極彩色の大森林 その7
「準備できたぞっ! お前たち!」
ちょっと舌っ足らずな魔王ちゃんの声が、耳に届く。
知性の低い獣の群れといえど……否、獣だからこそ、生存本能には忠実なのだろう。
そうであるならば、きっと上手くいくはずだ!
「分かっているな、みんな!」
「うむ!」
「はい」
「……?」
「え?」
「何ですかぁ?」
いつものノリで声をかけたら、一部からものっすごく不思議そうな顔をされた。
まあ、一部というのはガーデンの面々なのだが。
というか、何でガーデンのメンバーまで俺の指示待ちみたいになっているんだ?
無視してくれても大丈夫なのだが……。
「あ、いや、ガーデンの四人はそのままでOKだ! 敵を抑えていてくれ!」
「手が必要なら言いなさいよね! 私たちにも分かるように!」
「ああ、僕たちもすぐに加勢するよ!」
「て、手が欲しいのはこっちなんですけどぉ……もう、一杯一杯で。アラウダちゃん、大丈夫ですか?」
「は、はい! ありがとうございます、エルデさん!」
気持ちはありがたいが、ここはやはり俺たちが主導すべきだろう。
後衛から見ているエルデさんの言葉が、一番パーティの状況を正確に伝えてくれているはずだから――と、気を取り直して。
今、ここで必要なのは「撃退」であって「殲滅」ではない。
だからこそ、『ヘルハウンド』たちに逃げ道を用意してやれば……。
「魔王ちゃん、お願い!」
魔王ちゃんは既に、所定の位置で不思議な力場を形成している。
ゲートとやらの仕組みはさっぱりだが、立ち位置からして、おそらく先程と同じ位置に出現するのだろう。
「分かったぞ! ゲート、解錠! 解錠時間は貴様たちの単位で、えーと、えーと……サマエル?」
「サンジュウビョウほどかと」
「……で、あるぞ!」
三十秒か……ちょっと短いが、どうにかしよう。
魔王ちゃんが小さめのゲートを開くと、魔犬たちは鼻をひくつかせてから一斉にそちらを見た。
魔界の匂い、というものがあるのだろうか?
そして、魔犬たちを追い立てるように――
「はぁぁぁぁっ!!」
空に剣を向け、その刀身一杯に宿った魔力を、ユーミルが暴発させる。
バーストエッジの空撃ちだ。
その余波で激しい破裂音と振動、風圧が周囲に巻き起こる。
……耳が痛くなるほどの迫力だ。来ると分かっていた俺でも、思わず身が竦みそうになる。
「逃げるならば、追わん! しかし、向かってくるのなら……」
ユーミルが剣を魔犬たちに向け直す。
もちろん、言葉が通じているはずもない。
だが『ヘルハウンド』たちは……。
少しの間を挟んだ後で、やがてゲートに向かって踵を返した。
「……よし、いいぞ! このまま追い立てる!」
何匹か、進むか退くか迷っている個体もいる。
そいつらにはこちらから攻撃を加え、ゲートのほうへと吹き飛ばす。
この状況であれば、先程までとは違ってイベント仕様が活きる。
俺でも――
「吹っ飛べ!」
杖を使って大きく押し退けることが可能だ。
ゴルフのフルスイングのように杖を振り抜くと、背の低い魔犬がゲートに向かって転がっていく。
そのまま退散してくれると……よかった、逃げていく。
「どりゃああああ!」
……ああして直接ゲートに叩き込んでいる、ユーミルの飛距離には遠く及ばないが。
俺と同じようなフォームで吹っ飛ばしただけに、差が如実に表れた形に。
「ハインド、ハインド! 見たか!? ホール・イン・ワンだぞ! 犬だけに!」
「……」
「犬だけに!」
「聞かなかったことしてやろうと思ったのに、二度も言うな!」
「理解されていないのかと……」
「分かっとるわ!? 触れたくなかっただけだ! 触れたくなかっただけだぁ!」
「ハインドも二回言った!?」
くだらない駄洒落を……ちょっと余裕があり過ぎるんじゃないか?
もうゲートが閉じてしまうぞ? 一匹でも残ったら面倒だ!
MPが減ってきている上にアイテムもWTなので、一部のメンバーはやや辛そうではあるが……。
どうにかこうにか、かなり数が減ってきた。
「なるほど……そういうことね!」
「私の駄洒落の話か?」
「違うわよ!?」
ローゼを始め、ガーデンの四人も俺たちの動きに追従してくれる。
数が減ったことで、あちらはあちらで余裕ができたようだ。
そうして、魔犬が全てゲートの中へと入り……。
「むぎゅー!」
魔王ちゃんが強く目を閉じ、拳を握って踏ん張ったところでゲートが消失。
……どうでもいいのだが、そのかわいい仕草や声がツボだったのだろうか?
トビが胸を抑えて、笑顔で呼吸困難になりながら愉快に地面を転げ回っている。
どこでダメージを受けているんだ、おのれは。
「か、彼はどうしたんだい? ハインド……」
奇怪な行動に、リヒトが心配するような表情で問いかけてくる。
……こいつはこいつで、純度100%の優しさを感じる顔だな。
もっと他の面々みたいに、適当に受け流していいんだぞ? あんな動きは。
「ハートを撃ち抜かれたんだろう、きっと。知らんけど」
「……?」
これ以上は自分で考えてほしい。
もしくはローゼにでも訊けばいい。
それよりも……。
「よくやった、お前たち! 魔王様もお喜びだ! ――大儀である!」
「である!」
自分たちのミスを棚に上げ、偉そうにふんぞり返る魔族の二人組。
しかし……『ヘルハウンド』はいなくなったが、この後どうすればいいんだ?
そう思っていたら――不意に、『FEVER TIME!』の文字が眼前に踊る。
「へ!? あれ!?」
「な、何だと!? 今か!?」
「これは一体……?」
「わー、林檎ー!」
それも、魔王ちゃんたちを残したまま……。
この二人が乱入NPCではないのか?
『ヘルハウンド』は……NPCという扱いでは、ないよな? あれは単なるモンスターのはずだ。
色々と状況が特殊で、俺たちは目の前の変化についていけていない。
「サマエル!」
「はっ!」
魔王ちゃんがサマエルに下知し、サマエルが魔法の詠唱を開始する。
ないとは思うが、こちらが攻撃されることを警戒していると……。
「あ、全部は駄目だぞっ! 我は自分の手で採って食べたい!」
「ははっ! 仰せのままに!」
そんな会話の後に、サマエルは『ダークネスボール』とよく似た黒球を頭上に生成。
何が起こるのかと注視していると……。
やがて、その黒い球に向かって風と共に林檎が舞い始めた。
って、痛っ!? 林檎がぶつかってきた!
「ぬああっ!? 何だその便利な掃除機! ズルい!」
「吸い込む対象を指定できるのですか……? 猪口才な……」
「微妙に俺らも吸われているけどな……立っていられないほどじゃないが」
ユーミル、リィズと共にそんな言葉を交わしている最中も、林檎が次々と黒い球に吸われていく。
林檎が黒い球に吸われた後は……アイテムポーチのような異空間に収納されているのだろうか?
無駄に林檎を消滅させている、というわけではないだろうし。
魔王ちゃんは魔王ちゃんで、元気に樹木精霊に登って林檎に齧り付いている。
「――ッ!! あまーいのだ! これこれ! やはり林檎は最高であるな!」
速い速い、もう小さな口で林檎を一つ食べ終わってしまった。
それを見計らい、俺は近付いて魔王ちゃんに声をかけた。
「あの、魔王ちゃん? 俺たちの分の林檎は……」
「ふお?」
このままでは、俺たちの取り分がなくなってしまう。
サマエルは銅林檎・銀林檎も容赦なくどんどん吸い込んでいるし……。
地面に落ちた林檎も、粗方サマエルが発生させた謎の魔法の中へと吸いこまれてしまった。
これでは、折角発生させたフィーバータイムの意味が全くない。
「おお、そうであった! サマエル、もうその辺でよい! 例のアレを!」
「……はっ? しかし、アレは……来訪者どもの目の前で、ですか?」
「我がいいと言っているのだ! 使え!」
何の話だろうか?
俺たちが疑問に思っていると、魔王ちゃんは樹木精霊から跳び下り――
「飛んだ!? 魔王が飛んだぞ、ハインド!」
「と、飛んだな……」
地を踏むことなく空を飛んで、次の樹木精霊へと鼻歌混じりに向かっていった。
いや、まあ、魔法使いや超生物が飛んだりは、ファンタジー世界ではありがちなのだろうけれど……。
このゲームで羽などを使わずに人が飛ぶのを見たのは、これが初めてのはずだ。
「……」
魔王ちゃんの指示を受けたサマエルが、何事かを考え込んでいるような顔でこちらに歩み寄ってくる。
何だ何だ? もう一悶着ありそうな気配だが……。




