に一人投入! 気まずいっ! 私は問題ないが、セッちゃんタイプの人が泣く!」
「誰も彼も、お前のように順応が早いわけじゃないからな……」
フレ・野良混合よりは、完全に互いを知らない野良同士のほうがまだマシだろう。
半端な連携よりも、暗黙の了解で団体戦が成立しそうではある。
身内のノリやルールを押し付けられる野良プレイヤーは、嫌な思いをするとセレーネさんが暗い顔で語っていたな、そういえば。
ちなみに、このメンバー募集関連の設定だが……。
呼ぶ側も呼ばれる側も細かく選択できるので、そこを怠らなければ不幸は起こらないはずだ。
「あ!」
「……うん?」
急に大きな声を出したかと思うと、ユーミルは素早くテーブルについた。
そしてアイテムポーチを探り、インベントリからフォークとスプーンを取り出す。
そのまま両手にその二つを、それぞれ握り――?
「ハインド、満腹度を見ろ!」
「満腹度? 何言ってんだ、ギルドホームを出る時にちゃんと……あれ?」
ユーミルの指摘に満腹度を見ると、確かに減りが……おかしい。
フォークとスプーンを頭の上で交差させて音を鳴らし、ユーミルが食事を要求してくる。
行儀悪いな、おい!?
「いや、確かに減りが異様に早いけど……次の休憩所で摂れば、大丈夫だろう? まだ七割以上は残っているじゃないか」
「むー……残念。しかし、これはイベントダンジョンの特別仕様か?」
「だろうな」
後で確認する必要はあるが、おそらく間違いないだろう。
この減りであれば、食料品を大量に持ち込む必要があり……回復アイテムなどと合わせると、結構制限されてしまうな。
「となると、投擲アイテムの種類も絞らないと……うーん」
「ハインドの濃縮ポーションみたいに、装備にくっ付けたりして誤魔化すのもありか?」
「お、今日はマジで冴えてんな。数は限られるけど、それは有効な手段だと思うぞ」
「ふふん!」
両手に食器を持ったまま、ドヤ顔を決め込むユーミル。
もうしまえよ、そのフォークとスプーン。
「……でだ。ここまでで大体、塔の基本は分かってきたと思うが。まだ進むんだろう?」
「無論、きわどいところまで攻めるぞ! コーナーのインベタを突くがごとく!」
「レースゲームかよ」
「遅刻ギリギリを狙っての二度寝で、ライバルと差を付けろ!」
「それは俺が起こすのに苦労するだけだから、やめような? ダンジョン関係ないし」
大体、二度寝で付く差って何だ? 健康状態? それとも心の余裕か?
学校やらに遅刻した場合、マイナス方面に差がつく気はするが。
……っていうか、ライバルって誰だよ?
他に残っている要素というと、塔内にいる自分たち以外のプレイヤーの扱いくらいか。
だが、その謎については、すぐに解消されることになった。
何故なら――
「おっ……!」
「……あ、勇者ちゃんと本体だ……」
「本物? すげー……」
「いや、お前、それ意味が分かんないぞ……?」
「む?」
「……」
休憩部屋を出てすぐのところで、四人組のパーティに遭遇したからだ。
ユーミルと俺に目を止めると、微妙な距離と笑顔をキープしたまま遠ざかっていく。
……何とも言えない気持ちになったが、ともあれ。
「ここ、インスタンスダンジョンじゃなかったのか……」
「10階までは、誰にも会わなかったのにな!」
「密度的に“一個のダンジョン”に押し込まれているわけじゃないのは確かだけれどな」
塔の広さを考えると、入場した全プレイヤーが同じ塔内にいるわけではないだろう。
10階まで誰にも会わなかったのは……単純に10階まではインスタンスダンジョンの形式、それ以降は違うと考えるのが妥当か。
「む? つまり、この前の収穫祭イベのフィールドと似た感じか? 同じフィールドが並列に存在する感じの」
「だと思う。それと、もしかしたらだが……偶然その場で会った人を、そのままPTに加えることができるかもしれないな?」
「ほう! それは面白い!」
今のPTは四人だったので、確認する術がなかったが。
この辺りの仕様は、実地で調べるまでもなくイベントページの追加情報に載っていそうだ。
後で目を通しておこう。
「しかし、ハインド。他のプレイヤーたちが同時に存在するということは……」
「ああ。さっきの人たちとは何もなかったから中立関係。もし仲間に入ってくれれば味方に。となれば、もう一つ」
「――けへへっ!」
敵対関係……PKも発生するということだ。
分かりやすい下種笑いを漏らしながら、刀を持った軽戦士がこちらに向かって不意打ちしてくる。
杖で受け止め、力で押し返すと――更に、通路の奥から四人の似た雰囲気の男たちが登場。
「さ、どうする? ユーミル。戦うか、逃げるか」
「ふむ……いいだろう。ちょうど、弱い敵ばかりで退屈していたところだ! 相手になってやる!」
ユーミルが剣を構え、『勇者のオーラ』をスパークさせる。
それを見て、PKたちが俄かに怯む気配。
こいつら、さては俺たちが二人組というだけで狙いを定めたな……大したことはなさそうだ。
「……まあ、お前はその弱い下層の敵相手に、戦闘不能になっていたけどな?」
「言うな!? 言うな、ハインド!」
ついでに言うと、俺でも受け止められるような不意打ちをする連中が強いとは思えない。
五人は『勇者のオーラ』によって相手が誰なのかを認識できたようだったが、俺の発言に自信を取り戻したのだろう。
下種笑いを復活させると、一気に攻めかかってくる。
数十秒後……。
俺とユーミルが歩みを再開させる背後で、プレイヤー送還の光が五つ、その場に浮かんでいた。




