極彩色の大森林 その8
「魔王様はああ仰ったが……」
ほら来た。
サマエルは腕を組み、例の魔法と共に歩み寄ってくる。
……!?
「私はまだ、納得が――」
「待て待て、お前!? 来るな! 魔法をしまえ! 林檎が飛んで――痛っ!? 痛ぁ!? 尻がぁ!」
「大丈夫か、ユーミル!? サマエル、さっき魔王ちゃんが止めろって言っ――へぶっ!?」
「むっ!」
むっ、じゃない!
飛んできた林檎が顔面にぶつかるなんて体験、初めてだよ!
みんなは平気か?
「り、リィズちゃん? 足、浮いていない……?」
「……はい?」
考えてみれば、モンスター相手に手加減できない男の魔法が繊細なはずがない。
林檎を指定してはいるようだが、その吸い込みにはムラがある。
俺たちが立っている場所は何ともないが、リィズのいた地点はそうでもなかったのだろう。
軽装で、体重が特に軽いこともあり――
「あっ」
小柄な体が、その場でふわりと浮き上がった。
先程の魔王ちゃんが、自発的に飛んでいたのとはわけがちがう。
魔法に引き寄せられている!?
「は、ハインドさん!」
「り、リィズ!? 掴まれ!」
「リィズちゃん!」
セレーネさんと二人、リィズを掴んでその場に留める。
そうしていると、ようやくサマエルが魔法を打ち消す。
さすがに悪いと思っているのか、表情にはやや狼狽した様子が。
「そ、その、何だ……その程度で、軟弱な!」
「謝る気があるのか、貴様!?」
浮かんだ顔と一致していない言動に、ユーミルが即座にそう切り返す。
一斉に浴びせられる非難の視線を受けて、サマエルは進退窮まり……。
「――最後の試練を与えるぅっ!!」
「駄目だこいつ!? ハインド、謝る気がないぞ!?」
「あの魔王ちゃんの側近なんだし、謝り慣れていそうなものなんだがなぁ……」
無邪気に飛び回っては林檎を齧る、魔王ちゃんの姿を見ながら呟く。
しかし、自分で言っておいてなんだが、何かある度に一々謝罪する魔王軍というのも想像し難いのも確か。
……そんな俺たちの会話を遮るように、声のボリュームを一段上げつつサマエルの言葉が続く。
「魔王軍の信条は、一に魔王様!」
「何なのだ、急に……?」
「ユーミル、とりあえず聞いてやろう……でないと、話が進まないし」
「――そして二にも三にも魔王様、だ! 故に!」
ろくでもない軍の方針に、トビが同調するように何度も頷いている。
今にも「拙者、魔王軍に入るでござる!」……とか言い出しそうな勢いだな。
「やや命令に背いていることは承知ながら、魔王様が更に満足されるためにっ!」
オーバーアクション交じりの演説に、衣装が翻る。
サマエルが魔王ちゃんに視線を誘導するように、そちらに向かって腕を振る。
……更なる満足? というと、やはり「アレ」だろうか?
「最高に美味なる林檎をこの中より探し出し、それを魔王様に献上するのだ! よいか!」
「やっぱりそう来たか……」
一部のメンバーは、サマエルの偉そうな言動に嫌気が差している模様だが……。
ここまでの苦労に見合う成果、そして魔王ちゃんがサマエルに指示した「何か」の内容を知りたいという欲求がある。
だからこそ、黙って頷くしかない。例えそれが、不承不承であっても。
ただ、俺としては一つ質問しておかなければならない。
「……それって、事前に調理したものじゃ駄目か? 味は保証するが」
「駄目だ! 調理するとしても、私の目の前で行うのだ! 以前、魔王様が私に相談もなく……くっ!」
以前というと、夏の終わりの冷たい食べ物コンテストか……?
毒がどうとか、サマエルは酷く気が乗らない様子だったな。そういえば。
実際には、毒や異物など、どの食べ物にも入ってないようだったが……参謀としては当然の心配か。
当時を思い出しているのか、サマエルは悔やむような顔で言葉を止めてしまった。
「おーい、サマエル? サマエル? 話の続きを頼む」
「――! と、とにかく! 食材は今、ここで! 調理を行うのであれば、私の目の届く範囲の中で行うのだ! 必ずな!」
「そうかよ……」
このままでは、折角用意しておいた「例のアップルパイ」が無駄に……。
いや、こうなったらこうなったで、ほかに使い道はあるか。
少なくとも『黄金の林檎』を使用する、という部分は利用できるのだし。
その林檎も、このフィーバータイムを利用すれば取得はそう難しくないはず。
「……了解だ、サマエル。とにかく、林檎を使って魔王ちゃんを満足させればいいんだな?」
「そうだ! さすが我が友、話が早い!」
その未だに続く友人判定は、どう判断したものか……。
話をしやすくはなっているので、悪くはないのか?
「では、行くがいい! 献上品は魔王様に直接お持ちするのではなく、必ず私を通すように!」
ともかく、時間が惜しい。
何をするべきか分かった以上、次は行動に移さなければ。
「とりあえず、お前たち。これを食べてみてくれ――あ、魔王ちゃんに気付かれないようにな?」
サマエルと距離を置いた位置で、まずは金林檎のパイをガーデンの面々に差し出した。
数は二個……今夜、念のためにと追加で作ったものも含まれている。
アップルパイが欲しいと言っていたローゼは、それに色めき立った様子を見せたが……。
しかし、それに待ったをかけるようにトビが危惧するような声を上げる。
「よいのでござるか? ハインド殿。その、色んな意味で……」
「どうせ、フィーバータイムは共有されるものだしな。この金林檎も、期間限定のものだし……情報という観点からも、直に価値がなくなってしまう。問題ないさ」
それよりも、協力と理解を得るほうが何倍もいい。
俺たちが小声で話している間に、ローゼはそれを意に介さず、さっさとアップルパイを手に取る。
「これが歩いている時に約束した、アップルパイの分だと思っていいのね?」
「ああ、いいぞ。厳密には、いわゆるパワーアップ版だが」
「それはいいわね……さ、あんたたちも。二個あるから、それぞれ半分ずつにして食べましょ」
「ろ、ローゼちゃん?」
「何よ? エルデ」
俺たちの様子に不審なものを感じたのか、はたまた無防備なローゼの姿勢に対してか。
……まあ、不安にはなるよな。先程のサマエルと同種の心配をしているのだろう。
無論、変なものは入っていないが。
エルデさんの窘めるような声に、ローゼはそれでも気にしない。
「今更、何よ。私はハインドたちを信用しているし、ここで何かされるとしたら私たちが信頼を勝ち取れなかったからよ。それにハインドの料理に対する姿勢は、私たち二人がよく知っているでしょ?」
「そ、そうだけどぉ……」
参謀としての責任感からなのだろう、俺たちを気にしつつも渋るエルデさん。
……実は、一番勝負の行方をきにしているのはエルデさんなのかもしれない。
ここで一服盛られたら、イベント終了だものな。
ローゼが確認を取るように、エルデさんから視線を外してこちらを見る。
「何も入っていないわよね? ハインド」
「体が硬くなる薬と、同時に背中の中心が痒くなる薬なら」
「え? 何その地味にキツイ効果!? は、ハインド!?」
ショックを受けた顔で、ローゼがこちらに一歩踏み出してくる。
紙の包みに入ったアップルパイを、手に持ったまま右往左往。
「……入ってねえよ、そんなもん」
あんまり純粋に信じてくるものだから、からかいたくなっただけだ。
俺の言葉を受けて、ローゼは数秒停止し……。
その後、浅めの怒りがこもった眉の形で、パイを持っていないほうの手を振り上げた。
「――! ――!」
「あてっ!? おい、やめろ!? 叩くなよ、冗談だ!」
「……」
「……」
「――怖っ!? お前たち、顔! 顔!」
不穏な気配に視線を向けると、ユーミルとリィズが揃って凄い顔をしていた。
ユーミルはそのまま、不機嫌さを隠さず手の平を上に向けてローゼに詰め寄る。
「ふん! 要らないのなら、私に寄越せ! 全部食べる!」
「た、食べるわよ! 誰か、半分! 食べる人!」
アップルパイを半分にし、ガーデンメンバーに呼びかけるローゼ。
その声に、メンバー外の眠そうな声が真っ先に応える。
「じゃー、アラウダの分は私がー」
「は!? 何でよ! 私も食べるわよ! ――ローゼさん!」
アラウダちゃんがシエスタちゃんに奪われまいと、ローゼからアップルパイを受け取る。
続けて、俺の肩を軽く叩く感触が。
「ハインド、僕もいただくよ」
振り返ると、そこにはイケメンが爽やかな笑顔で立っていた。
……不思議と、反射的に距離を取りたくなるな。しないけど。
「ああ。……ほら」
「ありがとう! 美味しそうだね」
こちらは俺のほうで半分にして、リヒトに渡す。
そうして三人がアップルパイを口に入れ、咀嚼を始めた。
異常のないその姿に、エルデさんが力を抜きつつも申し訳なさそうな顔に。
「……何だか、私だけ悪者みたいにぃ……はぁ。疑ってすみません、ハインドさん……」
「いやいや、似たような立場としては気持ちがよーく分かりますから。エルデさんは何も間違っていませんよ」
「そう言ってもらえると、とても救われた気分です……あのぉ、今更言い難いんですけど。私も食べても……?」
「ええ、もちろんですよ。どうぞ」
「ありがとうございますぅ。わっ、いい香り……」
残った最後のパイを、エルデさんへと渡す。
今度は疑うことなく、エルデさんもそれを口に運び……。
「……!!」
ガーデン四人の口から、同じ感想が飛び出した。
その後は四人の協力を仰ぎつつ、全員で金林檎集めに走り……。




