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お宅訪問×3

「まずは私の家から行きましょう、私の家から!」

「おっ、どうしたのだ小春。随分と激しくアピールしてくるな!」


 お宅訪問の一番手を名乗り出たのは、リコリスちゃん――もとい、小春ちゃんである。

 未祐の言葉にも、元気に頷いていた小春ちゃんだったが。


「最初に行っておかないと、ハードルが……」


 急に笑顔を曇らせると、陰のある表情でそう呟いた。

 ハードル? どういう意味だろう。

 椿ちゃんの家が凄いと言っていたことと、何か関係があるのだろうか?

 そんな小春ちゃんの家は……。


「うむ、普通! 綺麗な家だが!」

「だから最初がいいって言ったんですよぅ! 先輩たちをがっかりさせちゃうと思って!」

「別に、家のインパクトを競っている訳では……気にする必要ないよ。俺らの家も似たようなもんだし」

「そうだぞ! ホッとするだろう、こういう家のほうが!」

「逆に、マリーっちみたいな家ばかりだったら怖いよね」

「日本の土地の広さで、あんな家ばかりだったらおかしいですよ……」


 そんな訳で、浅野家は一般的な戸建て住宅だった。

 見た感じ築10年くらいで、丁寧に整えられた庭と丁寧に掃き清められた玄関に好感が持てる。

 みんなが家の外観を見回す中、俺は庭の一画に赤い実がっているのを見つけた。


「トマトか……家庭菜園はいいよなぁ。これは誰が作ったの? 小春ちゃん」

「あ、それはお母さんが」

「こっちのグリーンカーテンは……ゴーヤ?」

「そっちはお父さんが。冷房費の節約だーって」

「いいね、話のネタができた。じゃ、小春ちゃん」

「はい、どうぞどうぞ!」


 先導する小春ちゃんに続いて、俺たちは「お邪魔します」と挨拶をしながら中へ。

 椿ちゃんと愛衣ちゃんは慣れた様子で後からついてくる。




「まさか、家庭菜園の話であんなに盛り上がるとは……何なの、わっちは?」

「何なのって言われてもな……小春ちゃんのご両親、どちらも穏やかで話し易かったし」


 秀平の言葉に応じながら、浅野家を後にする。

 年頃の娘の友人……それもネット経由となればやはり警戒されたが、最終的には打ち解けることができたと思う。


「菓子折りも喜んでもらえて、よかったですね。兄さん」

「お母さんもお父さんも、にっこにこでした。礼儀正しくて、安心だって!」

「俺としては、女子が多めなのもよかった気がするよ。これが男五人とかだった日には……」

「ふ、不安しかないね……大事な娘を、数時間とはいえ預けるんだもの」


 和紗さんが言っているのは、この後の花火大会のことである。

 去年までの彼女たちは、保護者同伴で花火を見に行っていたらしく……。

 愛衣ちゃんがそれについて言葉を挟んでくる。


「ウチの親が特に過保護でして。同級生の中でも、いまだに保護者同伴なんてレアですよ。レア」

「あ、でも私のウチも……高校生になるまでは、できれば愛衣ちゃんのお母さん、お父さんと一緒に行ってくれたほうが安心だって言っていました」

「私の家も似たような感じです。自立心が大事、とは建前上言っていますけれど。決していい顔はしてくれないのですよね……」

「それだけ三人のことが心配なんでしょう? いいことじゃない。で、次はその愛衣ちゃんの……比留間家になるんだけど。愛衣ちゃん、ここからどのくらい?」

「はいはい」


 俺が愛衣ちゃんに距離を確認していると、秀平が難しい顔をして呟いた。


「過保護かぁ、そっか……わっち、次も頑張れ!」

「が、頑張って、亘君。ごめんね、一番年上なのに役に立てなくて……」

「私はなるべく黙って、隣でにこやかにしているぞ! 頑張れ!」

「お前ら、基本俺にしか喋らせる気ないよな……和紗さんは仕方ないにしても」

「……兄さん。困った時は私に頼ってくださいね?」

「ありがとう、理世。そうさせてもらうよ」


 まだ空き地の残る新興住宅地を抜け、やや駅のほうへと戻る形で移動していく。

 ああ、何となく小春ちゃんが最初にしたがった理由がハッキリしてきたな。

 周辺の家の雰囲気が変わってきた。

 二番手、愛衣ちゃんの家は……。


「上流家庭だなぁ……家がワンサイズでかい。ちょうど未祐の、七瀬家と同じくらいか」

「上流ではなく中上流ですよ、精々。さぁさぁ、みなさん。行きましょー」


 日曜日ということもあり、こちらもご両親はご在宅していた。

 浅野家と同じようにご挨拶をしっかりと行い、菓子折りを渡し……。




 家を出たのは、それからおよそ一時間後。

 秀平が震えながら俺の背中に縋りついてくる。


「こ、こえぇぇ……愛衣ちゃんの親父さん、こえぇぇぇぇ……俺、滅茶苦茶睨まれたんだけど……」

「いつまで震えているんだよ。確かに、アルベルトさんとは別系統の強面こわもてだったが」

「仰る通りのゴツイ顔ですけど、私とお母さんに対しては甘々ですよ?」

「あの顔で、過保護で愛妻家なのか……というかフィリアといい、どうしてちゃんと娘は可愛い顔になるのだ?」


 未祐は父親と娘の容姿の差をイメージしながら話しているのだろう。

 それが上手く結びつかないのか、ちょっと面白い顔になっているな。


「私はお母さん似ですし。フィリーも同じなんじゃないですか?」

「それに濃い顔の父親も、良い方に作用すれば女の子の容姿にプラスになると言いますよね。俗説ではありますが」


 理世のそんな言葉も、似たような例を二人も見れば真実味が増してくる。

 小春ちゃんが「そういうものなんですかー」と感心したような声を出すのを横目に、愛衣ちゃんが俺の脇腹をつつく。


「でも、やっぱり先輩なら大丈夫だったでしょう? さっすがぁ」

「結果的にはね。しかしあの一連の質問、俺の防犯対策が甘かったらどうなっていたの?」

「私だけ花火大会に行かなかったかもですねー」

「え……だったら、事前にそういうことを訊かれそうだって言っておこうよ? 君なら勘が良いんだから、分かるでしょ」

「……」


 愛衣ちゃんは俺の言葉に目を逸らした後に、視線を戻して笑いかけた。

 普段なら絶対にしないような、両手で胸の前で握り拳を作るポーズ付きで。


「……私は先輩を、心の底から信じていましたから! だから敢えて言いませんでした!」

「うっさんくせえ……面倒だからやらなかっただけでしょう? ねえ?」


 小春ちゃんと椿ちゃんがうんうんと何度も頷いている。

 やっぱり。

 苦笑しつつ、先程まで砕けていた腰をさすりながら秀平が立ち上がる。


「それにしても、あの親父さんと渡り合えるわっちもよっぽど過保護なんじゃ……理世ちゃんと未祐っちに対してさぁ」

「なんだっけ? ええと、確か防犯ブザーに始まり……」


 和紗さんが思い出すように人差し指をこめかみに当てる。

 途中からお父さんと話す組と、お母さんと話す組に分かれていたからな。

 和紗さんの記憶が曖昧なのはそのせいだ。

 愛衣ちゃんのお父さんに質問されたのは、女子の外出時の心得のようなもので……。


「他には門限についてどう思うかと、スマホのGPS機能の同期について。後は護身術の教室のことなんかも話しましたね」

「私たちがどれだけそれをちゃんとやっているのかも、逐一確認を取られたな」

「門限を破って兄さんの夕飯を食べないなんて、あり得ないのですけれどね。それと、護身術の教室については……」

「ああ。一応俺も、未祐と理世と一緒に行ってる」

「やり過ぎってことはないと思うけど、そんなのにまで行ってたんだね……どうりで三人とも隙がないっていうか」

「町内会で無料で受けさせてくれるんだよ。あそこはほら、防犯対策に全力全開な町だから」

「まあ、ウチの姉ちゃんたちも、遅い時はあそこを通って帰るようにしてたしね……」


 道も明るいからな。

 そんな俺たちの話を聞いて、三人がそれぞれ違った反応を見せる。


「ほえー、そうなんですか……護身術……」

「素晴らしいことだと思いますよ。私の父と母も、それを聞いたらすぐに納得してくれそうです」

「いやー、やっぱり先輩たちは面白いなぁ……変で」


 愛衣ちゃんに変とか言われたくないな……と、俺と未祐、理世は彼女を見返した。

 そして最後はいよいよ、夜久呉服店こと夜久家へ。

 また駅から少し離れ、木造住宅が多く商店街があるエリアへと移動。

 そこで見たのは、重厚な佇まいの老舗呉服店で――。


「お、おお……これは本当に凄いな? 店構えも大きいし」


 未祐が店の出す空気に圧倒されたように一歩下がりながら、呻くように感想を漏らす。

 言葉はなかったが、俺たちの心情も似たようなものだ。


「だから言ったじゃないですかぁ……」

「確かに、小春の言う通りなんですよねー。これに比べれば私と小春の家の差なんて、あってないようなもんでしょ?」

「もう、二人とも……みなさん、こちらへどうぞ。本宅のほうにご案内いたしますので」


 椿ちゃんの案内に従い、俺たちはぎこちなく後ろについて歩き出した。

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