水族館と取り留めのない話
折角なので、俺たちは水族館も見て行くことにした。
青を基調とした証明、少し薄暗い館内。
BGMが低めの音量で落ち着いた空気を演出し、優雅に魚たちが泳ぎ――
「ムーディ!? 無駄に!!」
「お前のその叫びで、ムードが台無しだけどな」
と、未祐に言ってみたものの、俺たちは集団でワイワイ見ているグループだ。
何組か見かけるカップルのような情緒は不必要といえば不必要。
……かといって、他の人の邪魔になるほど騒ぐのはご法度だが。
あちらはあちら、こちらはこちらで楽しめばいいのである。
「しかし、水族館がデートの定番スポットになるのも分かるな」
「薄暗くて雰囲気があって、くっついていてもあまり気にされませんしね」
「だからといって、実際にくっつかれても困るんだが……」
「――ふんっ!」
「ああっ!?」
未祐が理世を引き剥がして連れて行く。
しかし、何と言うか……季節柄、肌寒く感じるな。
夏場なら涼し気に感じたかもしれないが、秋に見るのは少し寒い気がするな。
「ところで先輩、ショーとかはやっていないんですか? イルカとかの」
「屋外の水温の関係もあるだろうし、お客さんの数が……でも、ほら。冬の準備か知らないけど、もうイルミネーションとかがあるよ」
「あ、本当です!」
「綺麗ですねぇ……」
水族館の客足のピークはもちろん夏場だが、季節によってこうした工夫がされているものらしい。
その後、俺たちは離れ過ぎない範囲で散らばって水槽を眺め……。
「ペンギンさん、可愛い……足短い……」
「椿ちゃんの褒め方、何か独特な気がするんだけど……? っていうか、褒めてる?」
あっちはペンギンコーナーか……岩場にガラスの柵があり、結構近くまで行くことができる。
時間帯によっては、飼育員が館内を散歩させるらしいが残念ながら時間が合いそうにない。
「うおお、鮫かっけぇ……何故か俺の脳裏には、B級鮫映画の映像が異常な勢いで駆け巡っているけど」
「何でだよ。せめて名作映画を思い出せ」
そして俺たちの目の前の水槽には、悠然と泳ぐ鮫の姿が。
秀平はゲームの合間に映画も幅広く見るタイプで、時折俺のところにも聞いたことのないようなタイトルを持ってくる。
それを一緒に見ることがあるのだが、その手の作品の当たりはとても稀で……苦行の時間と化すこともしばしば。
「パニックホラーって、結構人を選ぶジャンルだよね?」
「まだその話題引っ張んのかよ。まあ、物によっては残酷な表現とかも大量に使われるからな……」
「この水槽が突然割れて、中から鮫が!」
水族館を管理している人たちに失礼な言葉を吐きながら、秀平が両手を上げて威嚇のポーズを取る。
そうなっても、普通に鮫が打ち上げられて終わりだと思うが……。
そんな状況で襲いかかってくるような強靭な鮫が存在する世界は、それこそB級以下の映画ならではだろう。
「うん。俺はその場合、お前を囮にして逃げればいいのか?」
「ひでえ!? ――って、わっちがそういうことをしないのはTBでの行動でバレバレでしょうが! このお人好しさんめ!」
「でも、そういう映画だとお人好しは割と初期にやられちゃうからな……ちなみにお人好しじゃなくても、人を囮にするような卑劣なやつは……」
「卑劣なやつは?」
「散々逃げ回った末に、劇中でも飛び抜けて間抜けなやられ方で終わるのがパターンだな?」
「駄目じゃん……いや、知ってるけど!」
こんなしょうもない知識ばかり増えたのは、秀平が原因だからな……。
もう少し鮫を見たいという秀平が言うので、俺は小春ちゃんと椿ちゃんを回収して他のみんなの下へ。
時間的に、そろそろ帰り支度をしないとな。
「おお、バブルリング! 見ろ、理世! 手をかざすと寄ってくるし、賢いぞこいつ!」
「見ていますよ……ええ、未祐さんよりは賢いんじゃないですか?」
「愛嬌はお前よりも全然上だな! わはは!」
「……」
「……」
「おーい、お前ら。そろそろ撤収」
会話の基本が皮肉の応酬とは。
いつものことだが、どうなっているんだこいつらは。
そして最後、和紗さんと愛衣ちゃんだが――。
「……何してんの?」
「あ、先輩。何って……」
二人はボーっと、とある水槽を長時間眺めていた。
フヨフヨと浮かぶ風船のような、体の九割超が水でできた不思議なやつ。
「クラゲを見てました」
「あ、亘君。もう時間? ついぼんやりと……」
「さっきから二人、全然動いてませんでしたよね?」
「うん。これ、癒されるかも……」
博物館では忙しそうにしていたので、バランスが取れている……のか?
クラゲはカラーの照明と相性が良いらしく、幻想的でありながらゆったりとした空間を演出していた。
ともかく、最後に鮫の場所まで戻って秀平を回収。
海事博物館・水族館とはしごした俺たちは、電車での帰路についた。
「……見事にみんな寝ちゃってるねぇ」
「朝早かったからな」
席に着いてしばらくすると、やがて次々と寝息を立て始めてしまった。
乗り換えまではまだ間があるので、しばらくはこのままで良いだろう。
休日ということもあり、夕方にしては電車内に人が少なめである。
「……わっち、TBの話だけど」
「何だ? 夜は普通にインする予定だが」
時折、西日が差し込んできて未祐が顔をしかめている。
それが林で遮られると、また涎を垂らす寸前のような緩んだ顔で寝息を立て始めた。
しっかり寝過ぎじゃないか……? 夜更かしの元にならなければいいのだが。
「そうじゃなくて。俺らの船造りがどれくらい遅れ気味なのか、気にならない?」
「あー。気になると言えば気になるけど」
「じゃあさ、この時間を利用して見ておかない?」
「……いいけど、静かにな?」
そんな訳で、俺と秀平は電車の中でスマートフォンを取り出した。
この電車は……確か、車内での携帯電話の使用は可能だったな。
優先席も遠いので、使っても特に問題ないだろう。




