極彩色の大森林 その1
大森林と名にあるが、鬱蒼としてはおらず、日光が適度に差し込んで草花を美しく照らしている。
近くには小川が流れ、幻想的な色とりどりの蝶が誘うように、光を反射させる鱗粉を放ちながら舞っている。
このように『極彩色の大森林』内部は一見、花々が咲き誇る穏やかな楽園に見える。
しかし実際には……
「ぬあっ!? 毒になっ――あばばば!?」
「お、おい、ユーミル?」
「シー、どうしたの? 急に立ち止まって……シー!?」
「ハインド先輩! シーちゃんが立って眠ったまま石に!」
ユーミルは『毒』と『麻痺』の複合状態異常、シエスタちゃんは『眠り』と『石化』の状態異常にかかっているようだった。
シエスタちゃんの眠りは、もしかすると天然かもしれないが。
……このように、この森林の実態は楽園などではない。
状態回復魔法『リカバー』を唱えながら、俺は周囲の状況を再度確認する。
「こんなに毒草があるのか……多いな」
すると草花の中に、多数の毒草があるのを見つけた。
それも、少し触れただけで猛毒を撒き散らすランクの高いものだ。
自分もうっかり踏んでしまわないよう、注意しながら二人を回復させる。
「……あれ? 私、眠ってた?」
「シーちゃん!」
まずはシエスタちゃん。
続けてユーミルに『解毒薬』と『麻痺治し』を。
「ふー、助かっ――あ」
ユーミルが額に浮いた汗を拭いつつ、一歩踏み出した瞬間――どさり。
眠り状態で倒れ、更に倒れた拍子に複数の状態異常を受けて動かなくなる。
それを見て呆れたような溜め息を吐いたのは、おそらくリィズだろう。
「……何をしているのですか、この人は」
「本当だよ!? 何してんだ、二度も!」
もう面倒なので、少し高価な『万能薬』をぶつけてユーミルを起こす。
そして薬を使用してから数秒間ある、無敵時間を使って安全な場所へと引っ張った。
ここなら大丈夫だろう……。
「す、すまないハインド! しかしどれが毒草で、どれが違うのか……」
「分からないなら、言いながら動くなって。三回目はなしだからな?」
腕を掴んで引き止める。
こうして捉まえておけば、しばらくの間は大人しくしているだろう。
……あっつ!? 体温高いな!
「……」
「……おい、トビ。今、ここで自分が踏んだらオイシイとか思っただろう……やるなよ?」
「――!? お、思ってない! 思っていないでござるよ!?」
その割には、やけに挙動不審だったような……まあいいか。
とにもかくにも、この森は非常に厄介だ。
ルストとグラドの植物、そのほとんどを網羅し、密集させたような生態系。
土は黒々とし、草花の葉は大きく、木々の幹は太い。
「生命力が異常噴出しているというか……怖い場所だな」
「調合をやる機会の多い私の目からは、宝の山に見えますが」
「ああ、リィズにとってはそうだろうな。毒草だって、立派な調合素材だし」
このフィールドは薬草も毒草も、低レアリティから高レアの貴重品までピンキリだそうだ。
もちろん、折角の機会だ。
それらを採取を兼ねるというのも、大いにアリだ。
ただ、複数の素材を取得可能な採取ポイントの光の柱、及び単品での採取の目印となる採取光は、高レベル地域だと小さくなる。
非常に分かりにくいので、かなり近付かなければ発見できない。
だから採取光を辿りながら進むというよりは……そうだな。
毒草を踏まないように手探りで進みつつ、そのついでに探す形になるだろうな。
「では、野草系の採取場所としては、ここは最高の場所なのだな?」
「強さが異常なモンスターを何とかできるならな」
「しかし、今ならモンスターは出ないのだろう?」
「ああ。大量の樹木精霊がいる間……出現率が上がっているフィールドに該当しているうちは、モンスターは出ない。活性化していないフィールドはイベント期間中、モンスターと樹木精霊が混在って形だな」
「うむ。通ってくる途中でボチボチいたな!」
ゲーム的に、いちフィールド内に存在できるモンスターと樹木精霊の合計数には限界がある……という理解でいいと思われる。
「……それじゃあ、ここからはリィズと……危機察知能力の高いセレーネさんの指示に従って進むとするか。まだここじゃ、樹木精霊もいないみたいだし。予定通り、広場とやらを目指そう」
「先輩、先輩。罠というか、毒草を踏んでも無効にするスキルがありませんでしたっけ……?」
「それ、軽戦士の罠型でござるよシエスタ殿。そういうRPGのシーフとかレンジャー的な便利スキルは、全部罠型が持っているでござる」
「……ということらしいよ」
「あー、そうでしたか……」
罠型は止まり木にも何人かいるのだが、残念ながら都合がつかなかった。
そもそも「子ども」か「老人」の二択な以上、あまり深夜までの同行をお願いするのは気が引ける。
「まあ、ここはリィズに任せよう。この中では、一番TBの草花について詳しいから」
「はい。未見の毒草がある場合、必ずしも安全だという保障はできませんが」
「うー……じゃあ、妹さんが通った後を歩けばいいんですね? 妹さんが毒草を踏んだら、後ろは止まればいいんですし」
「その通りですが、言い方に毒がありますね……」
「毒草だけに、ですかー?」
「……」
リィズの色素の薄い瞳が、シエスタちゃんをじっと……静かに、じっと見据える。
その何の感情の浮かんでいない目を固まった表情で見返した後、シエスタちゃんは笑顔を引っ込めてぶるりと震えた。
「あ、嘘です冗談です。私の寒い発言以上に、妹さんの視線で凍えそう」
余計なことを言ったシエスタちゃんは、サイネリアちゃんが首元を引っ掴んで回収。
二人でそのまま後ろに下がっていく。
その後、俺たちは縦長の隊列を組むために並びを変えてることに。
先導役として、リィズが一番前に立とうとするが――
「待った、リィズ。移動ルートの指示出しって言っただろう? 真後ろにはいてもらうが、先頭は俺が――」
「いや、ハインド。回復役が状態異常はまずい。今まで通り私が先頭をやるぞ!」
「しかし、モンスターは出ないんだし。アイテムで回復してくれても、別に構わ――」
「駄目ですよ、ハインドさん。お体をお大事に――と言っても聞かないでしょうから、そうですね。ハインドさんには回復アイテムの節約のためにも、なるべくリカバーで回復していただきませんと……ですから、ここはユーミルさんを盾にしましょう」
「そうだそうだ! ……む?」
リィズがユーミルの引き締まった細い腰を掴み、森の奥地に向かって自分の盾にするように誘導する。
その段に至って、ユーミルはようやくリィズの発言を振り返るような仕草を見せた。
「――お前!? そこは自分が、と手を挙げ合うところだろう!? さっきのシエスタと言っていることがまるっきり同じではないか!」
「……? 何を言っているのかさっぱり分かりませんね」
「お前―っ!!」
――と、隊列については少々揉めたが。
自分が人に言われて嫌なことを他人にするのはどうか、とリィズを叱った後で……。
合理的に考えて、誰を先頭にするのが適任かをみんなで相談した結果。
結局はHPが高く運動神経の良いユーミルを先頭に、ということになった。
状態異常の『毒』は割合ダメージだが、このフィールドには固定ダメージを与えてくる毒草も存在している。
「本物の毒や麻痺のような苦しみがあるなら話は別だが、VRだとそれほどでもないしな! 私に任せろ!」
「ありがたいけど、しんどかったら言えよな? いつでも交代するから」
「うむ!」
「私もHPは同じくらいですから、いつでも交代します! 遠慮せずに言ってください!」
「ありがとう、リコリス! もしものときは頼む!」
盾が有効ならば、リコリスちゃんに先頭をお願いするということもあっただろうが……。
一部のプレイヤーによるスキルやモンスターの状態異常攻撃ならともかく、毒草の毒は盾を貫通してしまう。
そんな訳で、ユーミルを先頭に八人で一列に。
慎重に森の奥地へ。
「むう、採取できないタイプの毒草は厄介だな」
「斬り飛ばすことはできるけど、大概衝撃で毒霧みたいなものがでるからな……下手に触らず、しっかり避けながら進もう」
「状態異常を完全に防ぐ装備品がないのもつらいよね……」
セレーネさんが俺の後ろで、周囲をきょろきょろと警戒しながらそう口にする。
……時々、遠慮がちに俺の背に触れるのがいじらしいというか、こそばゆい。
「装備品ですか……ないよりマシなので作ってはきましたが、さっきのありさまですしね……」
特にかかると苦しい行動阻害系の状態異常、『麻痺』や『眠り』に絞って多少は耐性を上げてあるが。
現時点で、生産できる装備で完全にそれらを防ぐことは不可能だった。
過去イベント限定報酬のアクセサリーに、効果の高いものがいくつかあるが……残念ながら、俺たちはそれらを所持していない。
「ユーミルさん、そこを右手に。十五度ほど向きを変えてください」
リィズから細かな指示がユーミルに飛ぶ。
うーん……その言い方だと、ユーミルには伝わらないのではないだろうか……?
「じゅ、十五度!? こ、このくらいか?」
案の定、ユーミルは素っ頓狂な声と共に困惑した様子を見せる。
そんなユーミルの向いた方向は、些か外れ過ぎているようだが……。
俺だって、急に十五度と言われてもきっと対応できない。
「行き過ぎです。こっちで……はぁ。では、私の言う通りに足をうごかしてください。この辺りは特に毒草が多いですから、慎重に。方向はこのまま」
「む……」
リィズがユーミルの肩に手を添え、向きを変える。
それに伴い、ユーミルに合わせて言葉を分かりやすいものにシフト。
うんうん、さすがリィズだ。それでいいと思う。
「左足、歩幅は小さく。そこの青い花の前で止まってください」
「こ、こうか?」
「そうです。次、右足。普通の歩幅で。分かりにくいですが、花が途切れている場所を爪先立ちで通ってください」
「こ、こうだな!」
「後は、赤い花の上を通ってしばらく進んでください。無害ですから。色が変わったら報告を」
「分かった!」
ユーミルが通った後には足跡ができる。
更には周辺の草花の高さが足首までの低めのところを歩いているため、後ろをついていくのは容易だ。
あまり二人の息は合っていないが、今のところ状態異常にはかかっていない。
「赤い花が途切れたぞ! 次は?」
「次、右足を――」
「ふむふむ、右を?」
「絶対に前に出さないでください。竜が一瞬で眠るレベルの眠り草です。左に方向転換」
「むおおっ!?」
ぐりっと下ろしかけた右足を勢いよく振った結果、ユーミルは半回転。
三角帽子を抑えつつ、しゃがんでユーミルの足を躱すリィズ。
俺は、その頭の上から慌てて手を伸ばし……。
軸足を滑らせ、後ろに傾きかけたユーミルの手を必死に掴む。
そしてどうにか『眠り草』への転倒を止めることに成功した。
長い銀の髪が、ユーミルの動きから少し遅れてくるりと回る。
体勢を立て直すと、ユーミルは俺に小さく礼を言ってから怒りの形相で下を向いた。
「――お前ぇぇぇーっ!!」
「話は最後まで聞いてください」
「ふざけるな! 何だ今の、旗揚げゲームのようなフェイントは!」
「おーい。何でもいいけど、でかいフィールドなんだからさ……」
この調子では、イベント終了までに情報にあった「広場」に辿り着けない。
走り回るのにある程度の広さを必要とする樹木精霊は、きっとそこに発生しているはず。
後ろのメンバーが苦笑を漏らす中、行軍を再開して――しばらくのことだった。
俺たち以外の人影を森の中に発見し、進む足を止めたのは。




