報告会と至高のお布団
昨夜のイベントで、俺のスクリーンショットを収めたフォルダは一杯になっている。
事前に、これはマズいと思うものや見せたくないものは取り除いてあるので……。
「……で、どこまで話しましたっけ?」
宙に浮かんだフォルダの絵を、ベールさんに投げて渡す。
これは別に、俺が無作法な行為を働いているわけではない。
このゲームでのデータの受け渡しは、これが一番早いというだけの話だ。
「魔王ちゃんがフィーバーして、サマエルが林檎になったところまでだね!」
「……!?!?」
あっれえ!? 俺、そんな意味の分からない説明をしたっけ……?
ベールさんはニコニコと、俺が投げたフォルダを受け取って笑っている。
……ふざけているな、これは。
「ああ、はい。フィーバータイムに入って、サマエルから追加オーダーを受けたところまで――でしたね」
「そうとも言うね!」
「そうとしか言いませんよ……」
俺が今いる場所は、ベールさんのアジト。
……この前と同じく『王都ワーハ』内ではあるのだが、違う場所だ。
そこで、約束通りイベントの成果をベールさんに報告しているというわけだ。
「ところでハイハイ、前に言っていたけどさ。誰か連れてこなくてよかったの? もしかして、私と二人きりになりたかった?」
「いるじゃないですか、ここにシエスタちゃんが」
シエスタちゃんは俺に体重を預け、深い寝息を立てている。
ちょっと揺らしたくらいでは、全く起きそうもない。
「それはいるってカウントしていいのかな? 秒だったよね? 眠るまで。……ところで、勝ったの? シエシエは」
「勝ちましたよ、アラウダちゃんに。足りない運動能力を補うように、最大限無駄のない動きでレア林檎を。それを最後までやり遂げていましたね」
「ほえー……才気煥発って感じだ。それでこんなにヘロヘロなわけね」
「ええ。やればできる子っていう表現が、ここまで合う子もいないでしょうね……」
新作布団の完成が今日なので、先程まで頑張って起きていたのだが。
ここに一緒に来たのも、眠気を覚ますため――とのことだ。
ソファに座ったのがいけなかったのか、間もなく眠ってしまったが。
「それにしても、気持ちよさそうに眠る子だなぁ……ついつい、私もお昼寝したくなっちゃうよ」
「……ベールさん、とてもそうは見えない顔をしていますが? おめめパッチリじゃないですか」
「――うひゃあ、凄いスクショの数!? さっすがハイハイ、マメだねぇ! 素晴らすぃ!」
「話がポンポン飛びますね……」
この人の会話の主導権を握ろうとする癖は、相変わらずだ。
といっても、今日は特に探られて痛い腹もないわけで。
いつもよりは気楽に、力を抜いて構えていられる。
「しっかし、よくこんなに撮ってこられたね? ここまでの説明の割に、随分と余裕じゃん?」
「その中には、仲間が撮ってくれた分のスクショも入っていますんで。特に――」
「セレセレとリズリズの、でしょ? 違う?」
「……正解です」
「あはっ」
お見通し、といった様子のいい笑顔だ。
次点でサイネリアちゃんと、落ち着きのある三人が沢山のスクショを確保しておいてくれた。
……撮った画像の総数だけなら断トツでトビだったが、それが魔王ちゃんを写したものばかりだったのは言うまでもない。
「ふんふん……地竜と甲虫のスクショに……これがフィールドボスの封石……へえ……」
軽いノリの会話をしていたかと思うと、もうスクショを厳しくチェックする情報屋の顔になっている。
俺はそれを確認すると、テーブルの上で少しぬるくなったお茶に手を伸ばした。
ふーむ……ヘルシャたちシリウスが作ったものではない紅茶は初めてだが、これも中々。
「……あ、ハイハイが林檎にぶん殴られてる」
「――っ!? げほっ、げほぉっ!」
危ない、お茶を噴き出すところだった……。
しかし、変だな。チェック漏れがあったのか?
「いい仕事だぜー、シエシエ。あ、これも面白い」
「……はい?」
「このスクショは、ハイハイとは別口でシエシエがくれたの。どれもこれもナイスショット! だね!」
「……いつ?」
「さっき、眠る前にこっそりと。やー、気が利くよね!」
「……」
犯人は自分のすぐ真横にいた。
いやー、本当に気が利くなぁ……シエスタちゃんは。
人に悪戯することにかけては!
「むぇぅ?」
「こらこら、ハイハイ」
頬を引っ張ると、餅かマシュマロのようにむにーっと抵抗なく伸びた。
半端じゃなく柔らかいな……そして起きないな。
「っていうか、それでハラスメント判定にならないのは凄いね」
「そういやそうですね……」
このゲームのハラスメント判定は、脳波の悪感情によって発せられる。
つまり本人が嫌がっていれば、眠っていようと何だろうと警告の対象だ。
この場合はシエスタちゃんがよほど鈍いのか、それとも――
「むふ。好かれているよねえ、ハイハイ」
「……さ、いい時間ですし話の続きを」
「仕方ないなあ、乗ってあげるよ。感謝してね?」
「はいはい」
「ハイハイ?」
「いや、名乗ったわけじゃないですからね? 大体、その呼び名を認可した覚えもないですからね?」
「ハイハーイ!」
「何で無意味に叫ぶんですか!?」
そしてその叫びを聞いても尚、シエスタちゃんは目を覚まさない。
……ここから先の話は、スクショを見せながらざっくりと。
「これ、林檎のケーキ?」
「はい。黄金林檎をふんだんに使ったケーキですね。みんなの意見を採り入れた結果です」
まずは、テーブル上のケーキを前にフォークを二刀流で構える魔王ちゃんのスクショ。
これがサマエルの課題で合格を受け、献上した品だ。
「……ホールを? 一人で? あの小っちゃい魔王ちゃんが?」
「はい。ホールを、魔王ちゃんが一人で完食しました」
「ぺろりと?」
「ぺろりと、感動の叫び声を上げながら」
「……あの魔王、魔人アピールする箇所がおかしいよね?」
「サービス開始からずっと、恐怖や畏怖の対象にはなり得ない動きをしていますからね……」
魔王として何かを破壊して回ったわけでもなければ、強大な力を示したこともない。
その片鱗が窺えるものなら、度々見せてくるのだが。
……そうそう、破壊といえば。
「その後は、サマエルがこのスクショにある……魔界の宣戦布告の証である、魔法の紋章を空に打ち上げまして」
「宣戦布告? ……ああ、これ? 光る旗みたいな」
「そうです。宣戦布告の対象は樹木精霊、ですね」
「あ、分かった分かった! お前たちの林檎を我々が根こそぎ貰う! 貰ってやる! ……的な意味での宣戦布告だね!?」
「ご名答。人族はともかく、モンスターや精霊の類には、本能に訴えかける効果があるそうです」
「厳密には戦わないというのに、宣戦布告とは……これいかに!?」
「俺にそれを言われても困りますが」
結果、紋章の意味を正確に受け取れる付近の樹木精霊たちは、『極彩色の大森林』に集まってくる……という寸法だ。
樹木精霊たちの目的は、林檎を全て落として眠りにつくことだから。
「樹木精霊的には、林檎を残した状態で休眠するのは具合がよろしくないのだそうで」
「ふーん……悩みや面倒事が残っていると、スッキリ眠れない――みたいな?」
「――!」
急に隣のシエスタちゃんが、目を閉じたまま勢いよく手を挙げた。
まるで、ベールさんの言葉に同意しているかのようだが……やがて手を下ろすと、ふにゃふにゃと口元を動かしてリラックス。
俺とベールさんは顔を見合わせると、どちらともなく苦笑を浮かべた。
「……そういうことなんでしょう、多分。どちらかというと、体力が有り余って目が覚めるって感じでしょうか?」
「そっちの理由には、シエシエが同意してくれなさそうだねぇ。何にしても、相互利益があるわけだ?」
「ですね」
林檎を根こそぎ奪うという魔王軍の意思表示と、林檎を各地で落とし切れなかった樹木精霊。
ベールさんの言う通り、互いに利益がある。
その際システム上で表示されたのは、『EX-FEVER TIME!』というものであった。
ベールさんが、俺の話を聞きつつスクリーンショットを次々と表示させていく。
「うわーお、金銀の林檎がじゃんじゃかと……」
「その特殊フィーバーがかなり短時間だったので、採り切れないほどでした。残った分はサマエルが回収して――」
「他の場所に移動したんだね? 更なる林檎を求めて」
俺は問いに頷きを返す。
どうも、樹木精霊が眠る地は他にもあるらしく……。
「……どこに行ったかは?」
「それが……人間どもが名付けた地名など知らん! とのことで」
「そっかあ」
「ついでに時間がないということで、それ以上は何も」
「そっかぁ……」
俺の予想では、他の高レベル活性フィールドだった「極彩色」シリーズ……『極彩色の巨大湖』や『極彩色の大渓谷』ではないかと思ったのだが、答えは得られなかった。
ベールさんも残念そうにしていたが、やがて気を取り直したように笑顔を作る。
「でもでも、成果としては上々だよ! やっぱりあったんだね、最終日の特別仕様!」
「ありましたね……誰も行かない可能性があったってのに、わざわざこんな大掛かりなものが」
「次からのイベントも、怪しいところには注意が必要になるね!」
ベールさんなら、今後入ってくる情報でどうとでも推測できそうだな。
何も、高レベルフィールドに向かったのは俺たちだけではないだろうから。
それにしても……。
「嬉しそうですね、ベールさん」
「情報屋の重要度が上がるからね! 攻略サイトやら掲示板には、負けていられないってもんよ! と、いうことで――」
ベールさんが立ち上がり、向かいにあるこちらのソファ……。
隙間のない俺の隣に、無理矢理体を寄せてくる。
「今後とも、ご・ひ・い・き・にっ!」
「……じゃ、俺たちはこれで」
素早く身を翻し、眠ったままのシエスタちゃんを背負う。
起こそうかとも思ったが、昨夜の頑張りを考えるとそれも可哀想だ。
「あっはっは! ハイハイのそういうところが好きだよー!」
「さいですか。では、また」
「うんうん! またどうぞー!」
ふざけてはいても、ちゃんとドアの開け閉めまでして見送ってくれる。
……報告も終わったことだし、戻って布団を完成させるとするか。
「ここまで縫い付ければ……」
後はTB側の判定を待つばかりだ。
場所は渡り鳥のホームにある裁縫室……この施設が、仲間内の裁縫関連の設備としては一番レベルが高い。
アラウダちゃんとガーデンが見つけてきた『雲上の綿』、パストラルさんと一緒に編み出した新製法、そして『極彩色の大森林』で捕獲した『月光カイコ』の絹糸などなど……。
それらをふんだんに盛り込み、ゲーム的には価値の低い「眠り」に使用する布団へ全て注ぎ込む。
「……」
繰り返しになるが……。
こういうくだらないことに熱中できるというのは、とても幸せなことだ。
そんな幸せの結晶たる「お布団」が、モフッと目の前に積み重なって完成する。
おお、何かキラキラとしたエフェクトが……。
これは詳細を見るまでもなく、成功に違いない。
「うあー……先輩?」
「シエスタちゃん、起きた?」
机に突っ伏していたシエスタちゃんが、目をこすりながら体を起こす。
焦点が定まっていないが……これを見れば目を覚ます――覚ます?
もしかしたら、もっと眠くなるかもしれないが、ともかく。
「できたよ」
「できた? ……ふおお!」
ばふっ、ばふっとシエスタちゃんが布団の感触を確かめる。
かつてないほど目を輝かせている……やがて、俺のほうを向いてあるお願いをしてきた。
それをおおよそ予想していた俺は、すぐに聞き入れ――。
「あぁぁぁぁ……雲の中にいるような感覚って、こういうことなんでしょうねー……」
シエスタちゃんの私室に布団を運び込み、使用準備は完了。
既にシエスタちゃんは新作布団の中だ。
いつも以上に緩んだ顔で、今にも蕩けてしまいそう。
……どうやら、満足してくれたようだな。
「少ししたら起こすから、ちゃんと現実でも寝るんだよ?」
「布団の感触の差に悲しみを背負いそうですが、分かりましたー」
現実でも、お父さんに買ってもらった高級布団を使っているんじゃなかったっけ……?
もちろん、あちらのほうが上だと言われるよりはずっと嬉しいが。
何せ、こちらは現実にはない素材を用いた夢の布団だ。
「それじゃあ、おやすみシエスタちゃん。俺は談話室にでも――」
「私が眠っている間、先輩はここにいてくれるんですよね?」
「いるから……え? いや、でも、落ち着かないでしょ? 眠っている横に誰かいるなんて」
「いてくれるんですよねー?」
「……」
この子は、我儘が通るタイミングというものを非常によく心得ている。
イベント最終日の頑張りを見せられた後だとなぁ……断るに断れない。
「……今日だけだよ?」
「あいあいー。あー、でもですねー」
「……うん?」
「将来的……には、毎日……希望……で……」
やや不穏当なことを言っていたような気がするが、シエスタちゃんの声が段々と小さくなる。
やがて、とてもとても幸せそうな表情と共に規則正しい寝息が聞こえてきた。
うぅむ、天使の寝顔……。
しかし、何だな。
眠りが深くなればなるだけ、後の苦労が増えるような気がするが……。
「むにゃ……うへへ……」
「……」
まあ、それはいいか。
それこそ、後になってから考えれば。頑張れ、数十分後の自分。
俺は適当に己を納得させると、眠るシエスタちゃんの横で、アイテム整理のためにインベントリを開いた。




