塔の衛兵
「ふはははは! 楽勝、楽勝!」
「……」
またぞろ調子に乗り出したユーミルに、支援魔法を放つ俺の中で嫌な予感が芽生える。
低レベル階層の敵を蹴散らして、悦に入るトップランカー。
……見る見るうちに、剣筋も動きも荒くなってきたぞ。
特にああやって、後ろ髪がひょこひょこ落ち着きなく跳ねている時は危険だ。
何かをやらかす寸前のサイン。
「言っても無駄だと思うが、油断するなよ?」
「分かった!」
多分、返事だけで分かっていない。
『塔の衛兵』を相手に、ユーミルが斬撃一つで簡単に薙ぎ払っていく。
しかし、俺はこの無生物であるエネルギー体の挙動を少し怖く感じている。
奴らは彼我の力の差など関係なく、ただ排敵の意志だけを持って真っ直ぐに。
真っ直ぐ、真っ直ぐ何の惑いもなく突き進んでくる。
そのスピードは、決して速くないのだが。
「――! ユーミル、右通路から新手だ!」
愚直な前進とその数に、処理が間に合わなくなりそうだ。
低階層の敵は相応に弱いが、発生する数については遠慮がない。
後から後から、通路にひしめき合うほどに溢れてくる。
ユーミルに警告の声を発したと同時、こちら側にも敵が肉薄。
「ぐあっ!? ユーミル、一人でいけるか!?」
「私は大丈夫だ! ハインドは自分のほうに集中してくれ!」
フォローに回れないことを示すと、力強い返事が聞こえてくる。
……よし。
だったら、レベルカンスト神官による頼りない杖攻撃をくらえ!
「――」
ゴスッと実体がなさそうな見た目に合わない、しっかりとした感触が手に返ってくる。
そのまま軽く吹き飛んだ後、美しいエフェクトと効果音と共に『塔の衛兵』が消滅。
……なるほど、これは戦闘神の趣味か?
戦いの高揚感を煽るような、或いは勝者を称えるような、計算された演出に見える。
要は、倒していて気持ちがいいのだ。
時代劇の斬られ役や、ヒーロー物の雑魚怪人のごとき効果を生み出している。
これがあるせいで――
「はっはっは! どんどん来い!」
……まんまと乗せられ、調子づく人間が出るというわけだ。
俺の中の嫌な予感が、益々高まっていく。
「ゆ――ぅおっと!?」
ユーミルにもう一度忠告しておこうと試みるも、輝く眩い体がそれを遮る。
まずは自分の心配が先か! 囲まれる!
しかし、俺が敵に囲まれながらも再度ユーミルのほうへ視線を向けた時……異変は起きた。
あちら側の『塔の衛兵』たちが体の光を強めながら、それまでよりも速度を上げて接近。
直線的な動きをやめ、ユーミルを取り囲むように配置を変える。
「な、何だ!? 何なのだ!?」
不穏な気配に、さしものユーミルも警戒して距離を取る。
次の瞬間――光を強めた多数の『塔の衛兵』が、その形状を大きく変化させた。
エネルギーを凝縮させたように、次々と小さな球形に変じ……。
宙に浮いたそれらが、一斉にユーミル目がけて突進!
「びーだまっ!?」
「ユーミルぅ!」
低レベルとは思えない攻撃力によって、ユーミルのHPがみるみる減っていく。
それもそのはず、これらは『塔の衛兵』にとって捨て身の攻撃のようで……。
ユーミルに突進した光の球は、すぐにその場で消滅している。
やがて――
「油断大敵だ!?」
「だから言っただろうが……」
戦闘不能からの復活を果たしたユーミルが叫ぶ。
そのまま石床に手をつくと、勢いよく上半身を起こした。
どうも、『塔の衛兵』は出現から一定時間経過であの「突撃形態」に移行する仕組みらしい。
「俺の近くにいた新しめの敵……出現から時間が経っていない敵は、光の球にならなかったから多分間違いないな」
「放置しておくと光の球になる、ということか……くっ」
「もしかしたら、敵の総数が飽和した時っていう条件もあるかもしれないが……」
「おのれ……!」
「増えすぎると、最初のほうに出現した敵が分からなくなるから厄介だしな。ほら、手」
手を出して助け起こそうとすると、ユーミルが一瞬躊躇するような顔をする。
何でお前は、そういう変なところで照れるんだよ……こっちまで恥ずかしくなるだろうが。
早く掴め。
「う、うむ……つまり、高い殲滅速度が必須なのだな。高難度を謳うだけのことはある……なっ!」
「よ……っと。だから低い階層でも、MPをどんどん使っていかないと危ないな」
跳ねるようなしなやかな動きで、俺の手を掴んだユーミルが素早く立ち上がる。
先程の敵は大多数が光の球となってユーミルに向かったので、残敵の処理は俺一人でも可能だった。
しかし、ああいった場合は範囲攻撃のできる火力職……特に魔導士辺りが対応に当たるのが最適だろう。
パーティに一人いると、グッと攻略が楽になりそうだ。
「むぅ……次からは、ケチらずスキルをバンバン使うことにする!」
「ああ、そうしてくれ。MPとかWTがキツイときは、焙烙玉を投げるといいぞ。今いる低階層なら、一投で敵を全部消し去れるから」
「試したのか?」
「今しがたな。ついでに言うと、お前の蘇生受付時間が驚くほど短くて焦った」
危うくダンジョンの中に一人、取り残されるところだった。
戦闘力の低い回復職がソロだなんて、いくら敵が弱かろうと、お話にならない。
蘇生猶予時間は戦闘不能者の上にカウントが表示されるのだが、ユーミルの上にあったそれは、フィールド戦闘などとは比べるまでもなくスタートの数字が低かった。
『焙烙玉』で『塔の衛兵』たちを蹴散らした後で、慌てて聖水をぶん投げたところ――どうにか間に合った、という形だ。
「ふむ……よほど焦っていたのだな。道理で、いつもは濡れているはずの肩や背中、頭が無事で――」
頭に手をやっていたユーミルが、不意に顔を赤くした。
回復アイテムなどによって体が濡れるのは一瞬だが、戦闘不能時の出来事であれ、微妙に感覚は残る。
どこにそれが当たったかは、思い返せば普通に分かるのだろう。
俺は平静を装い、ユーミルが再度、口を開くのを黙って待った。
「わ、私の……私の……」
「……」
「私のキュートなお尻に! よりにもよって!」
俺が血相を変えながら放った聖水は、あの時ユーミルの腰付近に当たって割れた。
そんなもの、忘れてくれていればよかったのに……。
とはいえ、通常時よりも短縮された蘇生受付時間の話をしようとすれば、避けては通れない話題である。
「……ああ。ユーミル、うつぶせで倒れていたからな」
「――キュートな臀部に!」
「言い直すなよ、悪かったよ。どこに投げるかなんて、選ぶ余裕はなかったんだ……」
「キュートなヒップに!」
「――しつこいな!? 恥ずかしいなら、一々表現を変えて繰り返すなよ! 次に蘇生する時に、お前に聖水を投げ難くなっちゃうだろうが!?」
「責任を取れ、ハインド! 責任を!」
「どうやって!?」
やけになっているのか混乱しているのか、ユーミルが赤い顔のままで詰め寄ってくる。
こういうのも、もしかしたらハラスメント行為に――いやいや、ないない。
だって、故意じゃないもの。
こんなケースを違反行為に認定していたら、そこら中アカBANだらけだろう。
……と、とにかく。
「あー……じゃ、じゃあ、ここまでで一旦帰るか? 今の戦闘でペースが乱れただろう?」
少なくとも、俺は心中穏やかではない。
主に恥ずかしさによって、だが。
しかし、ここで「帰る」とはならないのが我らがギルドマスターである。
「いいや、まだだ! 折角二人きり――ごほん! 折角最速でイベントダンジョンに来たのだし、後の本格攻略のために検証は必要だろう!? 行けるところまで行こう!」
行けるところまで、か。
二人パーティでの限界を悟った言葉が混ぜてある辺り、ユーミルなりにこのダンジョンの難しさは肌で感じているようだ。
それでも偵察目的に、二人で進めるだけ進む……。
そう考えると、悪くはない提案だ。
「……まあ、それはそうだな。さっきの戦闘不能は、言ってみれば事故みたいなものだしな」
「そのとーり! ……ハインド。今、直接的ではないにせよ了承したな!? まだ一緒に上に行くということで、いいのだな!? な!?」
「あ、ああ。何でそんなに念押ししてくる? 行くさ、低階層だけじゃ分からないこともあるだろうし」
一々詰め寄ってくるユーミルに、やや仰け反りつつ俺は答えた。
すると、すぐ目の前にある美しい顔が満面の笑みを浮かべる。
「よーし! それでは、上へ向かう階段を探すぞ!」
そう宣言すると、ユーミルは元気に歩き出した。
その足取りが普段よりも軽く上機嫌に見えるのは、俺の気のせいだろうか?




