物作りと想像力
バチバチと火花を上げて鉄の板が溶接される。
使っているのは火のスクロールが組み込まれた、バーナーのような何かだ。
横から俺の作業を覗き込んだユーミルが、目を抑えて呻き声を上げた。
「ぬおおお!? 目が、目が……シャイニング!」
そして手を離すと、薄っすらと涙を浮かべながら叫ぶ。
トビがそれに驚いたように、作業を中断して振り返った。
「――!? どういうことでござるか!?」
「目がキラキラなんですか?」
「いや、そうじゃなくて……神官のシャイニングを目に受けた時みたいだって言いたいんじゃないか?」
あー、という声を出して納得したような表情になるトビとリコリスちゃん。
俺はズレたユーミルのゴーグルの位置を直しながら嘆息。
頭を下げた拍子に動いてしまったのか?
髪がサラサラなせいもあるだろうが、ちょっとバンドが緩いのかもしれない。
「お前、現実の溶接現場では絶対にやるなよ? 危ないから。ほら、ちゃんと着けろ」
「うむ……故意ではなかったのだが、直接見るのが駄目とは。物凄い光量だな……」
結論から言うと、合格したのは二人のみ。
セレーネさんと、それから……条件付きで俺。
「こんなもんか。よし、次」
そしてその条件というのが、今やっていた溶接の練習に加えこれを完成させることだ。
鉄の板を船の曲線に合わせるようにして、上から貼り付けて行く。
「これは鋼鉄船、じゃなくて鉄甲船ってやつだよね? 木の船に鉄を貼ってるんだから」
俺は傍に立つ少女に向けてそう問いかけた。
ここは『プリンケプス・サーラ』のドッグのすぐ近くにある、小型艇の修理所だそうだ。
「……そうなりますね。技術的にも重量的にも、蒸気機関が発掘されるまではこれが最もランクの高い軍艦でした」
「魔力機関だけでは出力が足りなかった?」
「そういうことです。現在のような大型で全て鉄製の船が動くのは、二種の機関があってこそですから」
その船大工の少女、クーナはちょっとご機嫌斜めである。
理由はセレーネさんに技術面で大きく水をあけられたからなので、触れずにおいてあげたほうが――。
「何だ、ご機嫌斜めなのか? クーナは」
「天狗の鼻が折れちゃったのでござるか?」
「元気出してください! 笑顔が一番です!」
「うるさいうるさいうるさい! うるさいですよ不器用ズ! そういうことは最低限、簡単な仕事くらいできるようになってから言って――はっ!?」
三人の突っつき回すような言葉にクーナちゃんが怒り出した。
そしてその途中、言葉を切って今度は気まずそうな表情で固まる。
「ほう。依頼人に対してその口の利きよう……」
「これは棟梁に報告が必要でござるなぁ」
「必要なんですか?」
「くっ……!」
「君たちね……」
大工としての腕があろうとも、クーナちゃんの内面は年相応なようだ。
ちなみにこの場にいる三人が失格組、要は雑用と補助に回る面々だ。
それでも多少は簡単な補修に参加させようという棟梁の計らいにより、クーナちゃんから纏めて指導を受けている。
そしてその横で、俺は木造の小舟を鉄甲船に仕立て直しているという訳だ。
これが終われば、セレーネさんとその補助をしている三人と合流できる手筈になっている。
ということで、からかうのは程々にさせて作業を再開。
「……プリンケプス・サーラの場合は、やっぱり骨組みに鋼鉄の横板がそのまま張ってあるのかな?」
「――あ、はい。もちろん竜骨、肋骨に横板を張る構造ですよ。王様の船だったものですし、船体にはかなり厚みもあります。腐食が進んでいない箇所も多いでしょうし、皆さんの仰る通り直す余地は……」
「なあ、だったらどうして私たちは……木の板に釘をひたすら打ち付ける練習をしているのだ? プリンちゃんには使わんだろう?」
ユーミルが金槌と釘を両手に持って、広げてみせる。
確かに、木造船ならともかく鋼鉄船では使う機会がないだろう練習だ。
それに対するクーナちゃんの答えはシンプルだった。
「……丁寧に仕事をする心構えが身に付けば、何でも良いのです」
「何でも!? やっぱり役に立たないのではないか!」
「そもそも、何で戦闘で発揮する集中力をこういう場で出せないんだ……?」
やる気の差だったり色々と理由があるのは分かるが。
細かい作業になると、途端に集中力が途切れがちになる。
向き不向きだけの問題じゃないのは明白だ。
「面目ないでござる……」
「マフラーは頑張ったんですけど……」
「うん、そうだね。やっぱり足りないのは……」
思うに、リコリスちゃんが細かい作業を頑張れたのは、ご両親の喜ぶ姿を思い浮かべながら編んだからだろう。
とすると大事なのは……恐らくだが、想像力か。
「……大海原を突き進む、プリンケプス・サーラの姿を想像しながら作業してみるとか? どうだ? ユーミル。やる気が出てこないか?」
「むっ……悪くないが、もうちょっと具体的なイメージが欲しいな!」
「じゃあ……復活した機関が唸りを上げて光を放ち――」
「おお!」
「グングン加速していく船体。そして甲板から、みんなで海流を掻き分けて進むプリンケプス・サーラを眺める、的な? あっという間に岸が遠ざかって――」
「悪くない! 悪くないぞハインドぉぉぉ! 燃えてきたぁぁぁ!!」
カツンカツンと釘を景気よく板に打ち付けるユーミル。
うん、やる気は出たが雑なことこの上なし。
クーナちゃんにも余計なことを言うなという顔をされてしまう。
このままでは駄目なので、ここはもう一声。
「……でも、もしお前が雑な仕事をしてしまったとして。船底の強度が微妙に下がっていたとするだろう?」
「何っ!?」
急に斜めに入った釘を気にし出しているが、そっちじゃなくて。
あ、いや、別にいいんだけど。
「軽く岩にぶつかった船は、本来ならもつ強度だったにもかかわらず。ユーミルの作業が原因で、あえなく……」
「沈んじゃうんですか!?」
「あーあ、ユーミル殿。折角みんなで直したプリンちゃんが……」
「わ、私のせいなのか!?」
「雑に造ってしまうってことはそういうことだろう? そういうのを想像しながらやると、多少は――」
「や、やる! 丁寧にやるぞ、私は! プリンちゃんを沈めてたまるかぁぁぁ!」
「うん。成功のイメージと失敗のイメージ、両方を持てば自然と熱の入った丁寧な仕事に――って、聞いているか?」
ユーミルが丁寧な手つきで真っ直ぐに釘を打ち始める。
それに続くように、トビとリコリスちゃんも金槌を持ち直す。
俺たちのやり取りを黙って見ていたクーナちゃんが「単純……」と呟くのが聞こえた。
「でも、感心しました。失敗を恐れるから丁寧な仕事になる。成功を望むから単純作業にも力がこもる、気力が続く……道理ですね」
「両方ないと、欠陥に気が付かないまま完成を迎えたりするからね……編み目を間違えたまま、完成間近を迎えた編み物の話でもしようか?」
「け、結構です……」
「そう。残念」
間違いに気が付いた時の、あの血の気が引くような感覚は忘れられない。
そして直後に訪れる脱力感……他人には味わってほしくない類のものだ。
全ての工程を楽しんで、もしくは鋼の意志を持ってやれるような真の職人は別として、一般人の俺たちには適度な引き締めが必要だ。
ダレそうになった時はイメージ、イメージ。
ということで、本番で失敗をしないためにも俺たち四人は練習を続けるのだった。




