金林檎の謎と余った林檎の使い道
その後の俺たちの林檎狩りは、シエスタちゃんが金林檎を初ゲットできたことを機に徐々に戦法が確立。
一気にランキングに……とまでは、スタートが微妙だっただけに行かなかったものの。
アラウダちゃんと十分に競わせてあげられる程度には金林檎が集まっている。
そんなふうにここ最近のプレイ内容を振り返りつつ、まな板の上に皮を剥いた林檎を置く。
止まり木の人海戦術によって畑に捧げる分の林檎は粗方集まったので、これらは調理に使っても大丈夫なものだ。
「……」
すると、そっと下から輝く林檎が普通の林檎を押し退けるように置かれる。
……どういうつもりなんだ、これは?
「あの、シエスタちゃん?」
「はい?」
気が付かれるであろうことは織り込み済みだったのか、普通に返事をしてその場で立ち上がる。
今日はみんな少しゆっくりめにログインしてくるので、その時間を利用して調理しているのだが。
シエスタちゃんが止まり木の調理場、そのまな板の上に置いたのは、現在ゲーム内のみんなが血眼になって追い求めている『黄金の林檎』だ。
「金林檎……食べたいの?」
「はい」
「っていうか、食べられるの? これ」
人差し指の第二関節で叩いてみると、カツカツという硬い感触が返ってくる。
明らかに、見た目通り金属的なものに思えるのだが。
しかしシエスタちゃんは、後ろ手にして隠していたもう片方の手を出しつつゆるーく笑う。
「こいつを使います」
「……金槌?」
金林檎の横にシエスタちゃんが追加で置いたのは、手持ちのハンマーだ。
まさかとは思うが、砕けるのか? こんなもので?
「えーと……何から訊いていいのか分からないくらい、ツッコミどころが多いんだけど……」
「金林檎は食べられるの? って、前にみんなで言っていたじゃないですかー。私もずっと気になっていましたし。なもんで、調べてきましたよー」
「え?」
シエスタちゃんが?
あのものぐさなシエスタちゃんが?
いくらシエスタちゃんが食に対してそこそこ高い優先度をつけているとはいえ、あのシエスタちゃんが自分から?
――と思っていたら、その言葉には続きがあった。
「サイが」
「あ、ああ」
そりゃそうか。
ちなみに金林檎の味や中身などについての詳細は、試してみた人が少ないということで情報を得ることが難しい。
サイネリアちゃん、結構深いところまで探したんだろうなぁ……大変だっただろうに。
「で、話は戻るけど。食べられるの?」
「外側の金をかち割ると、中は普通の林檎だそうですよー。試してみませんか?」
「……金林檎の取得数が減ったりは?」
「しないそーです。あれは取得時にカウントされるので、採った林檎をどうしようと自由だそうで」
「ああ、そう……」
とはいえ、こいつを奉納すると結構豪華なイベント報酬をもらえるのである。
そんな金の林檎を、おいそれと食用にしてしまってもいいのか……?
「……ま、別にいいか」
「あ、やっぱり先輩も気になっていたんですね? 金林檎の味」
「そりゃ、まあ。普段から料理している人間としてはね……ただ、この金林檎って取得者こそシエスタちゃんだけど。みんなで協力して採ったものじゃない?」
「ですねー。あ、つまりみんなの了解を取って来いと?」
「うん。やっておいたほうがいいでしょ?」
「お任せあれー。この場から一歩も動かずに、全員の了解を取ってご覧にいれましょー」
そう宣言すると、シエスタちゃんは俺が立っている近くに腰を下ろす様子を見せる。
近くというか……
「待って、何で俺を背もたれにしてんの?」
「ちょうどふとももとかふくらはぎの辺りがクッションになって、良い感じです」
「やめてくれ……」
包丁を持っていないタイミングだったので、危なくはなかったが。
とはいえその辺りは弁えているシエスタちゃんなので、すぐに横にズレて調理台を背に座り直す体勢に移る。
単にじゃれつきたかっただけ、という顔だ……この独特のペースのせいで、邪険に扱うのは難しい。
そして座りながらメニュー画面を呼び出し、メールを――なるほど、メールとかで指を動かす程度なら苦じゃないんだな。
しかも文章を打つのがとても速い……。
変なところで若い女の子らしさを発揮しているが、その「どっこいしょ」という掛け声はどうかと思う。
さて、俺は俺でシエスタちゃんがメールをしている間に林檎の下処理を――
「あ、返ってきた」
「早っ!」
「短文メールで返してくれるように書きましたから」
「おお……」
「長いと読むのが面倒なんで」
「お、おう……」
少しの間だけ手を止めて観察していると、不意にシエスタちゃんが顔をしかめた。
そしてメニューの項目からオプションを選択する。
やがて満足したように頷き――どうやらメールの着信音がうるさかったらしい。
音量を下げたな? 下手をしたら、ミュートしている可能性もある。
後で戻すように言っておかないと、大事なメールを送った時に見落とされそうだな……。
シエスタちゃんがメールの受信箱を開いた時点で、仕様によって横からはほとんど画面が見えなくなる。
「おー、お年寄りも含めてみんなレスポンスがいい……素晴らしいですねー」
「あ、もうそんなに集まったの?」
「はい、大体は。今のところ、金林檎を食べることに反対している人はいませんねぇ」
それなら、角切りにして少しずつ味見という感じになるか。
やがてシエスタちゃんは作業を終え、その場で伸びをしながら長い息を吐く。
「後はオフラインの人たちが、インしてくるのを待ちますかー」
「本当に一歩も動いていないね、キミ……」
こちらは大忙しだというのに。
大量の林檎を剥いて、切っての繰り返しだ。
作業を続けていると、シエスタちゃんが台に手をついて顔を出す。
その位置だと、果汁が目に飛ぶよ?
「で、それが例のアレですか?」
「面倒くささが極まっているね。例のアレって……ちゃんと言いなよ」
「では、改めて。それが巨大アップルパイに使う林檎ですか?」
そう、この林檎はアップルパイに使用するためのものだ。
発案者は、止まり木の子どもたち――
「ハインド、遅くなった!」
ではなく、勢いよく扉を開けて入ってきたこいつ。
ユーミルによるものである。
「来たか。発案者なんだから、遅れんなよ……」
「ユーミル先輩は、いついかなる時も元気ですねぇ……って、早めに待ち合わせをしていたんですか?」
「うん。色々と下準備があるから、手伝わせようと思ってね」
「先輩が主で、ユーミル先輩が手伝いなんですね。ま、いつも通りですけどー」
いつも通りである。
話す度に手を止めていては終わらないので、話しながらも手は動かす。
こうして林檎を剥いていると、本格的に料理を始めたころのことを思い出すな……。
病院に入院していた悟さんのところに、理世の手を引いて林檎を持っていったんだよな。
全然皮を上手く剥けなくて、何だか恥ずかしかった記憶がある。
――と、足音やら少し上がった呼吸やら、賑やかに近付いてくるユーミルによって思考が中断された。
「すまない! 他の巨大料理の動画を見ていたら、ついな!」
「他のって……」
ユーミルの言葉を聞いたシエスタちゃんが、腕を組んでしばし思案する。
腕の組み方がユーミルと似ているな……もっとも、力の入れ具合はかなり緩めに見えるけれど。
「巨大料理っていうとー……ピザとか、コロッケとかですか?」
「うむ! 他にも巨大パエリアとか焼きそば、カレーライスにお好み焼きなんかもあったぞ! 見ていてとても楽しかった!」
「見て満足したなら、これはやらなくてもいいんじゃないか?」
「何を言う、ハインド! それとこれとは別だ、別!」
ユーミルがにじり寄って人差し指を突き付けてきた。
一々近いんだよな……おでこを押して下がらせていると、シエスタちゃんが俺の服を引っ張る。
「先輩、何かやりたくない理由でも?」
「む? そうなのか? ハインド」
「あー、いや……やりたくないというか、大きくした際に味をキープできるか不安でさ」
二人が顔を見合わせた後に、首を傾げる。
……駄目だ、この二人。
ほとんど食べる専門だから、俺が具体的にどんな懸念を抱いているのか分かってくれていない。
大きくすると熱の通りが違ったりだとか、色々あるのだが……ともあれ、だ。
「……まあ、いい。見ての通りもう始めているから、ユーミル。早いとこ手伝ってくれ」
「うむ!」
「できればシエスタちゃんも」
「へーい。やりますけど、あまり期待はしないでくださいなー」
「大丈夫大丈夫。あそこまで凄い速度と正確性は求めていないから」
俺たちの対面では、止まり木のウメさん……元食品加工会社勤務のおばあちゃんが、猛烈なスピードで林檎を次々と処理している。
それを見た二人は、しばらく見入った後に小さく唸る。
視線に気が付いたウメさんが笑みを返すと、二人がそれぞれ称賛の言葉を送る。
いやあ、本当に凄い手つきだ……剥いた皮の薄さや丁寧さは負けていないと思うのだが、いかんせん速さが段違いだ。
ほんの一部でもいいから、上手いこと盗めないかな。その熟練の技。
機械での加工が主流になった今では、本当に貴重な技術だと思う。




